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RSSフィード [55] 梅雨の怪談!
   
日時: 2012/06/10 22:28
名前: 片桐 ID:Nyb.Di1w

はじまります。ミニイベント。
今日は、怪談・ホラーに挑戦。
テーマは「梅雨」です。梅雨にまつわる怪談かホラーを書いてみてください。
締め切りは、11時半。多少遅れても、大丈夫です。
ぞぞぞ、っとしてみましょう。

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雨の中のできごと ( No.4 )
   
日時: 2012/06/11 02:55
名前: 片桐 ID:WTZkbyas

 この程度なら、と思い切って店を出、数分もしないうちに雨は本降りへと変わった。
 風も強まり、つぶてのように固くなった横殴りの雨粒に、眼を開くことさえままならない。日曜日の昼に出歩き、珍しく書店に寄ってみたらこれだ。「くそ」などとうそぶいてみても、かえって苛立ちがつのるばかりだ。とにかく屋根のあるところをと、私は近くの店舗の下に駆け込んだ。
 店は、シャッターが降りており、どうやら閉店中らしい。しかし、いちいちことわりをいれなくてすむのはかえって好都合だと思い、しばらくやっかいになろうと決めた。
 雨の勢いはなお激しく、いったいいつになったら止む気配が見えだすのかもわからない。自宅まで駆けていこうとも考えたが、今はとりあえず一服しようと、胸ポケットからマイルドセブンを取り出した。着火口が濡れたせいか、上手く火が付かずに、いらだちがつのる。そんな時、不意に、赤いものが視界の隅を横切った。
「まあ、まあ、ひどい雨」
 そう言いながら、若い女が赤い傘をたたんでいた。さんざ雨を吸った長い髪が、頬に張り付いている。女は、無言のまま濡れた髪を二度三度と手で梳くと、私から少し離れて立つ。
歳は二十代後半といったところか。透けたシャツが肌にすいつき、下着のラインさえ浮んでいる。じろじろ見てはいけないと思って、雨に煙る向かいの看板を見ようとはするが、視界の脇に意識が向かうのは、おさえようがない。
「よりこちゃんは、こういう雨は好きじゃないね」
 突然、そんな声が聞こえた。
 女が言ったのは間違いないが、かといって私に向けて語りかけたわけでもないらしい。
「よりこちゃんは、もっと優しい雨が好き。だって、そうじゃないと、雨の中をお散歩できないもの」
 つい女を見てしまうが、私の視線に女が気づく気配はない。独り言をつづけ、よりこちゃんはどうだ、よりこちゃんならこうだ、と延々しゃべり続けている。一瞬でも下心が見え隠れした自分がいたたまれなく、この場を離れようとした。すると。
「あの」
 声が掛かった。
 嫌な予感がしつつも、女のほうに目をやると、こちらを向いて、微笑みを浮かべていた。
「何か?」
 私は、できるだけ愛想なくいうように心がけた。が、女は、ふふふ、などと笑い声をあげて、「お話ししませんか?」と尋ねてきた。
「いや、私は――」
 私が言いかけるのを遮り、女は口を開く。
「よりこちゃんは、とてもかわいい子なんです。えくぼを浮かべて笑う女の子で、お花の絵が描くのが大好き。いつもわたしにその絵をプレゼントしてくれるんですよ。はい、ママにプレゼント、なんていって。わたしがよく描けたね、上手だね、と言って褒めてあげるとね、ウフフってはにかんで、わたしに抱きついてくるんです。そしてね、よりこちゃんは雨が大好き。雨のなかをお散歩するのがなにより大好きなんです」
 女がいくら語ろうと、私にはあいづちさえ挟みようがない。ただ黙って、立ちつくす。
 さきほどは、女が自分自身のことをよりこちゃんなどと呼んでいると思って、痛々しく感じていたが、どうやら、よりこちゃんというのは女の、娘の名前なようだ。どちらにせよ、この母親では、そのよりちゃんとやらも、さぞ苦労しているに違いない。
 女は、娘の自慢話をつづけている。私のほうを向いてはいるが、会話をしたいのではなく、ただ聞かせたいだけらしい。
 いい加減飽き飽きし始めたとき、幸いにも雨音が弱まった。
「あら、いい感じの雨になった」
 女もそれに気づいて、やや小振りとなった鉛色の空を見上げる。
「いいわ、いい。こういう感じの雨が、よりこちゃんは好きなのよ。ね、よりこちゃん?」
 そういって、女は、手にした赤い傘を見た。
 私もついその傘に目をやると、がさがさした布のようなものが赤い傘にかぶさってみえる。なんだろう、と思って目を凝らしてみるが、いまいち判然としない。
「よりこちゃんは、こういう雨が大好き。でもね、よりこちゃん、いくら雨が好きだからって、周りが見えないまま走り回っちゃだめ。そんなことをすると、またあんな危ない目にあってしまうから。だからこれからは、ずうっとママと一緒にお散歩です。いいわね、よりこちゃん」
 かわいそうに、と声になりそうなのをおさえて、女を憐れむ。
 詳しい事情はわからないが、きっとそのよりこちゃんは、事故か何かに遭ったのだろう。そしておそらく、その幼い命を落とした。この若い母親は、心が崩れ、今もなお、そのよりこちゃんの幻影とともに、雨のなかを歩くのだ。
「さあ、いきましょう」
 女はそういって、手にした赤い傘を開く。
 やはり何かが貼りついている。
 ――いや、覆いかぶさっているのか? 大きい。ふやけたスルメのような? いや、それにしては……。
 その時、ふやけたなにかの一部を見て、私は息をのむ。
 やわらかそうな毛がまばらに生えた、小さな小さな渦。
 それは、ずっと以前に、親戚の子供とおいかけっこをした時の記憶を呼び起こす。
 私は、いよいよ遊びの時間を終えようと、親戚の子供にいっきに駆け寄り、その後ろ姿のてっぺんに、小さな小さな渦をみつけたのだ。
 立ち尽くす私をよそに、女は背中を向けて歩き出す。
 ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん、という例の歌が聞こえたが、やがてそれさえ、未だふりやまない雨のなかに消えた。

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