怪奇探偵 藤宮ひとねの怪奇譚 |
冷たい水で喉を潤し、空になったペットボトルを潰してビニール袋に入れる。 リュックのチャックを閉めたところで横から手が伸びてくる。 「閉める前に言ってくれ……」 再度リュックを開き、ラベルのついていないペットボトルを取り出して渡す。 隣で数回喉がなった後、返ってきたそれをまた入れる。 「全く、こんな夏場に歩くなんて聞いてないぞ。それならそれで準備があったのに」 まるで登山でもしているかのような言い方だったが、駅から十五分程歩いているだけである。 彼女の名前は藤宮ひとね。高校一年生で怪奇現象専門の探偵、通称怪奇探偵をしている。 「ひとねちゃんだいじょーぶー?」 反して元気なのが下里くだり。ひとねと同じく一年で俺の後輩にあたる。 俺、下戸健斗について語ることは多く無い。映像記憶能力、つまりは全てを確実に覚えておける事だけ記述しておこう。 俺たち図書部(一応)は夏合宿に来ている。図書部に合宿も何もないので所構わず言えばただの夏休み旅行である。 向かう先は山奥の温泉宿。下里の親の知り合いの所だとかで俺たち学生にも手が届く値段に落ち着いている。 「ほら、見えてきましたよー!」 少しばかり先にいる下里の声に顔を上げると気持ちの良い風が吹き抜けていく。 日差しに照らされてかいた汗が冷たくなり、少しばかり寒い。 先に見えるのはロープウェイ乗り場。宿はこの先にある。 「やっと座れる」 あと数分歩いていれば根をあげていたであろうひとねが大きく息を吐いた後「おや?」と首を傾げる。 「どうした?」 「やけに混んでいるね」 「そうか?」 見たところ待っているのは六人程。旅館と付属する施設専用のロープウェイだからそんなに本数はないだろう。 「あんなもんじゃないか?」 「いや、ここのロープウェイは結構な本数があると書いてあった。四人乗りだから最低でも二組待っているということになる」 「なるほど」 「まあ、並んでる人に聞けばわか……その必要もなさそうだね」 先に行った下里がバタバタいう効果音が似合う走り方で駆けてくる。体力は凄いが運動神経はあまり良く無さそうだ。 「大変です! ロープウェイが止まってます!」 「機械トラブルか? 待つのは面倒だな」 「トラブルですけど待つ必要はないです」 「……迂回路でもあるのか?」 「いえいえ、今日はもう動かないというだけです」 「なるほどー」 「…………」 「…………」 「さて、どうしたものかね」 * 「歩くのは……流石に無茶か」 「山の上ですからね、遭難してしまいます」 「とりあえず近くの旅館でも探すか?」 「もう調べ始めてるよ」 とりあえず宿を確保しようと各自動いていると何故か違和感を覚える二人組が車から降りてくるのが見えた。 違和感の正体を探るべく、二人を観察する。 二人は女性と男性である。 女性の方は薄いカーディガンにロングスカート、どちらも大人しめの色である。 歳は成人して少しといったように見えるが、諸々の所作がなんだか丁寧であり、もう少し上かもしれない。 例えるならば若女将といったところだろうか? しかしそこまでの違和感は覚えない。 観察対象を男性の方に変える。 上はアルスターコート、下はスーツだろう。キチンとした印象を受ける服装、それとは対照的に背は曲がり髪は所々ハネている。 歩くのすら面倒くさそうに靴底を減らしながら歩いている。 「……ああ」 違和感の正体が判明した。二人ともやけに厚着なのだ。夏に入った頃ならまだしも夏本番である今には相応しくない服装である。 男と目が合う。何やら女性と話をした後、二人がこっちにくる。 「失礼、少年少女。ちょっと道を聞きたいんだけど」 「どーしました?」 「この旅館を探しているんだ。ここら辺ではある筈なんだけどね」 「あー、これは……」 男が指したのは俺たちが泊まる予定だった旅館である。 「この山の上にあるんですけど……ロープウェイが故障したみたいです」 「ふむ、なるほど……この上か」 男は山の方を見上げ、ため息をつく。 「堀ちゃん、行けるかい?」 「もちろんです」 女性が少し自慢げに言って車に向かう。 男は下里が持っているガイドブックを見て目を細める。 「君たちもこの旅館に行くところだったりするのかな?」 「あ、はい。そうですね」 「僕たちは車でその旅館に向かうんだけどね、乗っていくかい?」 「いいんですか!?」 「ああ、なんというのだったかな……そう、旅は道連れだ」 「ありがとうございます! えっと……」 下里の疑問を察した男は何処かぎこちない笑みを浮かべる。 「僕は角野。運転席に乗ってるのはメイドの堀ちゃんだよ」 * 「ひゃっほー! いけいけー!」 「…………」 車内の五人、元気なのは下里だけであった。 堀さんは真剣な顔でハンドルを握り、角野さんは「また車が傷つく」と何度もため息をついている。 残りの俺とひとねは身を寄せ合って震えていた。 「わ、私は迂回路でもあるのかと思っていたのだけれど!」 「俺もだよこんちくしょう!」 珍しく二人して大声を上げる。 乗せて貰った車は獣道ですらない急斜面を凄まじいスピードで走っている。 「そろそろ右」 「了解です」 堀さんがハンドルを勢いよく回すとひとねと下里の体重が俺にのし掛かってくる。 軽くなったり重くなったり、目の前の木を避けながらの高速運転はジェットコースターより恐ろしい。 「あ、堀ちゃん前に岩」 「問題ありません」 わかりやすいエンジン音と共に背もたれに押しつけられる。 「皆さん、頭を打たないように」 フロントガラスから綺麗な空が見える。 口から泡でも出そうな光景と感覚に見舞われる中、下里だけが「飛んだー!」と喜びの声をあげていた。 * 「到着です……大丈夫ですか?」 「体はね……寿命が減った……」 ともあれ無事(?)に旅館に到着した。未だ心臓は大きな音を立てているが…… 「ありがとうございます」 「いやいや、君たちがいなければ迷子になっていたのは僕たちだ。あー疲れた、とりあえずこの堅苦しいの脱ぎたい」 角野さんの発言で最初の疑問を思い出す。 「そういえば随分と厚着ですね」 「ああ、昨日まで海外にいたんだよ。間違えて着替えを自宅に送っちまって最悪だ」 「海外、仕事ですか?」 「ああ、今日は厄介で家から出なきゃいけないとっても面倒でしょうがない依頼を片付けたご褒美ってわけよ」 「その、仕事は何を……」 堀さんの事をメイドと言っていたし社長だったりするのだろうか? 「ん? ああ、僕はね」 一呼吸置いて、角野さんはよく聞く珍しい職業を口にした。 「角野 浪二、探偵さ」 * 「じゃーん! どうです先輩!」 夕焼けを見ながら一人部屋でくつろいでいると蹴破ったくらいの勢いでドアが開き下里が入ってきた。時刻は十七時前である。 「オートロックじゃなかったか」 「はい、内側から閉めるタイプですね。普通の家みたいな感じです」 そういえばよくある鍵に番号の書いたタグをつけた物だった。 「下里さんはホント元気だね……」 部屋に用意されていた茶菓子を手に持ったひとねも入ってくる。 「君は着替えない派か」 「そんなのあったのか」 「そこの押し入れに布団と一緒に入っているよ」 ひとねは話題に上がった浴衣を着ている。特に特徴のない柄である。 帯はちゃんと締まっているが全体的に緩めであり、羽織りと共に少し大きめのものだ。恐らくゆったりした方が楽なのだろう。 「こっちも景色同じですねー」 「隣の部屋なんだから当然だろ」 勝手に窓を開けて下を見下ろしている下里も浴衣を着ている。 