こんにちは。今日もミニイベント開始です。テーマは「ピリオド」 縛り(執筆上の約束)として、作中に寒さに関する描写を入れてください。制限時間はこの後、60分(16:00~17:00) 文字数無制限このスレッドに返信する形で投稿してください。なお、投稿の際は、トップページからミニベントの欄をクリックして、このスレッドを開いてから投稿してください。そうしないとエラーが出るようなので。ピリオドは、何かに一区切りがつく、つける、というような意味でも使われますね。一年のピリオドでもいいし、仕事、恋愛、趣味、夢、色んなものにピリオドはあります。それぞれが考える、「ピリオド」をテーマとした小説を書いてみてください。
二十七歳の誕生日を三日後に控えて、彼女にふられた。クリスマスイブの前々日だった。 誰だこんな日に産んだのは、とふるさとの母親にせんのない文句をつけたくなるけれど、ともかく毎日の仕事はあるのだし、貯金はない。貯金がないからふられたのだと考えるのは、いくらなんでも虚しすぎるので、そこからは目を必死に逸らしている。 何が悪かったのか。考え出してはくよくよとして、もう考えるまいと頭を振って、だけどそんなことができるはずもない。 間が悪いことに、普段はぎちぎちに詰め込んでいるシフトも、イブの日は空けていた。先輩に必死で頼み込んで、厭味をいわれながら手を合わせて。その結果カップルだらけの雑踏を、顔を上げないでひたすら歩いている。 本当だったら今ごろデートのはずだった。予約していたレストランはさすがにキャンセルしたが、プレゼントに取り寄せたペンダントはいまさら返品とも言い出せなくて、結局わざわざ休みなのに出かけて受け取ってきた。カップルだらけの街中をとぼとぼ歩きながら。営業スマイル満面の店員の顔が、まともに見られなかった。何をやっているんだか。 こうなってくると赤と緑の、いかにもクリスマスらしい包装紙の柄まで憎たらしい。よっぽどそこの川に投げ捨てようかと思ったが、なけなしの貯金をはたいたことが頭の隅をよぎって、捨てきれなかった。彼女への未練から手放せないんじゃなくて、金額にひきずられてというところが、また我ながらみじめったらしくてかなわない。 どん底だ。自分の白くなった息だけを見つめながら、口の中でくりかえしている。いやもっとどん底の人だっているんだろうけど。 たとえばその通りの先の公園にゆけば、この、クリスマスイブの雪のちらつく夜に、段ボールと新聞紙をひっかぶっているおっさんが二人いるのを知っている。昨日から北のほうでは大雪で、家が潰れた人がいるのも知っている。彼女に振られてイブにひとり、それくらいで何がどん底だと、口の中で呟いてみても、やっぱりむなしい。人の不幸と引き合いにして自分の情けなさをごまかすこと、の白々しさ。 そういう理屈っぽいところがだめなんじゃないのと、姉の声が耳の中に響いたような気がした。もちろん、本物の姉じゃない。大学卒業と同時にひとり暮らしをはじめて四年にもなるのに、ことあるごとに、何かうまくいかないとそのたびに、姉から呆れ罵られるような気がする。 理屈っぽくて面倒くさい。気むずかしい。よく言われる。ネガティブ。なんでも形から入ろうとする。何を考えているのかわからない。 ああ。もう。 友達の紹介だった。つきあって一年半。なんでこんな可愛い子なのに俺みたいなのにOKしてくれたんかなとか、単純に舞い上がっていられたのは最初の三ヶ月くらいで、まあ、そのうちふられるんじゃないかというのはずっと頭の隅にありはしたのだ。だけどいざそうなると、何が悪かったんだろうなんて考えている。 二十七歳アルバイト貯金無し、ついでに根暗で理屈っぽい。そら見限られてもしかたない。貯金もないのに無理をしてクリスマスにいい店を予約とか、自分は飲めないくせにワインの美味しい店をネットで調べてみたりとか、そういう見栄っ張りなところがだめなんだろうかとか、いやこうやってくよくよする性格がだよとか、次から次に、駄目だった理由なら百でも浮かぶ。 自分だって自分のことが面倒くさくてしょうがないのに、他人からしたらもっと面倒くさいだろうとか。 貯金がないからやけ酒に逃げるわけにもいかない。そもそもほとんど飲めないし。アルコールに弱い、なんていうちっぽけな弱点まで、こんな気分のときにはひどく情けないことのような気がしてくる。 いつかふられることを、頭の隅で想定してはいたけれど、具体的に最近そういう前触れがあったわけでもないし、まさかこんなタイミングでなんて、思いもしていなかった。それともあったのかな。