黒いファスナー



















 民間の大手企業六社が共同開発した記念すべき有人ロケット、【神風大和カミカゼヤマト】がもうすぐ宇宙へと飛び立つらしい。
 テレビ画面の中、髪の毛をきっちりとセンターで分けた黒縁眼鏡の男性アナウンサーはその偉業にどこか興奮した様子でテイクオフまでの過程を伝えている。
 連休が明けた気だるい月曜日の朝、僕は顔も洗わずに食卓に着くと寝起きの重いまぶたをこすりながら、テレビから吐き出されるその情報をぼんやりと眺めていた。
「祐介ッ、早くご飯食べないと会社に遅れちゃうよ」
 妻である美由紀のとがった声がリビングに響き、仕方なくといった感じで画面から目を離す。凝り固まった肩の関節をポキポキと鳴らし、大きなあくびを放ちながらテーブルの上にあるパンにゆっくりと手を伸ばした、が途中で止まってしまった。白い皿の上、四隅がかなり焦げているトーストが目に入ったからだ。
「ずいぶん焦げてるなァ」
 思わずそう言葉を漏らすと美由紀は「ん、何か言ったァ?」とこちらを睨んでくる。眉間にくっきりとシワが寄り、切れ長の両目は薄い氷のように冷たく光った。何て恐ろしい顔だと思った。まるで映画に出てくる一流の殺し屋がトドメを刺すときの顔のようだ。一触即発の危険な雰囲気がリビングに流れ、朝から不毛なバトルはしたくないと僕は首を横に振り、「ん、何でもない、何でもない」とすぐに視線を下ろした。
「いた――だきます」
 と言ってはみたもののどうにも食欲が湧かず、短い時間眺めていたが見ていてもしょうがないと思い、意を決してかじりついた。途端に想像を超える焦げ臭さが口の中で弾けて息を吸うたび鼻腔にこびりつく。まるで火事の味だ。不快なその味に急いでオレンジジュースを流し込むと果汁一〇〇%の酸味が気管を刺激して僕は思わず咳き込んだ。その様子を黙って見ていた彼女がどこか呆れたような声を出した。
「もう、三十歳にもなって何やってるのよ。――ほら、これで拭いて」
 白い、卸したてのような真っ新なダスターが僕の前に差し出され、無言のまま受け取ると口元を拭った。
「もうすぐパパになるんだからしっかりしてよね」
 美由紀はそう言い、ふっくらと膨らんだ自分の腹部に視線を落とした。その顔は先程とは違い、すべてを包み込むような優しさで溢れている。母性を感じさせる温かな表情、ぼんやりと見つめながら僕は美由紀と出会ったころを思い返していた。
 彼女とは大学時代に知り合い、約七年間の交際の後結婚。今年の春で早いものでもう丸三年になろうとしている。美由紀はすぐに子供を欲しがったが、当時僕は大事なプロジェクトを任されていてそれには課長の昇進もかかっており、その要望を頑なに拒否した。去年の夏にやっと仕事が一段落して子作りに専念し、その一ヶ月後待望の懐妊をしたのだった。
「もうすぐだね」
「ん、ああそうだな」
「初めはどんな感じなのかな?」
「ん、すごく痛いらしいよ。でも新しい命が生まれるんだから頑張らないとな」
「違うわよ、アレよアレ」
 トーストに向けていた視線を美由紀に向けると、彼女はリビングの角にあるテレビ画面を透き通るような瞳で見入っている。
「神秘的だよねェ、あと二十年もしたら私たちも当たり前のように宇宙旅行を楽しんでいるのかなァ」
彼女はトーストを右手に持ったままため息まじりにそう言い、目の尻をだらしなく下げた。
「何だ、そっちの話か」
 僕は皿の横にあるフォークでトーストの焦げをガリガリと落としながら、
「地上で見ているからいいんじゃないの? 実際は大変だと思うよ、食事だってマトモなものは食えないだろうしさ」と言い、幾分綺麗になったそれを口に運んだ。彼女も「確かにそれは嫌よね」と僕の意見に賛同し、「あ、でもダイエットできて良いかも」とそのあとを続ける。
「ダイエットなんてする必要ないだろ、細いんだから」
 【細いんだから】を必要以上に強調した言い方をすると美由紀は怒っているのか嬉しいのかわからない複雑な表情を顔に浮かべてこちらを見る。僕は意味深に笑むとトースト皿の隣にあった目玉焼きへと手を伸ばした。すぐにケチャップがないことに気がついて席を立ち、冷蔵庫から持ってくると卵の上にたっぷりとかけた。白身の部分が赤く染まり、フォークの背でまんべんなく伸ばしてやると熟した林檎のような色味になる。うん、とても美味そうだ。
「あなたって本当にケチャップが好きなのね、なんか子供みたい」
「別にいいだろ、っていうか子供みたいって馬鹿に――」
 視線を上げて美由紀の顔を見た瞬間、僕の身体は固まってしまった。

 彼女の額の真ん中にファスナーのようなものがついていた。

 真横に長さ五センチほどの異物が僕の後ろ、カーテンが開け放たれた窓から差し込んでくる朝の光をその身に受けて不気味なほどキラキラと輝いている。
 ――いったい、これは何だろう? 
 呆気にとられて見つめているとその様子を不思議に思ったのか、美由紀が「どうしたの?」と声を出した。
「お、お前、それ何だ?」
「それって何よ」
「オデコの真ん中にあるやつだよ」
 僕の言葉に彼女は訝しげな顔をしてすぐに自分の額に右手を持っていく。探るように額の中央を指先が何回か往復して「真ん中って――何もなってないじゃない」と少し不機嫌そうな声を出した。
「な、何もなってないわけないだろッ、鏡見てみろよ鏡」
 僕の焦った態度に美由紀は面倒くさそうに立ち上がると身重の身体でゆっくりと洗面所へ歩いて行った。その背中を見送りながら僕は確認するように自分の額を触ってみる。洗顔前のややベタついた表面、昨日遅くまで起きていたせいで幾らかその張りを失っているように思えたがそれ以外はいつもと同じだ。あれはいったい何なのだろう、短い時間考えていると「やっぱり何もなっていないじゃない」と彼女が洗面所から出てきた。
「そんなわけないだろ良く見――、あっ」
「今度は何?」
「――消えてる」
 先程まで確かにあった銀色のファスナーは忽然とその姿を消していた。
 僕の見間違いだったのだろうか? 狐につままれたような腑に落ちない気持で美由紀の額を強く見た。やや広い、丸みを帯びた女らしい輪郭がいつもと変わらずにその存在を主張し、美しい曲線を描いている。彼女は小さく息を吐き出すと自分の腹部を優しくさすり、先ほどのお返しとばかりに「パパは困った人ですねェ」とつぶやいた。
 少し恥ずかしくなり、誤魔化すようにトーストを齧る。椅子に座った美由紀の額をもう一度見たがやはり何も異常は感じられず、首を傾げると目玉焼きを頬張った。



「これお願いね」
 丸々と太ったゴミ袋を受け取ると僕はそのまま出勤する。結婚当初家事の全般は妻の仕事だったが彼女の妊娠を期に重いゴミ出しだけは僕が受け持つようになっていた。
 七階にある自宅からエレベーターを使ってエントランスまで降りると丁度同じ会社に勤める部下の沢田修一がいて僕は「おはよう」と声をかけた。こちらに気がつくと彼は「大場課長、おはようございます。本日も宜しくお願いいたします」とそう丁寧に挨拶し、造りの濃い端正なその面貌を崩す。世間話をしながらマンション前にあるゴミ集積所まで歩き、緑色のネットを持ち上げて袋を投げ入れるとその様子を彼は楽しそうに眺めて「結婚って何か良いですよね」と口を開いた。沢田は僕より二つ下の二十八歳、このマンションの五階で長く一人暮らしをしている、いわゆる独身貴族だ。学生時代バスケットボールを嗜んでいてスラリと背が高く、爽やかで顔も悪くない。入社してきた頃は彼女もいなかったらしく酒の席では良く冗談でゲイではないのか? と揶揄されていた。僕の直属の部下になったのは美由紀と結婚した三年前からで当時の僕は慣れない課長というポストに悪戦苦闘しており、彼の求心力にずいぶんと助けられたものだった。僕よりもたっぷり十センチは背が高いその姿をぼんやりと見ていると沢田が「課長、いきましょう」と当時と変わらない爽やかな笑顔で出勤を促した。
 
