はじまります。ミニイベント。今日は、怪談・ホラーに挑戦。テーマは「梅雨」です。梅雨にまつわる怪談かホラーを書いてみてください。締め切りは、11時半。多少遅れても、大丈夫です。ぞぞぞ、っとしてみましょう。
うっとうしい季節にせめて風雅な名前をつけたのは、暮らしの知恵なのか、それとも皮肉なのか。愚にもつかないことを考えていると、また雨が降り出したらしい。雨粒が窓を叩く音、じっとりと重くなっていく服や髪、淀んでいく空気などが全てうっとうしい。ああ、イライラする。やるべきことをすべて投げだして、ベッドにごろりと寝転べばしみだらけの天井が視界いっぱいに広がる。見るともなしにそれを眺めていると、染みひとつひとつが意味のある形に見えてきた。たしか、何とか現象というらしいが思い出すことすら億劫だ。ああ、左下のあの染みは女房の若い頃に似ている。出逢ったばかりの頃は、大人しく控えめな女だったのに、ふてぶてしく口うるさくなったのはいつからだろう。ほら、天井の中央辺りの染みは口汚く自分を罵っている時の女房の姿だ。あいつは愚痴愚痴いだすときりがなかった。こちらが飯を食っていようが、新聞を読んでいようがお構いなしに責めたててくる。自然と無視をする癖がつき、それがまた女房のカンに障ったようだ。おお、右上の染みはあの日の女房の顔そっくりではないか。今日のように蒸し暑い、雨の降る夜のことだった。いつものように女房がぐちぐちと文句を言いだしたので、適当にうんうんと相槌をうちながら買ったばかりの文庫本を開いていた。「ちょっとあんた聞いているの」それが突然取りあげられ、醜い女の顔が眼前にあらわれる。それを見た瞬間、あ、もうダメだと思ったのだ。もうこの女と一緒に暮らせない、だから、だから。「私を殺して天井裏に隠したの?」カギを閉めたはずの玄関がガチャリという音と共にあき、煌々とした月の光と共に小山のごとく膨れ上がった女房が入ってきた。「本当にあんたは詰めが甘いんだから、どうするのよこんなに天井しみだらけにして」きいきいとした叫び声が響いた瞬間、天井の染みという染みから一斉にかつて女房だったものがぬめぬめと滴り落ちてきた。まるで、雨の、ように。
しとしとと雨の降る音がする。 湿り気を帯び、カビの匂いを含んだ空気が澱んだ薄暗い部屋。 陰鬱な空気に混じり、饐えた匂いがする。「これは、いかなる病なのか」 降りしきる雨の中、往診に来た医師が首をかしげる。 彼の目の前には、かかりつけになった少年が生気に乏しい顔をして横たわっている。その彼が横たわる布団は水に濡れていたわけでもなく重く水気を含み、畳まで濡れて色が変わっていた。 重く水気を含んだ掛布団を剥がすようにして取り払い、医師は少年を診察する。 蝋のように白くなった体は冷たく、死人のようでもあり、ところどころに斑紋が現れていて、触ると少年はひどく苦悶の相を浮かべた。 薬を処方したもののその効果のほどは芳しくなく、彼は日ごとに弱っていく。 ただごとではない、ということは医師も分かったが、それが何であるのかはけんとうもつかなかった。「先生。きれいなお姉ちゃんがいるよ」「どこにだい?」「先生の後ろ」 診察時、少年が必ずそう言う。 最初は医師も聞き流していた。病に侵されて出る妄言の類として。「あ、お姉ちゃんが帰る。僕も寝よう」 彼はそう言って眠るのである。「いかがですか? 」「今、眠りましたですよ」「そうですか」 少年が横たわる奥座敷から出た医師は、彼の母親に聞かれてそう答えるしかなかった。「ところで、奥様。つかぬことをお聞きして失礼ですが、このお屋敷に龍騎君と親しい姉妹はいらっしゃいますか?」「いいえ。おりません。どうしてですか? 先生」「ふむ。実は、彼を診察すると必ず、きれいなお姉ちゃんがいる、というのです。そこでおききしたのです」 医師がそう母親に言うと、母親は心当たりがない、という表情をした。「今日はここで私は帰りますが、もし何かあれば連絡ください。駈けつけます」「ありがとうございました」 医師が屋敷から出て行くのを、母親が玄関先まで見送る。 その頃には陰鬱な雲が次から次と流れ、小降りとなって霧雨が風に舞っていた。 医師が帰ったあと、母親は広い屋敷の廊下を歩くと、どこでどう紛れ込んだのかアマガエルが一匹跳ねていた。 