前触れ。俺が鈍くて気づかなかっただけなのか。 新人がどんどん辞めていくもんだから、ここんとこシフトをぎゅうぎゅうに詰め込んで、深夜までのときも多かったから、ラインもメールも反応遅いっていうか、まあ正直いえばほったらかしがちだった。文章を打つのが苦手というのもあって、バイトで疲れてるからっていうのはむしろ言い訳で。会うのもいつもこっちの都合に合わせてもらって、そういうところかな、だけどこの年になったら男なんか皆そういうもんだろう。一日中ずっと彼女のことばっかり考えてられるような男がいるとしたら、そんなんヒモか結婚詐欺師だ。 風が強くて、頬が痛い。川沿いだからなおさらだ。アパートまでの道が遠くて、もうなんかいっそそのへんに座り込んで凍え死にしたいような気がする。いやべつに死にたくはない。 昨日まではともかくシフトがぎゅうぎゅう詰まっていたから、働いてる間はそんなに考えないでいられた。たとえカップル客が手をつなぎながら来店しても、仕事中ならわりきってスイッチオフにできる。今日は逃げ場がない。 スマホをいじって、彼女の番号を呼び出して、かけようかどうか迷う振りだけして、やめる。別れ話を切り出されたときのトーンを思えば、やり直せるかもなんて思えもしない。怒っているとか、寂しそうとか、なにかそういうのがあればよかった。彼女の最後のせりふは、もうとっくに決めていたことを通達する声だった。まだ耳に残ってる。もう会わない。じゃあね。 それでも何かひと言くらい、まだ言い忘れてることがあるような気がする。だけどたとえば掛けて、相手が取ってくれたとして、今日はクリスマスイブの夕方だ、電話の向こうに新しい男の気配でもあったら、立ち直れる気がしない。いや、そもそもそんな状況だったら電話に出るわけないか。っていうかいっそ二股かけられてたんだったらすっきりするかも。俺が悪いんじゃなかったって。 するわけないか。 一回だけ電話かけて、出なかったらあきらめようか。 だけどいざ発信しようとしても、何も言うことなんか思いつかない。捨て台詞でもなくて未練がましい言い訳でもなくて自分に酔ってもいなくて、口に出したら気持ちがすっきりして後腐れなく忘れられるような、そんな便利な言葉は。どこにも転がっていない。 そこまで考えてから、自分が探していた言葉が、気持ちに区切りをつけるためのものなのだということに、遅れて気がついた。 やり直したいとか許してもらいたいとか。たぶん俺は思ってない。みっともなかったのをなんとかちょっと挽回したいとか、もやもやするのを振り払ってすっきりしたいとか、そんなんばっかりだ。 まあ、そら、フラれるわ。 本日何度目かの溜め息をついて、ようやく顔を上げた。カップルだらけのイルミネーションの中を歩くのも辛かったけれど、アパート近くの閑散とした川べりの寒々しさは、もっと痛い。 給料日前で財布は薄いけれど、コンビニに寄って、残った有り金はたいてビールを買っていこうと決意する。飲めないやけ酒でも飲んで、ひとりで祝ってやろうじゃないか。二十七歳おめでとう、俺。
外には雪がちらつき、吐く息も屋内にもかかわらず白い。 暖房といえば、単に七輪に炭でも熾して入れておけばいいのにそれもない、風の入る鉄骨の作業場にて、電動ドリルを駆使し、あるいはほかの工具も一緒に使い、空き缶の細工をする。 ドリルが穿って空いた穴のバリに悩みつつ、細い銀色のダイヤモンドやすりですり落とす。「痛っ」 尖って鋭いやすりでうっかり自分の指を刺した私は、握っていた缶もヤスリも削りくずの散らかった床に取り落とした。 どす黒い血が刺した傷口から溢れ出てくる。 とっさに清潔なウエスがそばにあったのを思い出して、溢れ出す血を拭き取る。 そして何事もなかったようにまた作業を再開する。 どうにかその缶細工は不格好にはなったが完成した。 ほっと一息つくまでもなく、完成したそれを写真に収め、そしてネットに公開する。 完成した缶細工は数日後には、この作業場より寒い地に送ることになっている。 そこで役に立つといいな、とまたため息を漏らし、痛む指を気にしながら作業場を私は出た。
