放射冷却の夜
風の弱い秋の日
あたたかかった空気が夕方になり
急にひんやりした

群青色に傾きかけた空が
公園のブランコの錆びた鎖や
滑り台のステンレスに忍び込み
雨上がりの工場脇に出来た水溜りのような
不思議な色をしていた

僕は長袖のシャツを少しさすり
寒くなったね と君に言っただろうか
並んで歩く君は
こういうのを放射冷却という
と独り言みたいにつぶやいた

昼間 熱を溜め込んだ物質が
夜に一気にその熱を放つ
道端の石ころやアスファルトのきらめき
木々の葉のひとつや 電球のうすくらがり
そうしたものが 透明な水に絵の具をたらすように
あるいは 大切な秘密をうちあけるように
熱を放つ

だから地上は寒く
空気は氷のように冷える

そういう日は 
たいてい風も弱く 
街は静けさに包まれているという

そんな夕方に
僕らは手を振って別れた
さようなら、と
夕焼けの中で君が笑う
僕はくらいくらい井戸の底に落ち込んだような気持ちがする
もう二度と出会わないことを知っていた

やがて夕暮れが
遠く 海の彼方に沈み
家々の窓に明かりがともる夜が来た

その日の帰り 電車の中で
僕は自分の胸の中から熱が消えていくのを感じた
うっすらと灯る ろうそくのような街の灯をみながら
僕は僕の身体の中から
熱がすっかりと消えてしまったことを感じた

こういうのを放射冷却という
今日は放射冷却の夜だ
全ての熱が放たれていく
遠い遠い夜の向こうへ
たろう
2012年07月27日(金) 19時37分15秒 公開
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No.1  うんこ太郎  評価:40点  ■2012-08-17 12:34  ID:iIHEYcW9En.
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はじめまして。放射冷却の夜、どこかしんみりして
それでいてきれいな詩でした。
総レス数 1  合計 40

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