フユいサムだね ( No.5 ) |
- 日時: 2011/07/17 00:23
- 名前: 昼野 ID:W4cvxq36
冬だった。寒かった。 僕は六畳一間の、板張りの部屋で暖房もつけずにうつぶせになり、冬眠したいと願いながら、打ちひしがれていた。腹痛に襲われる、原因不明の腹痛。僕は寒気と腹痛の両方に怯え、そして怒(いか)っていた。 板張りの冷たい床の上で、死にかけた芋虫のようにうずくまる。そして意識が奇怪なことに自然といく。それは冬の間、蠅はどうしているのだろうという事だった。夏にはあれほど飛び交っていた蠅、台所に放置した肉の腐乱したものに、黒々しくコロニーのように密集していた蠅。僕はそれをおもしろがって、ライターのオイルをかけて火を放ち、コロニーを焼き滅ぼすというカタストロフにカタルシスを感じた。もしこれが、と僕は思った。もしこれが蠅ではなく、霊魂をもつ人間の集団だとしたら、僕は勃起し、そして射精をしていたかもしれない。そう思ったことを、冬のいまになって不思議と思い起こす。 下痢を漏らした。限界まで我慢していた、しかしトイレに駆け込む事はしなかった下痢を漏らした。漏らすと同時に、射精に似たエクスタシーを感じた。蠅がいたら、いまが冬ではなく夏であったら、蠅は僕の肛門周辺に黒々しく群がっていただろう。そう思うと寂しかった。 僕はズボンの内部に盛大に漏らした下痢をそのままに立ち上がり、台所へ行き、ヤカンに火をかけた。暗鬱な雲がたれ込めて薄暗い部屋の内部で、青白い炎が灯る。僕はその炎をじっと眺め、やがて飽きた頃に火を消した。ヤカンの中の湯を茶碗に注ぐ。口に含むとまだ生温く、白湯のようだった。生暖かい湯は、僕の内臓を癒した。気のせいか腹痛が徐々に遠くなっていく気がした。 しかし、寒気は相変わらず酷く、意識が朦朧としていた。それでも暖房はつけなかった。なぜならこの部屋の暖房は壊れているからだ。僕は意識が遠のくにつれて、不思議なナルシシズムに襲われ、滑稽にもフランダースの犬における、ラストの少年と同化しつつあった。とはいっても僕が見たいのはルーベンスの絵ではなかった。僕が見たいのは、青い空を背景とした雄大な積乱雲と、腐肉に群がる蠅だった。そして全身を覆うような熱気、つまり夏だった。 このまま死ぬのかな、と僕は朦朧とした意識の中で思った。僕はいままで何をしてきただろう、そういった問いが僕を襲った。人に誇れるようなことは何もしなかった。神にもなれず、さりとて悪魔ともなれず、中庸の人生だった。むしろ死にたいと思った。 不意に僕の肛門に蠅が集まってきた。彼らは僕の下痢に群がった。冬なのに蠅が。朦朧とした意識が生み出した幻覚だろうか。 やがて蠅の群れは僕の眼前に、黒々しい輪を作った。その向こうには夏が広がっていた。暑い夏。ねこみみスイッチ風に言えば、ナツいアツだろうか。黒々しい蠅が、天使のように見えた。 僕は夏への扉へ入ろうと身を起こした。夏の扉の向こうには、布団があり、それを蚊帳がとり囲んでいた。 しかし、僕は入ろうと歩を踏み出した瞬間、ここへ入ることはそのまま死を意味することを悟った。僕は夏の扉から後ろへ下がった。そして蠅に向かって、もう少し生きてみるよと呟いた。
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