| 煙草 |
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部屋で酒を飲み交わしながらYに尋ねた 自分の言葉を信じるか、と 信じてるんだろ、と聞き返されて言葉に詰まると 信じてないとものは書けない、とYは笑い もっと酒を飲め、と勧められ ウィスキーをロックで三杯飲んだものの素面のままで いつものようにとりとめのない話が続き Yが帰った後、急に酔いが回ってすぐに寝た 午前三時、ふと目が覚めて 雨音に誘われベランダに出て 慣れない煙草を吸うと軽く目眩がした 手すりに体を寄せて 空いた駐車場に雨が降るのを見て心を落ち着かせ 吸い差しの煙草を落としてみた 向かいのアパートの明かりのついた部屋から 住人が顔を覗かせはしないだろうか 駐車場に倒れている僕に雨が降り続けるのを彼は目撃する という妄想に笑う この部屋で一人暮らしを始めた当初 夜は四方から迫ってくるようだった カーテンの隙間と玄関扉の魚眼レンズの間で 何も入っていない冷蔵庫の唸る音に毎夜怯えていた 廊下を伝って響いてくる学生達の弾けた笑い声が嫌いだった 自分でも読めないくらい小さな文字で日記を書いていた カーテン越しの朝の柔和な光にいつも焦燥を感じた 昼間、近くで工事の音がすれば苛立って川沿いまで散歩に出かけた 古本屋と部屋の往来が習慣でリビングの両壁はいつの間にか本に埋め尽くされた 吐き気を催すまでインスタント・コーヒーを飲み続けていた 料理はほとんどせず近所のスーパーの油っこい惣菜ばかり食べていた たくさんの映画をよく観もせずに流し続けた 儚げでどこか影のある人を好きになって彼女の好きな音楽ばかり聞いた 恋に破れた夜、薄汚れた洗面台の鏡に鬼が映っているのを見た 毎晩一人で居酒屋を何軒もはしごしては帰って鏡の下の便器で何度も吐いた 威圧的で苦手だった幼馴染の自殺を電話で知らされた サークルを唐突に辞めた後、突然訪ねてきた後輩二人を扉の前で追い返した 人から何か連絡があっても平気で無視するようになった 後悔の仕方を忘れた 毎日がうまく繋がらなくなった それから 一昨年の春、桜咲く頃 Yと鴨川デルタで会った時 パンの空き袋を手元から落としても無表情にただそれを眺めている僕を見て Yはベンチに座ったまま晴れ渡る空を指差して言った 僕たちは何て小さいんだろうね、と 鬱々とした気持ちに変わりはなかったけれど その時、Yの指先が固い空に触れているように見えた 僕は無言のまま、あてもなく自分の言葉を探し始めた 再び煙草に火を付け 目眩を楽しみ 徐に手を差し出し雨に突きつける すぐに火は消える この凍えた手で何が書けるか 幽かな胸の痛みとよろめき どうしようもないな、と笑い 咳き込む |
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A
2015年02月15日(日) 04時40分49秒 公開 ■この作品の著作権はAさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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| No.3 A 評価：--点 ■2015-02-21 00:08 ID:pA0QzJ9KbiA | |||||
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返信遅れまして、すみません。 笹竜胆さん ご感想ありがとうございます。好きと言って頂けて嬉しいです。手を伸ばしたときの相性…意味深ですね。僕は他人との距離の取り方に問題ありなので、逆に、距離については問題として時々問いかけてしまいます。自分と相手で双方揺れ動く時、どきどきするのですが、最近はそういう事もあまりないです…そこを丁寧に書けたら面白いのでしょうが。 「等間隔の法則」でしたっけ（笑）この時期はさすがに寒いのでそんな事ありませんが、春夏の夕べは確かに距離を保ってカップルが川べりに座ってますね。鴨川デルタより下流によく見られるかな… 陽炎さん ご感想ありがとうございます。「主人公は何かに触れたいんでしょうね」というご指摘、書くとき考えてなかったのですが、まさにそうだなと思いました。たぶん、何かとは体の内側の感覚でしょうか。言葉が体の内側の感覚に触れる場合と触れない場合があって、この違いがずっと謎です。触れたときのあの感じがいわゆる共鳴なのでしょうか。共感というのがあんまり好きな言葉じゃないのですが、自らの内側の感覚に触れる言葉が共鳴を引き起こし得るとは思っています。 |
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| No.2 陽炎 評価：50点 ■2015-02-17 17:34 ID:OJmj6OeLU/s | |||||
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私が云うのもおこがましい話ですが これだけの文章量で、これだけの筆力 すごいです ぐいぐい惹きこまれて 一気に読ませていただきました 自分の身に置き換えてみても これはかなり身につまされる詩だと思いました 言葉に懐疑的でありながら それを言葉で云わなければならない矛盾とか 落とした煙草を自身に重ね合わせ 誰か見つけてくれないだろうか妄想するとことか 多分ですが、この詩の主人公は 何かに触れたいんでしょうね コミュニケーション イコール 言葉 に繋がっていくのじゃないかな、と これは私の勝手な想像です 好きな詩です |
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| No.1 笹竜胆 評価：50点 ■2015-02-15 19:18 ID:yUDZSoSYd1k | |||||
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誠実な距離感、というか。好きだわぁ、これ。 言葉を信じていても、信じきれなくなる時があるのも実情で。 手を伸ばしたときの相性がわりに重要なのかもしれないと、最近は思います。 そういや、鴨川って夕方になると等間隔で人がいるって聞いたけど本当？ |
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| 総レス数 3 合計 100点 | |||||
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