鸚鵡返し
「こんにちは」

 図書室の受付カウンターにて推理小説を読みながら番をしていると、聞きなれた声で挨拶を投げられた。壁時計を確認。立派な遅刻だ。

「こんちには」

 そのまま彼女は僕の隣へ座ると、学級日誌にペンを走らせた。
 そういえば前に、図書委員と学級委員を兼ねているとかなんとか言っていたっけ。そんなに働いてなにが良いのだろう。見合った賃金が手に入るなら話は変わるが。
 そんなことよりもだ。彼女がどんなに働くのが趣味だとしても、遅刻していい理由にはならない。それに謝る気すらないではないか。遅刻は法律で罰せられるべきだと本気で思うね。
 少し嫌味を込めた話でもしてやろう。

「ところで、こんにちはっていう時間帯でもないね。もうすぐ夕日が見える頃だし」
「ふふふ、知らないの? こんにちはの定義は午前十一時から午後五時までなのよ」

 見事に躱された。初耳の豆知識も添えて。

「それ本当? ソースは?」
「私の感覚よ」
「さいですか」

 彼女はクスクスと口元を隠しながら小さく笑った。働くこと以外にも僕を玩具にする趣味があるようで。
 雰囲気から感じ取れるように、彼女はどうもお嬢様気質だ。以前本人に聞いてみたところ全くその通りで、町内で彼女の家を見たことがない人がいないそう。そこまで有名ならば一度拝んでみたいもので、少し遠回りで帰宅した際に確認したことがあった。いやはや、ここに住んでいる人とは一生関わらないだろうなと、本気で思うほどには立派だった。

「そういえばだけど、ラブレターってどう思う?」

 彼女は学級日誌をいつのまにか書き終えて、ブックカバーを着た本を読んでいた。こうして半年くらいは二人で図書委員を務めているけど、彼女は本に服を着せる趣味はなかった筈だ。最近覚えたのだろうが、見慣れないので違和感だ。ちなみに僕は本に服を着せるのが趣味だ。生きがいといってもいいね。
 それにしても暇になったのなら図書日誌の方も宜しく頼みたい。いつもなにか理由をつけて僕に書かせるのだから。
 とりあえず僕はツッコミをいれる。

「通り雨より突然だね」
「案外、そうでもないわよ」

 彼女はスカートのポケットに手を突っ込んだ。
 こう見ると、彼女は立派な家系の娘の前に真面目な人である。そもそも、図書委員である時点で万人よりは真面目な部類の人間だろうけど、彼女は中でも飛び抜けている。
 要因その一、一センチもスカートを折り曲げていない。女子高生という生き物は、下着が見えるくらいスカートを折り曲げると思っていたが、亜種もいるらしい。
 要因その二、墨のような黒色のタイツを穿いている。エブリデイ。彼女の素足を拝める日など、来ることはないだろう。清楚系とは、彼女のことを示す。お手本のようだ。

「実は今朝、これが私の靴箱に入れられていたわ」

 彼女はカウンター上に何かを置いた。駅前に売っているピンクオブピンク表紙のノートの切れ端だった。因みにやけに高い。

「それって……」
「そう、ラブレターよ。ノートの切れ端なのは気に入らないけど」
「へぇ。今時そんなベタな告白をする人もいるんだね」

 すると、月本さんは口元を隠しながらクスクス笑った。

「そうね、とっても。まるで恋愛小説のヒロインになった気分だわ。紙切れ一枚で、これほど胸が踊るのね」

 彼女は恋愛小説を読まない。それどころか毛嫌いしていると記憶している。
 出会ったばかりの頃、僕の読書スタイルは偏っていて、恋愛小説しか読んでいなかった。恋愛小説愛読家なのだ。更には意見交流もしたいタチだ。
 中学の知り合いは恋愛小説を好まず、更には本すら嗜まない者もいて仲間がいなかった。何度も勧誘したが首を横に振る友。一度は諦めていたものの、高校へ進学してから再び火がついた。
 図書委員になら可能性があるではないか、と。
 こうして同族を探すべく図書委員になり、同じ担当の彼女にジャンルは何が好きかと尋ねた。
 彼女には「君、本当に本を読むの?」と嘲罵された。追い打ちに、僕の一番苦手な推理小説一筋らしい。トドメに、多くの恋愛小説には巧妙な伏線等がないので退屈であると罵倒されてしまった。
 あの硝子のハートが砕かれる衝撃は今でも覚えている。
 だからとても気になった。何故、恋愛小説なのかと。

