もはや開き直るしかないですね。……ごめんなさい ( No.4 ) |
- 日時: 2011/04/05 18:55
- 名前: 弥田 ID:Vrnz9ThU
稼働する洗濯機の蓋を、ひょい、とふいに開けてみる。中には銀河が渦巻いて、きらきらとしろがねに輝いていた。綺麗だった。このまま覗き続けていれば、いずれ眼に映り込んだ色彩がはっきりと焼き付いて、わたしの瞳も少しはマシになるのかしらん、なんて思うくらいに綺麗だった。放り込んだ大量の衣服たちは、銀河の運動に飲み込まれて、宇宙の黒い真空をぐるぐる廻り続けていた。 気怠いま昼のまっただ中だった。窓越しに差しこむおうごんの日光が、温かいお布団のようにわたしの全身を包み込んでいた。風はあまりなかったけれど、時折、思いだしたように強いのが一陣舞い込んで、そのたびに庭の木々たちは静かな枝を一斉に震わせ、とたん鳴り響く心地よい葉擦れの音に自ら酔い痴れる、そんな日だった。 わたしは少年のように純真な心で、じっと銀河を見つめていた。目の錯覚か、見つめれば見つめるほどに、それはだんだんと近づいてくるようだった。このままだんだんと昇ってきて、やがて洗濯機から溢れてしまったら、その時はいったいどうなってしまうのだろう。
「宇宙とか、星とか、そういうの好きなんすよ」 ふと言葉を思いだす。いつかの誰かの、交わしたはずのたわいもない会話。わたしたちはアルコールを飲んでいて、吐き出す息にはいやな臭いがしみついていた。そんなもの気にもかけず、静かな午後の真ん中に、ふたり、体温と、快感と、その他雑多な色々なものをいつまでも交換し合っていた。 「わたしは好きじゃないの?」 聞き返すと、相手ははにかむように笑って、言うのだ。 「女の子は、それそのものが宇宙だから」
洗濯機の中の衣服は、すべてその頃に着ていたものだ。 ならばこの銀河は、もうすでに過ぎ去ってしまったわたしの、少女時代の結晶なのかもしれない。 こんなにも綺麗なものが身体の中で渦を巻いていた、そんな時代がたしかにあったのだ。 なにかが私の心臓をなでる。きゅ。と音がして、下腹が収縮する。 誰かの面影を必死に思いだそうとした。でも、無理だった。癖だったあの可愛らしいはにかみさえ、もはや忘却の彼方だった。浮かぶのは唇の隙間から見える、あのまっ白な歯並びばかり。ところどころが焦げてぱさぱさになった、あのまっ白な骨格ばかり。 銀河はまだまだ近づいてきて、すでに手を伸ばせば触れるような、そんな距離にあった。いいさ、溢れるなら溢れてしまえ。しろがねの輝きがわたしを、そして世界を包み込む、そんな光景を夢想した。なにもかもがきらきらと綺麗で、切ないくらいで、訳もなくはにかみながらまっ白な死を迎える。そんな光景を夢想した。
そしてわたしは蓋を閉じた。するとあたりはもとの昼下がりで、洗濯機の稼働するごろごろという音と、時折鳴り響く葉擦れの心地よさと、降り注ぐおうごんの日差しと、それ以外はなにもない穏やかな世界だ。 あは、あは、あは。おかしな感傷なんかに、殺されてたまるか。そんなものにとらわれるのは、馬鹿のすることだ。 けれども、どうしてか涙がこぼれた。つぎからつぎへと溢れてくるのでしかたがなかった。困った。どうしようもないので、うずくまってひとしきり泣いた。声だけはあげなかった。声をあげてしまえば、きっとまた、あの蓋を開けてしまうに違いなかったのだ。
泣き止んでから、顔を洗おうと洗面台に向かった。鏡を見て驚いた。ふたつの瞳に銀河が焼き付いてぐるぐると回転していた。ちいさく笑って、ようやく思いだした。その笑い方は、誰かの可愛いはにかみにそっくりだった。
|
|