地下図書館のシャーロック
 唐突だが、俺は落ちた。

 ……失礼、色々と説明不足だった。正確には開いていたマンホールから落ちた、だ。
 何故マンホールが開いていたか、とか何故うまい具合に俺が落ちたのだとかはどうでもいい。
 それより目の前に広がる光景こそが驚きだ。疑問だ。わけがわからない。

 落ちた先は臭い下水道では無い。紙の匂いがする大きな部屋だった。
 大きな地下図書館とでもいうべきか……
 壁は全て本棚で埋まっており、その全てが本で埋まっている。
 体育館だとか校舎だとかそんなレベルでは無い、途方も無く広い部屋に本が並べられているのだ。

 少し歩くと一部巻物的な物も並べられているのに気づいた。更に奥に行くと石板のような物。
「何だこれ……」
 思わず呟いて奥を見る。
 左右にそびえ立つ本棚にぎっしりと詰められた石板、少し歩くとようやく奥の壁が見えた。
 壁の近くにはふかふかであろう椅子が置いてありその上に……
「……ん?」
 少女が顔を青くして倒れていた。

「ちょっ、大丈夫か」
 かけよって少女の身体を少し揺らす。何だ、どうすればいいんだ。
 倒れた人を見つけた時には……くそ、保険の授業ちゃんと聞いとくんだった。
 保険の授業保険の授業……
「えーと……そうだ! AED!」
 思い出して辺りを見る……
「何処だよここ!」
 てかAEDいらねぇ! 普通に息してるし。
 戸惑っていると少女が薄目を開けて小さな声で呟いた
「は……ダメ……」
「え? 何て?」
 少女の口に耳を近づける
「腹に何も無い……もうダメだ」
「…………」
 空腹かよ……いや深刻だけどさ

 俺はカバンの中からパンを取り出す。昼に残った物だ
「食えるか?」
 袋を開けて少女の口に近づける
「あう……助かる」
 数回食べさせてやると食欲に刺激されたのか少女はパンを掴んで自分で食べ始めた。
 パンを食べ終わった少女は俺の水筒の水を飲み干した。
「……ふう、助かったよ」
 少女はフラつきながらも立ち上がる。
 俺はようやく少女の容姿を完全に確認できた。
  少し茶色のかかった髪、全体的に中々に長いがポニーテールのようにゴムで纏めているテール部分の長さが特に半端じゃない。
 それは彼女の身長以上の長さで幾らか地面に触れてしまっているくらいだ。
 何処か風格を感じさせる目とそれに反する華奢な体。
 殆どの人が美少女だと認定するような、そんな少女だった。

 少女は椅子に座った後俺を見て目を丸くする
「今思えばどうして君のようなただの人間がここにいるのかしら?」
 少し言葉に詰まる、ただの人間?
「じゃあお前はただの人間じゃないのか?」
 少女は何故か立ち上がってこっちに向かってくる。
「少なくとも八十年くらいで死ぬ君達のような人間とは違うね」
「どういうことだよ」
 なんだか少し歩き方がおかしい、フラつくと言うかなんと言うか……
「信じないだろうけど言ってあげる、私はね……きゃ!」
 ダイナミックに転びかけた彼女を咄嗟に支える。
「大丈夫か」
「……どうも、久々に立ったものだから」
 体制を立て直して彼女はまた口を開く
「私は死なないわ」

 これが、俺と彼女の出会いだった。

 *

「全く、君は本当にお人好しだね」
 カステラを口いっぱいに頬張りながら彼女は言った。
「お褒めの言葉をどうも」

 彼女の名前は藤宮ひとね。外見年齢中学二年生くらい、内面年齢不明の少女である。
 髪は切ったみたいたが異様に長いポニーテールはそのままだ。
 彼女は常人ではあり得ない年数を生きており、そして……
「次はシフォンケーキというのを食べてみたい」
「そうかい」
「シフォンケーキが食べたい」
「…………」
 最近甘い物が好きになった。
 数日前にお裾分けとしてドーナツを持っていったのが間違いだった。
「全く、こんなに美味しい物を何年も逃していたなんて……」
 そう、彼女は数年前から俺と出会う少し前まで寝ていたというのだ。

