さーてやります。一時間三語。「運河」「明かりに誘われて、ノコノコ出てきた貴方が悪いんですよ」「飢えている」「生きるということ」「世界が回っていることに気がついた、酔っ払い」上記のお題から三つ以上使って作品を仕上げてください。締め切りは1時。多少の時間オ-バーは問題ありません。途中までしかかけなくても、とりあえずの成果として投稿するのもありです。
「もう地面が揺れてんのか、自分が揺れてんのかって感じだよね」 舐めるようにちびちびと焼酎をマグカップで飲みながら、角野は言う。 頷きながら、あ、来た、と思う。ブラインドの紐が、微かに震えている。「あー。揺れている。私か地面が揺れている」「安心しろ。揺れているのは地面だ」「いやそれだめでしょむしろー。あーなんか気持悪くなってきたしー」 ぺちり、と会議用の机に頬をつけ、角野は目を閉じる。濃いマスカラのついたまつげが、変な風に捩れている。がたがた、と、天井あたりが鳴る。 来るか、また来るか、と思いながらもなんだか面倒くさくなって焼酎を啜っていると、揺れはすぐに納まった。「あー気持悪ー。水谷お茶」「飲みすぎだろ」「あんたに言われたくないってばー」 電車が止まり、帰宅が出来ず職場待機が決定したあと、二人でスーパーで購入した食料と飲み物(大半が酒)を漁り、お茶を見つけると、これも買ってきた紙コップに注ぐ。もともと十人に満たない人間でやっているこの営業所の、数少ない他の同僚は、そもそも外出中か、そうでなければ歩いて一駅か二駅、または限定的に動き出したメトロで通勤しているかで、気がつくと、俺と同期の角野だけが残された。最初はヤフーでいちいち動向を確かめていたのだが、そのうちそれにも飽きて、二人でただ酒を飲んでいる。「ほら」「ありがとー」 勢いよく飲み干し、だん、と乱暴に紙コップを半ば投げ出すように置く。「あー今何時?」「二時」「電車、いつ動くのかなあ」「どうだかな。お前、帰りどうすんの」「わかんない。朝まで待って電車動かなかったらタクシーかなあ。うちまでこっから二十キロぐらいあるんだよねー。今日靴ヒールだしさー」「タクシーもつかまらないだろなかなか」「まー私もタクシー運転手だったら今知らない人乗せたくないわー」「同感」 さて、俺はどうやって帰ろうか。ネットで調べたところ、家までここから十五キロ。歩いて帰れない距離ではないが、帰りたくない距離ではある。考えるのが面倒で、帰れなくなるかもと脅えるのも面倒で、焼酎を啜る。「人間ってさー無力だよねー」「そうだな」「でもまーこれが日本に生きるということなのかねえ」「そうかもな」 飢えている人間もおらず、選ばなければ仕事もあり、夜に一人で女が出かけても、まず問題はない。だけれど、いつ地面が破壊的に揺れるのか、いつ海が襲いかかってくるのか、わかったものではない。日本は、そういう国なのだった。今まで意識したことはなかったけれど。「あー揺れている」 コップの中で、壜の中で、焼酎が、揺れている。角野は目を閉じ、あー、あー、と分けのわからない呻きを漏らす。 不意に、胃から一気に、何か、が、逆流、してきた。背中から二の腕にかけて、鳥肌が立つ。がたがた、と、ブラインドと窓がぶつかる音。揺れている。地面が。あー、とか細い角野の声。 唇を慌てて押さえ、どうにか、こらえる。揺れは、小さく、収束へと向かっている。閉じた目の奥で、世界が、ぐるぐると、回る。回っているのは、俺なのか、世界なのか。違う。いつでも、世界は回っている。世界が回っていることに気付いた、酔っ払いが俺で、そして、俺も、回っている。それから、地面は、いつ揺れるともわからず、俺は、そのことに、脅えている。脅えて、いる。 ばん、と背中が、叩かれた。