春雨
シャワーを浴びながら座り込み
浴槽の穴を足裏で塞いで
両手で顔を覆ってみても退屈で
胸を軽く爪で引っ掻いた
足の甲を浸す程の水位がやるせない

春の雨の気配は
慰めの愛撫をためらう柔らかな手のように
もどかしさが熱を帯びて
ベランダの洗濯物を取り入れる気になれない
でも、アパートを出て
デパートをぶらついた後、エントランスから雨が降るのを少し見ていたい
コンビニの店先で徒らに雨宿りしながら誰かに煙草の火を借りてみるのもいい
だから、着古したシャツにアイロンをかける
古い歌を口ずさみながら
 (Raindrops keep falling on my head…

ながめせしまに葉桜並木の
鴨川沿いを北へ歩く
髪をろくに乾かさずに出てきたのが少し気になる
行き交う誰も気にするようには見えないけれど
もし、あなたとふと出会えたら、と思う
話したい事は思いつかないけれど
また会えたら、きっと幾らでも話せる
だらしない格好を取り繕うために
くだらない事を言って笑わせよう
そう、
一昨年の春、あなたの好きだったパン屋のフロマージュを
川沿いのベンチに座った僕から鳶が奪い
それを狙った烏と橋の上で空中戦を繰り広げた事を話そう
そして、パン屋に行こうと誘ったりして

振り返ってみれば何でも笑えるとはよく聞くけど
大切だった事は変わらず大切なままだね
人生について語り合いたい
側にいてくれるだけでいいんだけど
あなたはここにはいない
でも、ここにあなたはいると信じたい
「幸せになることは大切な事じゃないよ」って
タルコフスキーの映画で修道院のおじさんが言ってた
全然関係ないけど……
記憶がどんなに薄れても
柔らかな手のようなあなたはここにいる
心が泣き叫んでいる時
柔らかな手の傷ついた素振りが
ここに留まっていいんだよ、と
いつも小声で教えてくれるから
A
2015年05月08日(金) 05時56分16秒 公開
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No.4  A  評価:--点  ■2015-05-15 00:48  ID:pA0QzJ9KbiA
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クレナイさん

お久しぶりです。ご感想ありがとうございます。

こんなに褒めていただけるとは…ありがとうございます。「新しい優しくて温かいもの」というのはクレナイさんから生まれるものではないでしょうか。楽しみにしています。
No.3  A  評価:--点  ■2015-05-15 00:35  ID:pA0QzJ9KbiA
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笹竜胆さん

ご感想ありがとうございます。

一つにまとまってるとの事なのでよかったです。かなり無茶した感じなので(笑)水の力のおかげではないかと思います。「ながめせしまに」も「古い歌」連想で無茶やろ…とか思いながら遊んでみた箇所で、気に入っていただけた(?)ようで嬉しいです。おっしゃる通り、これは京都のおかげですね(笑)東京は東京で独自のものがあると思います。関係ないですけど、キリンジの歌とか、東京にすごく馴染むんですよね…京都に来られた時は、ぜひ、笹竜胆さんに、その体験を詩にして頂きたいなぁ、と思います。遊ぶ時間がないとのことですが、ぜひ(笑)
No.2  クレナイ  評価:50点  ■2015-05-12 00:15  ID:Y5z8Yaj/4DM
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なんて素敵な詩なんでしょうか。

お久しぶりです。
あまりの素敵さにご挨拶の言葉を言う前に、感想を口走ってしまいました。
全てに無駄がなく、綺麗にひとつの物語として流れています。そして、すでに笹竜胆さまも書かれていますが、私も切なさと温かさを感じました。
悲しさや切なさのような雨が降りながらも、なにか新しい優しくて温かいものが生まれてきそうな…まさに、タイトルの春雨”。

ほんとうに、なんて素敵な詩なんでしょうか。
ありがとうございました。

No.1  笹竜胆  評価:50点  ■2015-05-10 17:33  ID:bPROjq5Gwuo
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シームレスになってますね。
きゅっと締め付けられるような切なさと温かさ。
気負わないコミカル。
爽やかな色気(!)
よく一つの詩にまとめてるなぁと感心しました。

そして、個人的に「ながめせしまに葉桜並木」のフレーズに焼きもちを焼いてしまいました。 これ、かかるのが鴨川だからこの文脈で馴染ませられるんですよね。東京のイメージだと浮いちゃって私は入れられませんでした(涙)花の色は、が難なく合うのも古都ならではですし。
今度京都行くのに遊ぶ時間がないなんて……。
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