とられてもらいみず ( No.1 ) |
- 日時: 2011/08/19 02:29
- 名前: 端崎 ID:OVU5DC5Q
商屋の妻の右手左手、という歌がある。上の句はおぼえていない。 めて、ゆんで、というのが読めなくて難儀した。夏の歌であろう。汀女にもそんな句があったかもしない。いや久女であったかもしれない、とおもって調べると、どちらでもなかったのがわかっておのれの無学を恥じた。 だいたいみそひともじ、とかじゅうしちもじ、とかいうものを読みつけないというのになぜそんなことを思い出したのか。電車にのったからである。のって、東海線で八駅すすんだ。そこから南へ一○分も歩くとある、花鳥園を閉館になるまでみてまわった。そこで鳥をみて帰ってきた。魚もいたし、亀もいた。鶴などもいて、鶴は飼えるものなのかと妙にいかがわしい気分にもなった。ミミズクなどは止まり木に繋がれていたが、ちいさな子どもよりよっぽど大きなのがじいっと佇っているのの、鉤爪がくろぐろと太いのをみて、これはよほどおそろしくおもった。猛禽というのはこのような鳥のこともいうのだろうか、と考えながらしみじみと、五度も六度もその前をとおってはおそろしいおそろしいと感じ入った。亀というのは陸亀であったが、雌雄一匹づついるのをしゃがんでみていると雄ばかり土を掻いてなにやら穴ぼこを掘ろうとしているのに、雌は積まれた石の家屋に潜り込んで涼んでいるのだった。雄の甲羅は後端が一寸弱ほど割れていた。屋外に水鳥の棲んでいる池があって、その岸から北につくられた金網小屋のような一画に鶴がいた。タンチョウとかいうのではなかったとおもうが名前はおぼえてはいない。五、六匹もいて地べたに座り込んでいた。で、その金網である。蔓が捲きついていて、朝顔とも夕顔ともつかないすぼんだ花がついていた。ぶんと熊蜂じみたちいさな蜂がとんできて、その花にもぞりと潜り込むと、せわしなげに花をゆすりゆすり、まるっちい尻を突きだして戻ってきた。それからすぐどこかちがうところへ飛んでいってしまった。で、なんの花だろうとおもったのである。 帰ってなんとなくたしかめてはみたものの、あとでしらべようとおもってみていたわけではないからいまいちわからない。昼顔というのは咲いてすぐ花を落としてしまうというからちがうらしい、ということはいえそうではあった。 なんだかわからないままに鶴の座った妙にひんやりとしてみえる地べたと、蜂の丸い尻ばかりが頭にちらついて、そうだ、そういうえばなんぞ朝顔の歌があったな、ということが頭に浮かんだのであった。加賀千代女がものしたのであった。
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すないぱーぐりーん ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/19 03:28
- 名前: 影山 ID:ZbXzgunM
苔むしたゴブリン、それがアンヌルギスの第一印象である。彼の一族は代々、将軍家に仕える兵士であるという。話の途絶えた時、彼はいつもその話をしていた。遡れば十代以上昔の祖先から、忠義を誓っているんだ。と。元々は槍の名手であった一族は、尖兵として名を挙げ、やがて武器を勲章代わりに与えられた火筒に持ち換える。 初期は弾道定まらず、爆弾に近いモノだったものを、長く研究して改良を加え続けた結果、それは王国唯一の射撃武器と変わったのだ。アンヌルギスの背負った愛筒はその中でも随一の性能を誇るという。装填数は六発。射程は早駆け十分の距離。骨に当たれば骨を砕き、腹に当たれば腸をほどく、つけた名前は『ねじり槍』。 予想地点が良く見える位置に、岩盤を大樹が砕いたようなくぼ地があった。丁度岩と岩の隙間に挟まるように、アンヌルギスは身を沈めた。体を折りたたむと、まるで岩場に隠れた亀や蜥蜴のようだ。両の肘と肘がねじり槍を支え、窪んだ頬が角度を調整する。 瞳の大きさと銃星の大きさが一致して、直線を描くと完了する。 彼は水一滴飲まずに一週間でも二週間でも固まって、敵が道を通るのを待つのだ。
彼の祖先は代々将軍に仕える一族であったという。 名鑑を捲れば確かに初代は勇猛な武将として名を連ねている。 だが、頁を捲るごとに彼の祖先は様相を変えていく。 人より小さい体に、まるで火筒を抱えるために生まれたような長い腕。 森の中で溶け込むような、緑の肌。 彼の口から母のことを聞いたことは一度も無い。
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Re: ふかみどりいろのおじさん ( No.3 ) |
- 日時: 2011/08/19 03:34
- 名前: もず ID:/UopN4e.
つるべおとしに日は暮れて カラスが鳴くから帰りましょ 長い尻尾を得意げに揺らしてネズミがさえずるものだから、ついからかいたくなって、まぁるい耳の後ろのあたりをこしょこしょとくすぐった。 「なにそれ? 意味わかんないし」 するとネズミは頬袋をぷっくりと膨らませ、尖った鼻先をつんと天に向ける。 「意味! くだらない、意味なんて!」 「じゃあどうして歌うの?」 憤慨するネズミの様子があまりにも滑稽だったものだから、吹き出すかわりに私も空を見上げて聞いてみた。 するとネズミは、私の手を乱暴に払いのけて、一度は天に向けた鼻先を私の耳の中に突っ込んで喚いたものだ。 「どうして! どうして! くだらないくだらない!」 その鋭い前歯が耳たぶに齧りつきやしないかとはらはらしたのだけれど、密やかで生臭い息がかかるだけだった。 「怒りっぽいネズミだね」 「歌う意味を考えていられるほど長い一生じゃない」 「それはわかるけど、どうしてネズミが歌うのさ?」 言ってからしまったと思った。でもネズミはもう怒らなかった。
息絶えていたのだ。
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