真正・超科学館



 妻は夕方に同窓会があるからと、夕飯のカレーを作り終えた後、そそくさとおめかしをして出かけて行った。誰もいない家は寂しいもので、私も何となく外へ出た。

 空が真っ青に晴れた昼下がり。時には散歩もいいものだ。などと適当に理由を付けながら歩いている。桜が散ってもう随分経ち、歩道脇にはツツジがたくさん顔を出している。久しぶりに暑くなったゴールデンウィーク。私は肩に掛けていたタオルで顔を拭った。
 交差点の向こうに目をやると、ぼんやりと「真正・超科学館」などと書かれた、いかにもいかがわしい看板が立っている。近づいて建物を見ると、公民館位の大きさで、前に何があったのか思い出せないながらも、インチキ臭いところが気に入って、中に入ってみることにした。

 まだ1時を少し回った時刻だというのに、もう閉館しているのか、中は薄暗い。扉の案内を見ると、開館時間内のはずだ。奥に電飾の矢印がある。やはりちゃちなもので、見るからに手作り。しかし、クリスマスの時期には相談に来てみようか、と思えるほど頑丈に出来ている。矢印が差す扉を開けてみた。
 突然、爆音と共に閃光が放たれ、私は驚いて床に尻餅をついてしまった。少し遅れて勢いよく出て来た煙に更に驚いていると、両手で煙を掻き分けながら、老人が現れた。一目で老人と分かる、胸まで伸びた白髭、禿げ上がった頭。その男は大声で笑いながら、
「真正・超科学館へようこそ〜。」
呆気にとられていると、老人は手を差しのべて来た。
「ご冗談を。その右手も仕掛けでしょう。」と私が言うと、
「バレましたか?」と言って老人は右手を引き抜いた。
「え!義手なんですか?」と結局驚いていると、
「ほら、この通り。」と隠していた右手を出しながら、「ご存知だったのではないのですか?」
「いえいえ、私はてっきり手を握ると倒れ掛かって来るものと思いまして。」
老人は手を打ち(勿論、左手と生えてきた右手を打ち)、
「なるほど!それも面白うございますな。しかしそのアイデアはどこかで・・・・・・。」
 どこまでも可笑しな人だと思いながら、怒る気にもなれず、彼の案内する方へと進んだ。

 煙が晴れると、この狭い室内にどうやって詰め込んだのか、と思うほどにびっしりと置かれた精密機械群が姿を現した。
 私はただ「凄っげー!」と叫ぶばかりで、まるでその辺の小学生になっていた。
「ほっほっほ、全てわたくしの作品でございます。」
「ま、マジでー?」やはり小学生になっている。驚き続きで早くも、元とった!と思っている。いや、と、まだ入館料を払っていないことに気付き、老人に尋ねた。しかし、老人は無料だと言う。ビックリのとどめを刺されて、少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、視線は機械に釘付けになっていた。

 老人は、とりあえず、お近づきの印にと、上等のお茶に極上のお茶菓子を持って来るのでソファーに座って待っているように言い残し、奥へ歩いて行った。こちらは、上等だろうがお茶にお茶菓子どころではない。私は焦る気持ちを抑えきれずに、早くも機械を見て回った。

「このボタンを押すと鉄仮面騎士になれます」

「このボタンを押すとお姫様になれます」

どれもこれもボタンひとつで変身出来るらしい。流石に、実際、小学生ではないので、なんとも可愛いことをする老人だと思った。

「このボタンを押すと過去に行けます」

私は、この表示に釘付けになった。信じているはずもないのだが、既に頭の中では、高校時代にクラスが同じだった美香さんの笑い声とふわふわした頬のエクボを思い浮かべていた。
 何気なく、その時、ただ何気なく赤いボタンを押してみただけだったのだ。



         *



 悲しい。何故こんなにも悲しい。全身が涙の豪雨に濡れているようだ。

 目蓋の明るさに気付き、恐る恐る目を開けると、あの老人が私を見ている。
「帰っていらっしゃいましたね」

 私は、これまでの二年間の出来事を思い出し、上体を起こすと、懐かしい、あの科学館のソファーに横たわっていることに気づいた。
「ご老人、私はいったい?」
 彼は微笑みながら言った
「貴方のタイムトリップのいきさつはよく理解出来ましたよ。」



         *



 押したボタンは音もなく私の指を押し返しただけで期待はずれの反応だった。電源が入っていないのだと思い、コードを探すつもりで顔をそらした。
 一瞬で全身の血の気が引いた思いがした。数秒前までこの部屋を埋め尽くしていたはずの機械が、この一台だけを残して消えているのだ。信じられない事が起こっている。本当に過去へ戻ったのか、それとも幻覚?夢?この部屋の入り口で浴びた煙は麻薬だったのでは?

