Re: 寒いなんて言い飽きた! なミニイベント ( No.5 ) |
- 日時: 2014/12/18 23:44
- 名前: ROM ID:toW8hsqU
雲ひとつない青空。外はおそらく灼熱地獄。夏真っ盛りの8月に僕はアルバイト先のコンビニで、例の目と口しか開いていないニット帽を首まで被り、包丁を持った男とレジのカウンター越しに対峙していた。店内には他に誰もいない。いや、バックヤードに、もうひとりアルバイトの坂本がいたと思うけど。そして僕は大いに混乱している。どこまで乗ればいいのだろう? 「つまり……てん、いやあなたは娘のためにこのようなことを?」 包丁を持ってはいるが、すでに力が抜けたように刃先は下を向いている。”強盗に押し入った男”はシクシクと泣いて自分の罪を告白しているのだ。 「ぐすっ……そ、そうなんです。娘は、この町のどこかで……僕はせめてもの、結婚資金にお金をそっと渡したかった……ぐすっ……苦労を苦労をかけて」 物心付く前に出て行ってから一度も会っていない娘が結婚すると風のうわさで聞いたホームレスさん、か。なるほど。ありそうな話だ。でも、この後、僕はストーリーをどのように持っていけばいいのだろう。逡巡した後、そっとレジの鍵を回した。カシャンと音を立てて出てきたお札と硬貨を見やり、僕はそこにある全てのお札を取り出す。 「持って行ってください」 そのまま男の手に握らせ、力強く頷いた。男は目を見開いて戸惑いを隠せないようだ。 「で、でも」 ――いいんです。僕からのお祝いですよ そう、かっこ良く決めようと思ったら、バックヤードのドアが勢いよく開いた。 「だめよ!だめだめ!」 「ちょ、どうした?休憩中だろ?」 出てきても、特別手当は出ない。だが、そんなことは気にしないのか坂本は必死な表情で男の前までくると、突然のアッパーを食らわした。男は飛び上がり尻もちをつき、お札は舞った。僕は混乱している。 「い、いたい……な、なにをするんだ」 「お父さん……」 「ま、まさか、とし子?なのか……!?」 「そんなお金もらってもうれしくないわよ」 いままで聞いたことのないくらいの大声で言い捨てた坂本は、こぼれた涙を乱暴に店員用のエプロンで拭き、座り込んでいる男を引っ張り起こした。 「私は、お父さんが生きていてくれただけで……嬉しい」 「と、とし子!」 美しい笑顔だった。坂本にこんな表情ができたのかと僕は心から驚く。男もその笑顔に当てられたのか、口をわなわなと震えさせ、涙からは大粒の涙があふれだす。 「お、おれ、自首する」 「お父さん!」 「そして、出たら働くよ……そしたら、そしたら紹介してくれるかい?君の大事な人を」 坂本はかすれた声で「もちろんよ」と呟き、何度も頷いた。それに勇気づけられたように、男は猫背だった背筋をピンと伸ばし、灼熱地獄の外へと歩いて行った。
「坂本さ、よし子だっけ?」 「何言ってんの。店長の芝居があんまりにも心にきたから、私も入ってみたかったの」 坂本は、すっかりいつもの無表情に戻っている。 「でも、あれさ」 その坂本の表情が、少しばかり崩れた視線の先を追うと、店長が眠そうにコンビニに入ってくるところだった。 「いやーごめんごめん、道混んでてさ〜すぐ準備するから。ほら、コンビニ強盗練習。今日だよね?て、え?なんでお金ばらまかれてんの」 「…………」 「…………僕はなんとなくそうかな、と思ってたよ」 困惑した店長と無表情の坂本。今日も雲ひとつない青空をガラス越しに眺め、あのおじさんが無事定職につくことと、その娘さんの幸せをぼんやりと願った。
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