 改札口を抜けていつも利用している三番線のホームに進むと中央にある水色のベンチには五十代くらいで白髪まじりの男性がスポーツ新聞を広げていた。一面に大きく取り上げられている記事、東京イーグルスの四番打者沢田浩二選手が千葉マリンズとのオープン戦で四打席三本塁打六打点と大活躍したことを伝えている。
「弟さん、すごいじゃないか」
 隣にいる沢田にそう耳打ちすると彼はどこか照れくさそうに「そうですね」と答えた。
 東京イーグルスの四番打者と沢田が異母兄弟だと知ったのは彼が入社して二年目のことだった。新規の取引先を探していた我社は成長著しい豊和産業に目をつけた。その代表である浦賀氏は一筋縄ではいかないと専ら業界でも噂される男で何とか提携を持てないものかと試行錯誤し、僕と当時部長で今は常務の副島と一緒に彼の会社に何度も足繁く通ったが中々良い返事は貰えずにいた。もう無理なのだろうかと頭を抱えていた時、戦略部の北島が「浦賀社長は大のイーグルスファンでうちの社員には沢田選手の兄が勤めている」という情報を僕たちの部署にもたらした。それを聞いてすぐに副島常務は沢田にコンタクトを取り、言葉は悪いが沢田選手を餌に僕たちは新規の契約を得ることができたのだ。彼はしばらくの間、弟を利用したやり方にひどく悩んでいたようでその時の上司に事あるごとに愚痴をこぼしていたらしい。それから数年が経過して彼が僕の直属の部下になった時、改めて礼を言うと沢田は屈託なく破顔して「礼なんて要りませんよ、当たり前のことしたまでですから」と明るく言った。
 ホームが幾分騒がしくなり、しばらくして電車が滑り込んできた。三月下旬にしては肌寒い朝、白い息を吐きながら僕たちは暖房が利いた車内へと乗り込んだ。隣にある昇戸駅が始発になるためかこの時間帯はいつも空いており、僕と沢田は誰も座っていないシートへと腰を下ろした。しばらくして電車は四角い体を震わせると緩やかに発進する。温められた座面の熱がじんわりと身体に沁みてきて至極心地いい。このまま眠ってしまいそうだ。
「そういえば――」
「ん?」
「課長のお宅、もうすぐお子様がご誕生されるそうですね」
 朝陽が差し込み、目を細めるほど明るい車内に彼の快活な声が響いた。視線を沢田に向けるといつの間にか同じくらいの高さになったその双眸を僕に返し、少年のような眼差しで見つめてくる。
「ん、そう。一応五月五日のこどもの日が予定日になってる」
 そう言うと彼は僕も五月生まれなんですよォとさらに声を弾ませた。
「男の子女の子どちらですか? あっ、訊いちゃいけなかったかな?」
「ん、男みたいだよ。もうすぐ父親になるなんて全然実感ないけど」
 僕は言うなり、力なく笑んだ。幼い頃に父を亡くし、母ひとり子ひとりの生活を送ってきた自分が本当に父親になれるのだろうか、と最近強く思っている。先日どうにも悩んで妻に話してみたが「難しく考えすぎ」と軽く一蹴されてしまった。本当にそうなのだろうか? そもそも彼女はすべてのことに無頓着すぎるきらいがある。今朝のトーストだってそうだ、四隅がかなり焦げていても気にならないらしく平気で食卓に出すし、賞味期限だってまったく気にしない。以前、六日も過ぎた牛乳を発見したときはさすがに注意したが美由紀はただ笑うだけで僕は呆れて溜息をつくしかなかった。
「――嬉しくないんですか?」
 彼の心配するような声音にハッとして、「ん、いや嬉しいよ。うん、嬉しい」と僕は弁解するように言葉を紡いだ。
「もうお名前とか考えていらっしゃるんですか?」
「ん、いやまだだけど最近流行っている軽い名前にだけはしたくないなァ」
 そう言うと沢田は「最近は可笑しな名前だらけですもんねェ」とつぶやいて何かを思い出したのかクスクスと笑う。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと面白いことを思い出しちゃって」
「ん、何?」
「新町の山手通りをちょっと行ったところにグローバル・エナジーっていう企業あるじゃないですか。この前、新規の契約を貰いにそこを訪問したんですけどその時応対してくださった方を思い出しちゃって。その人、歳は僕より少し下くらいで見た目は朝青龍みたいなごつい感じなんですけど貰った名刺見て驚いちゃいましたよ」
「何て名前だったの?」
「ベジータ」
「えっ?」
「ベジータですよドラゴンボールの」
「本当に?」
「あんな冒険しちゃう親って本当にいるんですねェ」
 彼はそう言うと堪えきれないという感じでケラケラと笑った。
「ベジータってすごいな、どんな字を書くの? まさか野菜に太いでベジータじゃないだろうな?」 
 僕も半笑いでからかうようにそう言うと彼も笑いながら大きく頷いた。
「そうなんです、鈴木野菜太。すごい名前でしょ? ブッ飛んでますよねェ」
 鈴木野菜太。僕は朝青龍に似ているというその野菜太くんがステーキをもりもり食べる場面をなぜか想像して堪えきれなくなり、豪快に笑った。
 そうこうしているうちに電車が次の鴨田駅に到着し、扉が開くとぞろぞろと乗客が乗り込んでくる。車内は一気にすし詰め状態となり、そびえ立つ肉の壁に僕は思わず力ない溜息をついた。時代は宇宙へと飛び立っているのにも関わらず歯牙無い雇われの身である僕たちは地上を這い蹲って生きている。来る日も来る日も仕事に追われ、帰宅は深夜十二時以降というのもザラだ。たまの休みには泥のように眠り、いくらかでも体力を回復させたいのだが妻はしつこく外出を要求する。疲れた身体に鞭を打って出かけ、帰ってくると力尽き、死んだように眠る。毎週それの繰り返しだ。独身貴族は良いな、と隣にいる沢田を一瞥すると彼もどこか疲れたような表情で見るともなく前を見ていた。

 電車は乗客の排出と吸収を何回か繰り返して僕たちの勤める会社がある最寄りの駅に到着した。くぐもったアナウンスを聞きながら立ち上がり、押し出されるようにしてホームへ降り立つとすぐに冷えた空気が肌を突き刺してきて温まっていた身体がバカみたいに震えた。沢田と二人仲良く身を縮こませながら改札を抜け、隣接するタクシー乗り場へと急いだ。今日は出社する前にようやく契約に至った三友物産の米倉会長に挨拶する予定になっていて齢八十を超えた彼は午前中の、それもこんな朝早くにしか仕事をしないことで有名だった。時間厳守にうるさく、噂では約束の時間がちゃんと守られているかどうか時計の前に座って待っているらしい。僕たちは先頭に停めてあったレクサス仕様の黄色いタクシーに乗り込むと素早く行き先を告げた。五十過ぎの小太りで無愛想な運転手は無言のままキーを捻ると低いエンジン音が静かな朝に響いてゆっくりと車は発進した。

「――僕、あの人苦手なんですよね」
 御国通りにある銀杏並木を通り過ぎたころ、沢田は気が重そうな感じでそう口を開いた。アポイントメントの最終確認のため開いていた手帳を閉じて彼を見る。車窓から大量の陽が入り込み、眩しくて思わず目を細めた。沢田の表情はわからない。
「会長のこと? 何かあったの」
 僕は訊いたが彼は言いにくいのか大きく溜息をついてそれきり黙ってしまった。車内に少し重苦しい空気が生まれて、運転手が気を利かせたのかひとつ咳払いをするとラジオをつけた。ステレオから流れる軽快な音楽が狭い車内を縦横無尽に飛び回り、幾分空気が軽くなったような気がした。タクシーは順調に流れて七分ほどで三友物産本社の前に到着した。提示された料金を支払い、領収書を貰うと外に出て会長の側近である奥寺さんに電話をする。到着した旨を伝えるとエントランスまで出てきてもらうことになり、待っているとすぐに奥寺さんが顔を出した。挨拶を交わして談笑したあと僕たちは緊張した面持ちで会長室へと歩みを進めた。

