宛ての無い写真
 長期休暇を利用し、予てから計画していた一人旅という物をしてみた。
 電車に揺られ、都会の喧噪を忘れ静かな街へ行こう。広い空が見える所へ向かおう。ついに実現した旅に私は心を躍らせた。
 一つ想定外だったことは旅館に着く時間が意外と早く、時間を持て余してしまったことぐらいだろうか。しかし空も良い具合だ。少し散歩にでも行こう。
 旅館に荷物を預け、財布とデジタルカメラを持って私は宛てもなく歩いた。
 
 
 
 長らく歩くと見晴らしの良い場所についた。すぐ側に海、目に優しい緑の群れ。何処か囁く様な風。絵になる風景だ。
「良い場所だな」
 私はカメラを手に取り、ぎこちなくシャッターを押す。気分だけは有名写真家のつもりだ。当てもなく探索したのだが、ここまで心地のよい場所に着くなんて今日は運が良い。
 視界の隅にベンチが映った。運動不足が祟ったせいか足がじんわりと痛い。座ろうと近づいたが、先客が居た。
 麦わら帽子。顔は見えないが花柄のワンピースから覗く白い肌はその少女が美しい物だと言っているようでならなかった。華奢な人だ。ベンチの下に写真が幾つか散らばっている。あの人の物だろうか。
 ここで一言、「写真が落ちていますよ」とでも話しかけられれば良いのだが、生憎女性の扱いには慣れていなかった。私はそこを避けるように崖へと近づいた。
 柵に手をつき見下ろす。青い飛沫を上げる岩場、高所恐怖症ではないが思わず足が竦む。そろそろ旅館に戻ろうかと思い始めたその時だった。
「綺麗な風景ですよね、この場所」
 急に話しかけられた物だからどきりとした。振り向くと先ほどまでベンチに腰をかけていたあの華奢な少女がそこに立っていた。目鼻が通っていて、艶のある黒髪。人形の様に整った顔立ちをしている。
「え、ええ素敵な風景ですね。初めて来たのですが……。いやあ良い風景だ」
 何を言うか迷ってしまいおかしくなってしまった。やはり慣れないことはぱっと出来ない。
「初めてと言うことは、旅行か何かでしょうか?」
 彼女は笑みを絶やさずそう訊いてくる。
「はい。近くの旅館に泊まろうと今日この町を訪れました」
「そうなんですか。この町は良い町ですよ。空気も美味しいですし、ゆっくりしていってください」
 想像したよりも大人びた少女だった。その所為なのか何故か緊張していた。
「この町の方なのですか?」
 無言になることが妙に怖くどうでも良いことを聞いてしまった。この町に住んでいることぐらい訊かなくても分かるというのに
 しかし、彼女は小さく唸った。
「そうですね。長くこの町には居ますけど、住んでる訳ではないです」
「それは、どういう?」
 その問いには彼女は答えず、身を返し海を臨んだ。僕は触れてはいけないことに触れた気がしてならなかった。
「写真、お好きなのですか?」
 唐突に彼女が聞く。
「好きか嫌いで聞かれると、好きですが……全然上手く撮れなくてですね」
「一枚良いですか」
 はっきりと彼女は言ったが、雰囲気と言うか気配ががらりと変わったため聞き返してしまう。
「一枚、私を写真に撮って頂けないですか?」
「私が撮ると言うこと……ですよね?」
 こくりと彼女は頷く。しかし腕が良いわけでも無い僕は戸惑った。
「本当に良いんですか? ただの趣味で撮ってるだけですよ」
 良いんです、と彼女はいい海を背にする。
「はい、わかりました」
 私はカメラを構え、またぎこちなくシャッターを押す。海と空を背景にした彼女はとても様になっていた。すぐにパチリと音を立て画像が液晶画面に映し出される。その瞬間、私は驚愕し危うくカメラを落としそうになった。
 居ない。そこに居たはずの彼女がすっかり居ない。ぽっかり居ない。ただ海と柵だけが映し出されている写真。風景だけになってしまった。
「あぁ……」
 情けなく声を上げて私は前を見る。彼女は相も変わらず人形の様な顔立ちをしてそこに佇んでいた。しっかりとそこに存在している。何かの間違いか……、機械の故障だろうか。取りあえずもう一枚撮ってみようと、そう考えた。
「あの、もう一枚」
「ありがとうございます」
 彼女の声に遮られる形で私の提案は消えた。
「これで私はやっと、ここから離れられます」
「ここから離れられる? それはどういう……?」
 小刻みに足が震えていた。私は怖かった。今の一言で多分彼女はこの世の物では無い何かなのだろう、としか思えなくなってしまった。
「私は、もう何年も前に死んだのです。重い病で外の生活を殆ど出来ずに過ごしました」
 彼女は遠くに視線をやり、囁く様に話す。
 そして私を一瞥すると、
「その写真を現像してください。貴方以外の人には私の姿は見えるはずですから」
「現像してどうするんですか……? 貴方に渡せば良いんですか」
 まだ恐怖は消えないが、意思の疎通が出来ているため何とか話せる。
「一つお願いしたいのです」
 彼女はしっかりとした眼差しで私の瞳を見る。
「現像した写真を持って旅をして欲しいのです。何処でも良いです、貴方の好きなところに向かって良いですから。一ヶ月に一回くらいで良いので……お願いします」
「どうして旅を……?」 
「私は色んな風景が見たいのです。ここの風景は綺麗ですがもう何年も見ました。そろそろ違う空も海も人も見てみたいのです」
 別の風景。彼女は麦わら帽子を取る。長い髪が少しだけ風にそよぐ。
「ダメでしょうか……」
 私は迷った。ここで断りとんでも無いことになるぐらいなら、とも思うが霊的な彼女と旅をすることにも抵抗があった。 
 どうするべきか悩んだあげく私は一人旅を諦めた。
 
