身、捨てられれば
P3が壊れてしまったのは、ほんの二日前のことだった。P9型が広く世間に流通している今、この汎用家庭用ドロイドは旧式以外の何でもない。ローラーのついた足、四本のアーム、視覚の代わりとなる赤いスコープライト、白一色のボディ、いずれも時代遅れの仕様だった。
 九歳になるドクは、母にせがんで町の修理工場へ足を運んだ。壊れたままにはさせない。是が非でも、P3を直してもらうつもりだった。このドロイドは生まれた時からの友人だったのだ。
 工場でも名うての修理屋ベンズは、ドロイドを見るなり片方の眉を上げた。左手にパイプを握りながら、淡々と告げた。
「こいつぁ、直らんよ。旧式過ぎてパーツが生産されなくなったからな」
 ドクは無論納得せず、母親を省みた。
「母さん、何とかしてよ。P3じゃなきゃやだもん」
「ええ、坊や。ねえベンズさん、お金ならちゃんとお払いします。どうにかなりませんか」
「奥さん、無茶を言うものではない。今じゃ辺境の地域の工場だってこいつのパーツは造られておらんよ。まあ、しらみつぶしに探せば見つからんことも無いがね。しかし、たかがドロイド一台のためにあちこちを駆け回るなんざお笑い種だ。やめとけ」
 代わりに、ベンズは新式のP9を指で示した。
「あいつはお買い得だぜ。数ヶ月前に売り払われた中古でな。見てくれは少々悪いが、中身は新品と大差はない」
 母はちらりとP9型に眼をやって、重いため息をついた。ドクは知っている。彼女が息を漏らした後は、大抵聞きたくも無い言葉がその後に続くのだ。
「坊や、ベンズさんの言うとおり――」
「やだやだ! P3を直してよ! 直してやってよ」
 ベンズは腕を組み、ややあって口を開いた。
「坊主、修理だけはやってやろう。後悔するなよ」
 その一言だけでも、ドクには充分だった。
 数分後に修理台が用意され、P3はそこに横たわっていた。今時は修理も全て機械任せなのだが、如何せんP3型は古すぎるため、修理ドロイドにも対応していない。人の手でやるしか方法が無かった。ベンズがレーザートーチやら振動カッターを手に、ドロイドをいじりまわしていく。物騒がしい音を響かせて火花が散る様は、何とも古典的だった。

 P3がガラクタ置き場に放り投げられたのは、その日の夕方のことだった。ドクは泣く泣くP9を母に買って貰い、しおしおと帰途についたという。
 P3は日の目を見ないガラクタと一緒くたにされ、長いこと動かないままだった。場所が場所だけに、人も殆ど寄り付かない。さびついた空気と、オイルの濃厚な香りがあたり一面をとりまく、鉄くずの溜まり場だ。
 ある日、おあつらえたかのように雨が降った。P3のぼろぼろのボディを水滴が叩き、空しい音を立てる。
 そこへ、ひとつの人影がふらりと現れた。黒い外套を羽織った、年頃三十の女だ。彼女はふとおんぼろドロイドに眼を留め、ゆっくりと歩み寄った。そして何を思ったのか、P3のボディをはがし、中身をいじくり始めた。

 不意に、P3のライトが輝きを取り戻した。しきりに発信音を鳴らしながら、ボディを左右に揺らす。女は微かに微笑んだ。
 ドロイドはローラーを作動させ、滑るように動き出した。女が黙ってその後をついていく。
 行き着いたのはドクの家だ。停止したままでも、片時と忘れたことの無い、主人の家。P3はそっと窓辺により、明るい室内の光景を覗き込んだ。
 そして、ドロイドは見た。ドクがはちきれんばかりの笑みを浮かべて、ぴかぴかのP9型と戯れる姿を。
 ふと、母親がP3の方に眼をむけ、その姿を捉えた。
「坊や、見て!」
 母のただならぬ叫びに、ドクが思わず振り向く。何と、窓の外に捨てたはずのP3がいるではないか!
 少年は目を輝かせた。だが、それはわずか一瞬のことだった。
「直ったんだね。良かった。でも、もうR9がいるからいいや」
 突き放すような言葉とは裏腹に、少年は満面の笑顔だった。母がドクに頷いて窓辺に寄り、優しげな口調で追い払う。
「さ、お行きなさい。ここはあなたの来る場所では無いのですよ」
 P3が訴えるように電子音でさえずると、カーテンがさっと閉められた。
 もはや、親子のとP9型の影が見えるばかり。
 ドロイドは壊れた時と同じように、長いこと動かないでいた。
 雨がますます強く、彼の体を叩く。
「おチビちゃん、辛いのかしら?」
 P3がのろのろと頭を回転させた。命の恩人が、こちらに温かい双眸を向けている。彼女はどこか、疲れた顔つきだった。
 もしP3が人間なら、この女と同じ姿をしているのかもしれない
「私でよければ、道連れになってあげる」
 そう言うなり、女はきびすを返して歩き出した。P3が慌ててその後を追う。
 彼女はドロイドがすぐ横に身を寄せてきたのを見て、淡い笑みを浮かべた。
「さっきは、悲しかったでしょうね」
 P3は素直に返答した。
「生き物と機会なんて、今じゃ大差ないのにね。どうして分けようとするのかしら」
 彼女はひとりごちた。
 捨てられても、まだ生き続けている。だったら、可能な限り自分の居場所を探すしかない。
 一人と一台は、宛てもなく去っていった。

