Amazing grace

今朝、お母さんがお父さんを殺してその肉を食べているところを見てしまった。でも遅刻しそうだったからとりあえず学校に行ったんだ。なんか授業も友達の話も上の空で、全くもって現実味がない。だからいつものようにホッチキスで掌の皮を刺しとめて痛みを与えてみたんだ。血が浮き上がってドーム状にコロニーを形成し、やがて決壊して手首の方に流れ込んでくる。いつもなら一番落ち着く光景なのになにかが足りない。理由も原因もわからない。
給食の時間タンドリーチキンが出た。そういえばクリスマスが近いんだな。ほとんどの生徒は残してたけど、なんとなく朝の光景を思い出しながらペロッと全部平らげたんだ。
不思議なものだ。時間がたつにつれ慣れきて、色んなことが当たり前のように思えてきた。なるべくしてなっただけで特に感情的になる必要はない気がする。校庭でサッカーをしてる男子達の中から、いつものように大好きな桂馬くんの姿をピックアップする。サッカーも他のスポーツもとにかく上手くて文句なくカッコいい。ガッチリした筋肉質な体がとてもそそる。そのくせ顔は子供っぽくてそのギャップがたまらない。少し下腹部の辺りがうずく。ひときわ太い太ももが、さっき食べたタンドリーチキンに見えてきた。自然とよだれが出ている。「そりゃそうよね。だってあのお母さんの娘だもん」。

帰り道、何の気なしに河原の方に足が向いた。汚ならしいどぶ河のほとりにホームレスが作った家が点在している。家を作って住んでもホームレスと呼ばれる人達。居ても居なくてもどちらでもいい、存在が社会に認証されない命。一人の中年の男性が出てきた。河に向かって立ち小便をしている。ツバもタンも体内の液体はすべて河に吐き出している。そんな水が海に集まり、そこで育った魚を食べてるんだな。どうでもいいけど。その時そのホームレスが何かを取り出した。金色に輝いている。目を凝らして見ると、どうやらトランペットのようだ。その男は少し俯いて深く息を吸い、ちょうど射し込んできた優しい夕陽に向かって、高々とトランペットを掲げて息を吹き込んだ。…………。聴こえてくるメロディーは、悠久の時をたたえたかのような荘厳で穏やかな色を、私の胸に染み込ませた。とても美しい。自然と涙が零れている。だって反則でしょ。父が一番好きだった曲。「Amazing grace」

なぜ人を殺してはいけないかとか、なぜその肉を食べてはいけないかとか、母がなぜそれをやったのかとか、そんなことはどうでもいいんだ。ただこの涙が…。溢れて止まらないこの涙が、無意味で無価値なものになってしまわないように、私は人間として生きていきたい。そう思った。

母は牢屋ではなく病院に入れられた。生涯外に出ることはできないから一緒だけれど。私は親戚の家から今日もお見舞いに行く。あれから三年。私も社会人になる。母の病室に近づくにつれ聴こえてくる懐かしいメロディーは、父が一番好きだった、あの曲。
虎竜
2019年11月07日(木) 02時20分09秒 公開
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No.4  虎竜  評価:--点  ■2019-11-13 22:37  ID:te6yfYFg2XA
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心が凍っていく時。血肉を求めるスイッチが入る。
争いや犯罪。倫理の外側の行為。
でもそれは必死の抵抗なのかもしれない。
「熱」を完全に失うことが死であり、その直前の苦しみは想像を絶する。
そこまでいってしまわないように倫理で蓋をする人類としての本能。
涙が出るうちは、まだ大丈夫。
戻ってこれる。そんな思いを込めました。
No.3  ナカトノ マイ  評価:50点  ■2019-11-08 23:01  ID:FLHCVOVt6M.
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自分と葛藤する人、真剣に思い悩む人は美しいと思います。
倫理とは一体何なのでしょうね。
No.2  虎竜  評価:--点  ■2019-11-07 15:46  ID:te6yfYFg2XA
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不思議なものですね。疲れきって帰ってきてグッタリしていたのに、
陽炎さんのおかげで元気出てきました。
自信の持てない詩だったので、なおさらに。
amazarashiの存在を教えていただいてから何年経つのか。
季節は次々死んでいくのMVも観ました。
その映像にも音楽にもたくさん影響を受けています。
美しいものを描くことに恐れを抱きたくない。だからこれからも汚ない世界にまみれるように生きていきたい。
一番底から見た空が最も澄んでいると信じて。
No.1  陽炎  評価:50点  ■2019-11-07 10:05  ID:uVD8.FKNQlU
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amazarashiの、季節は次々死んでいく、のMVを思い出しました
なんというか、私はこの詩はとても美しく感じました
それはきっと、この詩のバックグラウンドに流れている
アメイジンググレイスのせいばかりではないと

吸引力のある詩ですね
総レス数 4  合計 100

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