羊子が席に腰を落ちつけると、向かいに座った涼馬がテーブルにひじをついて身を乗り出してきた。「ここ、わかりにくかった? ちょっと奥まったところにあるから、迷ってるのかと思っちゃった」 無言で首を横に振り、笑顔を作りながらテーブルのメニューを取り上げた。長年、置かれ続けたことですっかり油がしみついているようで、指先にいかにもといったべたつきが伝わる。鼻から息を吸いこむと、焼肉を扱っている店特有の煙まじりの匂いが容赦なく攻めたててきて、軽くせきこみそうになった。 まったく、どうしてこんなところに来てしまったんだろうと思う。一週間前に新調したばかりのコートその他お気に入りの一式が、あっという間に駄目になってしまいそうだ。こういう店によく来る人たちは、いったいどうやって着るもののの質をキープしているのだろう。「今日は忙しいところ、お呼び立てしてゴメンね」 涼馬の声に顔をあげる。わかっているのだ。彼は顔がいいし、声も素敵だし、仕事だってよくできて三十歳を前に係長へ昇進しようとしている。柔らかく微笑みかけてくるその視線に目をあわせると、細かいことはどうでもよくなるほどにうっとりとした気分に襲われる。それは本能的なもので、身体の奥にある羊子の女としての性質が、孤独な日常の中で強く求めてやまなかったものに限りなく近い、と思う。「年末はどこの会社もあわただしいって聞くからさ、どうしようかとも思ったんだ。もっと早い時期にしとけばよかったのかな、って」 そんなことはない、と顔の前で手を振った指のすき間から、涼馬の穏やかな表情を見やる。そう、これくらいの距離感で見ている時のほうが、今よりもずっと満ち足りていたかもしれない。そんな時期なんて、合コンで知り合って連絡先を交換してからほんの少ししかなかった気もするけれど、本当はそれだけでよかったんじゃないかとも思ったりする。「それはよかった。僕のところはこの時期そんなに忙しくないから、わりと時間の融通がきくんだ」 優しい言葉に気遣いの細やかさ、時に垣間見せる頼もしさと力強さ。真剣になった時の顔はどこか怖いくらいで、でもだからこそ悪い人たちから守ってくれるものだと自分に言い聞かせていた。 店員を呼び、お互いに一枚ずつ持ったメニューを指さして注文する。羊子は桜ユッケを、涼馬はジンギスカンを。酒は二人とも最初にビールを頼んで、その後は好きなものを持ってきてもらうことにした。 料理が運ばれてくるまでの間、交わされる言葉は少ない。最近の仕事の話題とか、景気や世界情勢の話とか。会って間もないころは、涼馬のそんな姿勢を真面目で誠実なものとして、安心感をもって受け止めることができていた。いつも同じような話題にばかり流れていくのも、彼の顔を見ながら話していればあまり気にならなかった。「どうしたの、寒いの?」 テーブルの下で両足をこすり合わせていたら、涼馬に気づかれた。羊子は愛想笑いを浮かべて、この時期はいつものことだと取り繕う。 涼馬と初めて出会ったのは夏だった。それから秋が来て冬になるまでに、日の光は弱まり空気は冷えて、足が寒さを訴えるようになった。二人の距離が近づくほどに、座って話をするだけの時間がだんだんと堪えられないものになっていた。 それは季節がすべて悪いのだと、羊子は思いこむことにしている。これから北国の雪が解け、風が南の暖かさを運んでくるようになれば、足が冷えることもなくなってきっと心地よい時間が帰ってくる。春なんて、ほんの数ヶ月我慢すればいいだけのことだ。「世の中のお店は、みんな足もとの暖房に力を入れるべきだな。エアコンなんて頭のほうを暖かくしてばかりで、かえって集中できなくなる」 涼馬の言葉に生返事をしていると、酒と肉が同時にきた。ビールジョッキを掲げて乾杯をとなえ、四分の一だけ飲む。半分以上一気に飲み干した涼馬は、慣れた手つきで具材を兜型の鉄板に置き、火をつけた。「ま、細かいことは気にせずどんどん食べようか」 生の桜肉に卵をとき、羊子は少しずつ食べる。旺盛な食欲を見せる涼馬の姿が、店内の照明を背中から浴びていてひどくまぶしい。普段は出てこない野性的な部分が、食べる瞬間にだけ見えるような気がする。 羊子がじっと見ているのに気づいたのか、涼馬が食べるのを止めて視線をあわせてきた。羊子も負けじと、まっすぐに見つめ返す。「どうしたの、急に」 視界の隅、鉄板の上で肉が焼けていく。野菜が端のほうから黒く焦げて炭になっていく。そんな変化を、羊子は不思議に愛しいと思った。「ねえ、涼馬くん。わたしたち、そろそろ決めるべきだと思わない?」ж そして羊子は、涼馬との結婚を決めた。 失うのを恐れたからかと問われれば、そうだと答えることになるだろう。だがそれは正確ではない。失われる時期をただ遅らせただけで、結局、最後にはつらい別れが待っているかもしれないのだ。 いや、別れは絶対に訪れる。生きて離れることだけがすべてではない。ならば、どう結ばれてもいつかは必ず別れることになる。だったらせめて、二人でいる時間を少しでも伸ばすことに意味があると信じたい。 自分の考えがひどく後ろ向きだということはわかっていた。それでも、涼馬のような男性が目の前に現われた幸運を逃すわけにはいかなかった。いつまでも自由にふるまえる年齢でないことは、周りから言われずとも自分で一番よく理解しているつもりだった。 今日も羊子は仕事に出かける。足の冷える職場は年末特有の繁忙に包まれていて、落ちつく暇もない。それでもこの冬新調したばかりのコートを羽織り、まだ春の遠い真冬の空へと歩き出す。その表面に染みついた匂いを取り除かず、自然と消えていくに任せて。