「返事はするの?」

 それは即答だった。

「勿論よ」

 彼女は僕にそのラブレターを渡してきた。

「はい、お返事よ。そのままお返しするわ」

 どうしていいのかわからなかったが、とりあえず受け取る。

「どうして僕に?」
「どうしてって、あなたが差出人だからじゃない」
「……なんで分かったの?」

 言ってから気づいた。それでは自分が差出人だと言っているようなものではないか。
 それには彼女も笑いが抑えれなかったようだ。これはとんでもないマヌケを披露してしまった。

「普通なら返事をするかしないかよりも、もっと聞きたいことがあるでしょう? 差出人はだれなのか。内容がどのようなものだったのか。そもそも、そのラブレターはイタズラではないか。とかね」

 流石、探偵小説が好きで読み漁りたい気持ちから図書委員になっただけはある。そんな些細なことに気づくなんて。

「確かにそうだね」

 僕は思わず笑ってしまった。
 それにしても、何故だか引っかかる。確かに他に聞くべき事があったかもしれない。しかし、それだけで僕が差出人だと決定できるのか。動かぬ証拠としては、あまりにも甘い。
 それに、見当違いでなければ、以前ここで読んでいた恋愛小説とストーリーが似ている。いや、殆ど同じだ。たしか、主人公が渡したラブレターをそのまま――

「――それともう一つ」

 考えている途中で話しかけられた。
 もう少しでなにかがわかる気がしたが記憶が飛んでしまった。

「まだ何か?」

 彼女はカウンター上に置かれた大きな手帳を手に取った。学級日誌と同じ種類で、地味な色合いの表紙だ。

「この字、この図書日誌と同じなのよね」

 点と点が繋がった。成る程、そういうわけか。

「見覚えのある字なら知り合い確定だもんね」
「そうね」

 月本さんは口元を隠してクスクス笑う。
 そして人差し指を立てながら言った。

「どうせあなたのことだから、最近読んだ作品に影響されたでしょ」
「あはは、お見事」

 思わず拍手した。実は華麗な種明かしをして告白してやろうと思ったのだが、探偵小説愛読家の前では無力らしい。

「……実は私も、毒されたのだけれど」
「え?」
「なんでもないわよ」

 彼女はおもむろに立ち上がり、窓の近くへと歩くと、外で見える夕日を眺めていた。
 でも、まだ完全にスッキリしたわけではない。確かに僕が差出人である証拠になったが、彼女が僕の字を覚えてる理由は何か。どうにも、答えが出せそうにない。

「それにしても、よく僕の字だとわかったね」

 僕も夕日を眺めるために向かう。こういうのは聞いてみるのが一番だ。僕の負けは決まっているのだから。

「そりゃ、好きな人の書き方の癖くらい覚えるわよ」

 彼女はそれだけ呟くと、頬を少しだけ赤く染めた。その火照りは夕焼けによるものなのか、それとも別の理由なのか。それがどうであれ、絵にしたいくらい心打たれる光景だったことは間違いない。
 そのまま手を後ろで組み、右膝と左膝を擦り始めた。ついにはそっぽを向いてしまった。これは、照れだね。
 ここからは自己満足の世界だが、彼女はどの作品に影響を受けたのだろう。僕のように彼女も行動に起こしたのなら、僕にラブレターを渡した時だろう。
 ならば、彼女が読んでいたブックカバーを着た本は恋愛小説に違いない。内容は主人公がラブレターで告白したのだろう。更に推理すると、僕がここで読んだことのある作品。
 うん、かなりスッキリした。
 この推理の真偽を教えてもらおうと思ったが、この雰囲気を壊してはならない。
 かといって、長居するのは少々心臓に悪い。後に恋しくなる時間だろうが、そんなことを考える心の余裕などなく、ただ戦線離脱したくて仕方がなかった。

「そろそろ帰ろうか」
「えぇ、そうね。じゃあ、閉館の看板を掛けておくわ」
「助かるよ」

 今日のことは決して忘れない。
 なにせ、あんなに恋愛小説を嫌っていた彼女が僕を気遣い、ロマンチックな返事をくれたのだから。それが何よりも嬉しかった。
 図書室のドアへと小走りで向かう彼女の背中を見て、受け取ったラブレターを広げる。
 そこには「好きです」とだけ綴られていた。
皐月
2019年09月04日(水) 02時47分57秒 公開
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