衝撃で本気で戻しかけて、歯の裏まで届いたものをどうにか胃まで押し戻し、おい、と角野を見ると、マスカラで汚れた目が、じっと俺を見つめていた。 ぽんぽん、と、軽く、柔らかく、背中が、叩かれる。角野はじっと、俺を見ている。ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。 正直に言えば、酔いが回りきった俺の体に、それは辛かった。けれど、止める気には、ならなかった。角野の、小さな、確かな感触。 ありがとう、と、酒臭い息で言うと、角野はにい、と笑って見せた。※今こういうものを書くのがどうなのかわかりませんが、思いついたので、書いてしまったのでした。
月明かりを受けて、てらてらと光る黒い運河。その表面を、何か白いものが流れてくる。それはまるくいびつな形をしていたけれど、それでもわたしはひと目みるなり、ああ、花だ、と思ったのだった。弔いの、白い花。 凍りつくような夜だった。水はさぞ、冷たいのだろう。手を差し入れれば、痺れて使い物にならないほどに。足を滑らせて落ちれば、心の臓も止まるほどに。 その冷たい運河の底には、貴女が眠っている。永遠に溶けないまがいものの氷の棺に閉じ込められて、そっと目を閉じている。ちらりとでも足元に目を向ければ、見えないはずのその光景が、くっきりとこの瞼の裏に浮かぶ。ゆるく波打つ黒髪も、胸元で律儀に組み合わされた手指も、整然とそろった長い睫毛まで。 ときどき、吼えたくなる。こんなふうに月が冴えて、水の冷たい夜には。 貴女がいないこの世界で、生きるということ。生きている、ということ。貴女の犠牲の上に永らえた誰かが安穏としている、ということ。貴女がもうその瞼を開いて、笑ったりはしないということ。 そんなものは間違っている。 野良犬が哀切な声で吼える。夜の静寂を引き裂くように、鳥が甲高く啼く。誰かがステッキをついて歩くのが、時を刻む針のように、夜を切り刻んでいく。まばらに灯る窓の明かりは温かそうで、とても温かそうで、その温度に、何もかもが間違っている、と思う。 運河は凍りつきそうに冷たいけれど、けしてほんとうに凍ってしまうことはない。静かな流れは、よく目を凝らさないと、流れていることさえわからないほどだ。だけどあの日、吼え猛る獣のような音を立てて、その上を劫火が走るのを、たしかにこの目で見た。冷たく静かな流れが、気の狂ったように燃え上がるところを見た。何かが焦げる臭いが、ひっきりなしに立ち込めていた。 あれは油だ。上流にとどまる軍の士気を削ごうと、敵方の将が弄した策だ。あれっぽっちの炎が、神の怒りなどであるものか。 だが目の前で炎に嘗められて、人々の理性は脆く砕けた。 河から運河を引くことが、神の怒りに触れたのだなどと、どうして思うのだ。民衆の迷信を、私は憎む。彼女を沈めた翌日から、河が燃えることがなくなったのは、貴女という人柱のためではなく、ただ単に、油が尽きたからだった。その偶然、そんなふうに悪意に満ちた偶然。もし神が飢えているとすれば、それは生贄にではなく、人の愚かさが生み出す喜劇と悲劇にだろう。その日私がこの町を離れていた、それも偶然だろうか。 貴女を聖女に祭り上げて、尊い犠牲と涙を流して、あとは口を拭って温かい灯をともし、安穏としている人々。思い出したように運河に白い花を流して、目を閉じて悲痛そうに祈り、さも気の毒そうなことをいいながら、いざ自分が次の人柱に選ばれでもしたら、顔色を変えて逃げ惑うに違いない、名も知らぬ河岸の乙女を私は憎む。 石畳の上を、足音が通り過ぎる。まばらに道を歩く人の、ひどく痩せた影がたわんで戻る。帰りを急いでいるのは、誰か家族が待っているからだろうか。近づいてようやく分かったのは、それが年老いた男だということだけだった。その枯れた手が、彼女を死へと追いやったのだ。