ホームに戻る > スレッド一覧 > 記事閲覧
RSSフィード [79] 「ピリオド」小説にピリオドを。
   
日時: 2014/12/21 15:58
名前: 片桐 ID:6ioV39hw

こんにちは。
今日もミニイベント開始です。
テーマは「ピリオド」 
縛り(執筆上の約束)として、作中に寒さに関する描写を入れてください。
制限時間はこの後、60分(16:00~17:00) 文字数無制限
このスレッドに返信する形で投稿してください。
なお、投稿の際は、トップページからミニベントの欄をクリックして、このスレッドを開いてから投稿してください。そうしないとエラーが出るようなので。

ピリオドは、何かに一区切りがつく、つける、というような意味でも使われますね。
一年のピリオドでもいいし、仕事、恋愛、趣味、夢、色んなものにピリオドはあります。
それぞれが考える、「ピリオド」をテーマとした小説を書いてみてください。

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

肉食夜話 ( No.4 )
   
日時: 2014/12/21 17:52
名前: ラトリー ID:IuIm2MWs

 羊子が席に腰を落ちつけると、向かいに座った涼馬がテーブルにひじをついて身を乗り出してきた。
「ここ、わかりにくかった? ちょっと奥まったところにあるから、迷ってるのかと思っちゃった」
 無言で首を横に振り、笑顔を作りながらテーブルのメニューを取り上げた。長年、置かれ続けたことですっかり油がしみついているようで、指先にいかにもといったべたつきが伝わる。鼻から息を吸いこむと、焼肉を扱っている店特有の煙まじりの匂いが容赦なく攻めたててきて、軽くせきこみそうになった。
 まったく、どうしてこんなところに来てしまったんだろうと思う。一週間前に新調したばかりのコートその他お気に入りの一式が、あっという間に駄目になってしまいそうだ。こういう店によく来る人たちは、いったいどうやって着るもののの質をキープしているのだろう。
「今日は忙しいところ、お呼び立てしてゴメンね」
 涼馬の声に顔をあげる。わかっているのだ。彼は顔がいいし、声も素敵だし、仕事だってよくできて三十歳を前に係長へ昇進しようとしている。柔らかく微笑みかけてくるその視線に目をあわせると、細かいことはどうでもよくなるほどにうっとりとした気分に襲われる。それは本能的なもので、身体の奥にある羊子の女としての性質が、孤独な日常の中で強く求めてやまなかったものに限りなく近い、と思う。
「年末はどこの会社もあわただしいって聞くからさ、どうしようかとも思ったんだ。もっと早い時期にしとけばよかったのかな、って」
 そんなことはない、と顔の前で手を振った指のすき間から、涼馬の穏やかな表情を見やる。そう、これくらいの距離感で見ている時のほうが、今よりもずっと満ち足りていたかもしれない。そんな時期なんて、合コンで知り合って連絡先を交換してからほんの少ししかなかった気もするけれど、本当はそれだけでよかったんじゃないかとも思ったりする。
「それはよかった。僕のところはこの時期そんなに忙しくないから、わりと時間の融通がきくんだ」
 優しい言葉に気遣いの細やかさ、時に垣間見せる頼もしさと力強さ。真剣になった時の顔はどこか怖いくらいで、でもだからこそ悪い人たちから守ってくれるものだと自分に言い聞かせていた。
 店員を呼び、お互いに一枚ずつ持ったメニューを指さして注文する。羊子は桜ユッケを、涼馬はジンギスカンを。酒は二人とも最初にビールを頼んで、その後は好きなものを持ってきてもらうことにした。
 料理が運ばれてくるまでの間、交わされる言葉は少ない。最近の仕事の話題とか、景気や世界情勢の話とか。会って間もないころは、涼馬のそんな姿勢を真面目で誠実なものとして、安心感をもって受け止めることができていた。いつも同じような話題にばかり流れていくのも、彼の顔を見ながら話していればあまり気にならなかった。
「どうしたの、寒いの?」
 テーブルの下で両足をこすり合わせていたら、涼馬に気づかれた。羊子は愛想笑いを浮かべて、この時期はいつものことだと取り繕う。
 涼馬と初めて出会ったのは夏だった。それから秋が来て冬になるまでに、日の光は弱まり空気は冷えて、足が寒さを訴えるようになった。二人の距離が近づくほどに、座って話をするだけの時間がだんだんと堪えられないものになっていた。
 それは季節がすべて悪いのだと、羊子は思いこむことにしている。これから北国の雪が解け、風が南の暖かさを運んでくるようになれば、足が冷えることもなくなってきっと心地よい時間が帰ってくる。春なんて、ほんの数ヶ月我慢すればいいだけのことだ。
「世の中のお店は、みんな足もとの暖房に力を入れるべきだな。エアコンなんて頭のほうを暖かくしてばかりで、かえって集中できなくなる」
 涼馬の言葉に生返事をしていると、酒と肉が同時にきた。ビールジョッキを掲げて乾杯をとなえ、四分の一だけ飲む。半分以上一気に飲み干した涼馬は、慣れた手つきで具材を兜型の鉄板に置き、火をつけた。
「ま、細かいことは気にせずどんどん食べようか」
 生の桜肉に卵をとき、羊子は少しずつ食べる。旺盛な食欲を見せる涼馬の姿が、店内の照明を背中から浴びていてひどくまぶしい。普段は出てこない野性的な部分が、食べる瞬間にだけ見えるような気がする。
 羊子がじっと見ているのに気づいたのか、涼馬が食べるのを止めて視線をあわせてきた。羊子も負けじと、まっすぐに見つめ返す。
「どうしたの、急に」
 視界の隅、鉄板の上で肉が焼けていく。野菜が端のほうから黒く焦げて炭になっていく。そんな変化を、羊子は不思議に愛しいと思った。
「ねえ、涼馬くん。わたしたち、そろそろ決めるべきだと思わない?」

ж

 そして羊子は、涼馬との結婚を決めた。
 失うのを恐れたからかと問われれば、そうだと答えることになるだろう。だがそれは正確ではない。失われる時期をただ遅らせただけで、結局、最後にはつらい別れが待っているかもしれないのだ。
 いや、別れは絶対に訪れる。生きて離れることだけがすべてではない。ならば、どう結ばれてもいつかは必ず別れることになる。だったらせめて、二人でいる時間を少しでも伸ばすことに意味があると信じたい。
 自分の考えがひどく後ろ向きだということはわかっていた。それでも、涼馬のような男性が目の前に現われた幸運を逃すわけにはいかなかった。いつまでも自由にふるまえる年齢でないことは、周りから言われずとも自分で一番よく理解しているつもりだった。

 今日も羊子は仕事に出かける。足の冷える職場は年末特有の繁忙に包まれていて、落ちつく暇もない。それでもこの冬新調したばかりのコートを羽織り、まだ春の遠い真冬の空へと歩き出す。その表面に染みついた匂いを取り除かず、自然と消えていくに任せて。

メンテ

(指定範囲表示中) もどる スレッド一覧 お気に入り 新規スレッド作成

題名 スレッドをトップへソート
名前
E-Mail 入力すると メールを送信する からメールを受け取れます(アドレス非表示)
URL
パスワード (記事メンテ時に使用)
投稿キー (投稿時 投稿キー を入力してください)
コメント

   クッキー保存