Re: ミニイベント「再会」 ( No.3 ) |
- 日時: 2013/07/27 01:37
- 名前: とりさと ID:LDZDKpnI
あめふらしが現れたのだろうか。 朝起きたら、外は雨だった。ざあざあさあさあ、水の滴が糸を引いて降り注いでいる。灯りの落ちた部屋で、私はそれをぼおっと眺めていた。 雨が降っているということは、町の誰かがあめふらしになったということだ。知り合いではないといいけれども。あめふらしになるのは、大体が大泣きしている時の人だから。そう思って、そっと息を吐く。 何にしても、この雨の中で誰かが泣いていると思うと憂鬱になってしまう。雨が作りだすしんみりした空気を感じてしまっては、とても外を歩く気にもならない。 いつもならば部屋で本でも読んで時間を潰すのだが、実は先日彼らと喧嘩をした。反抗して、奴ら、本棚から出ようとしない。無理に引っ張り出してみれば、今度はページが開けない。何が奴らをそうまでさせるのか、殻を閉じた貝のような堅固さを見せつけてくれる。 紙切れに過ぎないくせに、生意気なことこの上ない。一応私は金銭を支払い、本人たちの了承も得て彼らを所有しているのだ。それがお菓子のカスが間に挟まったやら、表紙にちょっとコーヒーの染みが出来たやらそんな些細なことで文句をつけてくる。いい加減真面目に相手をするのも面倒になって「読めればいいじゃん」と私が言ったら、とうとう本の奴ら、キレた。私に自分を読ませてやるものかと、己の存在価値を揺るがすようなことをやってくれやがった。 しかし暇な時にこのストライキは堪える。どうやっても一文字も読ませようとしない奴らにとうとう腹を据えかね「物体の分際で!」と叱りつけたら、ぶつんと音を立てて部屋の明かりが消えた。 見上げると、電灯がへそを曲げていた。どうやら先ほどの言葉が気に障ったらしい。いくら雨の日は外に出ずらいとはいえ、灯りの落ちた部屋にずっといるわけにもいかず「もう勝手にしろっ」と言って部屋を出ようとしたら、本当に勝手し始めた扉を開けることができなかった。 自分の発言の迂闊さに気が付いた時にはもう手遅れで、いつの間にか部屋にある物品連中は大概がわたしに反抗の意を示していた。 おかげで今の私には、窓から外を眺めるほかにやれることがない。冷蔵庫は開かない。蛇口はひねれない。ベッドに寝転がろうとしたら転がり落とされ、座ろうとした椅子には全力で逃げられる。もはや犯行と言うより反乱と言って差し支えないと思う。味方と言えば来ている服のみで、後は中立の壁と床と天井がいるだけである。 物体連中は拗ねると始末に困る。困るが、拗ねるのが物体共の専売特許と思ってもらっては大間違いである。 私だって、すねる。 口をとがらせてへそを曲げ、謝ってやるかとぶうたれる。 そうして出来上がったのが、明かりも落ちた部屋で延々と窓から外を眺める私である。正直言うと、ちょっと飽きてきた。 とはいえ、謝る気にはまるでならない。持久戦で有利なのはライフラインを担う奴らに決まっているけれど、人死にが出たら困るのも奴らだ。ああいう奴等は、自分がライフラインを担っているということに誇りを持っているから、自分の担当範囲で人が死ぬようなことを極端に嫌っている。だから、私の勝ちは揺るがないのだ。 そんな私達の争い事は余所に、雨はしとしと静かに降り注いでいる。窓枠から微かに漏れる音で、ガラス越しに見えるその風景で、何故だかもの悲しくなるのは、その雨があめふらしの感情を映しているからだろう。 そんなことを考えていると、唐突に部屋の明かりが点いた。見上げると、電灯が根負けしていた。にやりと笑ってから蛇口をひねったら、何の問題もなく水が流れる。冷蔵庫を確認してみれば、しっかり保冷された食材が並んでいる。久しぶりに思い通りになる自室との再会である。 勝った。 満足してベッドに倒れ込むと、問答無用で転がり落とされた。床で寝ろとの事らしい。勝ったはずが、何故。驚愕と共に部屋の様子を確認して「oh……」と言葉が漏れた。 最低限のライフラインを担う奴ら以外は、まだまだ反旗を翻したままだった。 こいつらから勝利をもぎ取るのに、どれくらいかかるだろうか。平和な自室の再開まで待ち受ける受難を思うと、ちょっと泣けてきた。 憂鬱に息を吐いて、暗くなり始めた外を見る。 ほんのちょっとだけ、雨の勢いが強くなっていた。
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