「ちょっと待ってください! こんな可愛い後輩の浴衣姿を描写なしで終わらすとかありえなくないです?」 「何の話だ、何の」 「感想をプリーズ! どうです? ほらほら!」 目の前でヒラヒラと揺れる布は薄いピンク色をしている。 「温泉宿の浴衣としては珍しい色だな」 「歩いてる時に奥の方で見えたから聞いてみたんですよ」 詳しくは分からないがイベントなどで使うものらしい。大方下里のキラキラした目に押されて従業員が貸し与えたのだろう。 「ところで先輩、温泉宿の作法をご存知ですか?」 「作法? 湯に浸かる前に掛け湯とかか?」 「いえ、それも大切ですが違います。温泉を満喫した後の話です」 「…………わからん」 「腰に手を当てて牛乳を飲み、その後は卓球に決まってるじゃないですか!」 「それはお前がやりたいだけだろ」 「まあ、端的に言ってしまえばそうですね」 あっさりと認めた下里は「と、言うわけで温泉に行きましょう!」と俺を強引に連れ出した。 * 番頭のおばあちゃんに鍵を預け、脱衣を済ませて扉を開ける。 幾つかの温泉の先に更に扉があり、向こう側が露天風呂になっているようだ。 ロープウェイの故障の影響でここまで来れた人は数少なく、温泉も貸し切り状態である。 「せっかくここまで来たしな」 身体を洗い、湯で流して露天風呂への扉を開ける。 「おや、君か」 「どうも」 唯一入っていた角野さんは持っていた日本酒を飲み干し、徳利から注ぎ足す。 「君も飲むかい?」 「未成年です」 「そりゃ残念だ。いやあ、凝り固まった腰が緩んでいくよ。仕事なんてするもんじゃないね」 「探偵も身体を使うんですか?」 「いや、使わないけど疲れた。そもそも外に出るのが疲れる」 大きく息を吸い、一呼吸置いてからそれを吐き出した後、角野さんは壁の方に向かって大声を出す。 「堀ちゃんもゆっくりしてるかーい?」 『セクハラです』 「なんでさ!」 どうやら壁の向こう側は女湯の露天風呂らしい、桶が一つ飛んできて角野さんに直撃する。 「こっちには学生君もいるんだぞう! 当たったらどうするんだ」 『声のした方に投げたので問題ありません。それにこちらにも学生方がいます、セクハラを通り越して犯罪です』 「話しかけるだけで犯罪者とは……」 『せんぱーい! わたしも桶投げるんで場所教えてくださーい!』 「投げるなよ!」 『ジョーダンですよぅ』 「さっきから静かだがひとねはどうした。どっかでのぼせてるんじゃないだろうな」 『ひとねちゃんは電気風呂にハマってましたよー』 「おばさんみたいだな……あでっ!?」 小さい声で呟いただけだというのに、桶が飛んできた。 犯人は……言うまでもないだろう。 * 「さあ、卓球といきましょう! お二人もやります?」 牛乳片手に少し雑談をした後、俺たちはゲームコーナーに向かうことにした。なんだかんだ一時間近く入っており、全員の頬が赤くなっている。 「僕は面倒だから審判になろう、ダブルスでやりなよ……ん?」 角野さんが無精髭を撫でて廊下の方を見る。 女将と従業員の青年がとある部屋のドアを叩いている。 「……ふむ」 しばらくすると女将がマスターキーを使って鍵を開ける。 「あの部屋には客がいたよな?」 「何かあったらしいね」 女将が悲鳴を上げ、腰を抜かしたように座り込む。 「だいじょーぶですか!」 駆け寄った下里が女将の視線の先にあるモノを見て小さな悲鳴を上げる。 後から追いついた俺たちもようやくソレを目にする。 そこにいた人はこの世から消えていた。比喩とかそういうモノではなく、ましては怪奇現象的なソレでもなく。 その胸に刺さっているのは包丁……よりも刃の短い刃物。ソレを中心に服が赤く染まっている。 「こ、これは……」 有り体に見たままの印象で言ってしまえば____死体である。 * 騒ぎを聞きつけた他の人も集まってしまい、恐らく旅館にいる全ての客がこの部屋の前に集まった。 「死体……」 その中の一人が呟くと角野さんが前に出る。 「無闇に部屋に入るのはやめてくれると嬉しい。捜査の邪魔となる」 「ちょ、ちょっと待ってくれ、あんたは何なんだ」 一人の客の言葉に角野さんは何ともないように口を開く。 「僕かい? 僕はね……」 「探偵です」 「堀ちゃん!?」 * 「あなたが探偵なのはわかったけどねぇ……推理するのは……」 「ふむう、どういう事かな」 「あなたが犯人って可能性もあるでしょお?」 「なるほど、確かに。ノックスのルールが現実に適用される訳もない。 では僕のアリバイ……の前にこの人の死亡推定時刻を定めないといけないね」 「この人と最後に会ったのはどなたでしょうか?」 青年に支えられていた女将が立ち上がる。 「わたくしがお飲み物をお運びしたのが一時間ほど前になります」 他に声は上がらない。 「……犯人を除けばそれが最後だろうね。で、この死体を見つけたのは?」 今度は青年が口を開く。 「オレです。下で薪割りをしていて、ふと見上げたら窓に血が付いていたんです。見てすぐに来たから五分とかかっていないと思う」 堀さんが腕時計を確認する。 「では推定時刻は十七時から十八時辺りになりますね」 「僕達は温泉に入っていたね、お互いに証明できるけど……僕達は知り合いだ、もう一押し欲しいね」 「その人たちはずうっと温泉にいましたよえ」 足腰が弱いのかとてもゆっくりとした足取りで歩いてきた番頭のおばあちゃんが俺たちの無実を証明してくれた。 「では、別室にて皆さんのアリバイをお聞かせください」 * アリバイの聞き取りを終わらせたらしい角野さん達と共に食事を済ませ、各々の部屋に戻っていった。 窓から見える星空を眺めていたが、なんだな一人でいるのが心細くなってきた。 ひとね辺りはもう寝ているかもしれない。部屋にいくのは躊躇われた。 「と、なれば……」 俺は鍵を手に持ち、部屋を出る。 「お、ひとね」 「どうしたんだいこんな時間に」 「そこまで深くはねぇだろ。温泉に行こうかと思ってな」 「この状況で呑気な事だね」 「そういうお前は何処に行くんだよ」 「風呂さ」 「温泉じゃねぇか」 正直話し相手が出来たのは助かった。余計な事を考えなくて済む。 温泉はまたも無人だった。次は露天にも誰一人いない。 かけ湯をして、つま先からゆっくりと入る。 「…………」 しくじったかもしれない。風呂、特に湯に使ってる時はアイデアが出やすいという。 折角頭から消していたさっきの記憶がよみがえ…… 『そっちも貸切かい?』 思考を途切れさせたのはひとねの言葉。口ぶりからして彼方も一人なのだろう。 「ああ、少し話すか」 『そうしよう』 「そういえば下里はどうした」 『テレビを見ていたから置いて来たよ』 「大丈夫そうだったか?」 『私が見た限りは、ね』 あの光景を一番目に焼き付けたのは下里だろう。俺とひとねはその反応から警戒しながらソレを見た。 「……お前は大丈夫なのか?」 『探偵が死体を見て怯えると思ったのかい?』 確かに角野さんと堀さんは何ともなかった。 しかし…… 「今回お前は探偵じゃないだろ?」 『……そうだね、今回の私は探偵じゃない』 パシャパシャと小さく湯を叩く音が響いてくる。 『私はアレのようにならないように、事前に手を打つ探偵だ……アレをみるのは、うん、慣れてはいない』 「そうか……」 『ま、君ほどでは無いさ。君の記憶力は常人を超えている。繊細に覚えてしまっているのだろう』 「記憶が多いから思い出そうとしなければ大丈夫だ」 『そうかい、ならいいんだけどね』 * 「下里を頼むな」 「君はあの子の親かい?」 