 オーク材でできた飴色の重厚な扉を奥寺さんがノックすると中から迫力ある声が響いた。
 ひどく嗄れた声、幾多の修羅場を乗り越えてきたような低音、米倉会長そのもののようだ。僕は唾を飲み込むと間を置かずに失礼しますと言い、奥寺さんのあとに続いて部屋に入った。次の瞬間、鮮やかな色彩が目の中で咲き、クラクラと軽い眩暈がした。思わず目頭を押さえると「うん、時間通りだ。よく来た、まあ入ってくれ」そう会長の声がして僕はすぐに手をどけた。
「といってもそこまでゆっくりと話しは出来ないがな。今からちょっと旅行に行くものでな」
会長の言葉と一緒に飛び込んできたもの、それは鮮やかな色のアロハシャツだった。彼の着ているその派手なシャツは豪壮な造りの会長室には不釣り合いでかなり違和感がある。僕たちが呆気にとられていると、
「君たちはハワイに行ったことがあるか?」と満足気な顔で彼はそう言葉を吐いて奥にあるダークブラウン色をした高級机の引き出しから何かを取り出してきた。ゆっくりと僕たちの前まで歩くと「私は両手では数え切れんほど行っておる」と言い、手にしていた文庫本ほどの大きさのそれを開いてみせる。良く見るとパスポートで青い楕円形の入国スタンプが紙面一杯に押され、そのスタンプの真ん中には赤文字で日付が記載されており、三ヶ月に一回のペースで渡航しているようだった。
「あそこは第二の故郷だ、本当に落ち着く」
 会長はどこか遠い目をしていたがすぐに沢田を見つめた。ひどく熱い視線、その様子に何事かと一瞬身体が強ばる。
「君も私たちの家族になればいつでも連れて行ってやるぞ。ん、どうだ?」
 一歩詰め寄る会長に沢田は少し仰け反り、曖昧に笑んで頭を掻く。その態度に会長はひとつ小さな溜息を吐き出して「孫娘の悠愛はもうすっかりその気だというのにまったく、意志の固い男だ。だが、だからこそ三友物産の跡取りに相応しい」と言い、意味深に破顔して沢田の広い肩を優しく叩いた。――求婚されているのだなと思った。横目で沢田を一瞥し、先ほどタクシーで彼がこぼした言葉を思い出す。まだ独身を楽しみたい沢田はしつこく求婚してくる会長とその孫娘に嫌気が差しているのだろう、あの重い溜息が何よりの証拠だった。会長のお孫さんとは一度だけお会いしたことがあるが顔はお世辞にも美人とは言い難い。だがそれでも資産数百億とも言われている三友物産取締役の椅子に座れるかもしれないのだ、出世を望んでいるうちの若手が聞いたら全力で石を投げられそうだが沢田は出世欲が皆無に等しく、先の弟さんの件でもその手柄を主張しなかった。
「会長そろそろ――」
 扉の前に立っていた奥寺さんがそう声をかけると米倉会長は大きく頷き、「ハワイから帰ってきたら良い返事を期待しているぞ」と沢田の顔を強く見据えて歩き出した。ドアの前までくると立ち止まり「ああ、そうだ」とどこか思い出したように声を出した。そのままの姿勢でこちらに振り返り、「大場君、すまないが机の上にあるハンカチを取ってくれないか」と僕に言う。すぐに返事をして机に向かい、右端に四つ折りで置かれていたそれを手にとって会長に渡した。
「すまないね、ありがとう」
 そう言い、宝物を手にした子供のような笑顔を見せた彼に「大事なハンカチみたいですね」と訊くと「ああ、これは昨年他界した妻が私の誕生日にプレゼントしてくれた大事なハンカチなんだ。この年になって誕生日プレゼントなんて少し気恥ずかしかったが、今となってはどこに行くのも一緒、まあお守りみたいなものだな」と会長は笑ってズボンのポケットにそのハンカチを仕舞う。そうなんですか、とポケットに落ちていた視線を上げると僕は思わず、「あっ」と大きな声を出してしまった。視線の先、会長の額に朝、妻と同じようなファスナーが付いていたからだ。その声に驚いたのか、皆が一斉に僕を見る気配がした。短い静寂のあと、「一体何だね、大場君」と会長が発した言葉がその沈黙を打ち破ったが僕は目の前の異様な光景に身動きが取れないでいた。じっと彼の額を凝視する。不審に思ったのか沢田が肩をつついてきて「課長、どうしたんですか?」と遠慮がちに小声で言ってきた。僕はハッとしてすぐに彼の顔を見返すと「お前、あれが見えないのか?」と同じく小声で返した。沢田の眉根が寄り、不思議そうに小首をかしげる。もう一度会長の額に視線を送った。皺が重なる額のちょうど中央、僕の掌くらいの幅でまっすぐにファスナーが横断している。朝見た時と微かに色が違い、やや黒っぽいその異物に不吉な予感が走った。鼓動が高鳴り、反射的にゴクリと唾を飲み込んだ。
「さっきから何だね、ジロジロと人の顔を見て。私の顔に何か付いているとでも言うのか、失礼じゃないのかね君ッ」
「いや、その、何と申せばいいのか――」
「会長いきましょう、もうお時間です」
 不機嫌そうに僕を睨んでくる彼に向かって奥寺さんはそう声をかけ、会長とともに部屋を出ていく。すぐに追いかけようとした僕の肩を沢田が強く掴んで自分のほうに引き寄せた。
「マズイですよ課長、会長の機嫌を損ねたら契約解除され兼ねませんよ」
「――お前、本当にアレが見えなかったのか?」
「何がですか?」
「ファスナーだよ、会長のオデコにくっついていただろ?」
「ファスナーってズボンとかシャツにある、アレですか?」
「そうだよ、あっただろ? ココに」
 僕は自分の額を指差して沢田を強く見た。いつもとは違う様子に彼は驚いたのか少し目を見開いてこちらを見返してくる。
「いや、なかったですよ。ていうかそんな物あるわけないじゃないですか。課長どうしたんです? 落ち着いてください」
 そんな馬鹿な、と心の中で吐き捨てた。今朝は確かに見間違いかもしれないと自分でも思ったが今度は違う。確かに会長の額には大きなファスナーがはっきりと見て取れた。
 ――僕にしか見えていないのだろうか? 沢田が見えているのに見えていないと嘘をついているようには思えない。そもそも嘘をつく必要はまったくないのだ。だとしたらあれは一体なんなのだろう? 不気味に光るファスナーを頭の中で反芻していると携帯電話がけたたましく鳴り、その想像をかき消した。出てみると美由紀の母親からで何かあったのかその声はひどく慌てている。
「お義母さんどうしたんですか?」
〈祐介さんッ、美由紀が、美由紀が……〉
 パニックになりかけている彼女を落ち着かせて要件を訊くと美由紀が自宅で転び、その際腹部を強く打ったのだという。破水しかけており、先ほど入院する予定だった病院に運ばれたらしい。もう一度彼女を落ち着かせてから僕もすぐ向かいますと言い、電話を切った。
「課長……」
 心配そうにこちらを見つめる沢田に事情を話すと僕は会長室を走り出た。すぐ手前にある階段を一気に駆け下りて一階までくるとエントランスを飛び出し、そのまま大通りまで走るとタイミングよく通りかかったタクシーを捕まえて息を切らしながら行き先を告げた。座席に預けている身体が小刻みに震えていることに気づき、両手で抱え込むようにして強く押さえつけた。何かが起こりそうな胸騒ぎがする。確証はなかったがどんどんと嫌なイメージだけが内側に生まれ、ひどく息苦しい。このまま得体の知れない何かに取り込まれてしまいそうで怖くなり、腹筋に力を込めるとすぐに頭を振って霧散させ、それから逃げるように窓の外を見た。気持ちとは裏腹に穏やかな青空がいつもと同じように広がっていた。


