椰子と冬 ( No.4 ) |
- 日時: 2014/12/18 23:12
- 名前: 海 清互 ID:hX.zW/Ck
- 参照: http://www.pixiv.net/member.php?id=5460900
「どうしてこの街には壁があるの」 父に問うたびに、ベルタの父は遥か遠い時代に存在したベルリンの壁のことを思い出すかのように語った。父が他界する頃、ベルタはシェルターの壁を見ながら色々と思案するようになった。 空には突き抜ける青、小鳥のさえずる姿、椰子の木が揺れる紫の木陰、リュウゼツランの花。 ベルタは知っている。今の歳、2014年の16歳になるまでに、この世界が沢山の『影』という物質に追われ、人が住めない世界になってしまったことを。外の世界に時々鹿が現れても、雨が降ってもそれに触れることが出来ないことを。 人口は激減し、ドイツ人も、アジア人もいなくなった。ベルタが知っているのは電子端末の外側に居る男の子だけ。その子は、外の世界との唯一の接点だ。空中に浮かぶ半透明の端末より、彼は手なづけた黄色いインコを手のひらに乗せるとベルタによく語りかけた。 「やあ、こちらは快晴だよ。気温もとても良いし、ダニロもよく僕の真似をするよ」 彼はの話は脈絡がない。気温と動物のみならず、食べ物とペットの話を同時にした時、ベルタは口元を抑えて笑ってしまった。少年は笑われている意味もわからず一緒に笑った。どこにでも居るわけでもなく、ここにいると不遇になってしまうかもしれない笑顔。素敵なはにかみ。かわいいエクボ。 ベルタはそんな少年のことを思いながら『世界の果て』と呼ばれる場所に立って、一人良く外の景色を見つめた。 少年はその場所を知っていて、向こう側から端末も用意せずに木の上に登ると、こちらの展望台へと向かって手を降った。少年の無茶な行動にベルタが不安そうな顔をすればするほど、少年は満面の笑みで得意そうに、曲乗りでもするかのように手を離して騎士のように会釈してみたりしてみせた。
ガジェットの不協和音が響いた。 たった5人しかいない学校の先生がベルタに注意をしたいという。 彼女のホログラフィック端末に『世界の果て』の情景が映し出され、少年のデータが映しだされた。ベルタの先生は言った。 「このような異分子を入れてしまっては、今なお核の問題と『影』の謎が溶けるまでに、間違いでも起こったらどうするのですか」 ベルタは黙った。黙りながらも心の奥底で先生のアバターを睨みつつ思った。 「あのこはそんなこじゃない。ここの秩序を壊さないようにもしてくれたし、私をいつも笑わせてくれるいいひとだ」 ガジェットの向こう側でいつもどおりの世界秩序と、常冬の世界でのCo2発生装置、そこではたらく従業員や免疫機構のことを聞かされる。シェルターの世界は免疫機構の崩壊と遺伝子異常をもたらす危険な区域だ、と。 そこに人の感情が挟まれる予知はない。生活との維持と身体の安全と非暴力とありきたりな日和見。そうベルタは思う。
浸水が始まった、とある人が言った。老朽化が進んでいる施設のある場所から汚染水が流入して、今まさに農業用水を汚染している最中だという。 ニュースでは汚染水のセクタを切り離せばどうにかなるというが、問題は『影』だという。液状化して雪崩れ込んでいるかすら検出できず、人体に侵入して発生した時には既に遅い。ウィルス性か薬害か、放射能か、空気感染かも切り分けができない。 こればかりはどうしようもない、という風に、解説AIとニュースキャスターは談話した。 ベルタは端末へとアクセスし、少年の所在を確かめた。少年は『内側が』不穏な空気に包まれていることを知らない。ダニロは「ベルタ好き、ベルタ好き」と繰り返している。少年は恥ずかしそうにインコ、ダニロを空に舞わせた。 「今ダニロが言ったことは忘れてね」 ベルタはインコという生物がいまいち理解できず、少年の言われるままに頷いた。 その時、ベルタの端末画面に奇妙な服を着た男たちが映った。少年は観る間に口をふさがれてその男たち羽交い締めにされる。必死にもがく少年に対して名前すら聞いてなかったことを思い出しながらも、ベルタは叫んだ。 「ちょっとあなたたち、その子を放しなさい!」 画面から少年の顔は消え、端末を閉じて『世界の果て』に急いだベルタは息を切らしながらそこから林立する熱帯植物を見た。あれほど鮮やかだった常夏の世界が、不気味にうねって見える。目を凝らせど少年の姿も、片手で木を掴んで会釈する姿も見当たらない。 何かとてつもない事が起こったように思えて、ベルタは呆然とその場にへたり込み、延々と続く緑の世界を見続けるほかなかった。
少年の罪は不正アクセス罪と言われた。ベルタの端末に涙がこぼれ落ち、ホログラム像が歪んだ。 少年は数日後に釈放され、胸躍る気持ちと不安な気持ちでいっぱいになりながら、あの時のようにベルタは走った。 果たして、少年はそこに居た。日に焼けた風貌は既に無く、薄白い肌で陰鬱な顔をした少年がそこに居た。ダニロはそこにいない。ベルタは呼吸を整えると身の安否やダニロのことを聞いた。 少年は言った。 「君の世界は地獄のようだね。僕の身体を切ったりつけたり、免疫とか、良くわからないことを言って色々と切り離していったんだ」 彼が肩付近の服をめくったそこには、焼けただれたような跡があった。
数日後、ベルタは教師のアカウントに対する侵入コードを不正入手すると、そこから公共施設、政府関係者と次々とBOTを仕掛け、少年の情報と自分の情報を世界から切り離した。 その日、少女と少年は世界から消えた。 その情報には「ベルタ、影に感染、予想死亡日数」と書かれており、少年にも同様の日数が記されていた。 ベルタはどうしてか、それを観て微笑んだ。 データを消去したその足で端末を汚染区域に忍び込んで廃棄すると、『世界の果て』へと向かった。 彼はそこに居た。世界の果ての、望遠のガラスの淵に、立って風に吹かれて居る。この間と違い、笑顔も戻って、ダニロも戻ってきているようだった。 ベルタは少年名前を聞いた。そして少年の口から出てきた名前はとても無邪気で、美しい響きを持った素敵な名前だと思った。 ベルタがガラス越しに目を閉じ、そっと少年の手とかさな合わせると、少年もそうした。 ガラスの向こう側で重なる唇に体温は伝わらない。 ベルタの頬に涙がつたい、目をつむったまま少年に唇の動きを伝えた。 「好きよ。ずっと」
|
|