「違うけど……まあ、先輩ではある」 「なるほど、お人好しと言うわけだ」 「うっせえ……じゃ、おやすみ」 「いい夢を願っているよ」 部屋に戻り、静寂を避けるようにテレビをつける。 一人になると余計な思考が回る。しかし繕う相手が皆無なので自分に正直になれる。 「もしかして……」 ひとねはそれも見越して下里を置いて、一人に……? 机の上でスマートフォンが震える。宛名は下里。 「…………」 送られて来たのは立ったまま枕で顔が見えないひとねの写真。恐らく枕投げだろう。 隅に見える机の上にはついさっきまで食べていたであろうお菓子の残骸。 思いっきり楽しんでやがる。なんだアイツ。 「……ひとねに謝れ」 * 「やう」 「口の中!」 堀さんに太ももを叩かれた角野さんは口の中のものを飲み込んで改める。 「やあ、君たちも朝食かい。食欲があるようで結構」 彼らの向かいに座り、朝食をとる。 「今日から捜査ですか?」 「いや? しないけど?」 「へ?」 「探偵だからって依頼もされてないのに推理はしないさ。一銭にもならないしね」 「でも昨日は皆のアリバイを聞いていたじゃあないか」 「それは僕を自由にする為さ。あそこでそのままだったら警察が来るまでみんな隔離さ。その人数を少しばかり減らしたまでよ」 「なるほど」 ロープウェイが修理されれば警察が来る。少しばかり聞き取りはあるかもしれないが心配は無いというわけだ。 なんとなく空気が軽くなり、優雅な朝食を楽しんでいると悲鳴が聞こえてきた。 「廊下の方……事件現場があった方からだね。堀ちゃん」 「かしこまりました」 何事も無かったかのように歩いて行った堀さんは顔を変えずに帰って来て口を開く。 「模様がありました」 「模様? ダイイングメッセージと言うことかい?」 「……どうでしょう。少なくとも私には意味のある模様には見えませんでした。怒った人ののような」 「そもそも何処から?」 「被害者の下からです。灰藤さんが被害者の下から変なものが見えたからと確認したようです」 「灰藤……誰だったかな」 「昨日死体を発見した青年です。近くに住むアルバイトのようです」 「被害者の下にか……模様の状態は? 「恐らくは描いた時のままかと」 「記憶にある限り床に描けるモノは無かったと思うが……血であるならば被害者の服に染み込んでいないのはおかしい。ダイイングメッセージの類ではないか……?」 大きいベーコンを長い時間をかけて飲み込んだひとねがフォークを二人の間に差し込む。 「怒った人のようと言ったね、それは鬼だったりしないかい?」 「鬼……そう言われるとそんな気もします。鬼瓦のような……?」 「インクでも何でもないもので描かれた鬼の模様、それに殺人事件か」 「ひとね?」 何やら思い当たったらしいひとねの顔を見る。彼女は「まったく」と小さく悪態をついてからこちらを向く。 「昨日の言葉は取り消そう。どうやら今回も私は探偵をしなければいけないらしい」 * 「殺人魔」 念のため模様を確認し、予想が確信に変わったらしいひとねは今回の怪奇現象の説明を始めた。その一言目がそれである。 「殺人魔? 殺人鬼じゃなくて?」 「殺人鬼と言う事もあるけどね。ややこしいから殺人魔だ。それに言うだろう?『魔が差した』って」 「で、今回の怪奇現象はどういった物なんだ?」 水を飲んで咳払い。ひとねが解説を再開する。 「殺人魔とは人に取り憑く怪奇現象だ。目に見える事はなく、本人に自覚もない 「取り憑かれた人は殺人衝動に襲われる。誰でもいい、どんな方法でもいいからすぐに人を殺したくなるんだ」 人を殺したくなる怪奇現象。それは達成された。しかしひとねが探偵をしなければいけないというのならば…… 「第二の殺人が起きるのか?」 「ああ、時間が経てば殺人衝動は復活する。放っておけば三も四も起きるだろうね」 「どうすれば解決するの?」 「単純さ、その犯行方法を死因を含めて言い当てる。必ずしも犯人を見つける必要はないが、普通の事件と基本的になんら変わりはない。そういう訳でそちらにも協力をお願いしたいのだけれど」 角野さんに目が向けられる。 当然のように始まった解説だが、角野さん達からしてみれば子供の妄想話なのでは……? しかし角野さんは笑い飛ばす事なく鋭い目つきでひとねを見る。 「いくつか話をする。矛盾点を指摘し、もしその矛盾を解消しうる怪奇現象があるならば上げてほしい」 * ひとねは角野さんが出した話の矛盾点を全て指摘し、幾つかの物には怪奇現象を添えた解決をして見せた。 「あのう、なんの話なんです?」 完全に置いていかれた下里が聞くと角野さんは目の鋭さを捨て、軽快さを取り戻す。 「僕が依頼を受けた事件の話さ。犯人の自首などで解決を見せたが、どう考えても解消しえない矛盾が残った事件。彼女はそれに怪奇現象を添えて解消してみせた」 「と、いうことは」 「ああ、僕たちも協力しよう。全員が死んでホラーよりのミステリになるのはごめんだからね」 「じゃあ早速現場に……」 「まった。それは数時間後にしよう」 「どーしてですか?」 「君たちにまたあの死体を見ろというのは流石にいけない。その部分の調査だけは僕たちに任せて欲しい」 「なるほどです。お気遣い感謝です」 「終わったら堀ちゃんに呼びにいかせるよ」 席を立った角野さんは事件現場に向かおうと数歩進んだところでこちらに振り向く。 「怪奇事件の先輩としてアドバイスとかあったりする?」 ひとねは少し考え「今回に限り」と前置きする。 「この事件に動機なんてものは無い。あくまで殺人衝動によるものだ。計画性も何もない、殺した後の事など頭になく、誰かを殺す事しか考えられない錯乱状態と言っていい」 一呼吸おき、ひとねは続ける。 「簡潔にいえば、動機に囚われない殺人というわけだ」 * 数時間後、俺たちは事件現場前に来ていた。被害者には毛布が被されている。 「あれ? 角野さんは?」 現場にいたのは堀さんのみ、彼女は首を振る。 「いません。捜査や調査はこちらに任せて推理のみを披露する、いつもの事です」 「安楽椅子探偵ってやつですね!」 「そんなにいいものではありませんけれど……」 堀さんは困ったような笑みを浮かべ、扉を開ける。 「被害者を除けば全てそのままです、入り口の鍵は閉まっていましたが……。因みにマスターキーやスペアキーは常に誰かの監視下にあったとの事です」 「被害者に渡された鍵は盗まれたりしていなかったんです?」 「旅館の方で保管しているそうです。あの後部屋の中、扉の近くで発見されました」 「なるほどです」 「あ、物はなるべく動かさないようにお願いします」 「了解した。では、調査といこう」 入り口を背に部屋を見渡す。 まずは左、ベッドが一つ置かれている。 横には小さなライトと鏡…… 「割れちゃってますねえ」 「強く衝撃を与えたようだね」 鏡は中央から全体的に亀裂が入っている。ガラスのように飛び散っている様子はない。 「犯人との争いでぶつかったとか?」 「それは違うと推測しています」 下里の疑問に答えたのは逆方向を見ていた角野さん。どうやら自分で調査をしながらも此方の会話を聞いているらしい。 「他に争った形跡はありません。もし争っていたならあんな死に方はしないでしょう」 「あんな死に方?」 ひとねが聞くと堀さんは「ああ」と何かを思い出したように手を叩く。 「話していませんでした。心臓への一刺し、その他周辺に幾つかの刺し傷がありました。