 その理由を聞いてみると
「大怪我をしてしまってね、単純な応急処置の後に自然治癒の為に冬眠のような状態に入ったんだよ」
 病院に厄介になれる体では無いからね、と藤宮は甘味で膨れた腹をさすった。
「だから腹をすかせて倒れていたのか」
「身体は衰え無くともエネルギーはいるからね、君がいなかったら私は永遠にあのままだったよ」
 永遠に倒れているだけとか……想像もつかない恐怖だな。

 数日経ったしそろそろいいだろうか……
 ここで俺は更に疑問を口にする。
「何故藤宮さんは死なないんだ?」
「……とりあえず藤宮ってやめてくれない?」
「ん? ああ、えっと……」
「ひとねでいいわ」
 ひとね……ひとねか。俺は心の中で何度か復唱する。
 これで記憶を上書きした、間違えて藤宮と呼ぶ事は無いだろう。
 全く、一度覚えたものは忘れにくくて困る。
 とりあえず今は質問だ
「ひとねさんは何で死なないの?」
「『さん』はいらない、ひとねでいい」
「おう」

 ここで少しの沈黙。

 いやいや、終わりかよ。
「質問に答えろよ!」
 ひとねは溜息をつく。
「そんなに聞きたい?」
「……まあ、気にはなる」
 ひとねは溜息をついて立ち上がる
「どこから説明しようかな」
 ひとねは少し歩いて本棚に手を伸ばす。歩き方がまだ少しおぼつかない……それに手が届いて無い。
 俺は立ち上がってひとねが取ろうとしている本を取る
「ほれ、これだろ?」
「……お人好し」
 呟いてひとねは本を受け取る。お人好しじゃ無くて普通だろ。

「……ここでいっか」
 ひとねは本を開いてまた呟いた。それから俺の方を見て
「君、妖怪って信じる?」
「妖怪……?」
 河童とか塗り壁とかだよな。うーん……
「よくわからないな」
「じゃあ質問を変える」
 ひとねは少し考えて
「君は目の前で起きた事を信じれる?」
「まあ……たぶん」
 ひとねの目が鋭くなる
「その言葉と気持ちを忘れないで」
 ・
 ひとねは近くにあった棚の引き出しからカッターを取り出した。
 少し古めのデザインだが何の変哲もない文房具のカッターだ。
「見てなさい」
「……?」
 何をするつもりだ?
 ひとねは刃を出してカッターをくるりと回す。そして……
「なっ……」
 ひとね自身の手のひらを切りつけた。そこまで深くは無いが血が滲み出ている。
「何してるんだよ!」
「黙って見てなよ」
 そう言ったひとねか目を閉じると痛みからか溜まっていた涙が傷口に向かって落ちる。
 涙が傷口に触れた、その瞬間だった
「……あっつ」
 傷口の部分に小さい炎が上がった。
「ちょっ、それ! え!?」
 戸惑う俺とは対照的にひとねは落ち着いている。熱さと痛みからか顔をしかめてはいるがそれに驚きの表情は無い。
 少しすると炎は消えた。
「……みなさい」
 差し出して来た手を見る。あれだけ燃えていたのに火傷の後は無く、それどころか……
「……治ってる」
 傷が無い。血が出た痕跡も傷の後も何も無い。完全に治っているのだ

 *

 ひとねは椅子に座って俺に問う
「君は今の現象をどう認識した?」
 どうって……いわれても。
「お前の涙で傷が治った」
「そう、その通り」
 その通りって。いやいや
「どういう事だよ!」
 死なないという発言に治癒する涙。疑問が増えただけじゃ無いか。
「わからないか……」
 ひとねは腕を組んで何か考える素振りを見せた。
「まあいいわ、今後少しづつ教えて行けばいい」
「……はあ」
「とりあえず、妖怪やそれに準ずる者は存在しているって事だけ覚えておいて」
「ああ、わかった」
 一度聞いた話だ。上書きは出来ても忘れるわけが無い。
「あと、明日はシフォンケーキね」
 そう言ってひとねは俺に金を差し出した。
 全く、この金は何処から出てきてるんだろうか。