そのアマガエルの跳ね方は少し変だった。 縁側の引き戸を開けて、そのアマガエルを逃がそうとしたとき、母親はぎょっとした。 そのアマガエルは片目が取れかかっていて、体も血まみれだった。 何かに襲われたのかもしれなかった。 気味が悪い、とばかりに外につまみ出して、奥座敷に入ると少年が薄目を開けた。「先生は?」「帰られましたよ。 どうしたの?」「夢を見たの」「どんな夢?」「きれいなお姉ちゃんが、ボクの変な病気治してあげるって。だから、きれいなその片方の目をちょうだい、って」 母親は、まさか、と思って息子の顔をのぞきこんだ。 腫れたように重く下がった両の瞼の下。 片方の目が白く濁り、血膿と一緒に飛び出して布団に落ちた。そして、体に浮き出ていた赤紫色の斑紋も破れて出血した。 母親はそれに驚き、素っ頓狂な声を上げて腰を抜かした。「奥様。いかがいたしました? あっ。大変だ。坊ちゃんが。坊ちゃんが」「医者を呼べ。医者を呼ぶんだ」 母親の素っ頓狂な声を聞きつけて駆け付けた使用人たちが慌てふためき、屋敷は大騒ぎだった。 診察していた医師が呼び戻され、診察がなされ大病院に紹介状が書かれた。 それから、数か月後。 体に浮き出ていた斑紋の傷痕が残り片目を失った少年は、何事もなかったように元気を取り戻していた。「先生。あれはいったいなんだったのでしょうね」「わたしにもわかりませんね」 母親に聞かれて、診察した医師がそう答える。 母子が帰った後、医師がホルマリンの入った標本保存瓶に視線を移す。 透明なガラスの標本瓶の溶液の中には、少年から抜け落ちた白く濁った眼球が浮かんでいてこちらを見ている。「きれいなお姉ちゃん、か」 それが何者だったのかはわからない。 しかし、少年が治癒したのは事実だった。 標本瓶の少年の眼球を眺めていた医師は視線を反らし、不思議なことだと思った。
濡れ女さんと僕 僕は六月が嫌いだ。雨が長引く梅雨が大嫌いだ。恵みの雨と人は言うだろうけど、僕の半径五キロは雨など無くして欲しいと、神様がいるのなら、本当に神様などと言う当てのない存在がいるのなら、どうかお願いします、お願いしますと願ってやまない。破廉恥極まりない雨乞いじゃなくて、晴天の儀式でも何でも致します、致します。どうか僕だけに干ばつを。どうか日照りを下さいな。僕が梅雨を嫌う最大の理由は、濡れ女さんと親しくなった事でもあった。今年も梅雨を僕は怖がる。 去年の梅雨の最中、彼女は突然僕の部屋、オンボロアパートに入っていた。「おかえりちゃん、待ってたぜ、ここはかなり居心地がいいな、当分やっかいになるぜ、夜露死苦!」 酒臭っ! それが僕の第一声だったのを覚えている。目のやり場に僕は困った。白のビキニ姿のボン、キュッ、ボンな女性がそこに居たからだ。ウェーブが掛った黒髪は濡れていて恐ろしく長い、脹脛まであるだろう。しかも当然のように横になり、テレビを見ながら裂きイカを齧り、焼酎をロックで飲んでいた。「フヘヘ、雨漏りなんて直すなよ、直したらお前も五連続三振完封試合にしてやんよ」 尻を掻く彼女、おっさんだったら間違いなく警察に突き出していただろう。 好きなチームが完勝し、上機嫌の彼女は濡れ女さん。妖怪だ。 自己紹介も簡単に、どうして僕の部屋にいるか尋ねる。「ウヘヘ、ノーアウト満塁からの三者連続三振にはオシッコちびりそうになったんよ、今日は祝杯あげるぜよ、グゥグゥ・・・」 酔い潰れて寝てしまった濡れ女さん、彼女の腰あたり、フローリングの床に水溜りが広がっていた。僕は彼女をベットに運ぶ、彼女の身体は豆腐のように湿っていた。木綿は揉めんと、何とか理性を僕は働かせる。臭いは嗅がずに帰って早々、人様、妖怪の排尿を拭く憐れな僕。翌朝、彼女が寝ていた僕のベットはびしょびしょに濡れていた。 決して目の保養じゃない、そう僕は言い聞かせる、濡れ女さんとの生活が始まった。 濡れ女さんは全てを濡らす。眠る時はかならず酔い潰れる。風邪を引かないと言うので風呂場まで僕が運ぶ。 焼酎と裂きイカと野球が大好き、と言うかそれ以外は口に入れない、なので食費はそれほど掛らない、家事は全くしてくれない、部屋から全く出ないかなりのインドア、洗濯物は全く乾かない、トイレにも全く入らない、好きなチームが劇的に勝つと排尿し水溜りが出来る。逆転負けすると、泣き疲れて愚痴を溢し寝てしまう。外見はスーパーモデル、中身はおっさん。一度理性が吹き飛び、寝込みの彼女を襲ったけど、ある程度の力を加えると濡れ女さんは水風船のように弾けて排水溝に流れる。翌朝には元に戻っている。 梅雨が終わるまで僕は芯棒とともに辛抱していた。 梅雨が終わり、僕の生活は静けさを取り戻した。 水風呂に浸かり、さも水死体のように眠る濡れ女さんがもうじき目を覚ますんじゃないかとビクビクしながら、僕は梅雨を怖がる。
