困り笑いの午後 ( No.2 ) |
- 日時: 2012/01/03 03:01
- 名前: ねじ ID:4qT52.r6
61歳の社長と秘書との純愛?
社長の年齢を知っているのは、会社では私ぐらいではないだろうか。 ほんの少しの白髪が寧ろ銀糸のようで華やかな黒髪はつやつやとしていて、はりはなくともなめらかな頬にはしみ一つない。趣味と仕立てのよい服に包まれた背筋はいつでもぴんと伸びて、声は耳にここちよい低さを保っている。どれだけ多めに見積もっても五十五より上には見えないこの人が、実は還暦をすでに迎えた六十一歳だとは、にわかには信じがたい。 「ハンバーグステーキ。ライスセットで、食後にコーヒーをお願いします」 見た目だけではなく、この歳とも思えないほどよく食べる。この人から胃腸の不具合について、というよりも、健康に関する愚痴というものをほとんど聞いたことがない。二十八の私の同期のほうが、よっぽど病気だの腰痛だの胃もたれだのの話で盛り上がっている。秘書である私は社長が健康診断以外で病院に行くことがないのは知っているので、健康なのは確かだけれどそれだけではないだろう。好む話題によって、人間は作られている。 「同じものを」 昼から少し重いなと思ったけれど、考えるのも面倒なので同じものにする。 「本当にすみませんね。休日なのに」 いつもと同じ穏やかな口調。本当は何を考えているのか気になるようになったのは、いつからだっただろう。 「いえ。予定もありませんでしたし」 今日は仕事ではなく、完全なプライベートの用事だった。来月に生まれる予定のお孫さんのお祝いを選ぶのに付き合ってほしいということだった。本当なら誘われた時点で断るか、これも仕事と割り切って受け入れるか、そのどちらかなのだろう。だというのに、気に入りの服を着て、いつもよりも髪型にも気を使って待ち合わせ場所に行ってしまう私は、一体なんなのだろう。 運ばれてきたハンバーグに楽しそうに笑い、手をそろえる社長に合わせて、私もいただきます、と言う。ぱちぱちと撥ねる油にちょっと辟易しかけていたのに、こんなことで気分が上ってしまうなんて、やっぱりちょっとどうかしている。
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