あいつのこと
　何食わぬ顔をして雑踏を歩いているあいつのことだけど、

　本当は、

　賑やかな場所が嫌いで、
　人ごみが嫌いで、
　視線が嫌いで、
　話し声が嫌いで、
　笑顔が嫌いで、

　本当はビクついてて、
　本当はドキドキしていて、
　本当はどうしようもない臆病者で、

　それでも自分は怯えてないって思い込んでいて、
　だから平気なふりをして、
　目つきをちょっと鋭くなんかして、
　向こうから歩いてくるヤツを睨みつけてやろうとして、
　目が合いそうになって、
　すぐに逸らして、
　心の中でホッとして、

　やっぱりまた俯いて歩くことにして、
　ポケットの中の手を強く握り締めて、
　また周りの笑い声に耐えて、
　誰かの視線を感じて、
　急激に緊張してきて、
　どうしようもないほどの屈辱感が芽生えてきて、
　走り出したい気分になって、
　でも走り出せなくて、

　またポケットの中の手をギュッと握り締めて、
　ひたすら自分の歩く靴のつま先を睨みつけて、
　不意にこんな自分の弱さに笑い出したくなって、
　でも笑えなくて、

　今度は空しくなってきて、
　叫びたくなってきて、
　信号が赤になって、
　立ち止まって、
　
　信号が青になって、
　横断歩道を全力で走って、
　人を追い抜いて、
　人を掻き分けて、
　早く家に帰りたくて、
　
　空しさいっぱいで、
　ワケがわからなくなって来て、
　おかしくて堪らなくなって、

　悲しくて嬉しくて、
　空しくて楽しくて、
　おかしくて堪らなくなって、
　
　笑ってしまいそうになって、
　ふと顔を上げてみたら、
　いつの間にか人がいなくなってて、
　
　というかそこは自分の部屋で、
　机の前で、
　缶コーヒーなんか飲んでて、
　なんだか安心して、
　初めから何も気にすることなんかなかったんだって気づいて、
　ホッとして、
　
　やっぱり何食わぬ顔をして、
　昨日のことを思い返したりしてるんだ、

　ぼくは、あいつのことをそんな風に推測している。
He
2011年02月19日(土) 16時40分07秒 公開
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No.1  ザイチ  評価：0点  ■2011-02-27 20:11  ID:2EbdM0k4XrU
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（評価するのが苦手なので、感想だけ書かせてください）

して、きて、の心情をとらえる連続に、
胸がだんだんぎゅーっと締め付けられていくようでした。
きっとこんな思いは誰にでもあって、
でもそれを出さないだけなんじゃないかって、
だからこんなに心の中の「あるある」でひきつけられるんじゃないかと思いました。
最後に落ち着くところのまとまりが、心にストンと届けられて、
揺らぎが不動になった気がして、ほっとしました。
総レス数 1 　合計 0点

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