あたらしい商売
 狭い第二警備室の二十個以上あるモニターの前に座り、男は真剣な表情で映像を見ていた。
 この通称モニター室にいる彼はただの警備員ではない。ある会社から派遣された万引き摘発専門のスペシャリストなのだ。
 万引き摘発が専門なので夜勤などは決してしないし、自ら犯人を捕まえる事もしない。
 ただモニターで監視を行いながら、怪しい人物や行動を発見すると、各フロアの警備員に的確な指示を出すのである。

 そして……。

 男の目があるモニターに映った人影を捉えた。
『むむ? こいつ挙動が不審だ……』
 モニターに映った若い男の客は、ヤケにダブダブなロングコートを、キッチリ首元までボタンを掛けて着ていた。
 男は食い入るようにモニターを見つめる。
 と、突然興味を失ったかのように首をぐるりと回して無線装置の受話器を取った。
「もしもし十一号か?」
 男は警備員を番号で呼ぶ。名前など始めから憶える気など無い。各人に持たせた無線機の番号を使えば充分だと思っているのだ。
 もっとも警備員の方も誰が事にあたってもキッチリと仕事をこなせる、訓練された警備員であればこそである。

「エレベータに向かっているロングコートの男をマークしろ。たぶんカゼをひいているだけのはずだが念の為だ。そうだ、もし倒れそうにでもなったら助けてやれ。大切なお客様だからな」
 男はモニターに映った男の顔を見てただのカゼだと判断したのだ。
 その判断に九十九%の自信は有ったが、念の為にマークを命じたのである。

 と、一番角のモニターの画像が点滅し、映っている中年の婦人をロックオンした。
 モニターはただのTVでは無いのだ。最新テクノロジーが様々な凡例の中から、怪しいと思われる行動をピックアップしモニターに映し出す様になっている。
 だが、その婦人には先程から二名の警備員をつけてある。
 最新の防犯システムは九十%以上の犯罪を検出する能力があるが、男の目は未だ行われていない犯罪さえも検知する能力をもっているのだ。
 売り場から離れて行くその婦人をモニターが追いかける。
 人気の無い方に消えて行こうとした時、高級な外国製ブランド、アロマーニャのスーツに身を包んだ美青年が、すっと近づいて行き何か話し始めた。

 アロマーニャ氏は勿論デパートの警備員である。
 婦人は夢見る様な視線をアロマーニャ氏に向けつつ短い会話を交わすと、二人は腕を組んでモニターの外に消えて行った。
 行く先は勿論、モニター室の隣に幾つか有る豪華な応接セット付きの取調べ室だ。

 しかし男はモニターにアロマーニャ氏が現れた時点から全くそちらを見ていない。自分の自信もさる事ながら、警備員への信頼も絶大であるのだ。
 これこそ真のスペシャリスト達であった。

 コンコン。
 モニター室のドアがノックされデパートの店長が部屋に入って来た。
「ゴホン。どうかね、今日の調子は?」
 どうやら店長もこの男にだけは多少気がねをするらしい。
「ええ、まだ午前中ですが、既に五十二人のお客様を確保しましたよ。いや、今もひとり捕まえたので五十三人ですな。しかも今日は皆、高級品ばかりなので、総額は二百万マネーを超えていますよ」
 男はニヤリと笑みを浮かべて又モニターをチェックし始める。

「いやあ、君が来てからというもの、我がデパートの売り上げは倍増。いや三倍だ。本当にいくら感謝してもし足りないくらいだよ。わっはっは――」
 店長の笑いは作り物では無く、心の底から湧き出てくる様だった。