 目的地に到着すると勢いよく車から飛び降りた。病院の玄関まで大急ぎで行き、明るく広いロビーを抜けて受付のカウンターに走り寄る。その行動に受付の女性は驚いた顔をしたがすぐに仕事用のそれに変わりこちらを見た。妻の病室はどこか訪ねようとしたとき、後ろで「祐介さん」と声をかけられた。そのままの姿勢で振り向くと美由紀の母親、葉子さんが静かに立っていた。少し青褪めた顔色、着の身着の儘で駆けつけたのだろうグレーの地味な上着を着込み、足元は茶色のサンダル履きだ。僕が駆け寄ると彼女は胸に手を当ててどこかホッとしたような仕草を見せた。
「美由紀の容態は?」
 すぐにそう訊くと彼女の顔に影が落ちたように表情が曇った。刹那、鼓動が大きく撥ねて最悪の事態を想起させる。呼吸が浅くなり、全身の血の気が引いていく。大して寒くもないのに身体が震えだした。ロビーに流れるインフォメーションがやけに遠く感じ、頭を振って彼女を見る。
「病室はどこですか?」
「――五〇三号室」
 その言葉を聞いてすぐにカウンターの横にあるエレベーターまで走った。乗り込むと五階のボタンを強く押して美由紀のいる病室へと向かう。一人きりの狭い箱の中にいるとその静寂がひどく重苦しい。ゆっくりと進むエレベーターの速度にイライラを募らせ、舌打ちを何回か繰り返すとようやく目的地の五階へと到着した。扉が開くのと同時に外に飛び出る。天井から降り注ぐ水銀灯のような淡い光と薄いクリーム色を基調とした真新しい廊下に気持が痛いくらい引き締まり、病院特有の消毒液のような匂いが鼻をかすめてさらに鼓動が高鳴った。歩みを進め、急いで五○三号室を探す。手前にある病室の入口に五〇一と書かれたプレートを確認するとその二つ先の病室に大慌てで飛び込んだ。
「美由紀ッ」
 その大声に奥のベッドで寝ていた彼女は驚いたのか、上半身を持ち上げて僕を訝しげに見た。大丈夫なのか、と言いながら近づくと美由紀は大きな目を見開いて「何?」と薄い唇を動かした。
「自宅で転んだんだろ? 破水したって」
 六台あるベッドのうち二台にはベージュ色のカーテンが引かれていて人がいる気配があり、誰かが咳払いする音が聞こえる。小声でもう一度言った僕に彼女は関心がなさそうに視線を窓の向こうに向けた。
「破水? 別にしてないわ、大丈夫よ。大したことない」
「でも葉子さんがそう言っていたけど」
「あの人はいつも大げさなのよ、気にしないで」
 美由紀はそう呟くと横になり、身をよじる。彼女は母親のことをどこか冷たく『あの人』と呼ぶ。深い訳は知らないが昔何かがあったのだろうということは容易に推測できた。どこの家庭でも多かれ少なかれそのような問題を抱えてはいるが最近その言葉の端々に漂う雰囲気が酷くザラザラとしているように感じる。母親と娘というのは至極近しい存在であり、近いからこそ少しでも亀裂が入ると修復するのが難しく割り切れない部分が出てきてしまうのかもしれないと思った。ベッドに横たわる丸い山をぼんやり見つめていると「私は大丈夫だから、もう仕事行っていいよ」と美由紀はこちらに背を向けたまま言う。本当に大丈夫なのか? と訊ねると「しつこいィ」と少しとがった声が返ってきた。短い溜息を吐き出して「無理するなよ」と伝えると僕は病室を出て行った。一階に降り、ロビーにいるはずの葉子さんに挨拶してから出社しようとしたが彼女の姿はどこにもなくて、仕方なくそのまま病院を出ようと玄関口に歩いていくと二十代くらいの若い女性が血相を変えてフロアに走り込んできた。胸に赤い花柄模様の小さな毛布を抱えており、長い黒髪は振り乱れ、肩で大きく息をしている。尋常ではないその雰囲気にロビーはどよめきだして僕も何事かとその様子を見ていた。女性はフロントに近づくと事務員に助けを求めだした。叫ぶような声が辺りに響き、場内の空気が一際揺れて事務の女性が慌てて何処かへと電話をかけるとすぐに奥から白衣を着た中年の医者らしき人物と看護師が現れて母親を取り囲んだ。女性が抱えていた毛布を素早く取り去ると赤ん坊の甲高い鳴き声が周囲に響いて覗き込んだ僕の身体は一瞬にして硬直してしまった。
 顔や肌着から露出されている両腕、足の甲に至るまで赤ん坊の全身が真っ黒いファスナーで埋め尽くされていた。驚いて大きく息を飲み込むとじっとその光景を見つめる。生後半年くらいだろうか、白く柔い肌に刻まれた異物がとても痛々しく見ているだけで泣きそうになってくる。ドクターはその異常な事態に気がつかないのか、白衣の胸ポケットから小さなライトを取り出すと先端の光を赤ん坊の両目に当ててそのあとすぐに右手の手首を握り、脈拍を測りだした。だがすぐに表情を曇らせて救命室に運ぶように指示を出す。周囲がバタバタと動き出す中、耳を劈くように響いていた赤ん坊の鳴き声が突然止み、僕は目を見開いた。身体中に溢れていたファスナーがゆっくりと開きだして内側からどす黒いモヤがゆらゆらと天井に立ち上ったのだ。
 ――これは一体何だ? 
 恐ろしさで震える視線を何とか維持して見つめているとそのモヤはどんどんと一箇所に集まっていき、大きな塊を形成し始めた。黒猫の背のようにぐねぐねとうねり出して蛍光灯の鈍い光を余すことなく反射している。不吉な光景に気持が悪くなり急いで口元を押さえた。程なくして正体不明のそれは直径一メートルほどの球体を形作り、赤ん坊の頭上でプカプカと浮き出した。その異物を凝視していると突然母親が大きな泣き声を上げた。驚いて視線を下げると傍らにいる医者は無念そうに肩を落として首を左右に振る。次の瞬間、母親は白い床に崩れ落ちて「リュウセイちゃん、リュウセイちゃん」と名前を連呼しながら抱えている子供を自分の顔に押し当てた。亡くなったのか? 嘘だろ……。その場にいるすべての人がそう思ったに違いなかった。ロビーの空気がざわざわと波打つ中、もう一度黒い球体を見やった。母親の悲しみをあざ笑うかのようにどんどんと色味が濃くなって不気味に黒光りし、まるでこの世にはびこる負を吸収していくようだ。背筋を寒気が襲い、ガタガタと膝が震える。口の中に溢れた唾を飲み込んで頭を振ると球体がゆっくりと動き出した。硝子張りのエントランスを通り抜けて外の駐車場へと流れていき、僕は震える身体を動かすと無我夢中でそのあとを追う。朝の透き通る光が溢れた駐車場の真上、異質な黒い球体はどんどんと大きくなりながら上昇していき、すぐに七階建ての病院の背丈を追い越した。雲ひとつない真っ新な空、その一点を不気味な黒が染めている。突然現れた異様な景色に僕の身体は先ほどから震えっぱなしだ。
「オイ、あんた邪魔だよ。どいてくれ」
 後ろでそう声がして反射的に振り向くと白いセダンタイプの車に乗った四十代くらいの男が窓から顔を突き出して不機嫌そうにこちらを睨んでいる。クラクションを鳴らされてすぐに後ろへ身を寄せた。男は大きく舌打ちをし、威圧するようにエンジンを空ぶかしして一台分空いていたスペースに車を入れる。間を置かずに運転手側のドアが開いて男が出てきて何か言いたそうにこちらを睥睨したがそれどころではなかった。再び見上げた上空、先ほどの球とは少し違う大小様々な大きさの球体が四方から飛んできてみるみるうちに大空を埋め尽くしていく。青空は瞬く間に不吉な闇に取ってかわり、その異常な事態にえもいわれぬ焦燥感が内側で生まれ、身体を叩いた。
 ――これは一体どういうことだ?
 混乱しかけた脳を何とか働かして考えた。今朝、美由紀の額にファスナーが見えてすぐに彼女は自宅で転倒し、次に赤ん坊に現れたファスナーはどす黒いモヤを放ちながら上空を埋め尽くしている。――ファスナーが現れた人間は何か不幸に見舞われるのか、と脳裏に浮かんだ直後米倉会長のことを思い出した。顔を顰め、黒い球を睨みつけながら携帯電話を取り出すとすぐに奥寺さんの携帯番号に発信した。だが、忙しいのか何回コールしても繋がらず、クソッと小さく漏らすと苛立ち気味に電話を切った。不意に寒気が全身を駆けて僕は思わず唾を飲み込んだ。
 ――見上げている頭上、空が割れたのだ。くっきりと。
 およそ視界に広がる上空一杯に赤ん坊にできたファスナーのようなどす黒い亀裂が生じ、夥しい数の球体は音もなくその中へと吸い込まれていく。あっという間にすべてを飲み込むと突然亀裂が消えた。何事もなかったかのように不意の静寂が訪れて吐き出す息と鼓動がやけに大きく感じて耳にこびりつく。まずいと思った。何かはわからないが大変なことが起きそうな予感がする。【逃げろ】と人間に備わっている本能が警鐘を鳴らし、その声に押し出されるようにして僕は大通りまで走った。向かいにあるコンビニエンスストアの横道からちょうど空車のタクシーが出てきたので右手を上げていると携帯電話が鳴り響いてすぐさまポケットから取り出した。奥寺さんかと思ったが液晶画面には沢田と出ている。胃の中から異物がせり上がってくるような嫌な感覚が身体を縛り、重い吐き気がした。震える指先で通話ボタンを押すと普段冷静な彼がひどく慌てている。何かがあったのだ。異物はさらに僕の中で大きく膨らんでそのまま弱々しい声を出させた。
「――どうした?」
〈課長――米倉会長が〉
「会長がどうした? おい、しっかりしろ」
妙な間があった。くっ、と何かを堪えるような沢田のこもった声がスピーカーを通して伝わり、嫌なイメージだけが頭を叩く。僕はいてもたってもいられなくなり「おい泣いてるのか? どうしたんだッ」と声を荒らげた。
〈――倒れられたみたいです、病院に搬送されて意識不明の重体だと今連絡が〉
 心臓がドクンと大きく撥ねた。脳裏に会長の子供みたいな屈託のない笑顔が浮かんだが恐ろしさですぐに消えてしまった。
「う、嘘だろ。何で」
〈心筋梗塞だったみたいです。今さっき悠愛お嬢様から僕の携帯に連絡がありました。――課長、僕どうしたらいいのですか?〉
「お前、今どこにいる?」
 僕はそう訊いたが返答がない。彼も相当ショックを受けているのだろう、当たり前だ。ビジネス上とはいえ懇意にしてくれている人が倒れたのだ、平然でいられるわけがない。不安そうな声を出す彼を一旦落ち着かせ、もう一度さっきと同じ言葉を繰り返すと沢田は自分たちの会社にいると力なく答えた。すぐに行くとだけ伝えて電話を切ると「お客さん、乗るの?」とどこか呆れたような声が僕を包んだ。視線を這わすと緑色のタクシーが目の前に止まっている。先ほど横道から出てきたタクシーだった。運転手は窓を半分くらい開けてこちらを舐めるように見回してどうするんだという顔をする。すぐに頷いて自ら後部座席右側のドアを開けた。こちらの慌てた様子を運転手は訝しげに見たが構わず行き先を告げると車はゆっくりと動き出した。

