Re: 三語だドンの一時間 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/11/13 23:39
- 名前: 端崎 ID:Px5C8DFE
居酒屋の名は「あじさい」といった。 メシが旨いと評判なのだが、もう三度のれんを潜りながら、なにを頼んだこともまだない。焼酎一杯三八〇円の店で、突き出しだけをつまみに三杯飲むと会計をすませていそいそと帰る。 いつも最初の一杯を飲みだした途端にイライラとしてき、いてもたってもいられない気持ちになりながら気が急いたようにグラスを空ける(いや、そもそも店の中へ入った瞬間からむずむずとした感覚はすでに首をもたげはじめているのだ。それはこんな焼酎のまずい店に入ってしまう自分の、わけのわからなさへのいらだちのようにおもわれる)(月がじわじわと食まれてゆくような、いいようのない、そしてひとたび起こり始めれば払拭することのあたわない、厭ァな感触)。 カウンターの目の前にはごつごつとした岩塩が四つばかし積みあげられており、それも気に食わない。 隣で話している二人の若い女性が煙草を喫みながら、よくわからない話をしている。漂ってくる煙が度を超えて甘ったるいのに気づいてしまい、聞き耳をたてる気力も失せる。 グラスに残っている芋焼酎をあおるとアルコールの舌触りが下品でやはり異常に不味く、どうしようもない気分が、また、たちのぼってきた。 「おかわりはよろしいですか?」という女性店員に「いや、もうお会計を」といい、自分の声の明るさに、やはり月食のイメージがゆらゆらとよぎる。 まだ酔ってはいない、とおもいながら二千円払い、店を出る。 会計をしてくれた店員がそこまで見送ってくれ「わたし、ほとんど金土曜にしかここにいなくて」という。「バイトなんだ」「そうなんです。女の子はみんなバイトで、厨房のほうは社員さん」 またくるね、といって大通りへと抜けてゆくのだが、小路から角を折れるまではやりとりをした店員がこちらをみているような気がしておちつかない。彼女を遠景にして小路を歩いていく自分の姿を想像して、とてつもなくやりきれない。 もっとさむくなれば、肩をこごませておびえるように店を去れるようになるかもしれない。 そう考えてから、どうしてかまたあの店へゆこうとしている自分に気づいて、愕然とする。
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