逃れぬ血脈 |
親父が嫌いだった。 愛想をつかされて、おふくろが別の男の元に走ったのも無理はない。そう思うようになったのは、いつの頃からだったか。 『私がいけなかったのだ』 一昨年、末期の肺がんで亡くなるその間際まで、親父はそんな風に悔やみ言を繰り返し続けた。 俺からすれば親父に何の落ち度もなかった。少なくても一方的な裏切りを受けるような人間ではなかった。 だというのに本人ときたら、まるで若い連中が揶揄されるような草食系男子の世代でもあるまいに。自信もなく、持とうともせず、結局自分が悪かったと発しながら逝った。 俺は、ああはならない。俺は違う。だからいま、冴子は足元で物言わぬ骸になって横たわっている。 馬鹿な女だった。 おふくろと同じで、愚かな女だった。 俺は冴子の体を一瞥すると、吸っていた煙草の煙を追うように目を細めた。紫煙が揺らぎ、ありし日の記憶が蘇る。 尻が軽いことは知っていた。男女として付き合う前に、他の友人と共に一塊のグループの中でそれなりに接していたからだ。 それがある日から俺に媚態を、男に媚びる含羞を漂わせ急接近してくるようになった。訝しながらも抱いた。抱き心地は悪くなく、多少の情も湧いてきたところだった。しかし今日、煙のように霧散した。つい数刻前、冴子の狙いが分かったゆえだ。 親父は幾ばくかの資産を残した。生家であるこの家に老後の備えであっただろう預金。支払われた保険料。 この女ときたらそれを知った途端…… まったく浅ましい女だった。 それとも俺は、そんなに鈍い男に見えていただろうか? まあいい。終わったことだ。金のことは後で考えればいい。死んだり、いなくなった人間に関係はない。生きてる人間こそが考えるべきものだろう。 俺は煙草を消すと、しばし頭を捻った。 さて、どうするか。足元の冴子を処理しなければならない。俺は自首するつもりも捕まることも望んでいない。 行方不明になっても死体さえ見つからなければ、冴子の幅広い、爛れた交友関係から俺だけが浮かび上がることはないだろう。ましてすでに死んでいることなど、誰にうかがい知れようか。 遠くに遺棄するのは危険だろう。いずれ見つかる可能性が高い。となるとこの家の敷地内がベストだった。 最初に思い浮かんだのは家の床下にでも穴を掘って埋めるということだったが、これから住む場所だ。さすがに死体の上で生活していくのは気味が悪い。となると残されたのは庭だった。 生前、親父がよく手入れをしていた庭を見渡す。 俺が戻り住んでからというもの、雑草を抜くなど整別もしていないので、空になった培養液のボトルが乱雑に並び、荒れ放題もいいところだった。 どこが埋めるにいいかと思って眺めていると、少し盛土してある箇所を見つけた。そういえば親父は晩年、あの場所によく花を植えていたことを思い出す。 何の花だったろうか? いまひとつ思い出せない。どうにも親父の記憶というのが、 「私はなんて愚かなのだ」とか「今更、許して欲しいなどとは遅いだろうか」とか、後悔の念を繰り返す姿ばかり焼きついているせいだ。 「ちっ、俺はアンタと同じじゃない」 俺はかぶりを振って親父を追い払い、手頃なシャベルを求め物置へと向かった。 思っていた以上に盛土をしている場所は柔らかく、たやすく掘れる。他の場所ではこうはいかなかっただろう。 三十センチ、五十センチと掘っていくと、途中でシャベルの先に硬い何かの抵抗を受けた。どうやら大きめの石でもあるらしく、掘り起こさないとならないようだ。弾む前の息を飲んだ俺は丁寧に土を払い、そして抵抗の先を見つけて、理由もなく納得することとなった。 土から垣間見える衣服の切れ端のようなもの。それは記憶にある母がよく家で着ていたブラウスの色だったからだ。 そうか。そういうことか―― 「はは、ははは」 乾いた自分の笑い声が耳朶を打つ。だが、違う。俺は違う。俺はアンタと同じように悔やんで生きたりはしない。 「ははは、はははは………」 無意識に喉から続く音が、どうにも頼りなく自信なさげに変わる。 俺はたまらなく嫌で、嫌なのに、それでも笑い声を止めることが出来なかった。 |
弥生 灯火
2015年06月28日(日) 18時14分24秒 公開 ■この作品の著作権は弥生 灯火さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.4 弥生 灯火 評価:0点 ■2015-07-26 07:29 ID:dPOM8su8lqs | |||||
テルザ・オーケストラさんへ 感想ありがとうございます。 今作の主人公は、人間性は悪ですけど、人間らしいことに間違いはないですね。ありがたい感想でした。 |
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No.3 テルザ・オーケストラ 評価:50点 ■2015-07-25 04:37 ID:M8xXETvcEEo | |||||
面白かったです。 私も親と同じ事をするまいと思っていても同じ事を気づかずにしてしまう事があるので何だかよく分かります。 善悪を超えて人間らしさのある主人公だと思います。 |
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No.2 弥生 灯火 評価:0点 ■2015-06-30 01:46 ID:dPOM8su8lqs | |||||
お、さんへ 感想ありがとうございます。 指摘、感謝します。 口語体の一人称で書きましたが、尽かされて、の方が確かに通りがいいですね。習性することにします。 |
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No.1 お 評価:30点 ■2015-06-29 00:03 ID:xirF3gxu5AI | |||||
どうも。 こういう展開、好きです。 面白かった。 なるほど、タイトルですよね。 欲を言えば、全体にもう少し演出的であっても良かったのかなと。個人的ながら好みですが。 少しくどい語りですが、キャラづくりでしょうが。読みやすくはなかったです、さほど気になる程ではないですが。 愛想をつかれて は、愛想を尽かされて ですね。はじめの方のミスは気になってしまいます。 てなかんじで。 |
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総レス数 4 合計 80点 |
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