 十五分ほど経ち、僕の勤める会社が見えてくるとすぐにタクシーを止めた。料金を支払い、急いで車を飛び降りるとエントランスで沢田が僕を待っていた。声をかけると頼りない視線をこちらに向け、ひどく青ざめた顔で小さく頷いた。
「奥寺さんと連絡ついたか?」
 沢田はすらりと伸びた首を横に振る。すぐに携帯電話を取り出してもう一度奥寺さんにコールした。五回ほど呼び出し音が聴こえて今度は繋がった。早口で呼びかけると彼はゆっくりと死人のような声で返事をする。すぐに会長の具合を訊いた。
〈――依然予断を許さない状況だよ、どうしてこんなことに。健康にだけは人一倍気を使っていらしたのに信じられん〉
 大きく溜息をついた奥寺さんに会長が搬送された病院の住所を訊き、できるだけ早く向かうと言って電話を切った。
「課長……」
 僕は今にも泣きそうになっている沢田に大丈夫だよと無理やり笑みを作って彼の肩を叩いた。脳裏にあのどす黒いファスナーが浮かんだがすぐに頭を振って記憶からかき消すと自分たちのオフィスがある三階へと急いだ。直属の上司である部長の大倉に今後の対応を相談しようと思った。エレベーターの扉が開いて廊下に出るとオフィスはいつもよりピリピリとした空気が流れていて不思議に思い、視線を流すとオフィスの中央に人だかりが出来ていた。一歩足を踏み入れると出入口の一番近くにいた部下の吉高香織里がこちらに気づいて「あ、課長」と声を出した。その顔はいつもとは違い、とても硬いように感じられる。足早に近づいて彼女に「何、どうしたの?」と訊いた。
「何か泥棒が出たみたいです」
 僕の耳に口を近づけると誰かに聞かれてはマズイのか、かなりの小声でそう言った。
「泥棒?」
 驚いて顔を見返すと彼女はゆっくりと頷く。肩までの茶色いセミロングがさらりと揺れた。
「今、警察の方が来て色々調べているみたいですよ、本当物騒ですよね」
 その言葉を聞きながら視線を人だかりに向けた。立っている男性社員の頭の向こう、紺色の制服を着た警察官の姿が見えて鼓動が少し速まる。落ち着かせるようにひゅっと短く息を吐きだして「ちょっとごめんね」と言い、歩き出すと数人の男性社員がこちらに気がついてその奥にいる警察官も僕を見た。軽く会釈をしながら「この部署で課長を任されている大場と申します。何かあったのですか?」と訊くと三十代後半くらいの警官は「この会社内で窃盗があったのです。現場の状況から見て恐らく内部の人間の犯行だと思われます」そう早口に言い、疑うような目つきで周囲を睨んだ。すぐに誰かの舌打ちする音が聞こえてまた室内に不穏な空気が漂う。ふざけんなよという声もどこからか飛んできた。僕は課長という立場上、毅然とした態度で振る舞う義務がある。失礼な警官の態度に苛立ちを覚えたが軽く咳払いすると「一体どういうことでしょうか?」と至極冷静に訊ねた。
「昨夜十二時ごろ、四階にある総務部の机が荒らされているのを常勤している警備員が発見しました。すぐに無線で他の階を見回っている者に連絡を入れたところ、こちらのオフィスに誰かがいるのが見えたそうです。普段なら誰もいない時間帯、不審に思った警備員が中に入ると反対側の出入口からその不審者は勢い良く飛び出した。二人いた警備員のうち一人はすぐにその者を追いかけたが逃げられてしまったようです。残ったもう一人がこのオフィスの机を確認すると荒らされた跡があり警察に通報後、もう一度ここに戻ってくると先ほどの荒らされた形跡が嘘のように整理されており、机の電子キーも再びロックされていました。この部署の人間でしか知りえない情報を犯人は知っていたということになる。つまり――」
「この部署にいる誰かが犯人だと?」
 先に僕がそう言うと警官は大きく頷き、「総務課の人間と親しい誰か、です」と付け加えた。誰かがまた舌打ちを鳴らして不穏な空気が強まる。胃がぎりぎりと痛み出した。同時に軽い眩暈が僕を襲い、床が頼りなくぐらぐらと揺れているような気がする。今日は色々なことがイッペンに起こり過ぎている。今朝からの出来事がぐるぐると頭の中を回り、脳みそはパンク寸前だ。
「あとは――あなたと後ろにいらっしゃる背の高い方のデスクを調べて全部ですね。宜しいですか?」
 警官はそう言うなり、オフィスに入って一番奥にある僕の机に向かった。
「開けて頂いても?」
 冷たい視線とともにその言葉が僕に投げかけられて仕方なく頷くとデスクに近づいて電子キーのロックを解除した。すぐに警官が引き出しを開けて中に入っていた書類や筆記用具を机の上に出す。あっという間にデスクには書類の山ができて引き出しの中は空っぽになった。
「――ないですね。では次はあなたの机を拝見します」
 警官は沢田にそう告げると窓際にある彼のデスクへと滑らかに歩みを進める。沢田はどこか曖昧な表情を浮かべていたがすぐにそのあとを追従し、いつものように机の鍵を開けた。警官の男が顔に薄い笑みを浮かべる。確証に満ちた笑みだった。その様子を見ていた全員が息を飲む感じが伝わり、緊張が増す。――まさか沢田が犯人なのか? その言葉が脳裏をかすめて足が震える。先ほどと同じように警官は次々と引き出しの中の物を机の上に出し始め、一番下の引き出しを開けた時、ふとその手が止まった。
「――これは何ですか? ずいぶんと古いですね」
 男が持ち上げた右手の先に黒革仕様の本が握られていた。大きさは国語辞典ほどだろうか、ひどく使い込まれたような古めかしい本だ。
「それは大学の卒業旅行で行った際、アフリカで購入した本ですよ。様々な民族の多種多様性や人間の内側にある本当の姿について述べられているとても面白い内容です。良かったら読んでみませんか?」
 沢田はそう言葉を吐き出すと今まで見たこともないくらいの爽やかな笑顔を披露した。警官はその笑顔に少し驚いたのか軽く咳払いをして「――今度機会があれば」と言葉を濁し、パラパラとページをめくっただけで本を引き出しに戻し、静かに閉めた。その足元に何かが落ちているのに気づき、警官はそれを拾い上げる。一瞥してすぐに机の上に置いた。覗き込むとそれは写真だった。良く見ると米倉会長や沢田の弟、浩二選手やその隣どこかで見たことがあるような二十代くらいの女性が笑顔で写っている。何かのパーティーのようだった。その女性が誰だか思い出せなかったが特に気にも留めず、僕は警官の顔を強く見た。
「何か証拠になるものはありましたか?」
 動きが止まった警官にそう言葉をかける。男は大きな舌打ちを響かせると立ち上がり、僕たちの排他的な視線を無視するように出入り口まで歩いていく。すぐに携帯電話を取り出してどこかに電話をかけると少ししてからこちらを振り返った。
「今日のところは一旦戻りますが、あなたたちの疑いが晴れたわけではないですよ」
 そう見下すように吐き捨てるとそのままどこかへと行ってしまった。
「何だよあの警官、すげームカつくなあ」
 僕の隣に立っていた新人の加瀬が敵意むき出しの感じで言葉を吐くと次々と賛同する声が上がり、オフィスは先ほどとは違った異様さを醸し出した。僕は皆を何とか宥めて通常の業務につくように説得すると自分の席に座った。身体が鉛のように重たく感じる。デスクの上に盛られた書類の山を見つめていると不意に溜息がこぼれた。