 その頃、となりの取調室では……。

「さあ奥様、リフトチケットを確認させて頂けますか? もちろんお持ちですよね?」
 アロマーニャ氏はあくまで丁寧且つソフトな口調で婦人に話し掛ける。
「あ、ハイ。これで良いんですのよね?」
 婦人は財布の中から黒地にゴールドの豪華な装飾を施したカードを差し出した。
 アロマーニャ氏は恭しく受けとって備え付けの機械に差し込むとにこやかに振り返る。
「いやあ奥様、本当に危ないところでした。もう少しで六万マネーもするロイボトンの高級バッグを盗られるところでした」
「あらそうかしら? 残念だわ。じゃあ、コレでね」
 婦人はそう言うと、あまり悔しそうでも無くクレジットカードを差し出した。
「はいありがとうございます。リフトチケットのお客様は五%オフになっておりますので……。ところで如何です? 当店の新しいサービスは」
「ええ何だかとってもワクワクするわ。一回千マネーでチケットを購入すれば、お店で万引きし放題だなんて。成功すればタダだし、こうして捕まっても貴方みたいなステキな方とお話ししながら五%オフでお買い物が出来るんですもの。もう他ではお買い物できないわ」
「ええ本当に。これは口外なさっては困るのですが、実は今月、まんまと成功した方がいらっしゃいまして、大損害でした。――はい、どうぞ」
 アロマーニャ氏が頭を下げながら両手でクレジットカードを返した。


「さて店長、そろそろ出ていって貰えませんかな? 仕事の邪魔になる。それと今月は四倍の売り上げをお約束しますよ。今月は一日に経費で落としてワザと口の軽そうな女を一人見逃してやりましたからな」
 モニター室の男は店長を見ようともせず、ボソリと呟いた。
「うん、そうか」
 店長は男の失礼な口振りも全く気にせず、上機嫌で部屋を出ていった――。



おわり




G3
2011年03月25日(金) 00時01分38秒 公開
■この作品の著作権はG3さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ごぶさたしております、G3です。
地震のせいでプチ失業中なので、投稿させて頂きます。
拙いものですがよろしくお願いいたします。
3/25 00:01 投稿
3/25 13:48 修正

この作品の感想をお寄せください。
No.15  G3  評価:--点  ■2011-04-16 12:52  ID:wfVGn00IRSE
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lapse様
 ありがとうございました。憶えていますよ。窓の話しとか、空港の話しとかを投稿された方ではなかったでしょうか? 誰かとゴッチャになってるかな? 海外に住んでるというイメージもあるんだけど。
 発想が面白いと言われると何やら嬉しいです。でも鳥肌が立つ様なモノは一生かかってもムリかなぁという気がしますね。>店自体が万引きされてたり ってスケールでかいですね。
 なかなか書く気力が湧かない今日この頃ですが、何か出来たらまた投稿したいと思います。その節はまたよろしくです。
No.14  lapse  評価:30点  ■2011-04-13 01:52  ID:Y0BJY4B/pTw
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 久々に来てみたら見覚えのあるお名前があったので、読ませていただきました。
覚えていらっしゃるかどうかは分かりませんが……。

 面白い発想ですね。自分が小回りの利かない性質なだけに、こういう捻りの利いた掌編は憧れるし、良いと思います。ただ、何でしょう、最後にもう一捻りくらいあると、もう鳥肌が出たやもしれません。例えば中の人たちも知らないうちに店自体が万引きされてたり、とか……。
 と自分では書けないジャンルについての突っ込みを入れてみたり……すみません。
 さっくりと必要な部分だけを書く、かといって決して分かり辛いわけでもない文章に好感を抱きました。参考にさせていただきます。
 では、次回作も期待しております。
No.13  G3  評価:--点  ■2011-04-13 00:01  ID:wfVGn00IRSE
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ねじ様
 ありがとうございました。気になって頂いたとの事なので…。
 チケットのシステムについてはそれなりにおかしくは無いと考えています。(あくまでもそれなりですが)
 先ず、逃がした万引き犯(お客様)がチケットを持っていなくても問題はありません。でも、持っていなくて万引きをするのは相当にリスキーなので持っている方が自然だろうと思います。
 しかしこの場合は、捕まえたご婦人に、成功した人がいたと漏らす事が宣伝になると考えています。なので捕まえた人全てに教えるわけでは無く、効果がありそうな人を狙って漏らします。口コミでチケットの拡販を狙う訳です。
 もちろん逃した人がチケットを持っていて友達のご婦人(紳士という事も有るかも知れないが)に自慢してくれれば更に良いはずです。チケットを買って成功した人は後ろめたくは無いので自慢話してくれると思われます。
 又、チケットそのものについては持っている人を特定しやすい様な売り方では誰も買いません。当然、磁気とかICチップの様なヘンな細工もしないはずです。偽造されるのだけを防止する様に凝った印刷を施します。
 いずれにしても万引きを100%発見できる仕組みが無いと実現は難しいと思ってます。100%発見できた上で数%は見逃すという作戦です。
 という説明をわざとらしくなく書ければ良いのでしょうが、頭でっかちになっちゃうので、この手のSSでは省略しても良いだろうと、個人的には考えています。(そんな事思えるかっ!と怒られるかも知れませんが)そういう意味ではトリックに拘るミステリー好きの方が来るこの板への投稿は良くないのかもしれないですね。
 なんか屁理屈っぽくてすみません。次が出せましたらまたお願いいたします。
m(__)m 
No.12  ねじ  評価:30点  ■2011-04-10 23:53  ID:eTEJG577m7s
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読みました。