河岸で祈る乙女のたおやかな手が、いまその家の中で暖炉の火を掻きたてているのだろう女のあかぎれた手が、その隣戸の扉の奥で恋人の頬を包んでいる青年の手が。彼らの手という手が、そろって彼女を棺に押し込め、あの冷たい水の底に放したのだ。 鞘を払い、音を立てずに歩き出す。ステッキを持った影を追って、滑るように闇の底を這う。 言葉はいらない。彼らに悔い改めて欲しいなどと、望んではいないからだ。復讐はむなしい、だがそれは黒々とした運河の水よりも冷たく、速やかに私の胸を冷やすだろう。 斬りつけようとする手の中で、柄が痺れるように冷たい。 音を立てなくとも、なにかの気配は感じたのだろう。老人は足を止め、私を振り仰いだ。月に照らされる、小さい顔。皺ぶかいその目元には、どうしたわけか、ちらりとも恐怖が覗かない。そのことになぜか意表をつかれて、手が止まった。 老人は何もいわず、じっと私を振り仰いでいる。状況を理解できずに戸惑っているのでも、恐怖に縛り付けられているのでも、狼藉者に怒りを向けているのでもない。その瞳は、昏かった。夜の運河の底を覗き込むよりも、なお暗かった。 あの狂気の中を生き延びたこの老人は、いまも何一つ、幸せなどではないのだ。そう思った途端、刃を振り下ろす気力も萎えた。 どうしたことか、老人は何もいわず、ふっと視線を運河に落とした。そうして私を斜めに睨んだ。どうしてやめたのかといわんばかりに。 老人はいっとき無言で私の手元を見つめていたが、やがて私に殺意を奮い起こす様子がないことに、諦めたというように、ふっと視線をそらした。そうしてもとのとおり、杖をつきながら歩き出す。夜を切り刻みながら。 歩き出すこともできず、座り込む気力もないまま、ただ川辺を見下ろせば、また新しく白い花が、黒々とした水面を流れてくる。静かに、滑るように。
群れることをきらう羊がいた。柵のなか、群れなす仲間からはずれ、一匹で空ばかり見つめている。彼の名はヨードリ。 ヨードリは考える。生きているということを考える。そうすると少し偉くなって気分になって、何も考えずに餌を食べ、排泄し、子供を産んで育てる周りの連中が愚かしく思えたのだ。しかしヨードリはあくまで羊だ。かれの持つ習性はどこまでも孤独を嫌う。危険を感じたらそそくさと仲間のもとに帰り、困難の中で震えるよりなかった。そんな自分がひどく情けなく、格好わるい存在と思えてしかたない。だからヨードリはまた独りになって、夢想する。そんな時、ヨードリが眺めるのは、遥か遠く、ビリジアン色をした山だった。 ――あの山には狼がいるという。独りで狩りをして、独りで眠り、死ぬ時さえ独り。僕はそんなモノになりたいのだ。 ヨードリはある日、柵が壊れた一角に気づくと、ついにかれが数年暮らした世界から抜け出した。柵を一足でれば、ヨードリは震える。かれのぬぐいがたい習性が、危険信号をけたたましく鳴らした。 ――怖い。今すぐにでも引き返したい。だけど、きっとこんな気持ちを抱えて狼たちは生きているんだ。僕は狼に会いたい。あって確かめたい。生きるこということはどういうことか。そして、死んでいくとはどういうことか。狼ならばきっと教えてくれる。 ヨードリはこれまで多くのことを考えてきた。しかし考えることによって失ったこともある。ヨードリはそんなことに気づかず、ただ狼にあって、かれらの話を聞きたいという一心にだけとらわれていた。 一匹羊ヨードリの長い旅。 草原を進むと、運河に行き当った。ヨードリは渡り方がわからず、何日も右往左往して、ようやく橋を見つけ、緊張した足取りで渡っていく。その橋の欄干に、一羽の渡り鳥が止まってヨードリを見ていた。