 間もなく、老人が先ほど歩いて行った方向の扉から男が入って来た。
「おお、お客様でございましたか。これは失礼を致しました。なんとも、扉の仕掛けが反応しなかったようですね。」 
と話す口調はあの老人にそっくりだが、随分と若い。男が確認のため扉を開けると、天井に取り付けられたスピーカーとライトから、爆発音と閃光!尻餅をつく男。そしてやはり遅れて勢いよく吹き出る煙。
「うわぁ!」と驚く男に、ついつい私は笑ってしまった。
「当、真正・超科学館へようこそ。」
と私がおどけて右手を差し出す。男は笑いながら手をとると、私が男に倒れかかる。見事に引っ掛かった男と私は、床の上で転げながらしばらく笑っていた。
「しかし、あなたは、どうやってこの部屋へ?」
男が眉を潜めたので、私は得意気に機械を指差した。
「おお、それでは、未来からの旅行者なのですね。」

 男との話がはずみ、未来への帰り方も教わって、いよいよ母校に向かう事にした。男に、今日中に帰ると約束して外へ出ると、なるほど、山々の形と、その頂きに見える鉄塔には覚えがある。やはりここは紛れもなく私が住んでいる住宅地の過去の姿。やはりタイムトリップしているのだ。
 私は、彼女の姿を早く見たいと思い、駅へと歩き始めた。

 長い距離を歩いていると、喉が渇くのだが、駅への道沿いにある自動販売機の全てが札を受け付けず、壊れてしまっていた。小銭は持って出なかったので諦めるしかない。
 やっとの思いで駅に辿り着き、とりあえず切符売り場へ。ところが、やはり機械は札を突き返してくる。
「そうか!」
 先ほどからの自販機に、高校当時好きだったメロー・イエローが、しかも100円で並んでいたことを思い出した。札が違うのだ。仕方ない。私は、駅前を通りかかる数人にお金を恵んでくれるよう掛け合った。意外にすんなりと千円札を恵んでもらうことが出来、学校の最寄りの駅に向かうことにした。ただ、運悪く電車の中では、恵んでくれた青年と一緒になってしまい、始終頭を下げながら感謝の意を表した。しかし、そのおかげで、もう一枚貰えたのだが。

 懐かしい駅を降り、ロータリーのベンチに腰掛けて懐かしさを味わっていた。五月の風は温かい。冬ではないタイミングの良さを喜んでいた、五月。五月。ゴールデンウィーク。
「しまった!ゴールデンウィーク!」

 日が陰っていく。長くなった私の影の肩が落ちている。物乞いまでして辿り着いたこの地。学校が休みの日に来るなんて。情けなくて、アホらしくて、立ち上がって、
「バカやろー!」と私が叫んで、立ち止まったセーラー服が。

 (美香さん!)

あの美香さんが私を見ている。在学中もこんなに見つめ合ったことはなかった。涙が涙腺から吹き出す。駆け寄りたいが、私はオジサン。ベンチに座りながら頭を下げるが、変質者を見る円らな瞳は速足になる。
その後ろ。少し離れて、

 (あれは、・・・・・・俺!)

煮え切らない私の過去が彼女の後ろを歩いている。彼女は駅に消えて行く。追いかければ、やはり変質者。過去の俺が私に気づくのもまずい。電車が走り出すまで、私はベンチで固まっている。何も出来なかった。確かに何か出来るはずもなかった。ただそのまま日が沈むのをじっと見ながら、休みの日だろうと、補習授業に真面目に通っていた懐かしい日々を思い出していた。

 ロータリーにパトカーが入って来た。やることもない私は成りゆきをじっと見ていた。降りた警官はこちらに向かっている。
(俺か・・・・・・、いかん、)と気づいた時には職務質問。真実を言えるはずもなく、あげくの果てに、不信人物として連行されるのである。
 財布の中身は未来の印刷ばかり。真実はただの嘘っぱちになり、高度な印刷技術には厳しい取り調べ。結局、偽札犯は投獄され、長い月日が過ぎることになった。
 私の存在はなく、本物はただ煮え切らずに彼女の後ろを歩くだけ。結局は偽者も同じく30年の時を遥々遡って来たあげくに、やはり煮え切らず。