構成のことは他の方も指摘しているので置いておくとして、気になった部分があったので。
まず、チケットを持っている人間を最初からマークすれば主人公の男はいらないわけで、この男と分析システムがあるということは誰がリフトチケットを持っているかはわからないわけですよね?だとしたら何故見逃した女性がリフトチケットを持っているとわかったのかがわかりません。
それと、チケットの入手経路(完全に匿名で購入できるシステム)がはっきりしていないと、「チケット買った人間のリストつくってマークすればよくない?」という疑問が残ります。こういう疑いは排除してほしいところです。

ですがアイデアもまとめ方もよくて面白かったです。こういうものを書くのはとても難しいと思いますが、これからも読みたいです。
No.11  G3  評価:--点  ■2011-04-10 02:10  ID:wfVGn00IRSE
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・相馬様
お読み戴きありがとうございました。いつもひいきにして戴いて有難く思って居ます。
なるほど、場面の入れ替えですね。考えても見なかった事なので、あとでこっそりやってみようと思います。
横浜在住なので地震に関しては大した被害は無かったのですが、電気やら交通の影響で約2週間も休んでしまいました。あと、スーパーの食料品不足とガソリン不足にもヤラレました。本当に被災された方達の大変さは当事者にしかわからないのだろうけど。なんとか立ち直って欲しいです。
No.10  相馬  評価:40点  ■2011-04-08 08:51  ID:ZxVPUO5ATgs
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拝読しました。
発送、着眼点は相変わらずようで楽しかったです。
ノックからの場面と、取調室からの場面が入れ替わってたらより良いものになってたのではないでしょうか。
個人的な好みの問題なのでしょうね。
地震大変でしたね、御健勝にてお過ごしください。
No.9  G3  評価:--点  ■2011-04-07 23:49  ID:wfVGn00IRSE
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zooey様
丁寧な感想ありがとうございました。実は自分も他人の作品にはラスト一行の快感を求めてしまう奴です。この作品はそんな中にちょっとでもよいんを残したいなぁと助平ゴコロを出した結果なんだと思います。全体が短かったのもあると思いますが。
「口外されては困る」のところは正にそうですね。そういうものが在った方が良い気がします。
参考にさせて頂きたいと思います。
No.8  zooey  評価:40点  ■2011-04-07 01:31  ID:qEFXZgFwvsc
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初めまして、読ませていただきました。

とても面白かったです。星新一を彷彿とさせる素晴らしい構成力だと思います。
文章も無駄がなく、でも必要な情報は決して落とさない、
そんな計算しつくされた作品だと感じました。

ただ、ほかの方も指摘されてますが、ラストがあっけなかったのが残念と言えば残念でした。
途中段階のこの店独自のサービスの種明かしで、一瞬驚かされてしまってるので、
ラストではそんなに衝撃を受けないというか。
たぶん、二度目以降に驚かせるためには、一度目よりもインパクトを強くしなければ、難しいし、
こういう短編では、やはりラストに期待を持ってしまうものだと思います。

