風の卵
皓々と輝く月の下、街を歩き抜けて小さな山へ登りに行く
ライトなしだと登山口の辺りではまだ目が慣れず
墨を溶かした水中に潜っているような覚束ない視界の中で
傍らを流れる小川と木々の葉のささやき合いに耳を澄ませながら
思い立って両手を広げ、風を受けとめつつ歩けば
まるで大きな卵を抱きかかえているみたいに感じた
空を見上げると薄鼠色の雲は見た事のない寂しげな姿の動物の形をしていて
どこか別の場所で他の誰かが抱えた卵から生まれたのではないかと思った

次第にうっすら明らかになっていく道の途中で足を止め
少し荒くなった息を落ち着かせるために熱を帯びた体を休めた時
木々の間から空を見上げても、昼には見えたはずの殻のような境界がない事に気付いた
それから何となく右足の踵に力を入れて左足を前に踏み出すと
自分を全身受けとめてもらったような気がした
そして恐怖や焦燥に張り詰めていくのとは違った
凍結寸前の水に触れたような緊張を肌に感じると共に
胸の内で弱さが震えて、涙が零れ出した
右手の指先で胸をかきむしりたかった
弱さを取り出して、隣で一緒に泣きたかった

泣きながら山を登った
小川が時々耀って、その都度、蛍ではないかと思ったが違った
(小川に架かる小さな橋の下を
 蛍を探して覗き込んでから、こちらを振り向いて
 「いないね」と笑いかけてくれたあなたの少し残念そうな声──
 黙ったまま足元の湿った落ち葉を拾い上げた僕の
 魂は、今でもあの暗がりに佇んで蛍の代わりに風の卵でも孵しているのではないか

頂上からは、山々に囲まれた街を一望出来る
湖に星々が浮かんでいるようにも見えるこの光景をこれまで何度も見てきた
それは街の見せる表情の一つに過ぎず、求めるものとは言えない
たとえどんなに変わっても、この街が美しい理由を知っているくせに、
群れを逸れた動物の夢のように、僕は何を探し続けているのだろう

2014年06月18日(水) 02時39分24秒 公開
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■作者からのメッセージ
よろしくお願いします。

追記:ご指摘に従い、何か所か修正しました。
追記:改稿しました。(6/20)

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No.12  A  評価:--点  ■2014-07-05 05:17  ID:pA0QzJ9KbiA
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shikiさん

ご感想ありがとうございます。

役に立たないなんて、とんでもないです。作品を「好き」と言って下さって、とても嬉しいです。前に感想を書いてくださったのですか…再度、ありがとうございます!
No.11  shiki  評価:50点  ■2014-07-04 15:08  ID:zQBvN0wJih2
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こんにちは。
読ませていただきました。
皆さんがもう有意義な感想を述べられているので今更ですが……。
この作品好きです。

前に一度感想を書いたのですが、気後れがして消してしまいました。
でも、いいものにはいいと言いたかったので。
いろいろ書いたのですが……今は『繊細な感性と表現力がすごいです』としか言えない。
役に立たないコメント、失礼しました。
No.10  A  評価:--点  ■2014-06-24 10:31  ID:pA0QzJ9KbiA
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青ガラスさん

ご感想ありがとうございます。

>風を受けた時の感覚、言葉にできなかった

ありふれているけど、言葉にしにくい経験ってありますよね。あるいは、言葉にしようと思わなかった経験も。それが、本を読んだり、人の話を聞いている時に、言葉になってる事に気付いて素朴に感動する事が僕もあります。「風の卵」はまさに風を受けた感覚を表現したかったので、着目して頂けて嬉しいです。
No.9  青ガラス  評価:50点  ■2014-06-23 02:32  ID:6Sbbo4.76/Y
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風を受けた時の感覚、言葉にできなかったんですが
風の卵ですか、新しい発見、嬉しくなります。

読ませていただいて、色々考えさせて頂きました。
僕は何を探し続けているのだろう
それは、わたし自身に対する問いでもありますし
多分、自身の内に答えは有るのかもしれません。
無意識に感じているから、探し求めるのではないかと思いました。
自分の外に求める弱さ
取り出して一緒に泣きたい
そんな気持ちも良く表現されていると思いました。
拙い感想でごめんなさい!
とても読みやすく勉強させて頂きました。
No.8  A  評価:--点  ■2014-06-22 21:18  ID:pA0QzJ9KbiA
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游月さん

魂の再生…すごい言葉ですね。どうしても散文調になるのは、再生出来ないならせめて正確に現在の心境を見つめようとする態度の表れだったかもしれないと思っています。再生のきっかけというか、あるいは再生そのものを描けたら、いい詩になるでしょうね。これまでの作品では、まだ十分よく書けたという気が自分でもしません。が、継続的に投稿する中で御感想を頂いて見えてくるものもあり、中途半端に終わらせていてはいけないという気持ちが強まっています。ありがとうございます。
No.7  A  評価:--点  ■2014-06-22 20:58  ID:pA0QzJ9KbiA
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菊池さん