         *



 私はずぶ濡れで、あの超科学館の前に立っている。自分を無くした過去からどうやって抜け出して来たのかはっきり覚えていない。ただ、過去で長く投獄された後、移送中に隙を見て逃亡したのは間違いない。とにかく、ただあの老人に会いたいとだけ考えている。

 現在と過去の時間は同じ速さで流れているようだ。あれは2年前の今日だった。過去にいた時間が長過ぎたのだろう。私の家は既に売家になっていた。



         *



「ご老人、私は一人になってしまいました」
「分かっております。まず、ゆっくり食事を座敷で召し上がりながら、これからどうすれば良いか、一緒に話を致しましょう。」
私は体が石のように重く、座敷まで、老人の肩を借りて歩くほかなかった。

 老人には驚いてばかりだが、座敷の棚には、たくさんの和風の人形、宇宙船の漫画に出てくるロボットのような形をした時計、小さな蒸気機関車。そんなものが、首がひょろ長い金色のランプの灯りに照らされていた。
 緊張して、これらは何なのかなどと訊ける状態ではない。いったいこの老人は何者なのだろうか。
「どうぞ、召し上がって下さい。」
私は言われるままに箸をとり、前菜にかぶりついた。

 彼は、私に2年前に戻るように勧めた。何もなかったかのように家に戻り、2年前の時と同じように振る舞えば良いということだった。確かにその通りだが、とにかく老人と知りあってからというもの、理解しえない事ばかりが起こった事を思い出しながら、次々に出てくる素晴らしい食事に箸を進めた。どれだけ腹を空かせていたのだろうか、私は全てあっという間に平らげてしまった。
 食後に煙草を頂いていると、からくり人形がお茶を運んで来た。私が驚いて反射的に受けとると、また、もと来た部屋へ戻って行ったのだが、やはりこれには参ってしまった。

 しばらくして座敷を出ると例の機械だらけの部屋に行き、いよいよ旅立つことにした。2年前に使った、あの魅力的だった機械を前にして、老人にお礼とお別れを言うと、私はまた赤いボタンを押した。
「ご老人、お名前を、」

 既に遅く、私は人形が並んだこじんまりとした回廊に立っている。

 おかしいと思っていたが、目の前の光景を見て、やっと思い出した。

「そうだ、ここは、からくり博物館だった。」

30年前にタイムトリップした時にもあった科学館が、その2年後にもあり、しかし、その時間に挟まれて、今、博物館が存在している。
「ここは一体!?」と叫ぶと、係員が私に向かって、人差し指を口の前に立てていさめた。
 棚には、からくり人形や時計、そして、あの老人に似た人が写った白黒写真。例の時計も。私は居眠りをしていたのだろうか。

 博物館を出ると急ぎ足で家に向かった。振り向くと雲を赤く染めながら夕日が山に隠れようとしていた。博物館は戸締まりをはじめている。

 懐かしい我が家に2年ぶりに、やっと帰って来たのだ。玄関の扉を開け深呼吸。家を出た時と何ら変わっていない。ただ数時間が過ぎているだけ。私は、勝手知ったる廊下を抜けて台所に行き、鍋の蓋を取ると、その中には、妻特製の美味しそうなカレーが出来上がっていた。





游月 昭
2014年05月10日(土) 01時54分55秒 公開
■この作品の著作権は游月 昭さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
游月 昭 の 短編小説 処女作です!
いつもは詩を書いております。
よろしくお願いいたします。

この作品の感想をお寄せください。
No.6  游月坊や  評価:0点  ■2014-07-10 01:38  ID:HchH4ncRDDY
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Oh!
ゆうすけさん、コメントありがとうございます。

>主人公の動機がいまいち
→序章での、主人公がどんな奴かという記述が無いので言ってみれば4コママンガみたいですよね。

>この老人の正体が主人公だったってオチもあり
→あっと驚く、astonished at
展開欲しかったですね。
じいさんを、実在した人物に繋げる作業でくたびれました。
今度書くときは2作目のより面白い筋を書きたいと思います。有り難うございました。
No.5  ゆうすけ  評価:10点  ■2014-07-01 19:51  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。

タイムトラベル物、使い古された定番ネタですね。いかに独自性を持たせるか? これはかなり難しいテーマだと思います。ヒネリが必要ですが、ヒネリすぎるとわけわからなくなってしまいますからね。