気づいたときには、屋上に通じる上り階段へダッシュしていた。 12月24日の今日、何度見てもスマホのカレンダーに予定らしきものはなく、大学のツレはたいていが彼女様を持っているということで、話し相手にさえなってくれそうもいない。俺が今日これまで話したのは、このアパートに管理人のおばちゃんだけ。それもおばちゃん得意の下ネタの応酬につきあっただけだ。 テレビを見ているとクリスマスソングの大合唱が始まり、慌ててテレビを消す。すると不意に訪れた沈黙があまりに静かすぎて不安になって、いっそ実家のかあちゃんに電話でもしようかとコールボタンを押そうとした瞬間、スマホの黒い液晶に映った自分の顔の情けなさに耐え切れず、俺は部屋を飛び出したのだった。 もし階段上り速度選手権があれば、今の俺なら世界一だってなれるのではないか。そんなことを真剣に考え、真剣に考えている自分に気づいていたたまれなくなって、さらに大急ぎで屋上へと向かう。屋上へとつづく鉄扉にはさいわい錠らしきものはなくて、俺は体当たりでもするように、24日の夜の屋上へと飛び出したのであった。 爆弾低気圧なるものが迫っているということで、今夜は、ホワイトクリスマス。 俺だって去年は――、なんて一瞬考えると、余計な記憶までが頭に浮かびあがり、ぶるると頭をふって、とにかく歩を進めた。進んで進んでフェンスに手を掛けようとした。 その時である。 白い人型の物体がそこにはっきり視認された。 いや、はっきり視認することで、それが全身に雪をうっすらち被った一人の女性であるとわかった。 まさか、俺が第一発見者? それだけは勘弁、まじで勘弁、と思いながら、女性の肩に手を当てて揺すった。「い、生きてますか? もしもーし」 俺が声をかけると、女性の眼がぱちりと開いた。「きゃあ、変態!」 甲高い声に、いや、自分が言われたあまりにショッキングな一言に、眼を見開いてしまう。たいしてその女性は俺を睨み付けるようにして、ギュッと胸元を抑えつけた。クリスマスに変態とまで言われてしまった自分が哀れでならない。しかし俺はなんとか心のダメージを堪えて、「えっと、害を加えるつもりはありません。あの、それより、大丈夫なんですか? 今日めちゃくちゃ寒いですよ。そんななかで一人で雪を被っていたんだから……」「はっ!」 はっ、と言った女性は、たしかにはっとした感じの表情になり、状況を再確認しようと、辺りを見渡している。「あ、あの、どうしよう、すいません、わたし、その」 そして、突然おろおろとしだす。「いや、細かいことはいいです。とりあえず、命に問題はないってわかったから」「すいません、先ほどは失礼なことを言ってしまって。心からお詫びします」 そこで、あらためて俺は目の前の女性の顔を見た。 まあなんだ、好みのタイプだ。たぶん、俺よりは年上だろうから、仕事終わりのOLといったところか。クリスマスの夜、なにかがあって、あるいは、あまりになにもなくて、俺と同様に屋上へと走る衝動に駆られたのだろう。 俺と彼女は、しばし沈黙の中向かい合った。 目があい、目を逸らす。俺が照れて笑うと、彼女も照れくさそうにわらった。 胸の鼓動がドクンと鳴った。 もしかして、これはあれだろうか、運命的な出会いってやつなのだろうか。 クリスマスの屋上、未遂仲間(?)、これからお互いがこれまでの境遇の辛さなんかを語り合ってうちとけて、ちょっと友情が芽生えて、さらには――。「ひとつ質問していいですか?」 彼女が俺の妄想を断つように口をはさんだ。「な、なんなりと」「運命の出会いって信じます?」「し、信じます!」 なんだこれ、この展開。彼女も俺と同じ気持ちでいるということだろうか。「一目惚れは?」「あると思います」 これは、もうあれだろう、男の自分が頑張る時だろう。頭のなかをフル回転して、最適なセリフを考える。俺がようやく口をひらこうとしたとき、彼女はすくっと立ち上がった「私、行きますね!」「は?」「告白しに」「ど、どなたに?」