 *

「うん、美味しい!」
 俺が買ってきた大福を頬張りながらひとねは目を輝かせた。
 ひとねの妖怪存在説を聞いてから数日。今だ足取りがおぼつかないひとねの為に俺はこの地下図書館に通っていた。
「なあ、ここの入り口はマンホールしか無いのか?」
 町の端にあるとはいえ毎回マンホールを開けて入るのは人の目が気になってしょうがない。
 ひとねは手についた粉を服で拭いて
「あるよ、入り口」
「……え」
 あるのかよ!
「私が知っているだけでも数十個はある」
「……後で教えろ」
「わかった」

 少しの沈黙。


 ひとねと出会って約一週間。もう少し何か教えて欲しい。わからない事だらけだ。
 とりあえずはこの一週間でずっと考えていた疑問からだ。

「なあ、ひとね」
「何かしら?」
「お前は長い間……数年寝ていたんだよな?」
「そうよ」
 ならば……
「いつも俺に預ける金は何処から出ているんだよ」
「金庫だけど」
「え? 何? お前大金持ちなの?」
「どうかしらね?」
 もしかしてご令嬢? 結構可愛い容姿だしあり得なくは無い。
「因みに家は金持ちじゃ無かったわ」
「……そうかい」
 ひとねはお茶を飲んで
「怪事件の一週間って知ってる?」
「ん? まあ一応」
 ここら辺では有名な逸話だ。
 昔この町で起こった数々の怪事件。
 馬車を引いていた馬が突然死んだり川が干上がったり。そんな怪事件を一週間で解決した主人公の物語。だったかな
「まさか……お前」
 いやいやあれは逸話だ。どうかしている。
「私はその主人公では無いわ」
「…………」
 おいおい。
「でもその逸話を少し借りて商売をしていたの。 怪事件を解決する探偵としてね」
「探偵……」
「別に何かを推理するわけじゃないよ、その怪事件にあった資料をこの本棚から探し出して対処法を教えるだけ」
 ひとねは一枚の紙を棚から取り出した。
「これが結構儲かってね……そろそろ再開しようと思うんだ」
 ひとねから紙を受け取る。
『復活・怪事件限定のシャーロックホームズ!』
 とてつもなく胡散臭い。
「こんなので商売成り立つのか?」
「まあね。この町は何故か怪事件が多いからね……君、この紙をコピーして神社に配ってくれ」
「……何でだよ」
 ひとねは少し考える。このタイミングで何考えてんだよ
「明日頼む予定の高級シュークリーム、奢ろうか」
「……是非やろう」
 上から目線が気になるが高いシュークリームの為だ。
 男子高校生は欲望に忠実で、大体が金欠なのである。

 *

 俺の住む町は中々に特徴のある町だ。
 ひとねが言っていた『怪事件の一週間』の逸話も特徴の一つだが目に見える特徴は神社が多い事だ。
 神社から少し歩けば神社。少し足を運べば『ぺんたちころおやし』だとか訳のわからない神を祀っている所もある。
 今ではその神社の間にスイーツ店が並ぶという中々に混沌とした町になっている。町のPRの人ですら『神社の町』なのか『スイーツの町』なのか曖昧にしている。

 ともかくその多い神社一つ一つにひとねから預かったチラシを配っているのだが……
「おお、シャーロック復活かぁ」
「ちょうど紹介したいのがいたから助かったよ」
 などと皆が口を揃えるのだ。
 中々の認知度である。

 あらかた配り終えてシュークリームを買う。そして昨日ひとねに教えて貰った入り口、図書館に向かう。
「えっと……」
 図書館が閉まっていた。みると二週間前から改装をしているようだ。
 仕方ない、また彼処か。