主人公の動機がいまいち不鮮明だと感じました。過去に行って本当に好きだった女性にアタックしたいのだと思いますが、実際は何をしたかったのでしょうか? 主人公の心の動きをしっかりと描写したほうが感情移入できて面白味が増すと思いますよ。
過去に行ってやり直したい→もっと酷くなる→頑張って復旧、やっぱり元の生活が一番だと思い直す。この定番が、ありがちですけど物語としては安定すると思いますよ。
この老人の正体が主人公だったってオチもありかな。

随分と久しぶりに感想を書いたので、ちょっと緊張しております。元SFホラミス板愛好家のゆうすけでした。
No.4  游月 昭  評価:0点  ■2014-05-20 12:04  ID:C997dWT1qRE
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楠山さん、コメントありがとうございます。
特に30年前の描写がいい加減ですよね。
実はこれ、ボタンを押してしまうところまでで終わっていたお遊び的な詩だったんです。
数人から「続きが読みたい!」と言われ、書き足した感じです。
警察に連行後を描写するには、法律やら、刑罰の流れを勉強する必要があるので、残念ながらハショリました。

このサイトに、殺されても組み立てなおされる人間の話の作品がありましたが、あんな風に真実味が出せるといいですね。

小説は推敲が大変ですね。

老人、最初はレンブラントだったんですが、辻褄をあわせりために、次にダヴィンチになり、結局、東芝の祖と言われる、からくり義右衛門になりました。
大変でしたが楽しかったです。

また詩人に戻ります。ありがとうございました。

あ、それから詩はベテランじゃないですよ。読むのも書くのも1年半をちょと過ぎたところです。
No.3  楠山歳幸  評価:50点  ■2014-05-16 20:39  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。

 驚きました。以前チャットで詩と小説の線引きは強いですか?と尋ねたところ強いですねと即答していただきましたので、 游月 さんの自由な考えとバイタリティーに脱帽です。

 さて、本作ですが。
 >悲しい。何故こんなにも悲しい。
 の連と本文との繋がり、タイムトリップした初めとがイメージしにくかったです。

 博物館の描写が丁寧ですが、二年前が描写不足と思います。この物語は二年前が中心と思います。そしてここが游月さんの本当の腕の見せ所と思いました。

 冒頭で今の家庭のほのぼのが書かれていれば、やっぱり今の家庭が一番みたいにオチに深みが出たかなあ、と思いました。

 ……と、難癖ばかり書いていまいましたが、
 面白かったです。
 游月さんらしい文章と勢いが良かったです。残念おじさんも気持ちが出ていると思いました。初めて書かれたとのことですが、文章が慣れていて、雰囲気が出ていて、さすがは詩のベテラン様です。

 ライトなお話を楽しませていただきました。
No.2  游月 昭  評価:0点  ■2014-05-10 19:07  ID:m.6gUmQkDJ2
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時雨ノ宮 蜉蝣丸さん、アドバイスありがとうございます!

小説楽しいですね!
この次いつ書くか分かりませんが、曖昧過ぎる部分とかは気になってました。ただ、展開は面白いんじゃないかなと思い、投稿しました。次は、プロの短編小説読んで勉強して書きます。
ありがとうございました。
No.1  時雨ノ宮 蜉蝣丸  評価:10点  ■2014-05-10 18:05  ID:2yvcLrrqfRc
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こんにちは! 読ませていただきました!

小説ということで遠慮容赦なくいかせていただきます。
タイムスリップネタは、某猫型ロボット漫画に代表されるように、よくある題材ではありますが、そのぶん簡単な展開だと先が読めてしまい、逆に複雑だと読み進めるのが億劫になってしまいます。シンプルながらかなり難しいテーマだと思います。

ある日ふと立ち入った不思議な建物。奇妙な老人が開発した奇妙な機械により、思い人の過去へ飛んでしまう。
テーマが悪いわけではありませんが、とにかく展開がわかりづらいです。起承転結が入り乱れて、話の芯にあたる部分が曖昧になっています。登場人物の設定も今ひとつはっきりしない。短編は短い中で話を結ばなければならないので、そのあたりが曖昧だと全体が一気にぼやけてしまいます。

まずは目的をはっきりさせて、何を書きたいのか明確にした方がいいかなと。
その上で、游月さんらしい詩的な表現を織り込んでいけば、きっと切ない素敵なロマンスが生まれてくると思います。
このままだと、ただの『残念オジサンの残念すぎる話』と思われかねません。……そういうテイストにしたかったのであれば、また、まったくの別物になってきてしまうのですが……とにかくそういうことなのです。

アドバイスにもならないようなことを、たくさん書いてしまって申し訳ありません。そう言う自分も力不足なのだと思います。
すみません、ありがとうございました。
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