GO TO THE STORE ( No.5 ) |
- 日時: 2011/11/07 01:18
- 名前: ラトリー ID:E11ilF6o
自動ドアが開くと、外の冷たい風とうってかわって暖かな空気に歓迎される。 最寄り駅から自転車を飛ばせば十分とかからない道のりだが、十二月も半ばをすぎると冷えこみが厳しい。夜型人間の俺にとって、深夜のコンビニ通いは自宅の節電と暇つぶし、それに食材補充をかねたうってつけの習慣になっていた。 寒さで空気が引きしまっているのを感じる。こんな日はバッハの曲がよく似合う。そうだ、『シャコンヌ』がいい。ヤッシャ・ハイフェッツが一発で録音を成功させた、きしるようなバイオリンの音色。頭の中で存分に響かせながら、俺は店内に足を踏み入れた。 レジに店員の姿はなく、こうこうと明かりのともった内部は静まりかえっている。奥のほうで、がさごそとかすかな物音が聞こえるばかりだ。 深夜二時をすぎて、さすがに客は俺一人だけということか。近所の連中の早寝早起きぶりには驚かされる。これからが楽しい時間だってのに。 トイレを通りすぎ、食品コーナーへと向かう。予想通り、全国どこでも見かけるダサい制服を着た男が、陳列された商品を前に忙しそうに手を動かしていた。ろくに洗濯もしていないのか、制服は黒ずんだしみでひどく汚れている。俺が近づいてくるのにも気づかない様子で、ぶつぶつと何かつぶやいていた。 「まずは飲み物を入れ替えて……お弁当はその次……で肉まんとおでん温めて……あ、店長にも報告しとかないと」 張り合いがない。俺はやすやすと男の背後に立ち、懐から愛用のサバイバルナイフを取りだした。男の背中に突きつけつつ、もう一方の手をすばやく首筋に回す。 「おい、金を出せ。レジへ行くんだ」 男は暴れ出さなかった。両手を上げ、歩き始める。トイレの前まで来たところで、ぴたりと足を止めた。しきりに俺の顔を見ようと首をひねろうとするが、そうはさせない。いかにサングラス、マスク、帽子で固めていようが、余計な目撃証言は命取りだ。首に回した手をきつくからませ、早く歩くように背中へナイフを押しつける。 「何してんだ。さっさと行け」 「でも、店長に報告しないと……」 「報告とかどうでもいいだろ」 「レジ、開けられないんですよ。鍵は店長が持ってて、今はトイレに入ってるんです」 やれやれ、使えないバイトを脅してしまったもんだ。店長から鍵を奪い取ったら、こいつもそのままトイレに押しこんでおくか。 男をドアの前まで歩かせ、脇の壁に押しつけて、すかさずノブに手を伸ばす。わずかに開いたドアに足を引っかけ、蹴り開けた。 「……あ?」 トイレの中には、血まみれで和式便器に顔を突っこんでいる人間がいた。いや、あったと言うべきか。 いつの間にか、首に回していた手から男の感触が消えている。もう一方の手にあったナイフも。直後、腕に鋭い痛み。手を引こうとしたら、冷たい指先でがっちりと捕えられた。 「ここ、店長一人で切りまわしてたみたいですね。危ないですよね」 背後から男の声が聞こえた。さっきまでとは別人みたいな、愉快でたまらないような響き。頭の中で、『シャコンヌ』がクライマックスへとさしかかる。悲劇から救済へ。苦悩を突きぬけて歓喜へ。それは誰のための旋律? 戦慄? 「コンビニごっこ、楽しかったなあ。強盗さんとも遊べて満足、満足。あとはちゃあんとやっつけて、さっさと家に帰ろうっと」 最後に感じたのは、背中の皮膚に食いこむ愛用のナイフの尖端だった。
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