海になればいい
陽が昇るのを待って 僕らはあてもなく電車に乗った
まだ人気はなく静かで ただやわらかい朝陽だけが車内を包み込んでいた


僕らは互いに黙って 流れていく景色を呆然と眺めていた
この景色の中に なにもかも捨てることが出来たなら
そんなことを考えてみたりしたけど
多分それは とても無意味なことだと ひとりごちて
小さなため息をひとつ 窓が一瞬だけ白く曇った


     僕にとっても君にとっても 幸福という言葉は
     とても重いものでしたね
     初めて出逢った日 君は街灯のかたすみで風に吹かれながら
     膝を抱えて座っていました
     まるで捨て置きにされた 痩せこけた仔猫のように
     その頃の僕といえば 何もかもうまくいかずに
     呑んだくれては荒れはてた生活をしていました
     生まれたことが罪の種なのだと
     生きれば生きるほど 現実が容赦なく僕を突き刺しました

     君を初めて見た時 なんだか知らないけれども
     いい知れぬ侘しさが漂っているような気がしたのです
     とても幸多かれし、といった佇まいではありませんでした
     君は生まれてから今日まで どう生きてきたのかを
     とつとつと僕に話してくれましたね
     好いた男はどれもこれもダメな人間ばかり
     暴力を振るわれるのなんて日常茶飯事
     君の顔は躰には無数の傷跡が痛ましく刻まれてありました
     それでも それでもなお君は云うのです
     私がいけなかったから 
     私が彼らの淋しさを解ってあげられなかったからと
     自分を責めながら自嘲気味に笑う君は 
     いまにも消えて無くなってしまいそうなほど 儚く淋し気でした
     君はずっとずっと とても重たい荷物を背負いこみながら
     人生とも生活とも どう折り合いをつけたらいいのか解らずに
     誰にも頼れず たったひとりきりで今日まで生きてきたのですね
     悲しいほど強く 君を抱きしめたい衝動に駆られたのを
     他のことは何もできないけれど
     強く強く抱きしめたい衝動に駆られたのを
     昨日のことのようによく憶えています

     あの日 あの雨の日 君は傘もささず
     ずぶ濡れでいつまでも 僕の帰りを待っていてくれましたね
     驚いた僕が急いで傘を差し掛けると
     君は躰を小さく震わせながら うつろに淋し気な声で
     小さくつぶやきました
     「一緒に死んでくれますか」と

     疲れていたのです 僕も
     これ以上生きていても 生け恥を晒すだけなんだ
     他人に迷惑をかけるばかりなんだ
     死のう 死ななければならない
     僕は君とともに死ぬことに決めました


死に場所はできれば冷たい冬の海がいい
ただ波の音しか聞こえない きれいな海の町へ行こう
そして暗くなるまで 波の音の中で眠ろう
霧雨が降ればいいね
僕らのもろくこわれそうな命のような
やさしい雨が降ればいいね
風は冷たい方がいい
ふたり疲れた躰寄せ合って
海の中で飽和しよう
やさしく そっと
陽炎
2015年09月25日(金) 20時51分46秒 公開
■この作品の著作権は陽炎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
時々、こんな心境になってしまうときがあります。

2016.1.3 「君」の境遇がどうも気に入らなかったので
今さらながら改稿しました

この作品の感想をお寄せください。
No.4  陽炎  評価:0点  ■2015-10-13 11:44  ID:OJmj6OeLU/s
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☆ゆうすけさんへ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
いつもありがとうございます

美しい景色か季節のような雰囲気、と云っていただけてうれしいです

彼女は覚悟の死として描きました
僕にとっても、彼女にとっても
現実とはどうやっても折り合いがつけられなかったんですね

また、ゆうすけさんの作品、詠ませてくださいね
No.3  ゆうすけ  評価:30点  ■2015-10-03 16:51  ID:jE4RG11eTPI
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とても絶望的で悲しい展開なのに、どこか美しい景色か季節のような雰囲気がありますね。こんな季節もある、それは冬かもしれない、春を待つ季節のような、今は寒くて身動きするのもきついけどいつか春が来るかもしれない、とはいえ台風もあるし結局また冬がめぐってくるし。
自分への愛情が枯渇してしまい、死にたくなった人にかける言葉、当人しか分からない事ばかりだし事態を好転させる事なんか無理な話だし、とはいえ人はそんな無力ではないと信じたいし。
私だったら、そんな死にたい彼女に出会ったら、「悔しくないのか? 幸せを知らずに虚しく死んでいくだけなんて、あんまりじゃないか。置き去りにされた仔猫にだって牙も爪もある」と怒りたい。一緒に飲み明かして、泣き言自慢大会やって。
こういう詩を読むと、また創作意欲が回復します。なんかこう、叫びたくなるような感じで。
No.2  陽炎  評価:0点  ■2015-10-02 15:33  ID:OJmj6OeLU/s
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☆時雨ノ宮蜉蝣丸さんへ☆

返信が遅くなってしまい、申し訳ありません
いつもありがとうございます

綺麗、と思っていただけて恐縮です
心中はもっとも贅沢な死に方だ、と云ったのは
寺山修司でしたね

時雨ノ宮さんの仰るとおり、自殺なんて馬鹿げてる
生きてればきっといいことがある、って
云うのは簡単ですけど、その時一旦自殺を食い止めることができたとしても
その人の辛さ、生きづらさに変わりはない訳で
止める人が責任を負ってくれるなら別ですけど
そうじゃないですからね

海辺に座って、他愛ない話をして喫茶店でお茶、というのもいいですね
違う展開が待っていそうで

二人には、もうこれ以上の言葉は必要ない、ということで
眠ることにしました

ありがとうございました
心より感謝
No.1  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:30点  ■2015-09-27 00:19  ID:WTIMKAhaPbM
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こんばんは。

綺麗だなあ、と思ってしまいました。
何年か前までは「自殺なんてくだらない」と本気で信じてた時期もありましたが、たかが数年されど数年、考えはがらりと変わるものです。
最後のところで胸がいっぱいになりますね、優しくて、不器用で、哀しくて、果てしなく美しい。

個人的には、二人で浜辺に並んで座って、どうでもいい話を延々していたい風景ですね。知らない町にこっそり行って、誰もいない海を眺めながら話をして、日が高くなってきたら最寄りの喫茶店でお茶を一杯。
心中というよりは、駆け落ちに近いかも。俺もたまに、電車で適当な海辺の町まで行ってしまおうかと考えたりします。今まであった「日常」を捨てる、という意味では、心中も駆け落ちも似たような感覚になるかな、と。

自殺なんて馬鹿げてる、と言う人を今まで山ほど見てきましたが、本当にそうかしら。決して素晴らしいとは言わないし場合にもよるけれど、一概に言い切れないことは、皆が気づいていることなのでは、と。
気づいてるから、徹底的に否定することで、そちらに傾かないようにしている。本能に背く行いを悪にする。じゃあどうすれば、と訊けば、猫も杓子も漠然とした模範解答ばかり。死そのものと、生きるため死ぬほど辛い思いをすることとの間にどれくらいの差があるのやら、はなはだ疑問でございます。

もし、この詩の「彼女」に俺が出会ったならきっと「この先の人生、全部お前にやるから。一緒に生きて足りなければ、その時は一緒に死んでやる」とか、歯の根が浮くような言葉を躊躇いなく言うと思います、本心で。
後半妙になってしまいました。長々本当すみません。ありがとうございました。
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