大少nainai
2011年02月07日(月) 19時12分51秒 公開
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No.5  グシャ  評価:30点  ■2011-04-21 21:31  ID:2EbdM0k4XrU
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始めまして,
ああ、これはいい……
何処にもありそうな世界、ありふれたストーリーの様で新鮮なイメージを持てた作品、
子供と友人ドロイド、現代にあっても所詮器械はそんなものかもと思わされた。
なのに最後、ドロイドと女性、哀しさの中に友となった二人に愛が感じられた。
長編にして丁寧に仕上げたら、もっといい作品になりそう……
失礼します。
No.4  らいと  評価:40点  ■2011-04-02 20:11  ID:iLigrRL.6KM
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拝読させて頂きました。
とても面白かったです、と同時にとても切ない物語でした。
切なすぎて、鬱になりそうなくらいですw
P3は何を暗示しているのでしょうか?
現代社会における、リストラ? なんて想像してしまいます。
No.3  G3  評価:30点  ■2011-03-26 00:53  ID:wfVGn00IRSE
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読ませて頂きました。面白いと思いました。SFのある日常ですね。雨に打たれるP3の哀しげな佇まいが見えるような気がしました。しかし、少し唐突に終わってしまった気がします。ラストの一行の前に数行、何か訴えるものがあったら良かったかも知れません。(このままの方が良いという方も居られるでしょうから気にしないで下さい)
No.2  HAL  評価:30点  ■2011-02-19 19:25  ID:CtD6SeLjaIg
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 はじめまして! 拝読しました。
 切ないですね……。ものいわぬP3のけなげさが悲しいです。

 アンドロイドではないですが、現代社会でもふつうに旧式の機械は部品がないと修理を断られることがありますけれど、同じものを長く大切に使うという精神と、消費社会の原理がかみ合わないんですよね。いま買った製品が、十年後にはただのガラクタかもしれない、それを承知で買わなければならないっていうのは、なんだかなあと思います。

 悲しい結末ではあるのだけれど、それでも新たな居場所を探そうとするラストの前向きさがいいなと思いました。

>  もしP3が人間なら、この女と同じ姿をしているのかもしれない
 ここだけちょっと、文脈として唐突な感じがしました。どうしてそう思ったのか、もう少し丁寧に書いてあってもいいかもしれません。(わたしの読解力が足りないだけかもです……汗)

 既出のご意見と重複しますが、わたしも女性が何者なのか、もう少し読んでみたかったようにおもいます。

 あと、些事をあげつらうようで恐縮ですが、一箇所、P9がR9になっているところがあったようですので、ご確認いただければと思います。

 拙い感想、どうかご容赦くださいますよう。
No.1  OZ  評価:30点  ■2011-02-11 13:56  ID:4MvGQJq3VCA
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読ませていただきました。好きです、こういう設定。
あっさりとP3からP9に乗り換えてしまう子供が素敵です。
最後の場面は悲しいのですが、「一人と一台」という表現が
個人的には微笑ましく思えてそれも良かったです。
トホホ…というような情けないP3の声が聞こえてきそうでした。
P3を直した女性の情報が少ないので、もう少し女性の人物像を
書き加えると、より一層最後の場面が際立つのではないかと思いました。
(的外れなことを書いていればすみません)
拙い感想失礼いたしました。
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