竹林の横道 |
いつもの時間にいつもの道を通り、仕事場へ向かっていた。私にとってあまりにありふれた時間に、このまま老いまで直行させられるように感じられて、私は横道にそれてみることにした。 出来るだけ細い道に迷いこんで、仕事に遅れてしまえばいいとさえ思っていたので、竹林に挟まれた薄暗い道を見つけて嬉しくなった。勿論初めて通る道。一直線に北へ伸び、道の果ては暗くて見えない。時々ドアミラーに笹の葉が当たってチリチリと音を立てる。いつまで経ってもやはり果ては見えない。北へ行くのならいつかは海沿いの道に出る筈。なんとなく襲ってくる不安を久しぶりに味わい、過ぎ去った日のことを思い出していた。 私は新築の汲み取り式のマンホールに隠れていた。かくれんぼの鬼がなかなか見つけてくれないので、底に丸くなって待った。 真っ暗な中、遠くで友達の声が聞こえる。しかし私は身体が底に貼り付いて動けない。 「ケンちゃーん」 と叫ぶが、何故か声にならない。叫ぼうとすればするほど苦しくなり、ただ涙が溢れるばかり。耳をすますと、激しく水が流れる音。水が上から降って来る。家の持ち主がトイレを流したに違いない。水はどんどん嵩を増し、私を浸す。 「死ぬ!」 と思ったところで、水は跡形もなく消えた。 どうやら夢を見ていたようだ。私は立ち上がってマンホールの蓋を開けた。黒い空に上がった満月が明々と私を照らした。随分と長い時間居眠りをしていたのだろう。既に夜の虫が囁いていた。友達は諦めて帰っただろう。それより父に怒られると思うと涙の筋を再び濡らし始めた。私はマンホールを飛び出ると、とぼとぼと家に向かった。 顔を上げると目の前に牛。私は急ブレーキを踏んだ。危うく牛とおじさんをひき殺す所だった。おじさんは極限に驚いた表情の後、怒りの表情に変わった。私は車を降り、土下座をして謝った。おじさんは渋々私を許した後、牛を通してくれと言う。私は車に乗り込み、竹林に車を擦りながら幅寄せをする。キーキーとひどく車体が鳴った。おじさんは嫌がる牛をかろうじて引っ張り、牛は車体に体を擦りながら通り抜けた。私は胸をなでおろし、道を尋ねようと車を降りた。 ところがおじさんと牛の姿が見えない。竹林の中や車の前方も見るが誰も居ない。ただ竹林が風に擦られる音だけ。寝ぼけているのか?それにしては土下座の時の路面の感触を膝と手のひらがリアルに覚えている。気味が悪いのでその場をすぐさま立ち去ることにした。 道は更に竹林が被り暗さを増したのでヘッドライトを点けて進んだ。ルームミラーには暗くて何も映らない。腋の下を汗が一筋流れ落ちる。ダッシュボードの時計を見ると、既に12時を過ぎている。ここまでどうやって時を過ごしたのか、30分程度と思えたのが、4時間も経っていることになる。車を停め、仕事場に電話をかけようとするのだが車から降りても携帯は圏外のままでかけられない。仕方がないのでまた車を走らせることにした。 「待てよ?」 おかしい。どう考えてもおかしい。ヘッドライト以外の光が見えない。私は再び車を停め、ヘッドライトを消した。車のメーターが光るだけで車の外は真っ暗で全く見えない。 「夜中の12時?」 背筋が凍る。慌ててライトを点けて車を発進させ、時速80qで飛ばした。更に狭くなる道の竹が容赦なく車体を打ち付ける。一刻も早くこの道から出なければ。 路面の凹凸が私の体を震わせる。 「大丈夫だ!このまま行けば海岸通りに出る筈だ。」 車内は激しい音に包まれている。 「もう直ぐ、もう直ぐ。」 それだけを呟いて走らせる。突然車窓が激しい光を放った。 蝉の声に包まれている。 暑くて全身から汗が滲み出ている。私の左腕に肌が触れた。顔に被せていた麦わら帽を取ると、綾が体を寄せて話し仕掛けようとしていた。 「ねえ、そろそろ行かない?随分汗かいたし。」 私達は浜辺に寝そべっている。 「え?どこに?」 と私が訊くと、 「もう!イ・キたいくせに。」 「ああ、そうか。」 と言うと、 「呆けたの?」 私は急ブレーキを掛けた。激しい衝撃に目を恐る恐る開けると、海と空のまぶしい青。海岸通りを交差し、車はガードレールを突き破って止まっていた。緊張から解かれた私は車を降りた。快晴の凪の海が出迎えている。振り向くと、落石防止の為にセメントで固められた斜面。竹林などどこにもなく、また、道は海岸通りのこの道一本であった。 「確かに、呆けたのかもな。」 |