「ねえ、きみ、きみ」 ヨードリははじめ自分に声がかかったとは思わず、そのまま通り過ぎようとしたが、目の前に渡り鳥が羽ばたいてきて、ようやくその声が自分に向けられていたのだと気づいた。「なんでしょう?」「なんでしょうって、きみは羊だろう」「羊です」「じゃあさ、どうしてこんなところにいるんだい? 羊ってのは、いつも柵の中で仲間といっしょに暮らしているものだろう」「僕は他の羊とは違うんです」「ああ、確かに違うだろうさ」「僕は狼に会いたくて、これから橋をわたり、山に向かう途中なのです」「やはー、これは相当の変わり者だ。旅をするというならまだしも、狼に会いにいこうとは! きみ、それがどういうことか分かっているのか?」「僕は知りたい。狼にあって色んなことを尋ねたい。考えているのはそれだけです」「ふーん、まあきみの命さ、止めやしない。しかし忠告するよ。狼という連中はきみが思っているようなやつらじゃない。きっと後悔することになる」「ありがとう。でも、僕は行くことにします。もう引き返すことはできない」 ヨードリは渡り鳥と別れると、橋を渡り、ついに山の麓へとたどり着いた。 薄暗い山道を少しずつ登っていく。 高くそびえる木々。絡まったつた。ヨードリは体中に傷をつけ、身体にまとった毛さえ抜け落としながら、それでも彼は、ひた進んだ。 そこでヨードリは狼に出会う。しかし、彼が見たのは、孤独に生きる狼でなく、群れ成して寝そべる狼たちの姿だった。 ヨードリは訳がわからず混乱するが、もう引き下がることはできない。 一匹の狼のもとに近づいていった。「こんにちは。狼さん」 その狼は、まさか羊が一匹でこんな山の中にくるとは思いもしなかったのだろう、見たこともない生き物をみるように、ヨードリを睨んだ。「なんだ、奇妙なやつがきた。おまえはいったいなにものだ?」「僕は羊です。名をヨードリと言います」「名前? それはいったいなんだ?」「僕自身を示すもの。僕が自分で付けました」「ほう、で、そのヨードリ羊が、いったいこんなところの何用だ?」「生きているということ、死んでいくということを教えてください」「そんなこと俺が知るもんか」「でもあなたは狼でしょう。狼は一匹で生きて、一匹で死ぬ。あなたなら僕に答えをくれると思ったのです」「流行らない、流行らない」「え?」「俺たちは確かに狼さ。昔は独りで狩をした。独りで眠り、独りで死んだ。だがな、今はもう違う」「いったいどう違うんです?」「そりゃ昔はそんなことを格好よく思ったやつもいたがね、今ではなんでも効率よく、さ。狩をするのも、子供を育てるのも、死んでいくことさえ独りじゃない。誰かがいつもそばにいる。面倒ごとを考えるのもやめだ。俺たちは腹いっぱいになったら、寝るか遊ぶか。今おまえを喰わないのも、腹いっぱいになってるからさ」「じゃあ、じゃあ、僕の知りたいことはわからない?」「考えもしたことがないね」 ヨードリは言葉を失って、その場に佇むよりなかった。--------------------途中です。
真昼の黄金は僕にも等しく降り注ぐ。きらきら輝く日光を泳ぐ魚は幻覚か。照る日を受けて鱗がまぶしい。目を細めて、もう一杯、あおった。 杜氏の仕事が酒をつくることなら、酔っぱらいの仕事は酒を飲むことだ。コンビニで買った安いワインをらっぱで飲む。とげついたアルコール分子が、味蕾を、そして脳髄を、がりがりがりがり引っ掻いている。僕は酩酊している。にへら。と表情崩し、この世の全てを笑っている。から、から、からら。笑う。 のをあある、とをあある、やわあ。 魚が鳴いている。彼は病気なのだろうか。それとも飢えているのか。答えてくれる母は、今、ここにはいない。 のをあある、とをあある、やわあ。 魚が鳴いている。その表情を、僕は見た。そこで理解した。魚は笑っていた。彼は酔っているのだ。-----同じくミカンです。ごめんなさい。