しかし他には切り傷も擦り傷も無し、服も髪も血以外は乱れても汚れてもいません。寝ている間にやったような刺し傷です」 「睡眠薬でも飲ませたんですかね?」 「今回の場合準備が必要な犯行は無いんじゃなかったか?」 「動機なき殺人、でしたね。彼も明確な答えは出していません」 そう言って堀さんは自身の調査に戻る。 「じゃあなんで割れたんでしょう?」 「焦った犯人が割ってしまったとかか?」 「偶然ってのもあるからな」 「充分にあり得るが推測の為の要素が少ない。次にいこう」 次は右側。小さいテーブルの上にフルーツ盛りが置かれている。 林檎に蜜柑、バナナにキウイ。盛りとは言ったが飾りつけられたようなものではなく。丸ごとといった感じだ。 殆ど手は付けられていないが、林檎だけが半分無くなっている。綺麗に真っ二つである。 「凶器じゃ……ないですよね?」 下里が指したのはフルーツ盛りの横に置かれた果物ナイフ。血にも染まっておらず、使われた形跡はない。 「凶器はサバイバルナイフだったと思う。私物じゃないか?」 「果物の他にも色々と特産品が置いてあるね」 「そういえば間取りも少し違いますし、少しグレードの高い部屋なのかもですね」 「これといって何もないね。次」 正面。旅館特有の謎スペースである。 小さな机と椅子がある。窓は少し大きめで、大人でも通れそうなくらいだ。 「窓……は気分が悪くなるなら見ない方がいいね」 「いや、大丈夫だ」 「わたしもだいじょーぶだよ」 そう、窓には第一発見者であるアルバイト君が見たという血がついている。 飛び散ったというよりは誰かの何かについた血が付着したという感じだ。 「犯人が付けていったか、あるいは被害者本人か……ともあれ」 ひとねは側面に付く鍵を指す。鍵は扉を固定していない。 「密室では無かったらしい」 「でも此処結構高いぞ。普通に怪我しそうだ」 「コレとか使えば大丈夫じゃないですか?」 下里の目は倒れて散らばったリュックの中身の一つ、丈夫そうなロープを見ていた。 「登山用ロープか、なるほど。じゃあ犯人はここから逃走を?」 「衆人監視とまでは行かなくとも個人的監視があった。その方法を取るならばそれを掻い潜らなければいけない」 「個人的監視? 誰か見てたって事?」 「灰藤さんか」 「ああ、あのアルバイトさんですね」 そう、第一発見者たる彼は犯行予想時刻の殆どをこの下で過ごしていた。その前から部屋に入っていたと仮定して、ここから入ることは出来ても出ることはできない。 「それさえクリアすれば犯行は可能か……?」 三人で考えていると後ろから堀さんが近づいてきた。 「そろそろアリバイの無かった方々に聞き込みをするのですが……こられますか?」 「いいんですか?」 「はい、話はこちらで通してあります」 「じゃあ……」 ひとねに目を向ける。視線には気づいているようすだがこちらを見ることなく、ひとねは即答する。 「行かせてもらおう」 * アリバイが無かったのは三人。被害者と一緒に来ていた男性一人と女性二人である。 まずは一人の女性から話を聞くことになった。 「こっちから特に話すことはないわよ」 どうも不機嫌そうな女性は一条さんと言うらしい。犯行予測時間はこの部屋に一人で居たという。 「じゃあ、あたしから質問でーす!」 「……どうぞ」 物怖じしない下里に押された一条さんは俺たちを座るように促す。 「皆さんは四人一緒に来たんですよね?」 「ええ、そうよ」 「なんでバラバラの部屋なんですか?」 「この部屋だからよ」 「??」 首を傾げる下里を見て彼女は続ける。 「この部屋は一人用なの。二宮くんがこの部屋が良かったって予約したのよ」 「二宮? 誰だそれは」 「この後聞き込みをする男性の方です」 「なるほど」 ひとねと堀さんが情報の確認をしている間にも下里の質問は続く。 「皆さんはどういった関係なんですか?」 「大学の頃登山同好会だったの」 「それにしては他人事みたいだね」 ひとねのこぼした言葉にムッとしながらも一条さんは口を開く。 「四井くん、殺された彼とはあまり話したことがなかったから。三田ちゃんとは時々話していたけど」 話の流れから三田さんというのがもう一人の聞き込み対象なのだろう。 「え? でも同じサークルだったんじゃ」 「あのサークル結構人数がいたから。今回集まったのも同窓会でまだ登山を続けていたのがこの四人だっただけの話よ」 「じゃあ登山をするつもりで来たんだね?」 「ええ、今日近くの山を登る予定だったのよ」 「じゃあ登山道具は全員持っていると」 「もちろんよ、じゃないと登山が出来ないわ」 「ではロープやザイルのような高所を上り下りできる物も?」 「人の持ち物まで確認してないけど持ってるはずよ……何が聞きたいの?」 「いや、何が手掛かりになるか分からないので」 ひとねが確認したい事は理解できた。ロープやザイルがあるのなら窓から出ることが出来る。 しかしバイトくんがいた事で完成した擬似的密室は解かれていない。ただ降りることが出来るというだけの話だ。 ひとねの質問が終わるのを見計らい、堀さんが口を開く。 「彼らの中で揉め事などはありましたか?」 「どーだろ……あ、二宮くんが四井くんにお金を貸したとかなんとか前に言ってたけど」 「金額などは言われていましたか?」 「詳しくは知らないわ、二宮くんに聞いた方がいいんじゃない?」 堀さんからの質問が終わった隙に一条さんはわざとらしくため息をつく。 「もういいかしら? ここから出してもらえなくて温泉にも行けてないからお風呂に入りたいの」 「ありがとうございます。お手数をおかけしました」 「どうだ?」 部屋を出てひとねに聞いて見る。 「主語をいいたまえよ」 「推理は捗っているか?」 「君も気付いているだろうが窓からの脱出は容易だったみたいだね。今のところ分かったのはそれくらいさ」 「次はこちら、二宮さんの部屋です」 「この部屋を予約したのは彼だって言ってましたね」 「その事実確認も含めて、聞き込みといこう」 * 「ああ、君たちが言っていた学生さんか」 部屋から出てきたのは優しそうな男性。軽い挨拶の後、部屋に招き入れてくれた。 「何か飲む?」 「いえ、用意致します」 「あー、僕も犯人候補だったね」 「そうではなく、メイドなので」 「メイドさん? ほんとに?」 「ええ、何を飲まれますか?」 「じゃあコーヒーをブラックでお願い」 堀さんがコーヒーを入れている間、座った俺たちは部屋を見渡す。 他二人の部屋と違いはない。間取りも同じだしフルーツ盛りもある。さっきの部屋にもあったな。 「四人の部屋はあなたが予約したと聞いたけど、事実ですか?」 「ああ、僕はここの常連でね。少し値は張るがサービスがいいんだ」 「このフルーツもサービスの一つなんです?」 「ああ、そうだよ。多すぎるくらいだけど言えば持って帰る事も出来る。知り合いの農家と提携しているらしい」 そう言って二宮さんが取り出して来たのはこの旅館のパンフレット、部屋の内容が書いている。 一人泊まり限定というのがこの部屋だろう。あまり売れない一人用の部屋にオプションを付けて売る作戦といったところだろうか。 「どうせ食べきれないし食べるかい? まだどれも手をつけていないから」 「いいんですか!」 下里の目がキラキラと光る。二宮さんはその様子を見て少し笑いながら梨を手に取る。 「あれ? ナイフが無いですね」 「こちらにありますが」 簡易キッチンにいた堀さんが洗い場に置いていた果物ナイフを手に持つ。 