青白い善意

「……キ、ユキ、ユキ」
遠くから、ずっと遠くから聞こえるような声で、私はゆっくり目を開けた。
薄暗くて細い、ぼんやりとした視界に母の顔が映る。瞼が重くて、よく見えないけど、なんだか泣いてるみたい。
「なんで、こんなこと…」
母は真っ赤な私の手を握って、うつむきながら呟いた。
バタバタと慌てたような足音が廊下に響いて、タオルを握りしめた父がバスルームに駆け込んできた。
「救急車はすぐ来るそうだ」
そういうと父は母の肩を掴んで押しのけ、タオルで私の手首を握る。
…痛いな、お父さん強く握りすぎだよ。
呟いたのに、声は出ない。口は上手く動かないし、なんだか寒くて、とても、眠い。私はゆっくりと瞼を閉じた。


 気がつくと、真っ白な天井が私の視界を埋めた。眩しくて、目を細める。
「ここは病院だよ」
病室の真ん中にある私のベッドの左側に、パジャマ姿の男の子が立っていた。青白い顔に微笑を浮かべた、小学生くらいの男の子。
「…天国じゃ、ないんだね」
なんだか、お婆さんみたいな擦れた声が出た。口の中が乾いていて、気持ち悪い。
「自殺で天国に行くつもりだったの?」
男の子は頬の左側だけを上げた、皮肉っぽい笑みを浮かべた。…皮肉か。子どもらしくない。
「自殺じゃ、無理なんだ。天国、行きたかったのになあ」
なんだか胸の中が空っぽになったみたいな虚無感。脱力感がある。
「なんで自殺なんてしたのさ?」
勝手にベッドの縁に腰掛けて、男の子は皮肉な笑みを浮かべたまま問いかけてきた。
「…この世界が嫌いだからだよ。正しいことをしても、報われない世界が心底嫌い」
私が答えると、男の子は少し黙ってから、静かに言った。
「イジメかな?」

一瞬、ほんの一瞬だけど、身体が震えた。
「お姉さん高校生くらいだし、悩むなら受験か、恋愛か、友人関係くらいでしょ。正しいことをして報われないってことは、誰かをかばったら自分がイジメの標的になった、とか」
メガネの某少年探偵か、この子は。見透かされたような、居心地の悪い気分。
「ご想像にお任せするよ」
何か悔しくて、私はささやかな反撃をする。
「当たったみたいだね」
返ってきたのは、あの皮肉な笑みだった。ダメだ、反撃失敗。
「…そうだよ」
私は観念して、口を開いた。
「クラスにね、彼氏とられた、知美って私の友だちが彼氏をとったんだって騒いでる女の子がいてさ。その子のグループで知美をイジメはじめたんだ」
記憶を思い返しながら、私は話す。声は元に戻っていた。
「他の子にきいたりして調べたら、ただその子の彼氏が一方的に知美を好きになっただけだったの。逆恨みってやつね」
「それ、その子に面と向かって言ったんでしょ」
男の子は呆れたように言った。
「だっておかしいじゃない。完全に逆恨みだし。でもその子のグループはその子を可哀そうだって庇って、揚句私を標的にしてきたのよ」
少しずつ声が大きくなっていくことを自覚しながらも、私は話続ける。
「とうとう先生まで出てきちゃって、話をこじらせたのはお前なんだから、一緒に謝ろうだって」
「あらら」
「それで、なんかもう嫌になっちゃってさ。こうなっちゃった」
しばらくの無言の後、男の子は呟いた。
「言っておくけどね、天国なんて大したとこじゃないよ。今いるこの世界で、天国よりも居心地のいい場所を作る方がよっぽど建設的だと思う」
「天国を知っているみたいな口ぶりだね」
私は、少しだけ笑いながら言う。
「まあね。…あのさ、僕もイジメられたこと、あるんだ」
男の子が呟くとベッドの右側にある窓のカーテンが大きく揺れた。
「…窓開いてたっけ」
目を戻すと、そこに男の子はいなかった。


一週間後、私が学校に戻ると、イジメの発端となった女の子が泣きながら謝ってきた。どうやら前日の夜、見知らぬ男の子が枕元に立ってこう言ったそうだ。
「…イジメられる人の気持ち、知ってる?」
おせち
2010年12月17日(金) 14時42分14秒 公開
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■作者からのメッセージ
初めて書いてみました。正直自信はありません。ああ初心者だな、と温かい目で読んでいただければ幸いです。

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No.6  FK  評価:30点  ■2011-01-25 17:48  ID:6.S6FbFmD0g
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 読ませていただきました。
 感想を書くのは久しぶりです。短い話しからまた読もうと思います。
 皆さんおっしゃっているようにいい話で、描写も整っていると感心しました。またオチも決まっています。
 でも文章の初めと段落後は「一字下げ」で書き始めてください。
 
No.5  たけ  評価:40点  ■2011-01-11 20:45  ID:f0Qoh6.Lp4.
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良い話でよかったです。それと読みやすくて優しい感じする文章でした。
No.4  HAL  評価:30点  ■2010-12-26 20:05  ID:gz9wyngfZ.Q
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 拝読しました。いいお話ですね!

 初心者でいらっしゃるとのこと。書き始めてまもなくで、これだけしっかりしたお話を書かれるのって、すごいんじゃないかなって思いました。(自分の初心者時代の悲惨さを思い返しつつ……)
 描写とか文章とか構成とか、そういう技術的なものって、これからたくさんの小説を読まれ、いろんなものを書かれていく中で、どんどん成長していかれると思います。いまは、いちばん肝心の軸の部分、書かれている中身が、とてもストレートに伝わってきて、いいなと思いました。
 キャラクターの魅力、まっすぐな気性の主人公の、そのぶん傷つきやすいところとか、友達おもいなところとか、とてもいいなと思います。

 細かいことで恐縮なのですが、段落のはじめは一文字分スペースをあけるようになっていますので、お時間のあるときに一度、TOPから「文書作法」というところを見てみられてくださいね。

 自分の駄文を棚に上げての僭越なものいい、大変失礼いたしました。これからどうぞよろしくお願いいたします。
No.3  HONET  評価:20点  ■2010-12-25 09:32  ID:uKs3unqvpTg
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 はじめまして。読みましたので感想を。
 非常にストレートな作りで、描きたいことはよく伝わってきて好感が持てました。謎の男の子を核とした物語作りも、効果があると思います。
 ただ、惜しむらくは作品全体の雰囲気が平坦であること。どのような要素で、作品の雰囲気が作られていくのかを、今後考えながら書くともっと良くなるように感じました。
No.2  ゆうすけ  評価:20点  ■2010-12-20 18:20  ID:DAvaaUkXOeE
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拝読させていただきました。
謎の男の子、せっかく面白いキャラを作ったのに、もう少し彼に活躍させないともったいないと感じました。死神かな、それともいじめによって自殺した者の霊魂かな、読者に想像を委ねて余韻を味わってもらうのもアリですけど、もう少し情報が欲しいですね。
はじめてでここまで書ければ立派だと思います。では頑張ってくださいね。
No.1  青木 航  評価:30点  ■2010-12-19 20:23  ID:JIcKmB8A7uc
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 すごく、いい感性持ってるなって思いました。
 読み始めは、何か子供の頃病気しのた時の話かなって思いました。本人の感覚や家族の反応の描き方がリアルで、誰にもある暖かい原体験を思い出すに十分な筆致です。ただ、正直自殺未遂と分かった時点から、それが薄れて行きます。技術的にはこれから勉強だと思います。僕も他人の事は言えませんが。
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