この程度なら、と思い切って店を出、数分もしないうちに雨は本降りへと変わった。 風も強まり、つぶてのように固くなった横殴りの雨粒に、眼を開くことさえままならない。日曜日の昼に出歩き、珍しく書店に寄ってみたらこれだ。「くそ」などとうそぶいてみても、かえって苛立ちがつのるばかりだ。とにかく屋根のあるところをと、私は近くの店舗の下に駆け込んだ。 店は、シャッターが降りており、どうやら閉店中らしい。しかし、いちいちことわりをいれなくてすむのはかえって好都合だと思い、しばらくやっかいになろうと決めた。 雨の勢いはなお激しく、いったいいつになったら止む気配が見えだすのかもわからない。自宅まで駆けていこうとも考えたが、今はとりあえず一服しようと、胸ポケットからマイルドセブンを取り出した。着火口が濡れたせいか、上手く火が付かずに、いらだちがつのる。そんな時、不意に、赤いものが視界の隅を横切った。「まあ、まあ、ひどい雨」 そう言いながら、若い女が赤い傘をたたんでいた。さんざ雨を吸った長い髪が、頬に張り付いている。女は、無言のまま濡れた髪を二度三度と手で梳くと、私から少し離れて立つ。歳は二十代後半といったところか。透けたシャツが肌にすいつき、下着のラインさえ浮んでいる。じろじろ見てはいけないと思って、雨に煙る向かいの看板を見ようとはするが、視界の脇に意識が向かうのは、おさえようがない。「よりこちゃんは、こういう雨は好きじゃないね」 突然、そんな声が聞こえた。 女が言ったのは間違いないが、かといって私に向けて語りかけたわけでもないらしい。「よりこちゃんは、もっと優しい雨が好き。だって、そうじゃないと、雨の中をお散歩できないもの」 つい女を見てしまうが、私の視線に女が気づく気配はない。独り言をつづけ、よりこちゃんはどうだ、よりこちゃんならこうだ、と延々しゃべり続けている。一瞬でも下心が見え隠れした自分がいたたまれなく、この場を離れようとした。すると。「あの」 声が掛かった。 嫌な予感がしつつも、女のほうに目をやると、こちらを向いて、微笑みを浮かべていた。「何か?」 私は、できるだけ愛想なくいうように心がけた。が、女は、ふふふ、などと笑い声をあげて、「お話ししませんか?」と尋ねてきた。「いや、私は――」 私が言いかけるのを遮り、女は口を開く。「よりこちゃんは、とてもかわいい子なんです。えくぼを浮かべて笑う女の子で、お花の絵が描くのが大好き。いつもわたしにその絵をプレゼントしてくれるんですよ。はい、ママにプレゼント、なんていって。わたしがよく描けたね、上手だね、と言って褒めてあげるとね、ウフフってはにかんで、わたしに抱きついてくるんです。そしてね、よりこちゃんは雨が大好き。雨のなかをお散歩するのがなにより大好きなんです」 女がいくら語ろうと、私にはあいづちさえ挟みようがない。ただ黙って、立ちつくす。 さきほどは、女が自分自身のことをよりこちゃんなどと呼んでいると思って、痛々しく感じていたが、どうやら、よりこちゃんというのは女の、娘の名前なようだ。どちらにせよ、この母親では、そのよりちゃんとやらも、さぞ苦労しているに違いない。 女は、娘の自慢話をつづけている。私のほうを向いてはいるが、会話をしたいのではなく、ただ聞かせたいだけらしい。 いい加減飽き飽きし始めたとき、幸いにも雨音が弱まった。「あら、いい感じの雨になった」 女もそれに気づいて、やや小振りとなった鉛色の空を見上げる。「いいわ、いい。こういう感じの雨が、よりこちゃんは好きなのよ。ね、よりこちゃん?」 そういって、女は、手にした赤い傘を見た。 私もついその傘に目をやると、がさがさした布のようなものが赤い傘にかぶさってみえる。