「ああ、ついた果汁がベタつくから洗おうとしたんだ」 「洗いましょうか?」 「いや、大丈夫」 二宮さんはカバンからケースを取り出す。その中には…… 「……!?」 「え? ……あっ、ごめん」 彼が手に持っているのはサバイバルナイフ。今回の凶器である。 「だいじょーぶですよ。少し驚いただけです」 「それは登山用かい?」 「ああ、全員持っているよ。山の上で料理をしたりするからね」 「全員同じ物を?」 「いや、底面の色が違っていて四井のは青だった」 「健斗」 「りょうかい」 俺は記憶を探る。被害者、四井さんの胸に刺さっていたナイフの色は…… 「青、だな」 「その場咄嗟の犯行ならある物を使う。妥当だね。そういえばナイフの指紋は……」 「検出されませんでした。簡易な物なので警察が調べればわかりませんが、拭き取られたような印象を持ちました」 カップを湯であっためていた堀さんは投げかけられた質問に淡々と答えた。 「ふむ」と相槌らしきものを発した後、ひとねは二宮さんに向き直る。 「因みに四井さんとの関係は」 「あいつとは親友さ。大学で出会ってから長いこと一緒にいたんだ……」 少し出かけた涙を拭い、慣れた手つきで梨を切り分ける。 「あの日電話に出なかった時点で気付くべきだった……そうすれば助かったもしれない」 「電話?」 ポケットから出されたスマートフォンの画面には四井さんに何度も連絡をした履歴が残っていた。時間は犯行予測時間内である。 「不在か……何か用事でも?」 「一緒に酒でも飲もうと思ってね。いきなり押しかけるとあいつは断れないから」 「なるほど」 「お待たせしました」 堀さんの入れてくれたコーヒーも揃い、聞き込みが再開される。 「常連と言っていましたけど、毎回この部屋に?」 「ああ、正確には四つある部屋のどれかになるけどね。山登りの後はここの温泉が最高なんだよ」 「なるほどです」 「そうだ、一条さんと三田さんにあまり面識がないというのは本当かい?」 「ああ、同窓会からだから僕たち程長くはないね」 「彼、四井さんはザイルを持っていた?」 「ああ、確信はないけど持ってるはずだ」 「なるほど、ありがとう」 今ひとねが行ったのは一条さんの証言を確かなものにする作業だろう。全員にコレをすれば証言内の嘘が限りなくゼロに近くなる。 「一つ、よろしいでしょうか?」 ひとねが座椅子に背を預けたタイミングで堀さんが話し出す。 「もちろん」 「四井さんと何かトラブルなどはありませんでしたか?」 「トラブル……そうだね、少し前にお金の貸し借りで揉めはした。でも終わった話だよ」 「解決しているという事ですね」 「ああ、もちろん」 返答を受けた堀さんは壁にかかっている時計を見る。 「そろそろ三田さんに話を聞く時間ですね」 「ああ、次は三田ちゃんか。彼女は意外と繊細だから四井の名前はあまり出さないであげて欲しいな」 「承知しました、そのように計らいます」 「よろしく、メイドさん」 「何かわかったか?」 部屋を出て再度尋ねる。 「少し推理としては不足だが……まあ、推論はある」 「なるほど」 今回の事件は間違いが許され、数を打ってもいい。なので不確定な推理もありなのだが……ひとねにとっては推論らしい。 * 「あれ? あの格好良さげな人が探偵じゃなかったの?」 最後に聞き取りをする三田さんは俺たちを見て疑問符を浮かべた。 「角野さんは安楽椅子探偵らしいです」 「安楽椅子? 柔らかいやつだっけ?」 「簡潔に言ってしまえば現場に赴く事もしない横着者です」 堀さんの容赦ない評価に苦笑いしながらも三田さんは俺たちを中に入れてくれた。 「…………」 記憶と照合するが、他の部屋と大差はない。部屋の形も同じでフルーツ盛りなどのサービスも変わりない。 「で、何を聞きたいの?」 「じゃあまず事実確認から行う」 ひとねが今までの二人の証言を丁寧に確認していく。特に矛盾はなく信用して良さそうだ。 下里も幾つか質問を投げかけたが、有用な答えは得られなかった。 そろそろ終わろうかというタイミングで堀さんが口を開く。 「お三方との関係はどういうものでしたか?」 「ニノ……二宮くんとは大学からの仲、あまり登山はしなかったけどね。他の二人とは同窓会以降」 「なるほど、ありがとうございます」 部屋を出て恒例のように俺は問いかける。 「何かわかったか?」 「あまり良い証言はなかったね。でも分からない事が一つある」 「と、いうと?」 ひとねは堀さんの方を向く。 「やけに四人の関係を気にしていたね? 普通の殺人事件なら確認すべき事だが、今回は違う。何を得ようとしていたのだい?」 「わかりません」 「……え?」 予想外の言葉にひとねが固まる。 「聞き込みにあたり『彼女達は絶対に聞かないだろうから確認しておいてくれ』と念を押されていたので」 つまりは角野さんの意向というわけだ。 「聞いておきましょうか?」 「いや、ただの興味だ。必要ない」 「承知しました。では、解散と致しましょう」 自身の部屋へと戻りかけた堀さんが「そういえば」と振り向く。 「今回の事件、解決の期限はどれくらいでしょうか?」 問いたいのは殺人魔による第二の犯行タイミングだろう。 ひとねは俺の腕を掴み、付いている時計を見て離す。 「明日の深夜までは安全だ。それ以降は確率は低いが万が一が発生する」 「なるほど、では明日の夕方がよろしいですね」 「ああ、それまでにどうにか推理……推論を立てておこう」 * 三人で夕食を取り、それぞれの部屋へと戻る。 テレビを点けるが面白いものは見当たらない。ひとねの邪魔をするのはアレだし、ならば…… 「温泉にでも行くか」 ドアノブを回すと同時に隣からも同じ音が鳴る。 「おや、先輩」 「下里か」 「くだりちゃんです」 「何処にいくんだ? 下里」 わざとらしい溜息をつき、下里は俺の持つビニール袋を覗き込む。 「先輩と同じ場所ですね」 「下着も入ってるんだが?」 「何を言ってるんです? 同じ釜の飯を食べた仲じゃないですか」 「三食とも個別に出てきただろ」 「炊いたのは同じ釜ですよ」 「ふむ……」 一理ある。反証材料を探しているうちに温泉の前へとつく。 「レッツゴー!エスピーエー!」 「スパはなんか違うくないか」 「じゃあなんて言うんですか」 「いや、知らん」 正真正銘、意味のない雑談を終え、温泉に入る。 例の如く露天風呂に入ったいると遠くから声が響いてくる。 「かしきりー!」 続いてくるのは水飛沫の音。 「飛び込むなよ」 『女子風呂に声かけてくるなんて、いやらしいですね』 「お前だけだろうが」 『くだりちゃんも女子なんですけどー!』 「同じ釜の飯を食った仲なんだろう?」 『確かにそうですね』 そもそも同じ釜の飯を食べたからといって何があるのだろうか? 「……いや」 下里との会話に論理性を求めてはいけない。ノリと勢いこそが彼女のコミュニケーション必勝法なのだと本人が言っていた。 「…………」 それはコミュニケーション成功と言えるのだろうか? 押し売りじゃね? 「せんぱーい? もうのぼせたんです?」 「どうでもいい考え事だ。それよりひとねはどうした」 『考えるから部屋のお風呂に入るって言ってましたよ』 安楽椅子探偵(仮称)たる角野さんといい探偵は密室が好きなのだろうか? そう、密室である。ちょうどいいので今回の事件。擬似的密室を頭の中で整理しておこう。 入口の扉の鍵は閉まっており、開けたのは旅館が管理しているマスターキー。 