自尊心

彼女はいつも
バカ ブス 死ね 消えろ
とマジックで書かれたランドセルを背負って
学校へ通っていた


上履きをどこかに隠されてて
だから足元はいつも
来客用のスリッパだ


机にもバカ ブス キモイ 死ね 消えろ
と悪口がマジックでびっしり
机の中には 誰かの洟をかんだティッシュやら
飲み残しの牛乳パックやら
原型がほぼわからない おそらく食べ物と思しきものやら
カエルの死骸やら 犬か猫の排泄物やらが
ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた
彼女は黙ってそれらを取り出し
ゴミ箱に捨てに行った


机に戻ろうとしたところを
誰かがわざと足をひっかけ
激しく転倒
それを見ながら
クラス中が大笑い


教室に先生が入ってくる
先生には彼女のことなど目に入っていないのか
静かにしなさい と云って出欠を取り始めた


1時間目は体育だった
体操袋から体操着を取り出すと
ビリビリに破かれていた
彼女は ふぅっとため息をひとつ
仕方がない
具合が悪いことにして
見学させてもらおう
先生は笑いながら
お前 生理か?
と訊いてきた


授業中も みんな何やら机の下で
スマホをいじりながら
クスクス笑って
きっとみんなして 彼女の悪口云い合ってるんだろう
次何して困らせてやろうか
相談しあってるのかもしれない
彼女はスマホを持っていない
買ってほしいなんて口が裂けたって云えっこないから
ほしいとも思っていないふりを続けていた


この学校はお昼はみんな弁当持参だった
みんなそれぞれに色とりどりの
かわいらしい弁当を見せ合いっこしていた
彼女にはお弁当を作ってくれる人がいなかった
別に死んじゃったとか 出て行っちゃったとか
そういうんじゃない
ただ作るのが面倒っていう
それだけの理由だった
彼女はいつも コンビニのおにぎりとお茶を
教室の隅でこっそりと隠れるように
ひとりで食べていた
ひそひそ ひそひそ
あいつ いつもコンビニおにぎりだよ?
あそこん家の母親 夜のショーバイしてるから
カワイソー ビンボーだけにはなりたくないと
聞こえるように云っては笑い合ってる声を
必死で聞こえていないふりしながら


家に帰っても おかえりと云ってくれる人はいなかった
云ってくれないけど ただいまと云わないと
何かしらが飛んできた
洗濯してあるのかないのかも判別できない服や
食べ散らかしたカップラーメンやスナック菓子の空が
そこら中に散乱している部屋の奥で
けだるそうに煙草を吸いながら
ウィスキーを飲んでる母親
母親のとなりには どこの誰だかわからない男が
上半身裸で座っていた
母親は財布から千円札を取り出し 彼女に渡した
これやるから 寝る時間まで帰ってくるな
という 暗黙のルールだった


行くあてもなく 暮れ行く街を歩き回った
お腹が空いたのでマックに入って
一番安いハンバーガーを注文した
本当はオレンジジュースとか
ストロベリーシェイクとかいうものも飲んでみたかったけど
お金がないから我慢した
となりの席では若い親子連れが
ニコニコしながら 季節限定のハンバーガーセットを
美味しそうに食べていた
とても幸福そうだった
実際は違うかもしれないけれども
彼女にはたしかにそう見えた


おかあさんはよく
あんたさえ出来なければ
もっと違う人生を歩めたはずだったと
お酒に酔うと必ず愚痴をこぼしていた
余所のおうちでもそうなのかな
そういうふうに子供に云ったりするんだろうか
彼女はずっと考えていた
そうだったらいいな
そうだとしたら
きっとこの状況はフツーのことなのだろうから
だけど どこを見渡しても
彼女と同い年くらいの子が
ひとりぼっちで夜の道を歩いてはいなかった