「アパートの管理人さんに」「えと、おばちゃんしかしなかったような」「わたし、そういう人しか愛せないんです」「は、はあ」「ありがとう、あなたのおかげで踏ん切りがつきました。また自分の心を隠したまま次の1年を迎えるんだって思うと怖くてたまらなくなったけど、わたし、頑張ってみます」 なんだろう、先ほどまで主役級の立ち位置にいたはずの俺が、真の主役に新しい一歩を踏み出すきっかけを与える脇役Aへと成り下がっている気がする。「あの、これ、冷えてるけど、肉まんです。食べてください。ありがとう、良い人!」 彼女はそういって、俺に肉まんを渡すと、もう俺を振りかえることなく、階段のほうへと駆けていった。「良い人、か」まあ、いいさ。 年の瀬、誰もが今年やり残したことはないかと考えるこの時期、少なくとも彼女はやり残しそうになったことに立ち向かったのだろう。良い結果となるかはわからない。それでも、前進ではあるはずだ。 では、残された俺はどうしよう。冷えた肉まんひとつを手にして、また後先考えない行動を繰り返すのか。いや、そういう自分とはもうおさらばだ。 たとえばそう、冬空に浮かぶ、あの名も知れぬ星をピリオドにして。---------さすがにヒドイ・・・最後の文が書きたかっただけなんだけど、滅茶苦茶になりました・・・でも、また頑張ります。
その黄色い、小指の爪ほどの大きさの丸薬の名を、アルピアという。 ひとたび飲みこめば、命と引きかえに真理に到れるといわれる薬だ。 死は刹那に訪れるため、いかなる真理をえたのかを他者に告げることはできない。しかし、アルピアを飲んだものは、決まって幸福そうな笑みを浮かべたままに事切れるため、一応は<何か>に到ることができたのだとされている。1、 その日、カルモが午前の仕事を終え、昼食を取ろうとアパートに帰宅すると、妹のリラがベッドの上で冷たくなっていた。青白くなった顔には、不思議と満ち足りたような笑みが浮かんでいて、とうとうこの時が来てしまったのだと、カルモは悟った。 カルモが、リラの小さな額に手を当てると、外で冬の冷気を吸った自分の手のひらより、なお冷たくなっている。それがいけないことに思え、カルモは暖炉に向かい、マッチを擦りはじめた。まさか、部屋が暖かくなれば、リラが蘇ると思ったわけでもない。ただ、とても寒がりだった自分の妹がまだこの家にいる間は、自分としてできることをしてやりたいと思った。 マッチは湿気ているためか、なかなか火がつこうとしない。 カルモは焦りだして、マッチを次々取りかえて、擦過させる。力が入りすぎているのか、何本も折ってしまう。ようやく火がつき、暖炉の薪に火をうつし、燃え上がる炎を見たとき、不意に涙が頬を伝った。いけない、と思い、慌ててコートの裾で拭って、妹の方に眼をやった。まるで、自分は泣いていない、今のことはなしにしてほしい、と懇願するように。 ――リラはきっと、ずっと求めていた答えに到ったんだ。その人生は意味あるものだったんだ。なら僕は泣いてはいけない。それに、うすうす気づいていたじゃないか、いつかこういう日が来るってことは。 リラは赤ん坊のころに謎の高熱を発し、それからというもの、なぜか身体がほとんど成長しなくなった。ひとりでは満足に歩けず、その人生のほとんどの時間をこの部屋のなかで過ごした。頼みの両親さえ三年前に逝き、それからカルモとリラはふたりで暮らしていた。カルモは十歳から大人に混じり、町の近くに流れる河で、漁の手伝いをすることで生計を立てた。仕事は過酷で、リラにいつも疲れた顔を見せてしまう。そんなカルモの姿を見るたび、リラは、ごめんなさい、と口にした。気にしないで良いんだよ、とカルモがいうと、リラはあわてて笑顔を作るが、無理をしているのは明らかだった。『ねえ、兄さん、人間ってなんのために生きているんだろうね? どうして生まれて、どこに向かうんだろうね?』 いつからかリラはそんなことをよく問うようになった。<人間>とは、他でもない<リラ自身>のことを指しているのだろう。そう気づかないわけにはいかなかった。だが、兄とはいえ、カルモも子供であることにかわりはない。ろくな答えなど浮かぶはずもなく、そんなことより楽しい話をしようよ、と話を切り換えるのが常だった。 部屋がようやく温まったところで、カルモはふたたびリラに歩み寄った。なにげなく布団を掛け直してやると、ベッドの傍らに茶色い瓶を見つかった。アルピアの入った薬瓶に違いない。数年前、両親が亡くなったころにやってきた薬売りを名乗る人物が、無料で置いていった。