愛そのものの裸形 |
人間は幸せに満ちている時 あえて小説や詩でそれを表さない 深い孤独のさ中にあって 書く行為が我々に幸せを 追い求めさせるのだ そう感じる一方で 僕には今確実な自信となっている 一つの巨大な幸せがある それは互いに成長し合える愛しい彼女が 僕にもたらす恵みの豊かさだ 愛し合うことの聖なる悦び 眠った彼女の横顔を 僕はずっと見つめながら至福に満たされていた それは僕が信じてきた キリスト教の深奥で輝いている女性の創造主と 神秘的な次元で重なり合っていた 僕は頬にキスをした 小学生のようにあえて稚拙なキスを 彼女は眠りの中で口元を綻ばせ 再び甘美な眠りへ向かったが 僕には愛に満ちた永遠の啓示を 与えたのだった あらゆる宗教間の対立は無効化され 僕は今 どの時間にも属さない宇宙の洞窟へ 松明を片手に侵入している そこで待っているのは 僕の三人の娘に順番に乳をやる 彼女の安らかな眼差しだった 三人の小さな娘の頭上には 白く発光するネオンのようなラテン語が浮遊している 一人目にはcaritas 聖なる愛という文字が 二人目にはprimitiva ecclesia 原初の教会という文字が 三人目にはdomina 貴婦人という文字が それぞれ天使の環のように瞬いていた そんな娘を優しく囲む彼女には matrixという文字が 淡い桃色の光を帯びながら光っている 子宮を意味するこのラテン語は あらゆる宗教の差異を越えたところで開かれる 聖なる言葉だった 僕は彼女たちに敬意を覚え 恭しく傍へ近寄ると 僕という父性を迎え入れたこの女性たちだけの幕屋には creatrixという言葉が 一文字ずつ薔薇のように咲き乱れた それは創造主を意味する言葉だが 男性ではなく 子宮を持った慈愛に溢れた女性なのだ 僕は自分が聖家族の一員であることに 心から感謝し 彼女を通して愛の真理が到来したことを知った 三人の娘たちと その母である彼女は 共に僕という男性を希求していて 僕に狩猟時代から続く責任と 死を孕む存在としての有限性を想い起こさせた 僕は己の生が永遠ではなく 父性は火花のように散る 一つの輝きであったことを知った この宇宙に佇む聖域では 今日も新しくあの薔薇のような文字が輝き 聖性と 母性と 父性を越えた先にある 愛そのものの裸形を具現化している この宇宙が この星が終わっても 再び愛そのものの裸形は種を蒔かれ 懐かしい娘たちの歌声を響かせるであろう |
鈴村智一郎
http://slib.net/a/178 2011年02月17日(木) 00時27分42秒 公開 ■この作品の著作権は鈴村智一郎さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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