羽乃

羽乃はの

いつか逢うのだろうと思っていた

いつか逢わねばならないのだと思っていた

それが必ずしも幸せなことではないと知りながら

でも抗うことは許されずに

逢いたくない逢いたくないと

心の底から願っていた


羽乃

貴方はこの場所に降り立つまでに

一体何を考えていたのかしら

もしもそれが幸福に満ち溢れた

貴方と

父親と

母親

そんな家族の景色であったなら

それはきっと貴方が生まれ落ちた瞬間に

水泡の如く 消えてしまったことでしょう

ぷかり、と


羽乃


貴方が誰からも望まれない存在だったと

誰からも愛される予定のない子だったと

知っていましたか

今 知りましたか

無論

私も貴方を愛さない予定の一人でした

例外など無く


羽乃

この世界には 三種類の親がいます

一つは 子供を産み、愛する親

二つは 産まずとも 愛する親

三つは

子供を産み、愛さない親


きっと私は

少し前まで 三番目でした



羽乃

貴方は知らない

知る由もない

ただ誰かの腕に抱かれて

子守唄を聞く夢を見ている貴方は


貴方を駅前のコインロッカーに置き去ったのは

他でもないこの私です

嘘も偽りもありません

その時 私には

それ以外の正解が見つからなかったのです

馬鹿な私には



羽乃

心から嫌いでした

心から憎んでいました

貴方のことを

自分の運命以上に





でも



でも

憎みきれませんでした

殺しきれませんでした

私の中の貴方を

貴方の中の私を


何故かはわかりません

何故かはわかりません

けれど私は

憎みきれなかった貴方のことを

堕としきれなかった貴方のことを

ただ途方もなく

限りなく



心の底から 愛してしまったのです




ごめんなさい

許してください

こんな我が儘な私です

せめて愛せないのならと

ひと思いに貴方を

嫌いになれなかった私を

嫌われるようできなかった私を

嗤ってください

恨んでください


ですが


どうか


羽乃

貴方の名前を決めたのは私です

公園のトイレで貴方を産んだ時

ふと思いついた名前ですが

綺麗な名前じゃなくてごめんね

変な名前でごめんね


羽乃


私のことを忘れてもかまいません

私のことを嫌ってもかまいません

ですが どうか


どうか

笑ってください

幸せになってください

幸せに笑って生きてください

それが願いです

私のたった一つの願いです



羽乃


駅前のロッカーの前で

今これを書いています



  貴方を世界で一番愛した人より

時雨ノ宮 蜉蝣丸
2014年06月21日(土) 15時50分28秒 公開
■この作品の著作権は時雨ノ宮 蜉蝣丸さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
思いつき当初からいろんな人から反感買いそうだなぁと思いつつも、筆は正直でした。
ちなみに(というより無論)がっつりフィクションです。

余談ですが、この間駅前のコインロッカーの裏の説明書きを読んでいたら、入れないでほしい物品のリストに『死体』とありまして、凄く微妙な気持ちになりました。
未だあるのか知りませんが、コインロッカーベイビーなんてなくなればいいのにと思いながら書きました。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:0点  ■2014-06-27 07:54  ID:Cx1JNL6/2u2
PASS 編集 削除
A 様

「ダブルバインド」とは知りませんでした。
現代社会に多く蔓延っていそうなやつですね。
ご丁寧に○ィキペディアからの引用まで、ありがとうございました。
No.5  A  評価:0点  ■2014-06-24 22:17  ID:pA0QzJ9KbiA
PASS 編集 削除
返信ありがとうございます。

「ダブルバインド」という言葉をご存知でしょうか。仮説ですが、精神病の原因になるとされるコミュニケーション様式の事です。ウィキペディアから引用すると→


2人以上の人間の間で
繰り返し経験され
最初に否定的な命令=メッセージが出され
次にそれとは矛盾する第二の否定的な命令=メタメッセージが、異なる水準で出される
そして第三の命令はその矛盾する事態から逃げ出してはならないというものであり
ついにこのような矛盾した形世界が成立しているとして全体をみるようになる
という状態をいう。
誤解を承知でわかりやすく喩えると、親が子供に「おいで」と(言語的に)言っておきながら、いざ子供が近寄ってくると逆にどんと突き飛ばしてしまう(非言語的であり、最初の命令とは階層が異なるため、矛盾をそれと気がつきにくい)。呼ばれてそれを無視すると怒られ、近寄っていっても拒絶される。子は次第にその矛盾から逃げられなくなり疑心暗鬼となり、家庭外に出てもそのような世界であると認識し別の他人に対しても同じように接してしまうようになる。
そして以下のような症状が現れる、とした。
言葉に表されていない意味にばかり偏執する(妄想型)
言葉の文字通りの意味にしか反応しなくなる(破瓜型)
コミュニケーションそのものから逃避する(緊張型)


