インナーチャイルド

どうしたの?
こんな淋しい岸壁でひとりきりで
しかもそんな薄いスモック一枚きりで


あのね おかあさんかえるのまってるの
おかあさんおしごとしてるから
いつもここでまってるの


お父さんはどうしたのかな?
お家に誰もいないの?


ううん おとうさんとおばあさんと
あとおじいさんとおにいちゃんがいるよ
みんなでおちゃのみながらてれびみてるよ


あなたは一緒にテレビ観ないの?


あたしは うーんと
よくわかんないけど
いちゃいけないようなきがして


どうして?
お家のひと やさしくないの?


やさしさってなに?


あなたを可愛がってくれることよ


かわいがってもらったことはないかも
いつも うるさいとかあっちいけっていわれるし


お母さんは知ってるんでしょ?
何も云ってくれたりはしないの?


いわないよ
いったら おとうさんとおばあさんとで
いっしょになっておかあさんいじめるから
そうすると おかあさんすごくふきげんになるし
せなかむけたまま くちもきいてくれなくなるから


あなた ちょっと手を貸してみて
こんなに冷たくなっちゃって
こんなに小さい子がひとり寒さに震えながら
母親を待ち続けてるっていうのに
誰ひとり 心配で探しにもこないなんて


ふつうのことなんじゃないの?
みんな そうするものじゃないの?


あのね よく聞いて
普通の感覚のある大人だったら
こんな寒いところに子どもひとりにしたりしないの
本当なら あなたは自分の家で
お父さんやおばあちゃんおじいちゃん お兄ちゃんたちと
好きなジュースやお菓子を食べながら
テレビを見たりしてるのよ


あたしはふつうじゃないってことなの?


うーん 難しいことかもしれないけど
あなたはずっと待ちぼうけだったのよ
お母さんはここで待ち続けてるあなたを
きっといつものことだと
何も感じていないかもしれない
ごめんね あなたのお母さんなのに
ひどいこと云ったね


もう大丈夫
私があなたを迎えにきたから
こんな寒くてうら淋しいところで
ずっとずっと待ち続けてたんだもんね
早く帰ってきてよって あたしを見つけてよって
ぎゅっと抱きしめてよって


辛かったね 偉かったね
本来ならあたたかいはずの家に
こんな小さな子が いちゃいけないような気がするって
大人たちの顏色 つねに伺っては
怒らせないように 機嫌を悪くさせないように
こんなちっちゃな躰ぜんぶでいろいろ気を遣っていたなんて


もう我慢しなくていいんだよ
泣いたって構わないんだよ
子どもはね 大人に遠慮なんかしなくたっていいの
もっとわがままでいいんだよ
寒かったよって 心細かったよって
一緒にコタツ入って テレビ観たかったよって
気付いてよって 探しにきてよって
実はおばちゃんね あなたに呼ばれてここに来たの
あなたがずっと こんな寒空の下
膝を抱えて 迎えが来るのを待ち続けてるって


ごめんね
ごめんね
随分長いこと待たせちゃったね


おばちゃん 今までずっと
あなたの声に耳を塞いでいたの
聞こえないふりを続けてきたの


でももうそんなことしない
ちゃんと耳を傾けたの
一生懸命 耳を傾けたの


そしたら 聞こえたの
強い北風に吹き飛んで消えてしまいそうな
とてもとても小さくて弱い か細い声だったけど
たしかに聞こえた
どうか あたしを見つけてお願いって


だから あなたを見つけに来たの
迎えに来たの


何も心配いらない
もう二度と あなたをひとりになんかさせたりしない
泣きたかったら泣いたっていいんだよ
怒りをぶつけたかったら いくらでもぶつけてもいいよ
全部受け止める覚悟は出来てるから


なにも不安に思わなくていいし
不安に思ったら どんな些細なことでも打ち明けて
おばちゃんが解決できることは何でもやるし
おばちゃんだけじゃ無理だとしても
ちゃんと助けてくれるとこ探す
全神経を注ぎ込んで探す




さあ 寒い寒い
あなたは躰の弱い子だったから
また喘息の発作でも出たりしたら大変
おうちに帰りましょう


大丈夫
あなたを傷つける人間は
もう どこにもいないから


お手々つないで帰りましょう
夕飯はなにがいい?
クリームシチューでも作ろっか
お野菜お肉たくさん入れて
牛乳とチーズも忘れずに





帰ろ 帰ろ
もうとうに蛙は鳴かないけど
帰ろ




陽炎
2024年10月12日(土) 23時04分14秒 公開
■この作品の著作権は陽炎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ようやく迎えに行くことができました。

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