 上司と今後の相談をして、再度奥寺さんに連絡を取ると会長の具合は少しだけ良くはなったものの、未だ面会謝絶の状態だと力ない声が返ってきた。
 朝の出来事を無理やり忘れていつものように仕事をこなしているといつの間にか昼を過ぎていた。パソコンの電源を切り、背伸びをして昼飯をどうしようか考えていたら「課長も一緒に昼飯どうですか?」と沢田が笑顔で言ってきたので頷くと僕は席を立った。
一階ロビー横にある社員食堂まで行くと同じ部署の連中がある一角の席に屯していて僕は目を丸くした。女子社員の吉高や普段仲の悪い大島と木村までもが同じテーブルについている。眺めていると僕の視線に気がついたのか、大島が「あ、課長」と大きな声で言いながら右手を上げた。僕も手を挙げて大島の隣、空いていた席に座る。すぐに木村が「あいつ、マジでムカつきますよねェ」と口を開いた。「ああ、あの警官だろ? 頭おかしいんじゃねーの」とそのあとを大島が続ける。【団結するなら敵を作れ】とは良く言ったもので普段無口な森岡までもが饒舌に警察官の悪口を言い始めた。こうなるとその勢いは火が燃え広がるように激しくなっていき、僕以外はまだ二十代の若い連中だけあって警察署に乗り込もうかという物騒な話まで飛び出してくる。それはさすがにマズイと思い、慌ててその続きを遮った。
「うちの部署に犯人はいないよ、物的証拠も出なかったんだから」
 僕は皆を落ち着かせてからカウンターまで歩き、良く頼んでいるA定食を注文すると再び席に戻る。すぐに「ですよね。でも、だからこそあの警官には腹が立つんですよ」と席の前に座っている森岡が身を乗り出してそう答えた。その迫力に少し気圧されながら頷くと逃げるようにして視線を左に流した。食堂一番奥の隅にあるテレビが視界に入り、ちょうどプロ野球のオープン戦が放送されている。画面左上にはイーグルスVSマリンズの文字が赤字で表示されていて回は三回の裏、イーグルスの攻撃中だが二対一と一点リードされている。三番打者の大久保がフォアボールで歩き、ツーアウト満塁で沢田選手が打席に向かった。
「おっ、自慢の弟さんの出番が来ましたよ」
 お調子者の加瀬が沢田のご機嫌を取るように声を弾ませると「打てェ」と吉高が黄色い声を上げる。
「香織里ちゃん、プロ野球選手好きなの?」
 吉高にいくらか好意を抱いている加瀬がそう訊くと「あなたよりはね」と彼女がすかさず答えて僕らのテーブルにドッと笑い声が咲いた。画面の中では二度ほど素振りをして左打席に入る沢田浩二選手の姿が映し出されている。兄とは違い、がっちりとした体格だが構えるその横顔、輪郭は横にいる沢田かと思うほどよく似ていた。相手ピッチャーが三塁ランナーを目で牽制しながら左足を上げた。流れるようなフォームで力強く投げ込まれたボールは外角高めに大きく外れ、場内が幾分どよめく。キャッチャーが立ち上がりタイムを取るとピッチャーまで走り寄り、マウンド上でふたことみこと言葉を交わすとピッチャーの臀部をミットで叩いて戻ってくる。球審が大きな声でプレイと叫んだ。送られてくるサインに頷いてピッチャーが構えると大きく足を上げて勢いよく踏み込み、強く腕を振った。放たれたボールは糸を引くようにキャッチャーミットに収まった。パシンと小気味良い音が集音マイクを通して聞こえて場内がまたどよめいた。沢田選手は一旦打席を外してもう一度素振りをする。確認するように腰を回し、屈伸をしてからヘルメットを脱ぐと額の汗を右腕にはめていたリストバンドで拭った。
「あっ」
 何気なく画面を見ていた僕は思わず声を上げた。映し出された沢田選手の額に黒いファスナーが見えたのだ。その場にいた全員が驚いたのか僕の方へ振り向く気配がした。
「どうしたんですか?」と吉高が怪訝そうな声音で訊いてくる。テレビにこびりついた視線を何とか剥がして吉高の顔を見たその瞬間、中継を担当している男性アナウンサーの悲鳴にも似た叫び声が食堂に響いて全員の視線がそちらに動き、テレビを見た僕たちは大きく目を見開いた。画面の中、沢田浩二選手が倒れていた。不自然に地面に落ちたヘルメットやバットが緊迫性を孕み、心臓が激しく脈打つ。「危険球だッ」と食堂にいる誰かが叫んだ。球場のどよめきとアナウンサーの心配する声がスピーカーを通して食堂に広がり、ざわめきが強くなる。球審やイーグルスの監督が倒れた彼に駆け寄り、すぐに担架がやってくると沢田選手はベンチ裏へと運ばれた。突然の出来事に吉高は口元を押さえ、今にも泣きそうになっている。ほかの連中も起きた事実をうまく処理できないのか呆然とテレビを見ている。人一倍気が優しい沢田のことが気になり、彼の顔を見た。沢田はすべての感情を押し殺すようにただじっと画面を見つめている。その時、甲高い電子音が食堂に鳴り響いた。誰かの携帯電話が鳴ったのだ。幾ばくか視線を左右に流していると沢田が右手をポケットに入れ、携帯電話を取り出した。消え入りそうな声で返事をしてすぐに切ると彼は僕の顔を強く見据える。その視線に驚いて「どうした?」と思わず訊いた。
「――会長が、米倉会長がたった今お亡くなりになられたようです。悠愛お嬢様から連絡がありました」
「そんな……」 
 真っ黒いモヤに全身を包まれたような気分になり、テーブルの上、肘を付いたまま両手で顔を覆った。病院で見たあの光景を思い出して身体が震える。やっぱりファスナーが見えた者には不幸が舞い降りるのだ。そう確信した時、くっくっくという誰かの耳障りな笑い声が聞こえて僕は顔を上げた。こんな時に一体誰が? 怒りにも似た感情が沸々と内側から湧き上がるのを抑えて視線を這わすと隣にいる沢田が口元を歪ませて堪えきれないといった感じで笑い出し、僕は目を疑った。
「お、お前何笑ってるんだよ」
「何って、嬉しいからに決まってるじゃないですか」
 沢田はさも当然のようにそう言葉を吐き、薄い唇の端を持ち上げる。
「何言って――」
「課長は考えたことありますか?」
「何をだ?」
「不遇な人間のことをですよ」
 何を言っているのかわからなかった。沢田は所持しているおもちゃを子供が自慢するように得意な顔をしてその先を続けた。
「僕はね、子供のころからずっと弟と比べられてきたんですよ。アイツは昔から要領だけは良くて大した努力もせずに頂点まで昇りつめ、僕はといえば一生懸命頑張っていてもなかなか認められずにいた。そんなのおかしいでしょ? 真に認められるべきは努力している人間でアイツじゃない。そんな時、卒業旅行で訪れたアフリカでとある本を僕は手に入れた。先ほど警官が捲っていた古い書物は【呪術】の本ですよ。ターゲットの写真を挟み、呪いをかけた日から十三日以内に十三人以上があの本に触れると発動するようですね。法に準じているものが含まれていると、呪いがなお強力になる。僕も最初は半信半疑でしたが呪った三人がこうも簡単に術にかかるとはね」
 沢田は一息にそう言うとテーブルの上にある水を一口飲み、満足そうに微笑んだ。突然変わってしまった彼の態度にひどい悪夢を見ているようで激しい眩暈が僕を襲い、グラグラと視界が揺れた。
「会長は関係ないはずだろ? 何で……何でそんなことを」
「しつこいんですよあの人は。毎日毎日、何回断っても金に物を言わせて孫娘を僕に紹介してくる。はっきり言ってあんな女、タイプじゃないんですよ」
 そう吐き捨てた沢田の人間とは思えない鋭利な眼が僕を捉えた。心の中で落ち着けと叫んで情けなく震えている両足、その太ももに手を置いてきゅっと握った。
「病院にいたあの赤ん坊は何だって言うんだ、子供に罪はないはずだろ?」
「課長も先ほどの写真を見たでしょ? あの写真の女はその子供の母親ですよ。彼女は離婚した弟の妻で赤ん坊は僕の甥です」
「だったら何で」
「だって汚らわしいでしょ? アイツと同じ遺伝子を持った生き物なんて。僕はそんなの認めない、いや認めちゃいけないんだ」
 沢田はそこまで言うと立ち上がった。驚愕し、見上げた皆の顔を一人一人眺めると静かに口を開いた。
「会長が死んでくれた嬉しさのあまり、ついしゃべりすぎてしまった。――でも、僕を裁くことは誰にもできない。呪いは未だ科学では証明されていない分野で、だからこそ司法では到底立件などできやしない、ある意味僕の勝利だ」
 沢田は誰ともなくそう言うとニヤリと笑んだ。粘着性を含んだその笑みに背筋がゾクリとする。
「――じゃあ、何で妻の美由紀も狙った? 彼女は何の関係もないはずだ。答えろッ」
 震える声を何とか抑えてそう叫ぶと沢田の表情が変わった。顔に広がる笑みは消え、こちらを覗き込むように見つめてくる。僕の言っていることがわからないという感じだった。
「何のことですか、課長の奥さん? どうかしたんですか?」
 沢田が発したその言葉に僕の怒りは一気に加速して目の前が赤く染まる。気がつくと彼の胸倉を思い切り掴んでいた。沢田が苦しそうな呻き声を出して弱々しい視線を僕に投げる。
「一体何のことだか――」
「ふざけるなッ、今朝転んで――」
 掴んだ両腕にさらに力を込めたその時、沢田の額に大きなファスナーが現れた。突然のことで呆気にとられてしまい、しばらく馬鹿みたいに真っ黒なそのファスナーを凝視していると力が緩んだ僕の腕を彼は強引に払い除けた。
「痛いですよ課長、あなたの奥さん? 知らないものは知らない――」
「お、お前それ」
 震える指先を彼の額に向けると先ほどよりもさらに深い疑問符が沢田の端正な顔に浮かび、襟元を直しながら「何だよ?」と攻撃的な言葉を吐く。「課長」と沢田の隣にいた吉高がこちらを気遣うような声音で言い、不安そうに揺れる瞳を向けてきた。不意に見つめた視線の先、彼女の白く綺麗な額にも真っ黒いファスナーが徐々に浮かんできて、驚いて息を飲みこんだ。そのまま周りを見渡すとそこにいる全員の額にも同じようにファスナーが浮かび出し、常軌を逸した異様な光景に身体がとめどなく震えた。――これは一体何だ? ファスナーだらけの部下たちに見つめられ、今までとは比較にならないくらいの恐ろしいことが起きそうな予感に耐え切れなくなり僕は食堂を飛び出した。沢田の話は到底信じられなかったが、万が一呪いが本当ならばあの本をどうにかすればこの悪夢から逃れられるかもしれない。階段を使い、五階にあるオフィスまで全力で走ると沢田のデスクの引き出しを開けた。一番奥に黒い本が置かれているのが見えて、すぐに取り出そうと思ったがその不気味さに短い時間ためらっていると「課長、どうかしたんですか?」と後方で声がして振り向いた。オフィス東側の出入口、同じ部署で同郷の福田が不思議そうな顔で僕のほうを見つめている。その額にも真っ黒なファスナーが居座り、胃液が上がってくるのを感じた。泣きそうな気持ちを無理やり振り払うと無言のまま本を掴み、福田の横をすり抜けてオフィスを走り出た。どこに行けばいいのかもわからず、エントランスを突っ切るとそのまま大通りをまっすぐに進み、気がつけば駅前にある商店街まで来ていた。息を切らしながら辺りを見回した僕の身体をゾクリとした寒気がまた襲った。電線に止まっている鳥、その下を歩く人々、中年の女性が散歩させているコーギー犬、視界に入るすべての生き物の額に真っ黒なファスナーが現れ、毒々しい色彩を放っている。言葉にならない呻き声が喉を押し開けてきて辺りに漏れ、激しい頭痛が僕を襲い、たまらず近くの電柱に手をついた。吐き気を催すほどの目眩の中、どうにかしなければと視線を動かすと、通路の反対側にある砂利敷きの駐車場の片隅にドラム缶で焚き火をしているお年寄りがいるのが見え、これだと思い、走り寄った。訝しげにこちらを見る彼を無視して、右手に持っていた呪いの本を燃え盛る炎の中に投げ込んだ。すぐに本は天に届くような勢いでバチバチと燃え上がり、青空を焦がすような大きな炎が僕の視界一杯に広がった。驚いたのか老人が「ヒッ」という小さな呻き声を漏らしてその場に倒れた。炎は段々と弱くなっていき、ほどなくして完全に消えた。僕は地面にヘタリ込んでいる彼に手を差し出し、起こすと頭を下げてその場をあとにした。すべて終わった、と思った。なぜかはわからないけれど、これでみんな助かるような気がした。
 少し行った先に小さな電気屋が見えてきて店頭にあるいくつかのテレビの中、今朝飛び立つ予定だったロケットが無事に宇宙へとテイクオフしたことを男性アナウンサーが嬉々とした表情で伝えているのが見えた。その額にはあの忌々しいファスナーは見当たらず、ホッと安堵の息を漏らした。画面に流れる映像がロケットの内部カメラに切り替わったのか、暗闇に浮かぶ美しい地球が映し出された。その映像をじっと食い入るように見ていた僕は大きく目を見開いた。
「う、嘘だろ……」
 青く美しい地球の真ん中、真っ黒で巨大なファスナーがくっきりと浮き出ていた。 了
藍山椋丞
2013年06月30日(日) 23時39分12秒 公開
■この作品の著作権は藍山椋丞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
【黒い○○】というお題で、三つほど書いた作品の一つを投稿しました。
ご感想をいただけると大変嬉しく思います。
どうぞよろしくお願い致します。