そのラストですが、
>これは口外なさっては困るのですが、実は今月、まんまと成功した方がいらっしゃいまして、大損害でした。

というセリフから

>今月は一日に経費で落としてワザと口の軽そうな女を一人見逃してやりましたからな

というセリフまでが、ちょっと短くて、インパクトが薄くなってるかな、なんて思いました。
せっかく「口外されては困る」と言っているのだから、
この夫人が口外しようと思っている描写、あるいはそのうわさを聞いたことがあるという描写、
そんなものが1行でもあれば、ラストがもっと利いてくるのかなと思います。

でも、全体的に、とてもよくできた作品で、自分の構成力のなさを痛感しました。
面白かったです。ありがとうございました。
No.7  G3  評価:--点  ■2011-04-03 21:33  ID:wfVGn00IRSE
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・らいと様
 ありがとうございました。過分なお言葉まで。これを心の糧にして又投稿できるようにしたいと思います。多謝。
No.6  らいと  評価:50点  ■2011-04-02 18:55  ID:iLigrRL.6KM
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拝読させて頂きました。
とても面白かったです。意外性もあって、よんだあとスッキリって感じで、プロの作品のようでした。
いや、プロよりおもしろいかもしれません。
No.5  G3  評価:--点  ■2011-03-26 21:59  ID:wfVGn00IRSE
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・ゆうすけ様
 ありがとうございます。100%発見する自信があればこその新商法です。今のところは無さそうです。
 失業はこの日曜まで。月曜から出社命令が来ました。私にとっての辛い日々が始まります。
 一応、書いているのも有るので、出来上がったらご批評頂けると嬉しいです。

・お様
 ありがとうございます。とりあえず面白くて良かったです。そして惜しまれてしまったのが惜しいです。説明セリフがまずかったですか。別の方法も考えてみましょう。
 この商売はイケそうでしょうか? その前に鉄壁の万引き防止システムの構築が必要ですが。私は商売人じゃないので試す事は出来ませんが、だれかが導入されたら少しだけバックして頂けると嬉しいです。

 引き続きご意見やご感想をお待ち申し上げております。
m(__)m
No.4  お  評価:30点  ■2011-03-25 23:44  ID:E6J2.hBM/gE
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面白いのに、おしい!
そんな感じで、こんちわ。
「ええ何だかとって〜」のところの説明セリフが、もう、哀しくなります。
これさえなければ。
うーん。この手のオチもの掌編では、アリなのかもしれませんけどねぇ。僕は、ちょっと好みじゃないなぁ。
あと、ラストの一段落があっさりで、無理矢理整合性を取るために付けたんだろうなぁという感じで、この辺の調整的なことはその前にやって置いて、サゲはちゃんとしないと、読後感が肩すかしな感じがしましたよ。まぁ、僕は。
とはいえ、面白かった! 興味深かった。アイデアとしてスゴい! これは意外にいけるかも知れないですねぇ、実際やったも。G3さん、どうですか? 
No.3  ゆうすけ  評価:30点  ■2011-03-25 18:49  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。

体験型アトラクション式商法ですね。面白いアイディアだと思いますよ。
高価な商品が欲しい心理を利用……ハイリスクハイリターン、敢えて持って行かせる……欲すればまず之に与えるべし。なるほど、こいつはうまく出来ている。
地震、大変でしたね。とりあえず元気にやっていきましょうね。プチ失業中だからなんて言わないで、今後も執筆を継続していただきたいです。
ではまた。
No.2  G3  評価:--点  ■2011-03-25 13:44  ID:wfVGn00IRSE
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舞様
ありがとうございます。ヘンな改行の部分、ご指摘ありがとうございます。これはテキストを貼り付けたときの事故であります。全部直したと思ったんだけど。後ほど修正したいと思います。
No.1  舞  評価:20点  ■2011-03-25 12:28  ID:52fKodd8zAM
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読ませていただきました!少しだけ感想を。

私的には、読みやすく、
色々な設定(説明かな?)とかも、分かりやすかったです。

それと、一つ。
取調室での会話で、「〜〜お話ししながら5%オフでお買い物〜〜」の
お買い(ここで改行されて)物に、なっている部分が気になりました。もしかして入力間違いとかじゃないんですか?と思いました。

総レス数 15  合計 270

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