他の出入り口はなく、通れるのは窓くらいだ、 窓から出るには高さと下で作業をしていたアルバイトさん、二つをクリアしなければならない。 高さは登山道具を使うことで解決できるが…… 『先輩、ごめんなさいです』 「ん? 何をした」 『この宿を選んだのはあたしなので……いえ、あたしに非があるなんでこれっぽっちも思ってないですけど』 最後のは嘘だろう。もしくは『これっぽっち』が意外とデカいか、だ。 「気にすんな。探偵の宿命というやつだろ」 探偵、ミステリ作品の主人公の異様なる事件遭遇率を死神と揶揄する事もある。 ひとねがそれとは言わないが、彼女はただの探偵ではなく怪奇探偵である。 怪奇現象を求める者のみに門戸を開く迷い家、地下図書館なんてのもある。 怪奇現象は幽霊ではないが…… 「言うだろ? 怪談をすれば寄ってくるって」 『そう思って頂けるなら嬉しいです』 少しの沈黙。 「……ふう」 長風呂の習慣はない。流石にのぼせてきたので出よう。 『もう出るんですか?』 「何故わかった」 『なんとなくのひとねちゃんパワーです』 「なんだそれ……まあ、とりあえず出るわ」 『あ、ストップです先輩! 最後に一つ質問させてください』 「なんだ?」 『今回の事件、殺人魔の怪奇現象は……推理を間違えても問題無いんですよね?』 「ん? ああ、そうだな」 あれから地下図書館の資料で確認したが、特にペナルティは書かれていなかった。数うちゃ当たる戦法で乗り越えた記録すらあったくらいだ。 「次の殺人が起きる条件は時間経過だけだ」 『なるほど、です。ありがとうございます』 「おお……」 今度こそ温泉から出る。下里はまだしばらく入っているらしい。 「…………」 さっきの質問の意図がわからない。 下里よ、何を考えているんだ? * 翌日、夕方。俺たちは事件現場に来ている。 被害者は隠されたままだが、殺人魔の模様は見えている。 堀さんと手を引かれて来た寝起きのような顔をした角野さんが揃い。座っていたひとねが 立ち上がる。 「今回の事件、殺人魔の解決はこの模様の消滅によって果たされる。殺人現場……つまりはこの部屋で殺人方法と死因を言い当てる事で模様は消える」 「答え合わせはその模様がしてくれるわけだね、いつもの事件より気楽でいい」 ひとねと入れ替わるように座った角野さんは持っていた缶コーヒーを飲み干す。 「じゃあまずは怪奇探偵の推理を聞かせておくれ」 * 「私の推論は簡単だ。そもそも突発かつ抗えない衝動に身を任せた殺人だ、小難しいトリックはないだろう」 「ふむ、ではどう考える」 「死因は見ての通り刺殺、単純にサバイバルナイフで刺しただけ。ではその場合に問題となるのは何か」 指されたのは俺、皆の視線を受けながら答えを探す。 「仮密室だから出入りの問題、あと無抵抗で複数刺されてる事もか?」 「ああ、そうだね。その二つを解消すべく犯人の足取りを話すとしよう」 いつの間にか堀さんが淹れていたコーヒーで喉を潤し、推論は次の段階へと移り変わる。 「アリバイの無い三人は全員被害者と友人関係かそれ以上にある。故に入るのは簡単だ。何かしらの理由をつけて『部屋に入れて』と言えばいい」 確かに、ひとねや下里がそう言ってきたなら何の疑問も持たずに招き入れるだろう。 「その行為が殺すためか、それとも本当に用事があったかは分からない。入った後に魔が刺したのだとしても変わるのは犯行タイミングだけだ。ともかく犯人は近くにあったサバイバルナイフで被害者を刺した。偶然かはわからないが心臓を一刺し、一撃で殺されたのならば犯人も抵抗なんて出来やしない」 「あれ? でも被害者さんには複数の刺し傷があるんじゃなかった?」 「それこそが殺人魔の残した謎だ。殺人魔の殺人衝動は人を殺めないと治らない。いくら心臓を刺したからといってその瞬間に死ぬわけではない。死が確定するまでのほんの少し、殺人衝動は残り続け、致命傷を負った被害者に更なる傷をつける事となった」 「それが無抵抗なのに複数の傷がある理由か……」 ならば残るは仮密室からの脱出だ。 「後は簡単だ、ロープやザイルを使って窓から降りる。それだけ」 「いやいや、個人的監視はどうした」 「ああ、私もそこを突発しようと考えていた。しかし簡単かつ単純な隙があった」 「隙? 途中何処にも行かなかった筈だぞ?」 「途中ではない、最後だ。アルバイトの彼は窓についた血痕を見て直ぐに部屋へと駆けつけた。しかし直ぐとは言えど瞬間移動した訳ではあるまい」 「あ、なるほど」 「その発見から現場到着までの数分、個人的監視は無かった事になる。その隙を見て降りれば犯行は成立だ」 終わりの合図のようにひとねが座る。 「ふむ、確かに犯行は成立しているし状況への合致もある。ただ……」 角野さんの視線の先には鬼の模様が浮かんでいる。 「今回は違ったみたいだね」 そう言って角野さんは立ち上がる。 「次は僕の推理を披露する番だ」 * 「問題点は変わらない。部屋への出入り方法と刺し傷の量に対して抵抗した跡がない事」 角野さんは移動して扉の前に立つ。 「まずは出入り方法だが、出入り口はこの扉だ」 入口では無く出入り口、窓は使わないという事だろう。 「答えは単純明快、鍵を使う事だ。もちろんマスターキーは監視下、簡素な鍵だったが旅館やホテルの合鍵を作るというのは難しいだろう。では残る鍵は一つ、被害者に渡された鍵だ」 「え? 鍵は旅館が持っているんじゃないんです?」 「ああ、確かに旅館側は鍵を持っている。しかしそれを見つけたのは死体発見の少し後だ。死体発見の時、隙を見つけて部屋の中に入れるのは容易だっただろう」 確かに被害者も鍵が無かったからといって盗まれたとは思わないだろう。大抵は無くしたと思い込む。 「これで仮密室は破られた。次は無抵抗だが、これはより簡単だ。睡眠薬で眠らせてしまえばいい」 「え?」 俺たち三人の疑問符を無視して、角野さんは続ける。 「犯人の足取りはこうなる。 まず被害者の部屋に入る。これは彼女と同じく「入れて」と言えばいい。この時に鍵を盗み、睡眠薬を盛る。 睡眠薬が効いた頃を見計らい、鍵を使って部屋に侵入。被害者を殺す。 その後部屋を密室にし、死体発見の時に鍵を部屋の中に入れる。これで犯行は成立だ」 「た、確かにそうですけど……」 「もしかしたら犯人の当初の予定では刺殺では無く絞殺、その後首吊りに見せかけるつもりだったのかもしれない。そうすればある程度アリバイ工作の余地もあっただろう」 「え? じゃあなんで刺殺に?」 「それが殺人魔による殺人衝動のせいだと考えている。絞殺より刺殺の方が手っ取り早いからね。まあ、これは運が悪かったとしか言いようがない」 角野さんが終わりというように座る。 「え、いや……」 あまりの衝撃に固まっていた俺とひとね。いち早く動いたのはひとねだった。 「それはおかしい」 確かに殺人事件として成立はしている。 しかしこれは怪奇事件である。今回の殺人は殺人魔による殺人衝動、最初にひとねが言っていた通り咄嗟の犯行。 ならば睡眠薬や鍵を盗むなどという事前準備なんてできようも無いのだ。動機もなければ準備もない、それが今回の殺人であるはずだ。 ひとねがソレを指摘しても角野さんの顔は変わらない。予想していた質問に予定通り返すように再度立ち上がる。 「確かに突発的犯行が確定しているならこんな推理は成立しない。しかし君たちは一つの可能性を見過ごしている」 「可能性? 殺人魔による殺人が突発的でなくなる……」 少しの沈黙の後、ひとねが「ああ」と呟く。珍しく眉間に皺をよせ「失念していた」と角野さんに続きを促す。 