次回作に活かします。
No.6  游月 昭  評価:10点  ■2014-06-22 05:06  ID:CXpdePRBl1Q
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自分の書いた詩を、投稿時に内容、構成の推敲をして作品として読者に捧げる直前の校正は必要だと思います。
そのまま直さずに済ませば進歩はないと思います。Aさんがご自分の作品に対して真摯に向き合う姿勢は天晴れだとおもいました。

なぜ作者がこの作品に拘るのかというのも分かる気がします。

大袈裟に言えば、「魂の再生」を扱った作品だからだと思います。ラスト、何を探しているのか、おそらく、自分の人生、あるいは別の言い方をすれば、現在を抜け出す扉、であろうかと思いました。

取り敢えず点数追加しておきます。
No.5  菊池清美  評価:0点  ■2014-06-22 04:19  ID:/dxzQ0Wmf36
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改稿しても二番煎じ感は否めないと思います。

次回作に活かせば良いと思いますよ。
No.4  A  評価:--点  ■2014-06-18 19:48  ID:pA0QzJ9KbiA
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游月 昭さん

>文を煮詰めた方がいい

自分が感じ、考える事を書き出す事(散文)と、作品としての詩を明確に分けて考えないところに甘さがあったような気がします。中身(意図)が見え易いようにする事に重点を置いたのですが、確かに、もっと神経を注ぐべきでした。具体的なご指摘のあった箇所の修正は考えてみます。

>「そんな事を思うと」なぜ、「やはり」なんでしょう。

これは一応説明させていただくと、「やはり」は「そんな事を思いながら」に結び付くというより、(哺乳類は生まれてくる時、母親の胎内から生まれてくるイメージが強く、昆虫や魚、鳥のように卵から生まれてくるというイメージはぱっと思い浮かばないかもしれないが、受精卵にまで遡れば卵から生まれると言える)という内容と結び付いて、出てきました。が、読み返してみると確かに混乱しますよね…反省します。

「書きつける」→「意味が通っていると判断する」→「書きあげたつもりになる」→「投稿」という、安易な事を繰り返していた気がするので、「「書きあげたつもりになる」と「投稿」の間でもっと「推敲」に力を入れていきたいと思います。
No.3  A  評価:--点  ■2014-06-18 19:29  ID:pA0QzJ9KbiA
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菊池清美さん

ご感想ありがとうございます。

>言葉を短く削ぐのが詩の基本

どうも「詩の基本」が僕は分かっていないようです。前回、意図が分からないというご意見を頂いたので、今回は意図が見え易いよう工夫してみたのですが、書き過ぎてしまったようですね。

>彼女の良さと街の良さとが分散された
>絞った方が判り易い

僕としては、どちらもが溶け合っているイメージだったのですが、分散されたように受け取られたという事は失敗です。

詩は難しいですね。
No.2  游月 昭  評価:20点  ■2014-06-18 18:55  ID:OjM7eTTbU0g
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なるほどー。こんにちは。

>昼には見えたはずの殻のような境界がない
は、「あかちゃん返り」ならぬ「たまご返り」なわけですね。これがこの詩の核になるようです。大きな卵、という感覚は面白いです。

菊池さんが仰るように、文を煮詰めた方がいいと思います。(要らないものを削ぎ落として研き、文を輝かせる)

いろいろと出てきます。
>小川のおしゃべりと木々の葉のささやきに
簡単に書けば、
》小川と木々のささやき合いに
でも近いと思います。なぜここを指摘するかと言えば、「おしゃべり」は「おひさま」と同様にメルヘン的な印象だから。当然、メルヘン、ポエムが安っぽいということではなく、スーツの中に民俗衣装があるとおや?ってことです。

>僕の抱える卵と同類の卵から生まれたのではないかと思った
>緩やかな勾配の道の途中で
>(三年前、街の神社の敷地を、好きだった人と散歩していた時、
小川に架かる小さな橋の下を蛍を探して覗き込んでから、こちらを振り向いて
「いないね」と笑い掛けてくれた、その人の姿を思い出した

なども、もっとスッキリするんじゃないかなあ、と思います。

>そんな事を思いながら、やはり哺乳類も元は卵だと考え直した

これは唐突で、「そんな事を思うと」なぜ、「やはり」なんでしょう。という風に読者を混乱させてしまいます。

●散文詩と言えども、言葉選び、文の流麗さには神経を注ぐべきだと思います。

〇その反面、中身は感覚的に大変面白いので、推敲をおすすめします。
No.1  菊池清美  評価:30点  ■2014-06-18 06:07  ID:dJ/dE12Tc8A
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読ませていただきました。

彼方此方判る様に丁寧に書き加えてくれましたね。
私が言うのは古いと言われそうですが、言葉を短く削ぐのが詩の基本だと思います。
説明調だとか小説風だとか言われそうですね。

今回は言いたい事が見えて私は良いと思います。
彼女の良さと街の良さとが分散されたかも知れませんね、絞った方が判り易いのかなと個人的に思います。
魅力的な書き方ですね、才を感じます。

前回は来れなくてご免なさい、悩んでいる人が居たものですから…
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