→この手紙はまさに羽乃ちゃんをダブルバインド状況に置くものだと思います。ご参考までに。
No.4  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:0点  ■2014-06-23 23:45  ID:x48vixGaYjk
PASS 編集 削除
A 様

コメント感謝致します。
やっぱり来たなぁ、反感コメント(苦笑)。いえ、たくさん書いていただいて有り難いと思っています。こういうことが起きると予測した上で載せたので。むしろ起こすつもりでした。

俺は親ではないし、そもそも親というものを経験する予定自体無いような奴です。しかし、きっと親って、少なからず子供に対して何らかの劣等感や重圧を感じることがあると思うのです(俺の主観的意見です)。特に母親は、それを一番濃く感じているはずです。上手くは言えませんが、本来ある愛情にそれを凌駕する勢いの憎悪が混じった時、この詩の母親のようなことが起きてしまうんじゃないか、と。受け止めることも拒むこともできないと気づいた瞬間、両手の重みをふと捨ててしまったりすることがあるのかな、と。現実逃避みたいに。
いい励ましの言葉が見つからない時かけられる無責任な「頑張れ」も、これとよく似た意味を含んでる気がします。

変な返答になってしまいました。「何だこれ」と思われたら即忘れていただいて結構です……。
すみません。熱いコメントをありがとうございました。
No.3  A  評価:30点  ■2014-06-22 20:54  ID:pA0QzJ9KbiA
PASS 編集 削除
拝読させていただきました。

僕は反感を持ちました。この母親の言う事はおかしいと思いました。コインロッカーに捨てるという行動一つを取っても、この母親には「愛している」と言う資格はないのではないか、と思うのです。この母親に、「幸せに」とか「笑って」とか言ってほしくありません。そして「貴方を世界で一番愛した人より」という最後の言葉に対しては震えるような憎しみを感じました。許せません(この詩を許せない、という意味ではなく、この詩に描かれるような矛盾したメッセージを送る母親の欺瞞を、です)。それにしても、不思議なのですが、このような母親はいたるところにいるような気がするのです。というのも、「最良の母親」にせよ「最悪の母親」にせよ、一貫して演じる事は人間には無理だと思うからです。(子供にとって、どんなに良いと思えても母親に対する失望はあるはずですし、どんなに悪いと思えても、彼女のささいな行動を愛情あるものと子供は思い込むかもしれません)。そして、この両極端のイメージが現われては消える危うい場所(この場所は皆に覚えがあるのではないでしょうか)で想像力が作り出す苛酷な問いかけこそ、この詩の核ではないかと思いました。実際、この詩はフィクションである訳ですし…ある種の親子の「理想的なイメージ」がこの母親に受け入れられているにも関わらず、そのイメージを裏切るように母親を突き動かしたものは何なのか?その理由が何であれ、あるいは理由が不在であっても、この「捨てられた」という現実が子供にいつまでもつきまとい、彼/彼女をして「理想的なイメージ」を信じる事を拒絶させる力になる気がします。あるいは強迫的に信じさせる力になるか…(これは自分がその立場だったら、と思っての発言なので、本当に親に捨てられた子供さんに対して非常に失礼かもしれません。)もしかすると、この詩の母親も羽乃という子と同じような体験をしたのかもしれませんね。それが捨てた理由なのかもしれませんね。わかりませんが、こう問いかけてみたい。この詩は母の立場から書かれていますが、子の立場からどんな応答が可能でしょうか。生きる理由の方を奪われて、目的だけに心を向けて、人は本当に幸せになれるのでしょうか。それを「羽乃」という子ではなく、この詩の母親に問いかけてみたいです。
No.2  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:0点  ■2014-06-21 23:07  ID:rSFLMiP2A.6
PASS 編集 削除
游月 昭 様

コメント感謝致します。こんばんはです。
書いてるうちに、だんだんどうしたらいいのかわからなくなってきてしまいました。詩を吐き出すつもりが、その詩に呑まれてしまった結果、この有り様です。
拙いなぁ、実に格好悪い。

すみません。ありがとうございました。
No.1  游月 昭  評価:40点  ■2014-06-21 19:35  ID:HGGGNe196sc
PASS 編集 削除
こんにちは。

反感はかわないでしょう。みんな表現者ですし。

羽乃
という呼び掛けからが手紙であるとすると、辻褄というか設定が、母親の意識のレベルで合わなくなるような。確かに当人の意識に深く潜り込もうとしているところは見てとれます。憎み、愛の言及、それを記述するという意識の点でまだ浅い気がしています。憎みを記述する意図があるなら押し通して愛を読者に仄めかして欲しいし、逆もあり。です。
総レス数 6  合計 70

お名前(必須)
E-Mail(任意)
メッセージ
評価(必須)       削除用パス    Cookie 



<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD   編集 削除