「魔がさす人に条件はない。ならば低い可能性だがありえてしまうんだ『元々殺人を計画していた人に殺人魔が憑く』という事がね」 「………!」 ああ、そうだ。それならば準備ありきの殺人が成り立ってしまう。 角野さんの推理通り犯行の最後、一歩手前で魔がさせば成立する。 「ま、ハズレの用だけどね」 「え?」 目線の先には何一つ変わらない模様が残っている。 「え、て事は……」 「ああ、推理し直しだ」 * 確定では無いが今宵以降は第二の殺人が起きかねない。 「イケると思ったんだけどなぁ」 皆が考えこむ中、一人だけなんだかソワソワとしている者がいた。 「どうした、下里」 「あの……わたしも、推理を披露していいですか?」 「……へ?」 全員の視線を受け、下里は顔をほんのり赤くする。 「その、ハズレでも選択肢を狭める事は出来るかなって」 「ああ、もちろんだ。お願い」 「じゃあ……コホン!」 ひとねに促され、決まりかのように下里は立ち上がる。 漫画の探偵のように人差し指を立て、誰でもない場所に向けて突き出す 「そもそもコレは……殺人事件ではないのです!」 * 「……いや、殺人事件だろ。あれは仮死状態とかじゃないぞ」 「はい、それは堀さんが念入りに調べているはずです。しかし人が死んでるだけでは殺人事件にはなりません」 「……?」 「殺人事件は『人』が『殺』される事によって成り立つ事件なのです」 さすがに俺でもいいたい事が分かってきた。 「被害者も容疑者も同じ、自身で自身を殺す。つまりこれは……自殺です!」 * 「自殺はアリなのか?」 「ダメかな?」 怪奇探偵たるひとねに視線を送る。 「自身を客観的に知覚できればあり得るが……」 「なら大丈夫!」 「へえ、そこまで考えていたのかい。凄いじゃないか」 角野さんからの高評価に少し照れながら下里は探偵……と言うよりひとね風の演技を再開する。 「では犯人かつ被害者の足取りを追いましょう。彼は部屋で一人の時、殺人魔に取り憑かれました。もちろん部屋の鍵は閉めた後です 「彼は殺人衝動に身を任せ、近くにあったサバイバルナイフを持って殺す人を探します。この部屋にはいない。外に探しに行こうとした時、彼は視界の端に人影を見つけナイフを突き出します」 なんだか見てきたような説明だが、恐らく下里による脚色だろう。 「同時に鏡が割れた音が鳴り響きます。彼は人では無く鏡の中の自身を刺し、同時に気付きました 『人ならば此処に、一番近くにいるではないか』 後は最初の通り、彼は自身で自身を殺しました。……どうですか?」 「確かに自分を客観視しているね。だけど……」 模様は消えていない。 「ダメでしたか……」 「いや、可能性を潰せたのなら意味はあったろう。堀ちゃん、再捜査だね」 「次は御同行くださいね、安楽椅子は用意しておりません」 「安楽椅子? ああ、別にそういう探偵スタンスじゃあないんだけどね」 角野さんがこの後に及んでなお面倒くさそうに立ち上がる。 「ひとね、こっちも再捜査か」 「再推理だ』 「捜査じゃなくて推理ときたか、何か違和感でも見つけたのかな」 「いえ、これから見つける」 「……それは捜査じゃ?」 角野さんと同意見ではあるが……わざわざ違う言い方をしたのだ。何か意味があるのだろう。 「私は失念していた。『事前に殺人の準備をしている可能性』『そもそもの殺人方法が違う可能性』その二つが頭にないまま推理していたんだ」 「だから再推理か。それでも捜査は必要じゃないかな? 記憶というのは案外アテにならないものだよ」 「その点については大丈夫……です」 ひとねは予想通り俺の方に視線を向ける。 「君の出番だ」 「だろうな」 「……?」 こればかりは角野さんでも推理のしようがないだろう。俺は横にならえで立ち上がる。 「映像記憶能力を持っているんです。思い出そうと思えば全てを思い出せます」 「ならその記憶を信用してみよう。僕ももう一度の推理に参加するよ」 角野さんと堀さんが座り、立っているのが俺だけになる。 「じゃあ頼むよ健斗。一挙手一投足、小説のように全てを語ってくれ」 「任せろ」 俺は目を閉じて記憶を探る。求められるはこの旅館到着時から。全てを逃さず、俺はこの事件の記録を語り始めた。 * 「そして……今にいたる」 全てを話し終えて目を開く。話している間は見えなかったそれぞれの反応を確認する。 角野さんはメモ帳らしき物を持ちながら、堀さんは姿勢を崩さず、下里は何処か眠そうな眼で、そしてひとねは目を閉じて…… 「……終わったぞ」 「ああ、わかっているよ」 数分の沈黙、その後にひとねが目を開く。 「違和感がある。ナイフ……そう、ナイフにおかしな点が二つあった」 「凶器の事か?」 「そうだね」と一言相槌を打ち、ひとねは続ける。 「そのサバイバルナイフの指紋が拭かれていた」 「……普通じゃないか? 衝動的な犯行だったかもしれないけど、殺した後は殺人魔がいなくなって冷静になった可能性だってある」 「ああ、そうだろうとも。元々殺人を計画していたような者だ、しかし冷静だというのならば尚更おかしい」 「……?」 「凶器の指紋を拭き取った理由はなんだと思う?」 「そりゃあ指紋から誰が使ったか分からないようにする為だろ」 「そうだろうね、でも指紋を拭くよりも簡単な方法がある。小難しい事ではなく、普通凶器の使用者を隠すために思いつくような事だ」 「もったいぶるなよ、何がおかしいんだ」 「勿体ぶっている訳じゃあない、私も頭の中で整理しながら話しているんだ」 ひとねは数秒考え、整理した言葉を外に出す。 「何故現場に凶器が残されている?」 彼女の言葉を頭の中で反復させ、意味を読み取る。 確かにそうだ。凶器の指紋を拭くにしても、それより先に凶器自体を持ち出して隠すべきなのだ。 「凶器を持ってる所を見られたくなかったんじゃないですか?」 「持ち出すならばそれも考えられる。しかし隠すなりやりようはあるだろう」 「そう、なのかな?」 「本質はそこに無いんじゃないかな」 どうにも納得し切れていないらしい下里の横から角野さんが助け舟を出した。 「どーいう事です?」 「彼女は『犯人がわざと凶器を置いていった可能性』があると言いたいんだよ」 「ああ、そういう事だ。それは何故か、凶器を置いていく事で犯人にどんなメリットがあるだろうか?」 数秒の間の後、角野さんが口を開く。 「死因の固定化……刺殺と思い込ませる事ができるね」 「……!?」 探偵二人を除く全員が凍りつく。 「睡眠薬を飲ませて抵抗なく殺すという事が出来るくらいだからね、例えば毒を盛るなんてのも出来るんじゃないかな?」 「私もそう思う」 確かに状況からそういう推測は出来るだろう。しかし…… 「流石に飛躍しすぎじゃないか? 状況からの推測というよりは毒殺という結果ありきの推理に感じるぞ」 「今回に限ってはそれでもいいと思うけど……もう一つの違和感が毒殺へと思考を導いたりするのかな?」 「まあ……はい」 何処まで見透かしているかわからない角野さんに少し戸惑いながらもひとねは続ける。 「もう一つのナイフにもおかしな点があった」 「もう一つのナイフ? そんなのあったっけ?」 「ナイフか」 記憶を探る。凶器たるサバイバルナイフの他に見たナイフといえば…… 「果物ナイフだな」 「その通り、各部屋のフルーツ盛りに添えられていたものだ」 全てのナイフを記憶の中で重ね合わせるが、種類も同じ、特におかしなナイフは見当たらない。 「何か違いがあったか?」 