この作品の感想をお寄せください。
No.10  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-12-09 19:13  ID:i/iCocdcxPo
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青空様、ご感想ありがとうございます。
拙作に良い評価をしていただき、感謝致します。
ご評価を励みに、これからも精進致します。

No.9  青空  評価:50点  ■2013-12-08 13:09  ID:wiRqsZaBBm2
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怖い。怖すぎます。末端恐怖症というのがあって、何かの先端が怖い、というのがあるけど、これを読んだ後はファスナー恐怖症になりそうです。
No.8  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-07-05 21:11  ID:i/iCocdcxPo
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gokui様、ご感想ありがとうございます。
仰る通り、プロットはほとんど立てませんでした。
黒いファスナーが現れる、というワンアイディアだけで書き進めました。
貴重なご意見参考に致します。
次回作も頑張りますので、よろしくお願い致します。
No.7  gokui  評価:40点  ■2013-07-05 20:44  ID:SczqTa1aH02
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読ませて頂きました。
書き慣れた作者様のようで、非常に面白く読ませて頂きました。
しかし、他の方が書かれているように問題もけっこうありますね。その中でも私が気になったのは、この作品に犯人は必要だったのかということです。犯人がいるからには、最後には解答が待っているはずなのですが、この作品は他の感想にも書かれているように、謎がほとんど残ってしまいます。なぜ主人公だけに黒いファスナーが見えるのか。なぜ呪われていない者が不幸に見舞われるのか。会社の窃盗事件の真相は。などなど。これでは犯人は必要ないですね。すべてを謎に包んだまま読者を振り回すのが正解だと思います。
たぶん、藍山さんは今回プロットなしでいきなり本文を書き始めたんだと思います(間違ってたらごめんなさい)。プロットを書いていれば問題点がもう少し解決できたんじゃないでしょうか。
問題はあっても、文章のうまさでカバーした読みやすく面白い作品でした。次回も楽しみにしています。
No.6  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-07-05 08:23  ID:i/iCocdcxPo
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卯月燐太郎様、ご感想ありがとうございます。
後半が自分でもダメだったと自覚しているので正直、ボロクソに言われてしまうだろうと思っていたのですが高い点数をつけていただき、驚いております。
病院での件や妻の美由紀にファスナーが出た理由が分からない、というのはまさにその通りでした。
ご紹介いただいた両作品を拝読させてもらい、勉強したいと思います。
先日の「何かがいる」に付けさせていただいた点数は始めたばかりでどのくらい付ければイイのか良く分かっていませんでした。本来なら40点以上だと思います。すみません。
拙作を細かく批評していただき、ありがとうございました。
No.5  卯月 燐太郎  評価:0点  ■2013-07-04 23:06  ID:dEezOAm9gyQ
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再訪