アルピア、という薬品名と、それを飲めば真理に到れるが、ただし劇薬だ、という言葉を残して。それはこの町の住民すべてに配られたらしく、これまで数え切れない人間が、真理と引き換えに命を落としている。危険な薬とわかっていてなお、多くのものが捨てずに家に置いておくのは、この貧しい町で、誰もが生活苦にあえぐなか、なお生きねばならぬ意味はなんなのか、という問いの答えを求め続けているからなのかもしれない。「ねえ、リラ、答えは見つかったかい? その答えに満足したかい?」 カルモが何度問いかけようと、リラが何をいうわけもなく、ただ静かな笑みが返されるばかりだった。 2、 葬儀が終わった翌日から、またカルモは働きだした。 ソテの町近くの河で、河魚の漁を、この時期手伝う。大人に混じって網を引き、それが終われば網から魚を傷つけないように取りださなければならない。年の終わりが近いとあって寒さは厳しく、作業で熱をもった身体全体からも白い湯気が立ち昇る。動きつづけていなければ、即刻凍えてしまうこともあり、休む暇などみじんもなかった。「おまえの妹はアルピアを飲んだらしいな」 網から魚を外していると、隣で同様の作業をしているひとりの男が、カルモに話しかけてきた。なぜ知っているのかと一瞬考えたが、狭い町のことだ、案外誰もが知っていることなのかもしれない。「はい」と、カルモはひとこと答えた。「ほう、やはりニヤニヤしながら死んでいたのか?」「きっと、真理というのを知れたんだと思います。満足した笑顔でした」「真理、ね。まあ、死人に口なしというからな。その可能性もゼロではなかろうよ」 不快なものがうちによぎった。カルモは、作業の手をとめて、男の方を見る。すると男もカルモの視線に気づいたらしく、こちらを見返した。「何を睨んでやがる」 男にいわれて初めて、自分はそんな顔をしているのだと知った。「いや、あの」 どう答えていいかわからない。そもそも、自分は何を不快に感じたのかもはっきりしていないのだ。「アルピアのもうひとつの噂を教えてやろう。あれはな、国の偉い連中が、増えすぎた人間を減らすために考え出した、大嘘の産物なんだとよ」 カルモはやはり何もいえない。この男はいったい何を、何のために話そうとしているのだろう。「真理なんて見えるはずもない。ただの毒薬なのさ。顔の筋肉が緩むだけのよ。まあ、即効性があるわけだから、苦しまずに死ねると考えりゃ、上の連中も多少は情けがあるのかもしれないぜ」「そんなはずは……」「だから、噂だって。さっきもいったじゃねえか、死人に口なしってよ。真理なんて御大層なものが見えたという可能性も万が一にならあるわけだ。まあ、俺なら家族には絶対勧めないがね」「だったら、僕の妹は、リラは……」「さてね、どうしても知りたいなら、おまえもアルピアを飲んでみろよ。真理は見えなくても、俺のいうことが正しいかどうかなら死ぬ間際にわかるだろうぜ」「冗談でもそんなことはいわないでくれませんか」「なんだよ、怖いのか。自分の妹が無駄死って認めるのがよ」 そう男がいったのと同時に、気づいたときにはカルモは相手に飛びかかっていた。男は漁の仕切りをする親分の息子だ、ことを荒立ててはただではすまないだろう。そういう思考が一瞬頭によぎるが、突きだす拳を止めるには至らなかった。「くそが!」 そう言い放ちつつ、男はカルモの拳を受け止めると、もう一方の太い腕で、カルモを容赦なく殴りつけた。カルモが地面に突っ伏す。口のなかがざっくりと切れたようで、鉄の味が口にいっぱいに広がった。それでもカルモは、立とうとした。こらえきれないほどの激しい怒りがうちに渦巻いていた。しかし、今度は脇腹に激痛が走る、何度も、何度も。男が怒り狂って力任せに蹴りつけているのだ。 他の大人たちが騒ぎだした。やめておけ、相手は子供だぞ、という声がカルモの耳に届く。 しかし、男がもう一度大声を上げたかという瞬間に、後頭部に衝撃がはしり、そこでカルモは意識を失った。3、「明日からは来なくていい」 それが、ようやく意識を取り戻したカルモが聞いた、親方からの言葉だった。カルモが、待ってください、といおうとすると、親方は無言で首を横に振った。 帰り道を歩いていると、いっそうに冷え込みはじめた冬の空気が全身の傷を突いてくる。道いく人々が、驚いた顔をたまに見せるのは、きっと自分がよほどひどい格好と顔をしているからなのだろう。 なんとかアパートにたどり着き、玄関のドアを開けた。外と大差ないほどに冷えたこの部屋に、ひとりきりでいなければならないのだと思うと、不安でたまらくなる。それでもベッドに向かい、湿っぽい布団を頭からかぶった。 