游月 昭
2014年12月28日(日) 02時23分09秒 公開 ■この作品の著作権は游月 昭さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 游月 昭 評価:--点 ■2015-01-03 14:15 ID:1K/KT8CGgX. | |||||
時雨ノ宮 蜉蝣丸さんこんにちは。 解放!してみました(^^;; 摩訶不思議小説と言うより、詩に近いのだと思いますが、楽しんで頂けましたでしょうか。 蜉蝣丸さんも、少年時代の夏に面白いエピソードがありそうですね。あの頃は感受性が特に高いから、いろんな事をはっきりと覚えていますね。匂いとか、人の声とか。 読者がもっと楽しめるようこれからも頑張っていこうと思っております! ありがとうございました。 |
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No.3 游月 昭 評価:--点 ■2015-01-03 13:54 ID:1K/KT8CGgX. | |||||
Aさんこんにちは。 通勤中に細い横道を見つけたので、想像を巡らせてみまして、さっさと書いたので最近の自分の心理がかなり反映されているんじゃないかと書きながらも思いました。 横道に逸れるところから既にそうなのだと思います。 命に関して、転生(前世がどうとかいうレベルの話ではなくて、野良人さんの詩にコメントしようと思う事に)関して、人生の燃焼、逃避願望など。 人間はスーパーマンではあり得ず、弱音、病気、老い、死などがあまりにも身近である事を肌に感じて、戸惑っているような姿が、願望が、服を脱ぐようにあらわにされているのかもしれません。 行間に見える怖さというのは、そんなところでしょう。 「ごめん、もう一回はじめから」に関する 詩的物語なのかもしれません。 ありがとうございました。 |
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No.2 時雨ノ宮 蜉蝣丸 評価:30点 ■2014-12-31 05:19 ID:eFOY3cHRZZU | |||||
どうも。お邪魔させていただきます。 “大人の”『ワンダーランド』な感じですね。竹林を進みながら、記憶のような夢のような出来事をポンポンポンと経て、最後は快晴の海。 或る夏の追憶、的な……うーんやっぱりルイスなキャロルさんっぽい。 全体に漂う不思議な雰囲気が好きです。 ぶっちゃけ夏は嫌いです、冬同様。 でも作品的には、夏が舞台のものに妙にときめく習性がありまして(笑)、特に少年時代(小〜中学生)が軸だともっとテンション上がります。 でもたまにはこういうお話もいいですね。 束の間のトリップをありがとうございました。楽しかったです。 |
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No.1 A 評価:50点 ■2014-12-30 07:57 ID:BymBLCyvz/o | |||||
拝読させていただきました。 短いながら「私」視点で無駄なく鮮烈に描き切られているな、という感じです。上手いな、と思いました。 散りばめられた「私」の感覚が、僕自身日常的に感じる事でもあるので、自分を投げ入れながら作品の世界を味わう事が出来ました。どんどん高まっていく緊張、その果ての光、緊張の解消、大きく捉えるとこの流れだと思うのですが、僕はこの作品全体に、「出産」の印象を持ちました。マンホールの中で水かさが増していく場面は子宮を連想させるし、竹林の道は産道に置き換えられるでしょう。ある夢分析の本によれば、交通事故は「性交」の象徴らしいです。「老い」にかえて、「産まれる」という事が起きたみたいですね。人は何度でも「産まれる」と、僕も信じています。僕の行き過ぎた解釈かもしれませんが笑。 それにしても、上記の解釈を許すとしても、隙間からちらちら見える怖いものは何だろうか…? |
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総レス数 4 合計 80点 |
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