ふと ショーウィンドーに飾られた
かわいらしいワンピースに目がとまった
あんな服 一度でいいから着てみたいな
自分がいま着ているボロ服と見比べて
みじめな気持ちに陥りそうになるのを
どうにかこうにかして堪えながら
早く大人になりたい
早く大人になって
アパート借りてひとりになって
働いて働いて働いて働いて
お金をたくさんたくさん稼いで
絶対にあれより素敵な服を着てやるんだ


道行く人々が彼女を指さし
なんて汚い子供だろう
どこの娘かしら
親は何をしてるのかしら 
もしかして 野良子供だったりとか
あんな格好でフラフラ出歩かないでもらいたいわ
まるで見てはいけないものでも見たみたいに
眉をひそめながら口々にそう云い去って行った


なんであんなこと云われきゃならないの
あのひとたちになにか迷惑かけたの
お母さんのこと 悪く云わないで
お母さんだっていっぱいいっぱい辛い思いしてたんだから
あたしさえ出来なければ
きっと今頃 幸せだったに違いないんだから


美味しいものを食べて
キレイな服を着て
料理上手な奥さんに 優しい旦那さん
理解あるジジババ
困ったら助けてくれる仲のいい兄弟姉妹


洗濯ものが散乱した家に住んだことあるか
ゴミだらけの家に住んだことはあるか
流しにはつけっぱなしで放置された洗い物でいっぱいで
腐敗した水からボウフラが湧いてる そんな家に住んだことはあるか
知らない男が上半身裸で家にいたことはあるか
千円札渡されて 寝る時間まで帰ってくるなって
自分の家なのに 自分の家なのにくつろぐこともできない
お金がないってだけでみんなにバカにされて
元父親と離婚してないから 受けられる支援も受けられなくて


あのひとたちが悪いわけじゃない
これはただの僻み


だけど あたしだって
あたしだって
せめてフツーに暮らせる日常がほしいって
そう思うのはいけないことですか




悔しい
悔しい
悔しい




負けるもんか
負けるもんか
負けるもんか






彼女はふたたび 夜の街の中を歩きはじめた
親も友達も 何にもいらない
誰も味方になってくれなくったっていい
どうせ人間は生まれたときからひとりぼっちだ




自分だけが 自分の味方でありさえすれば
もうそれだけでいい
他のものは何にもいらない 望まない








あたしに触ると火傷するよ?
大昔のドラマで云ってたな そんなセリフ
内容とか全然知らないんだけど
一度云ってみたかったんだ
カッコいいなって思って








でも令和の時代にはちょっと いや
大分サムいセリフだけどね






陽炎
2024年04月07日(日) 11時57分21秒 公開
■この作品の著作権は陽炎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
最後までお読みいただき
ありがとうございます

多様性の時代、多様性の時代と
声高に叫ばれている令和の世の中ですが
差別にいじめに虐待にネグレクト
大昔から現在に至るまで
なくならないのは一体どういう理由でしょう
ビンボーなのも母子家庭なのも
決して子どものせいなんかじゃないのに

彼女が持ち合わせている小さな自尊心は
きっと、誰にも奪うことはできません
奪う権利もないはずです

この作品の感想をお寄せください。
No.2  陽炎  評価:0点  ■2024-04-08 20:28  ID:9pxemaegKFc
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☆ふぬーんさんへ

いつもありがとうございます

たしかに、軽い気持ちでは描いてないので
それが読み手の方にも伝わってしまうのかもしれませんね
みゆきのファイト!脳内再生していただけたのなら
とても嬉しいです

小説。。。
う〜ん、内容的には小説ぽいので
描けたらいいんですが
私には詩の方がしっくりくるというか

ありがとうございました
心より感謝
No.1  ふぬーん  評価:50点  ■2024-04-08 02:18  ID:URA.SyXRxB6
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ドラマ作れそうで怖いです。
内容はオーソドックスにも関わらず結構読むのに体力要ります笑
中島みゆきのファイトが流れてきそうです。

本当に詩ではなくて、小説書いたらどうかと前から思ってたんですが。。。
総レス数 2  合計 50

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