ちなみに「黒いファスナー」にはまだ、リアルティーの点で「穴」がありますが、作者さんが下記のことを書かれているので、どんな「穴」なのかを言う事をやめることにしました。
―――――――――――――――――――――


>>三つ書いたもののうち今作が一番駄作でして、それでも最後まで読んで頂き、ありがとうございました。この言葉を胸にもっと精進致します。<<

>>(言い忘れましたが)
ご期待を裏切ってしまい、申し訳ないです。
一週間後、これよりは自信がある短篇小説を投稿いたします。
その時に再びご感想を頂ければ幸いです。<<
No.4  卯月 燐太郎  評価:40点  ■2013-07-04 22:26  ID:dEezOAm9gyQ
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「黒いファスナー」読みました。



1 タイトルは適正か
「黒いファスナー」内容通りのタイトルでした。
また、このタイトルは、インパクトがあります。


2 文章が読みやすいか
読みやすかったです。
逆に言うと、ホラー&ミステリーの作品なので、文体に(暗い)味をつけた方が値打ちは上がりますね。


3 興味を惹くストーリーをテンポ良く展開しているか
かなり面白かったです。
ストーリー作るのがうまいですね。
原稿用紙60枚でしたが、スムーズに読めました、テンポもよかったです。


4 シチュエーション(状況)をわかりやすく示しているか
「いつ、どこで、誰が、誰と、何をしたか」=「黒いファスナー」の謎が残りましたが、この手の作品はそういうものなので、「問題の本のことをエピソードで書き込んでおけば問題なかったと思います」。書き込まなかったので、本筋の所が少し弱くなっていますね。
小さな、手抜きはありましたが、大きな流れ(構成)としては少しの手直しで、この点は解決できるでしょう。


状況設定について
「黒いファスナー」が相手の額に見えるという不思議。
そして見えた者は、不幸になるという展開。
問題の本は処分(燃やした)したはずなのに、ラストは地球に「黒いファスナー」があったという恐怖。
これは、本の作者が、環境問題を話していたとかの伏線をさりげなく張っておいた方がいいですね。
人が苦しむとか亡くなるという程度の問題から、ラストは巨大なる恐怖が降臨する。一九〇〇年代初頭の表現主義のエンタメ版と言ったところですね。
表現主義とは、不安の感情などを表現している作品です。
不条理系で実在主義(ムンク)にも、通じますね。
ただ、文学指向よりもエンタメ指向の方が作品の作りからして強いですね。


>>「私は大丈夫だから、もう仕事行っていいよ」と美由紀はこちらに背を向けたまま言う。本当に大丈夫なのか? と訊ねると「しつこいィ」と少しとがった声が返ってきた。短い溜息を吐き出して「無理するなよ」と伝えると僕は病室を出て行った。一階に降り、ロビーにいるはずの葉子さんに挨拶してから出社しようとしたが<<
●病院での件ですが、美由紀を検査した医師がいるでしょう。
普通なら美由紀以外に担当医師に原因とか退院のめどとか訊ねると思います。
ところで、美由紀と沢田は関係がないのに、なぜ、美由紀の額に黒いファスナーが現れたのでしょうか。主人公はそれまで、本の存在すら知らなかったのですから。

5 魅力的なテーマか
主人公、または沢田の内面世界をえぐって描けば文学的な表現主義から不条理系、実在主義というところでテーマは見つけやすいと思います。
御作の場合は、不思議な面だけで終わっているので、エンタメレベルでラストを迎えています。


6 主人公および主要登場人物のキャラクターは魅力的か
主人呼応及び他のキャラクターはわかりやすく描かれていたのではないでしょうか。
ただ、内面世界が描かれていなかったのが残念です。


7 ストーリーにサスペンスはあるか
次々に不思議なことと言っても「黒いファスナー」が額に現れ、その者はひどい目に合うといったところです。
ラストに地球に「黒いファスナー」が宇宙から見えたことには驚きました。
ただ、これらの不思議な出来事は不思議だけと言うか、伏線がないでしょう。
そのあたりが不思議系としては弱い面もありますね。


8 イメージ豊かな描写はしているか
小説としての話は分かるように描かれていました。


9 細部に臨場感はあるか
原稿用紙60枚でこれだけわかれば、充分だと思います。
ホラー部分を強くするのなら、エグイ場面を描写する必要があります。


10 ユーモア・ウィット・ギャグはあるか
「ずいぶん焦げてるなァ」これに関した主人公夫婦の朝の会話でしょうか。


11 ドラマに「深さ」はあるか
ありませんでした。
この作品に主役たちの心理面を描いていれば、もっとよくなると思います。


12 その他
下記のA,Bの私の作品があなたの「黒いファスナー」に近い作品です。
良かったら、お読みください。
かなり参考になると思います。

A>「あなたが、ラストを想像できない物語=」SF/ホラー/ミステリ 投稿板
B>「黄色い牛」=現代/歴史 投稿板

「黒いファスナー」に点数つけるのが難しいですね。
40点は付けなければならないのですが、私の「何かがいる」に30点しかつけていないし(笑)。
まあ、好みの問題ですかね。


それでは、頑張ってください。

出典
使っているテンプレートは、三田誠広著書の「深くておいしい小説の書き方」という本の中にある「新人賞応募のコツと諸注意」の「おいしさの決め手十カ条」に一部追加したものです。作者には許可を頂いております。
No.3  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-07-03 21:31  ID:i/iCocdcxPo
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(言い忘れましたが)
ご期待を裏切ってしまい、申し訳ないです。
一週間後、これよりは自信がある短篇小説を投稿いたします。
その時に再びご感想を頂ければ幸いです。
No.2  藍山椋丞  評価:--点  ■2013-07-03 08:45  ID:i/iCocdcxPo
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お様、ご感想ありがとうございます。
やはり、後半がダメでしたか。
正直、自分でもこれはダメなんじゃないか(犯人の自白が急すぎ)と思っていました。習作なのでとりあえずオチをつけて完結させようと急いだ結果、このような感じになってしまいました。
ファスナーに関しては、人間の内側にある負の部分が呪いによって増幅し、外側に出てくるという表現でして、何と言うかファスナーの機能云々ではなく、見た目が面白いので採用したという感じです。これもまだまだ筆力不足で生かし切れていませんでした。
赤ん坊から発せられた黒いものは沢田の怨念みたいな感じで書きました。
彼は自分より優れている(と言うより恵まれていると言った方が適切かもしれませんが)腹違いの弟が憎く、その遺伝子を受け継いでいる子はもっと憎い。(自分よりも可能性に満ちているので)
なので、赤ん坊には夥しい数のファスナーが……と言う表現でした。

>後半荒っぽい感じになしましたが、文章の巧さ、話の広げ方、犯人の独白までの展開の持って行きよう(あのシーンでは犯人は思わせぶりな態度を取らせるだけに留めて、もっと話を広げていくのが本道だと思いましたが)など、実力のある方だと思えたので、もったいない感じがしました。

三つ書いたもののうち今作が一番駄作でして、それでも最後まで読んで頂き、ありがとうございました。この言葉を胸にもっと精進致します。
No.1  お  評価:30点  ■2013-07-03 00:19  ID:.kbB.DhU4/c
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どうもです。
途中まですごい期待が持たれてわくわくして読ませて貰いました。
途中からうーん、なんていうか、展開というのか構成というのか、あたふたした感じになって、結局なんか、尻すぼみな感じで無難に着地したって感じでした。
文章は手慣れた感じでリズムも良くとても読みやすかったです。なので最初の方はすっごい期待しました。中盤辺りから展開を押し込み過ぎて、展開の切り貼りのダイジェストを見てるような感じになりました。
やっぱり後は、いくらなんでも犯人の独白が急すぎ。
しかも、なんか、最終的に事象とは関係ないっぽいし。てか、ファスナーの意味は? 開け閉じできるのがファスナーの特質だと思うんだけど、赤ちゃんの件以外特に触れられないし、それにしてもその黒いものがなんなのか、さっぱり分からない。全体の事象の意味も分からない。
途中で打ち切りの決まった連続ドラマが無理矢理結末をつけた……みたいな印象を受けました。
後半荒っぽい感じになしましたが、文章の巧さ、話の広げ方、犯人の独白までの展開の持って行きよう(あのシーンでは犯人は思わせぶりな態度を取らせるだけに留めて、もっと話を広げていくのが本道だと思いましたが)など、実力のある方だと思えたので、もったいない感じがしました。
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