 
 
 それから幾らか年月が経った頃、ようやく私はベンチの下に置いてあった写真の意味に気がついた。彼らもしくは彼女らがそうしたように私もそこへ写真を置く。
 彼女は今もあの場所で誰かを待っている。
十月十日
2013年12月28日(土) 01時14分49秒 公開
■この作品の著作権は十月十日さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久しぶりに書いてみました。違和感のあるところ多々あると思いますがよろしくお願いします。

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No.5  家達写六  評価:10点  ■2014-02-13 13:49  ID:0H/tY0Rvzkg
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 厳しい評価ですが、ありふれた展開ですね。少女の美しさの描写にももっと工夫が必要だと思いました。きれいという言葉を描写に使ってしまったら、読者は興ざめですよ。
No.4  十月十日  評価:--点  ■2014-01-02 02:47  ID:lN4s2IGtZD.
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FK様感想ありがとうございます。
設定を褒めて頂き嬉しいです。
文章や描写についてはまだまだ未熟なためこれから頑張っていきます。
No.3  FK  評価:20点  ■2014-01-01 18:19  ID:K0PAnh1TB0A
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 読ませていただきました。
 いい話ですね。もしこんなふうに風景を見せて歩けるのなら、そして見せてもらえる人を探せるのなら。でもそのような方法は今のところないことになっています。つまりこのままだと完全な錯覚あるいは空想と解釈されてしまいます。これを説得するにはもう少し文章力が必要だと感じました。冗長な部分と書き込みすぎの部分があると感じたわけです。
 話の設定はいいが惜しいという感じです。
No.2  十月十日  評価:--点  ■2013-12-29 13:58  ID:lN4s2IGtZD.
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青空さん感想ありがとうございます。
まだまだ稚拙な所も多いですが褒めて頂き嬉しいです。
No.1  青空  評価:30点  ■2013-12-29 05:11  ID:wiRqsZaBBm2
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なんか、ロマンチックですね。怖いというより、ロマンスを感じてしまいました。淡々とした中で、彼女の存在それ自体が謎であるという下りが好きなのと、気がついたら誰もいないという原点返りもいいですね。いがいと彼女の視点が丁寧で情景に透明感があり、だからギクリとさせられたのかなという気もしました。
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