ようやく少しは身体が温もりはじめたというころ、不意にリラの笑顔が頭によぎった。 小さなリラ、寂しがり屋のリラ、たったひとりの妹。さまざまな思い出が頭のなかに浮かんで消えるが、どうしても消えないのは、最期に見せた笑顔だった。「違うよね、リラ。リラは無駄死になんかじゃないよね?」 頭のなかのリラは、決して答えてくれない。 ――知りたい。本当のことを。人間がなぜ生きているのかなんて知れなくてもいい。リラの人生に意味があったのだということを僕は知りたい。それを知れるのなら、命だって惜しくない。 カルモは、ベッドから起き出すと、ふらふらとした足取りで、戸棚に向かった。そして、捨てようとしたはずなのに、どうしても捨てることのできなかったアルピアの薬瓶を取りだす。しかし、蓋を外してなかを覗き込んだが、一粒のアルピアさえ残ってはいなかった。残っているのは、小さく丸めた紙がひとつのみ。 それを開いてみると、誰のものか間違うはずもない、懐かしい文字が並んでいた。<わたしは兄さんの妹で良かった。それだけで生まれた意味になる。自慢の兄さん、大好きな兄さん。わたしは答えを急いでしまったけど、どうか兄さんは生きて。生きて答えを見つけて> 読み終えると、カルモの身体が徐々に震え出し、ついには、うおうと叫んで拳を床に叩きつけた。「それは、勝手だよ! 勝手すぎるよリラ! 僕がどれほどきみを愛していたか知っているかい? アルピアの飲んで死んでしまったリラを見たとき、どれほど打ちひしがれた思いでいたかわかるかい? 周りの連中がリラを悪くいおうと、役立たずだといおうと、僕はリラがいるからがんばれたんだ。リラが支えになっていたんだ。そのきみが先に死んでしまって、それでも僕ひとりに答えを探して生きろっていうのかい? あんまりじゃないか。それはひどいよ! それはずるいよ!」 思いつく限りのことを口走ったカルモは、つづく言葉に詰まると、床に崩れ落ち、大声で泣きわめいた。 どれほどそうしていたのかはわからない。それでも、窓の外から入る陽がほとんど消えたころ、涙と鼻水に塗れた顔をごしごしと拭うと、ゆっくりと立ち上がった。 不意に風を浴びたいと思い、窓を開けはなつ。冷たい風を受けて、傷だらけの頬はやはり痛むが、それでもカルモは、今はしばらくこのままでいたかった。 カルモは思う。この年、多くのことが終わった。リラは逝き、なお自分なりに生きようとしたが、ついには生活の術さえ失ってしまった。これから生きることはますます辛くなるだろう。それでも、生きて答えを見つけて、とリラは願うのらしい。でも、リラがいう、答え、とはなんなのだろう。自分の人生の意味だろうか。それとももっと大きな、例えばこの世界が狂った原因だろうか。その元凶に立ち向かえということなのだろうか。それとも、また全然別のことなのだろうか。わからない。今はなにもわからない。だけど、ひとつ間違いないことは、自分は生きていかなければいけない、ということ。リラのために、自分自身のために。だったら、そうだ、自分にはひとつのピリオドがいる。すべてを終わらすためではなく、次を始めるためのひとつの区切りが。どんな些細なものでもいい、ひとつの印となるものが欲しい。 カルモが何気なく夜空を見上げたとき、そこにちょうどひとつの星があった。一番星なのだろうが、カルモは星に詳しくないから、名前さえさっぱりわからない。しかしそれは冬の夜空のなかでくっきりと明滅し、自分の今の気持ちを締めくくるのに最適なものに思えた。「名も知らぬ一番星をピリオドに、か」 そうがらにもなく呟いている自分に気づいて、カルモは静かに笑った。-----------------完全にイベントの枠外になっちゃいますが、ピリオドというテーマでもう一本書きました。結局慌てて書いたことに変わりなく、内容的には中途半端にはなっちゃってるのですが、先日投稿したのが、あまりに残念なものだったので。長いし、感想は別にいりませんので、すみっこにおかせてください。