なんだろう、と思って目を凝らしてみるが、いまいち判然としない。「よりこちゃんは、こういう雨が大好き。でもね、よりこちゃん、いくら雨が好きだからって、周りが見えないまま走り回っちゃだめ。そんなことをすると、またあんな危ない目にあってしまうから。だからこれからは、ずうっとママと一緒にお散歩です。いいわね、よりこちゃん」 かわいそうに、と声になりそうなのをおさえて、女を憐れむ。 詳しい事情はわからないが、きっとそのよりこちゃんは、事故か何かに遭ったのだろう。そしておそらく、その幼い命を落とした。この若い母親は、心が崩れ、今もなお、そのよりこちゃんの幻影とともに、雨のなかを歩くのだ。「さあ、いきましょう」 女はそういって、手にした赤い傘を開く。 やはり何かが貼りついている。 ――いや、覆いかぶさっているのか? 大きい。ふやけたスルメのような? いや、それにしては……。 その時、ふやけたなにかの一部を見て、私は息をのむ。 やわらかそうな毛がまばらに生えた、小さな小さな渦。 それは、ずっと以前に、親戚の子供とおいかけっこをした時の記憶を呼び起こす。 私は、いよいよ遊びの時間を終えようと、親戚の子供にいっきに駆け寄り、その後ろ姿のてっぺんに、小さな小さな渦をみつけたのだ。 立ち尽くす私をよそに、女は背中を向けて歩き出す。 ぴっちぴっちちゃぷちゃぷらんらんらん、という例の歌が聞こえたが、やがてそれさえ、未だふりやまない雨のなかに消えた。
一度書いた感想がアップできず消えたので、改めて。お、残念ではあるけど、怪談イベントっぽくて良いかもしれないw。さて、皆様、ご参加ありがとうございました。個々の作品へ、感想を書いていきたいと思います。>染み上手い、そして〆が格好良い。流石ですね。僕は、フィクションにおける恐怖に鈍感なことが多いですが、これはぞぞぞと来ました。一言でいえば、びしっと決まった怪談、という印象です。一点だけ気になったのは、小山のように膨れた女房が玄関から入ってくる、というのが僕にはイメージしにくかったです。水風船のように全身が膨れた女性というふうに、今は頭の中に思い描いていはいるのですが。ご参加くださり、どうもありがとうございました。>奇妙な話怖い、というよりは、奇妙な話でした。語彙や言い回しから醸し出させる雰囲気は、おどろおどろしいのですが、そのまま、こういうことがあった、と終わっていった感じです。あと、なんとなく僕は読みにくかったです。神視点なのだとは分かりますが、そういう記述になりきれていないと感じたのかな。上手く言葉にできず申し訳ないですが。あと、会話交換を鉤カッコで三回ほど続けたあとに、それは誰の発言だった、とするのは、やはり面倒だし、分かりにくいです。ともあれ、執筆、ご苦労様でした。>濡れ女さんと僕 何となく、作者も何を書きたいのかはっきりしないまま、ギャグや駄洒落、不条理展開を書き連ねたという印象を持ちました。というのは、怪談かどうこうより、話として収束していないと感じるためだと思います。もちろん、こういう僕も特にミニイベントだと、そういう事態に陥ることは多いですがね。何とか、ぞぞぞという風に持っていこうとされたのでしょうか。 精力的に、こういったミニイベントにご参加されているようですね。こちらにも足を運んでくださり、ありがとうございました。 自作。駄目だ。でも、改善点が見つかったのは収穫でした。
ミニイベントの感想と反省点をば、いまさらながら。杜若さん>さすがです。さらっと読んだ感じで、今の女房、前の女房のつながりがようわかりませなんだ。さいごでなんとなくつかめた感じです。怨念って怖い。水樹さん>濡れ女。これ確かに妖怪であるけど、いまどきのスタイル?って感じでなかなかいいんじゃないかしら。怪談というより不条理の収束?いまいちつかめませなんだが、それはそれでよいかと。片桐さん>幻影に生きる人でしょうか?愛娘をなんぞで失うて壊れた母親?そんな感じも受けました。自作。怪談に仕立てようとして、雰囲気だけは出せたかもしれないけれど、指摘があったように会話文ちょいと読みにくいし、奇妙な話で終わらせてしまいました。もっと、なんぞ書き込めばよかったんかなぁ、とか思うてみたり。工夫してみます。