 マンホール降りるといつもの場所。
 少し歩いてひとねのいる場所に向かう。
「図書館閉まってたぞ」
「ああ君か、わけのわからない事をいうな」
 何が君か、だ。俺には和樹という名前があるんだよ。
「何を突っ立っている? 早くこっちに来るんだ」
「ん、ああ」
 言われて近づく……ひとねの目線は明らかに俺が手にしている箱に行っている。
「本当にご苦労だった。 飲み物も用意しているから向こうで食べよう! 今すぐ!」
 ひとねの輝く目に苦笑い……向こう?
 ひとねがいつも座っている椅子はこの場所の際奥、通路の行き止まりに置かれている。
 つまりはこれ以上奥は無いわけで……ここまでの通路も本棚しか無いし……
「何をしているんだ、早く行こう」
「いや、向こうって何処だよ」
「私の部屋だよ、君を招待してあげよう」
「そんな物あるのか?」
「もちろんさ」
 ひとねは本棚から一つの石板を取り出した。それをまた違う石板と取り替える
 すると本棚が左右に開き通路が……え?
「本当に何なんだよこの場所!」
「知らないってば」

 *

 開いた本棚の奥に入ると幾つかの部屋があった。ひとねはいつもここで暮らしているらしい。
 本当にわけのわからない場所だ。
「何してるんだい? 遠慮せずに入りなよ」
「ああ」
 俺はシュークリームの箱を机に置く。
 それにしても疲れた。家から図書館って遠いんだよな
「同年代の女子の部屋に入っておきながらその顔はなんだい?」
「同年代ねぇ……」
 俺、高校二年生。十七歳。
 ひとね、外見年齢中学二年生。たぶん十三歳。
 同年代……ねぇ。少し無理があるのでは?
「君がどんな勘違いをしているか知らないけど私は十九歳よ」
「……ん?」
 ひとねは棚からコップを取り出して俺を睨む
「数年間寝ていたからこの容姿であって私は十九歳、しかも遅生まれ」
「んー?」
 歳上? でもまて
「十九なら尚更同年代じゃねぇだろ」
「数年寝ていたから精神年齢は同じくらいだよ」
「はあ……」
 外見年齢が十三歳で精神年齢が約十七歳、実際の年齢は約十九歳と……
 わけわからん。
「そんな事はいい、とりあえずシュークリームを食べよう、シュークリームを出したまえ」
 テンション高いなぁ、こいつ

 *

「はふぅ」
 ひとねがわけのわからない声を出している。原因は考えるまでも無くシュークリームだ。
 確かに絶品ではあったが……そんなに目をウットリとさせるとか
「お前どれだけ甘い物好きなんだよ」
 言うと同時にひとねに睨まれる
「私は今シュークリームの余韻を堪能してる、邪魔をしないで」
「はぁ……」
 黙って紅茶を飲んでいると右の方から電子音が聞こえた。
 どうやら机の上にあったパソコンから鳴っているようだ。
「なあひとね」
「……なんだい」
 うわっ、すげぇ不機嫌そうな顔
 俺はパソコンを指差す
「何か鳴ってる」
「おお、もう来たのか」
 ひとねは勢いよく立ち上がりパソコンの元に向かう
「おっと……」
 途中でこけそうになる。どうやらまだ足がふらつくようだ。
 ともかくパソコンの前の椅子に座り操作し始めたひとね。俺は後ろから覗いて見る
「来たって何が?」
「依頼だよ、シャーロックとしての」
 シャーロックって事は怪奇現象に関する依頼か
 それにしても怪奇現象の依頼って何だ? パソコンの画面を見ようと覗くとひとねが振り向いた。
「……なんだい? 見たいのかい?」
「少し気になる」
「別にいいけど他言は禁止だから」
「わかった」
 どうやらメールのようだ。差出人は金田、タイトルは無しだ。