時々、パソコンが死にかけみたいなうなり声をあげてます。いつ動かなくなるかわからないんで、今のうちに感想を。>朝陽さん 恋に破れて千々に乱れる青年の心が、思いつくままに言葉を生み出していくといった趣きでしょうか。そんな流れに、彼の年相応にリアリティのある勢いを感じました。 外で寒くて震えている時って、寒さで言葉も自然と早口になることがあると思うんですね。そういう勢いにぴったり合っているようで、よかったです。>マルメガネさん 冷えこんだ地方の、暖房も充分に効いていない作業場での一コマを切りとった感がありますね。身にしみる寒さと、血がたくさん出て痛そうだな……という感覚が伝わってきました。 缶細工をめぐるやり取りなど、もう少しエピソードの背景となる事情を知りたいような気もします。>片桐さん 一作目はとにかく勢いがありますね。なんだかよくわからないけど明日からがんばろう(?)、みたいな気持ちになります。白い女性と管理人さんのロマンス、ちょっと見てみたかったかもです。 二作目は不思議な味わいのある、「ここではないどこか」を舞台にした作品のようで。最後にはカルモも妹を追って……とひやひやしましたが、大丈夫でしたか。ひと区切りとしてのピリオドのつけ方を、空に求めたのがよかったのでしょうね。 ただ細かいところを考えた時、彼が希望を見いだすに至った動機がちょっと弱い気もしました。残酷な現実に立ち向かえるように、もう少し生前の妹との生活に触れておくのも悪くないかな、と思います。>自分 こういう男女のやり取りは、意外性を求める類の物語にするのは難しいかな……と思いました。なお、肉はどちらも好きです。
> マルメガネ様 その後、傷はもう治られたでしょうか…… ものづくりの話って、それだけでもちょっとわくわくします。知らない世界を垣間見る楽しさもあるので、ノンフィクションとか書いてみられても楽しいのかも……? とか無責任なことを言ってみますw> ラトリー様 さりげなく干支だ……!>馬と羊 夢のないというか、世知辛いお話でしたねー。結婚ということを現実的に考えるときに、計算が働くのは仕方の無いことかもしれませんが。それにしてもなんだか先に波乱の待っていそうな二人……こういう細かいところの我慢って、積もり積もってあとに響きそうですよね。 久しぶりにご一緒できて嬉しかったです。> 片桐様 一本目。 勢いがあって楽しい小説でした。勘違いしちゃう主人公が可愛いやら気の毒やら。もしかして吊り橋効果的なものも混じっているかもしれないけれど、それにしても、すぐ一目惚れしそうになっちゃうところがとても微笑ましいです。 二本目。 先日、某所でSFのお祭りに参加したときに、ある方の小説を読んでから「踏みにじられる側の物語を書けるというのは、書き手にとってある種の大きな強みじゃなかろうか」というような議論が出たことがあったのを思い出しました。 私自身はどうかというと、マイノリティの側、疎外される側の話を書くことはよくあるけれど、理不尽に踏みにじられる人間の話となると、似て非なるというか、書くのが難しいなと感じたりして…… やるせないお話でしたね。これ、妹はわかっていて薬を飲んだのじゃないかな。真理が欲しかったというよりも、兄の足を引っ張らないように。> 自分 オチませんでした……無念! すみません、まとまりのない感想になってしまいました。平にご容赦を。皆様お疲れ様でした!
朝陽さん読み返して、やっぱりリアルだよなあ、と。こういう人ってそこらじゅうにいそうだし、ところどころでは、こちらの胸にグサリと刺さる部分もあったりなかったり。まま、僕も他人様に言えたことではありませんが、もうちょっと救いのある話を読みたかった気もw。展開としては一方向に進むだけなので、落ちもつけづらかったのかもしれないですね。別の要素をひとつ混ぜると、話としても面白くなるし、その結果落ちもつけやすかったかもしれません。ぐいぐい読ませる力は感じたので、そのあたりは流石だなと思いました。マルメガネさんマルさんらしい生活の一場面を描いた作品ですね。ただちょっと今回のは、描写として惹かれるものがあまりありませんでした。前のミニイベントのは好きだったんですけどね。物語性がないという自覚をお持ちなのであれば、そろそろそっちに力を入れたミニイベント作品なり三語作品なりも、書いて欲しいなというのが個人的要望です。ラトリーさん今回のラトリーさんの作品は、ちょっと意外なものでした。何かしらの仕掛けなり、SS的な落ちがあるのだろうと思って読んでいたので。まあ、考えてみれば即興でそこまでやるのは難しいのかもしれませんが、素直な小説も書かれるんだなと、ちょっとした再発見をした気分です。肉を食べながら最後結婚の話まで行くというのが良いですね。不思議な生々しさがありました。こびりついた匂いってのは、本当にこれで良かったのか、という彼女の心残り、不安を表しているのかな。足の冷えもだけど、もうちょっと話に絡めても良かったかもですね。簡単な感想でしたが、僕からはこんなところです。みなさま、ご参加ありがとうございました (*^^*)