「大方ナイフだけを抽出して重ね合わせているのだろう? それではダメだ。違和感は他の物の状態と組み合わせないと出てこない」 「状態?」 状況ではなく状態、ならば人の様子などではなく他の物の変化という事になる。 果物ナイフが関わり、状態が変化する物は数少ない。一番の候補は例のフルーツ盛りだろう。 フルーツ盛りの記憶を呼び起こす。 被害者である四井さんの物はリンゴが半分程食べられていた。 他三人の物は手をつけられて…… 「いや」 二宮さんの物は手をつけられていなかったが俺たちに振舞われた。 しかし果物ナイフは使っていなかった。確か既に使用済みで洗い場に…… 「……おかしい」 「何がおかしいんですか? 先輩」 「堀さん、二宮さんの果物ナイフは使用された後でしたよね」 それまで聞きに徹していた堀さんがゆっくりと目を開ける。 「はい、実際に触ってはいませんが。水に濡れていると同時に果汁……かは分かりませんが粘着性のある、糖分系統だと思われるものが付着していました」 「俺たちに振舞われるまで二宮さんの部屋のフルーツ盛りは手をつけられていなかった。それなのに果汁がついているのはおかしいんだ」 「他の果物を切った可能性はないです?」 「二宮さんはあの部屋を何度も利用していた。フルーツ盛りがあるのを知っているのに持ってくる可能性は低いだろ」 「なるほどです……じゃあ何ででしょう?」 「そうだな……」 「被害者の物を切ったからだろう」 考えが纏まったらしいひとねに推理のバトンが渡る。 「被害者の部屋にあった林檎は半分食べられていた。だというのにナイフを使った形跡がない。つまり……」 「二宮さんが自室のナイフで四井さんの部屋の林檎を切った……?」 下里の語尾には疑問符がつけられている。理由がわからないのだろう。 「それこそが毒殺のトリックだと考えている」 「むー?」 なんだかこんがらがってきた。そんな俺たちの雰囲気を察してかひとねは喉を潤し仕切り直す。 「犯人の足取りを追いながら私の推理を纏める事にしよう」 * 「犯人と被害者は友人関係にある。前述の通り部屋に入るのは容易だっただろう。 ここで被害者の部屋の鍵をポケットに忍ばせ、それと同時に果物ナイフをすり替える。 ああ、この時点で毒はもう塗ってある。後は何事も無かったかのように部屋を出る。 被害者が毒塗りナイフを使い毒が回った頃に……そうだね、彼は被害者に対して何度も電話をかけていた。恐らくはそれが毒が回ったかの確認だったのだろう。 確認の後、鍵を使って侵入。すり替えたナイフを元通りに戻し、犯行は完了……するはずだった。 ここで犯人に二つの誤算が襲いかかる。 一つ目は被害者がまだ生きていた事。電話に出られないくらいだから助けを呼んだりはできない段階、何をしても手遅れではあるけどね。それでも被害者は未だ絶命してはいなかった。 二つ目はもちろん殺人魔、そこで犯人に魔がさしてしまった事。 放っておけば被害者は死んでいただろうけど生きている。ならば殺人衝動は治らない。 衝動に身を任せてサバイバルナイフで被害者を殺す。 恐らく犯人の計画通りならばアリバイ工作も出来ていたのだろうが、計画は破綻。 故に犯人は偽装した。被害者の死や時間では無く、死因を。 ナイフを刺したまま残し、あたかも刺殺であるように偽装した。そんな所だろう。つまり……」 ここまで言って一呼吸。どういう風にいるかもわからぬ怪奇現象に向けてひとねは言い放つ。 「犯人は二宮、死因は毒殺だ」 瞬間、音が鳴った。 まるで瓦が割れるような音。 屋根あたりにはあるだろうがこの部屋に瓦はない。奇妙な音を立てるのは怪奇的なものだと相場が決まっている。 つまりは…… 「おお、鬼の顔が割れているじゃないか」 一件落着である。 * その後の展開は特筆に値しなかった。 ロープウェイの復旧、警察の到着。角野さんを通して伝えられたひとねの推理がきっかけとなり、二宮さんが逮捕された。 「手柄を譲って良かったの? お手柄女子高生!って新聞に載ったかもだよ?」 「報酬は貰ってあるよ」 下里にそう答えたひとねは俺が持つ大量の紙袋に視線をやる。中には大量の甘味が詰まっている。 なぜ俺が持たされているのかは……考えないようにしよう。 「それに私は普通の学生として生きていたいからね」 嘘だろう。完全に嘘だ。だって普通の学生でありたいのなら…… 「自分で怪奇探偵を名乗ってんじゃねぇよ」 |
ナガカタサンゴウ
2021年04月17日(土) 05時38分21秒 公開 ■この作品の著作権はナガカタサンゴウさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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この作品の感想をお寄せください。 | |||||
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No.4 ナガカタサンゴウ 評価:--点 ■2021-05-02 01:10 ID:QLj8E1dAcLQ | |||||
ありがとうございます。容姿描写、忘れていました…… | |||||
No.3 ゆうすけ 評価:30点 ■2021-04-25 13:44 ID:l9HNwrYHA8I | |||||
拝読させていただきました。 謎解きミステリーでしょうか、キャラクター達がいきいきと活躍しておりますね。作者さんの登場人物への愛を感じます。折角の女の子二人なので、容姿の描写がもうちょっと欲しかったですし、主人公へのなんらかの感情がもう一つ欲しいと感じました。 さて長めのお話の場合、冒頭に読者を惹きつけるいきなりのアクションが欲しいと思います。そしてその冒頭アクションの中で、登場人物の個性を描き、感情移入しやすくすると読者ウケがよくなると思います。映画版のコナンみたいな感じで。 謎を解くシーンはじっくりと描いてありますね。主人公たちにも危険が迫ったりしたほうが緊張感が出て面白くなりそうです。 |
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No.2 ナガカタサンゴウ 評価:--点 ■2021-04-18 13:08 ID:QLj8E1dAcLQ | |||||
ありがとうございます誤字少しづつ修正していきたいと思います | |||||
No.1 山田さん 評価:40点 ■2021-04-17 15:38 ID:UQcHp6qyFKU | |||||
拝読しました。 面白かったです。 所々、僕にとって不安定な表現もあったのですが、それは僕側の問題で、作者さんの味のようにも思えました。 誤字が少しありましたが、読み進めているうちにあえて指摘するのも無粋なような気がしたのでやめておきます。 気になったのは、時々誰の会話かわからなくなる瞬間があったことでした。 読み返せば分かるのですが、その分読み進めるスピードが鈍化してしまったのも事実でした。 それにしても、こういう推理物が書ける人がとても羨ましいです。 僕には到底無理なもので。 ありがとうございました。 |
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総レス数 4 合計 70点 |
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