靄にうつる影


時に記憶は操作される。何者かの手によって、書き換えられ、あるいは、隠される。

その、私を操るものに会いに行く。あるいはそれが、神と呼ばれるものなのかもしれない。こちらからの道が敷かれている筈もなく、また、私の中にあるとも言い切れないのだが。

(寄せ集められた私の全ての細胞を動かすエネルギーひとつひとつの根源を探るため、感情が純粋だったころの乳幼児期に戻る。)



目の前にあるものを手にする衝動にかられ、人間によって作られたものを破壊し、それが単純な作りであることを証明して回る。更に、傍に存在する私によく似た生物をも、分解してそれが何であるかを知ろうとするが、易々とは壊れないばかりか、その生物は、仁王の形相で涙を流しながら無音で威嚇を始めたかと思うと、精一杯に空気を胸に溜め、私に向かってけたたましい高音の旋律をもって一気に大音響を響かせるのだ。
 私もこれに応戦しようと、仁王の真似事を試みるのだが、恐怖という感情より、平穏な静寂を求める感情が勝り、また、更なる新しい攻撃の兆しもないため、早々にその場を切り上げ、生まれ出た安全な古巣へと引き上げにかかる。

ところが、いつもそうなるとは限らない。

私はいつものように、自然の法則性について検証を進めている。目の前に立ちはだかる物を、引くという運動能力はまだ備わっていない。すなわち、押すのだ。すると、物は向こうへ倒れる。何度もやっているから分かる。しかし、今回は様子がおかしい。音を立てて倒れる。何かが溢れ出す。たまたま例の生物がそこに居て、降りかかる。が、私の中でパターン化された成りゆきを逸脱した事態が起こっている。今まで見たこともないような白い靄に煙る中にあの生物が居て、何か得体の知れない恐怖に戦いている。

 違う。何かが違う。

私が呼び起こした白い悪魔の出現に、私の体に戦慄が走る。と同時に、仁王が乗り移った。巨大な恐怖に対抗して、私が過去、誕生の瞬間にも絞り出した、強烈な悲鳴を上げるのである。


 事実は幼児以外には目撃されていない。

40年経った今も弟の肘には大きなケロイドが残っている。が、その記憶は有意識の範囲に無い。また、この惨事の当事者であろう私にも無いのであるが、この文を記している今、喉をしゃくり上がってくる感情と吹き出して来る涙は何なのだろうか。

何者かの見えない手によって隠された事実の裏に、ぼんやりと意図が浮かんで見えてくる。




游月 昭
2014年08月19日(火) 12時11分49秒 公開
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■作者からのメッセージ
冒頭一連は第三稿で付け足しましたが、要らないかな。

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No.4  游月 昭  評価:0点  ■2014-08-25 00:27  ID:2un0QyHxhs2
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ヤエさんこんばんは。
ご感想ありがとうございます。

ちょと長めで、乳幼児のシーンからいきなり表現が違うので、「はい、みなさ〜ん、これからアカチャンがえりですよ〜」ってガイドさんは要りますね。
私は知識があまり無いので、アカチャンが大きな声で泣く理由は、自分に危険迫っていること、居場所、を親に知らせるため、くらいの事しか知りませんが、アカチャン同士なら仁王もあり得るんじゃないかと。
また、操作する存在、靄に包まれていた方がなんだかいいですよね。

表現の派手さはありますが、元はノンフィクションで、過去を想像しながら、実際に込み上げてくるものがあり、不確実ではありますが、状況から起こる自責の念だけでなく、直接の記憶が拒絶反応を起こしているのではないかとも考えました。
まあ、何者かが忘れたままでいろ、と言っているようなので、ヤエさんも気にせず明るく生きていきましょう!
No.3  ヤエ  評価:50点  ■2014-08-24 20:34  ID:L6TukelU0BA
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何度も、何度も読み返しました。
一度では理解ができず、また、未だに完全には理解出来ていないのかも知れませんが、それでもまた読みに来てしまう詩でした。
冒頭は、あったほうが分かりやすいかもしれません。
とくに
>私を操るものに会いに行く。
>感情が純粋だったころの乳幼児期に戻る。
のお陰で、過去を振り返っているということが分かりやすかったです。
些細なことが、思わぬ大事件に発展することってありますよね。
昔、木登りをしていて、それを真似した小さい子が木から落ちて骨折してしまった時の恐怖を思い出しました。
すっかり忘れていた記憶です。
記憶を操作する何者か、凄く気になります。
白い靄、仁王の表現に見いられました。
No.2  游月 昭  評価:0点  ■2014-08-24 19:10  ID:CKLP/qth1AI
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クレナイさん、こんばんは。
ご感想ありがとうございます。

「感情に動かされる」なんて事を言われますが、そんな世界ですね。
人は、街ですれ違った人の顔を全て覚えているそうですが、しかしそうなると、メモリーがいっぱいになるので、「忘れたフリ」して深層心理のエリアに圧縮して閉じ込めることになるのだと思います。
子供の頃に言われた言葉を、何かをきっかけにして何十年も後に思い出すということがあるのもそうでしょう。また、この詩に似ている例では、酷い暴力を受け続けていたのに、後年、その事を忘れてしまっているDV被害者なども。
日常生活をスムーズに送るために必要だと「何者かが」判断するものなのでしょう。

冒頭一連はあった方が分かりやすいですよね。しかし、一、二、三連と、殆ど同じような意味なので、整理する必要がありそうです。スルメをしゃぶって頂き、ありがとうございます。(^^)ノ
No.1  クレナイ  評価:50点  ■2014-08-23 01:12  ID:Y5z8Yaj/4DM
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こんばんは。
とても心理学的な詩だなぁと思いました。
特にユング派の集合的無意識のことと繋がるように思え、とても興味深く読ませていただきました。
一度では咀嚼できませんが、何度も何度も読んでみるとスルメイカのように深い味わいがじんわりと広がる感じを覚えました。
私は冒頭一連があって、良かったと思います。
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