『どうも始めましてシャーロックさん。金田です。
 私二丁目に住む高校生で……』
 やけに長い前フリは飛ばす。この人はメールや手紙に慣れてないのか?
『実は最近私が起きると母が私が寝ている時間に廊下に出ていたというのです。 そんな記憶は私に無く、全く不可解です。』
 それは夢遊病じゃ無いのか?
 そう思ったがメールはまだ続いていた。
『更に私は吸血衝動に襲われるのです』
 吸血衝動? 血を吸いたいという事だよな
『ある日トイレに行った時、寝ていた母と父、それに弟を見た時に無性に首元に食らいつきたくなったのです。 あの首元にくらいついて出た血を舐めたいと思ったのです』
 それは……異常かな。たぶん。
『そんな事が何日も続いており……』
 終わりも長いな、無視しよう。
 俺がパソコンから離れるとひとねが聞いてきた
「君はこの怪奇現象の正体を何だと思う?」
「そんなのわかるかよ」
「なら質問を変えよう、この人に取り憑いている伝説上とされている生き物は?」
 言われて考える。吸血衝動となると……やはり
「吸血鬼?」
「そうだ、私もそう思う、ならば吸血鬼の弱点は?」
「聖水とかニンニクとか日光とか」
「そうだ、正解だ」
 何でこいつ偉そうなんだよ。
 ひとねは立ち上がって続ける
「でもそれは人間に取り憑いた事でそれらの弱点は大幅に軽減されている、人はニンニクを普通に食べるだろうし日光にも当たる」
 それに聖水は信じる者しか効果が無い、とひとねは自慢気にいう
「じゃあ……どうするんだよ」
「人間としても体制の無い弱点を突く」
 ならば十字架……は信じる者にしか効かないか。
 考えているとひとねはとんでも無いことを言い出した。
「心臓に杭を打つ」

 *

「いやいや、何だよ心臓に杭って」普通に死ぬじゃねぇか。
「だから代わりにコレを使う」
 ひとねが引き出しから取り出したのは……
「藁人形?」
「そ、藁人形は呪いだけじゃなくて身代わり人形にもなる」
「じゃあそれに杭を打つのか?」
「そういう事だ、でも身代わり人形は高いからあまり使いたく無いんだよね」
 そう言ってひとねはパソコンを操作する。
「もしこの金田さんがニンニク嫌いだったらニンニクが効くかもしれない」
「なるほど」
「まあその前に吸血鬼と確定する為に幾つか質問をしておくけどね」
 ひとねは金田さんにメールを送った
『明日の夕方五時半にチャットで話をしたい』と。

 *

 翌日、俺が地下図書館に入るといつもの椅子にひとねがいなかった。
「ひとね? 部屋か?」
 聞きながら本棚の間に通路が出来ているのを確認、部屋か。
 部屋に入るとひとねはパソコンを操作していた。
「何か進展でもあったか?」
「いや、今からチャットをする所だよ」
 あれ? 学校から一旦家に寄ったから五時半は過ぎてる筈……時計を見ると六時だ。
「もう五時半過ぎてるけど」
「そのはずなんだけど来ないんだ」
「高校生らしいし部活とか終わって無いんじゃ」
 もし定時高校ならば授業中の時間だし
「いや、昨日大丈夫と返信が来た」
「そっか」
 俺はパンパンのビニール袋を机に置く。中身はひとねに頼まれた食品だ。
「ひとね、冷蔵庫無いのか?」
「冷蔵庫? 冷蔵庫を使うものを頼んだ覚えは無いけど」
 そう、ひとねに頼まれたのはパックのご飯と栄養ゼリーのみ。しかしだ
「ご飯と栄養ゼリーだけじゃ食事にならないだろ」
 そう思って適当に野菜とかを買ってきたのだ。
「君は勝手にそんなものを」
 あらら、やっぱり勝手に買うのはまずかったか……
「大体必要最低限の、体を動かせるくらいの物で充分なんだ」
「それでもご飯と栄養ゼリーって」
「大怪我で寝むる前もそれで充分だった」
 強情な……
「甘い物は食べるくせに……」
「そ、それは長く眠っていて気が緩んだんだ」
 それに、とひとねは声を少し低くして続けた
「私が怪奇現象を調査しているのは死ぬ為なんだから」
「死ぬ為って、また大袈裟な」
 不死鳥の効果が無くなった所で不老不死が無くなるだけ、死ぬわけじゃないだろう
「大袈裟何かじゃないよ、私は不死鳥を私から追い払ったら死ぬつもりだ」
「えっ……でも」
 そこまで言ったところでパソコンから電子音が鳴る。
「やっと来たようだね、雑談はおしまいだ」
 雑談って……中々の内容だったぞ

 ともかく始まったチャットを俺も見る。



 ・金田さんが入室しました。

『すいません、寝てしまっていました』
『別に構わない』
『すいません』



『何ですか?』
『……?』
『あ、えっと此処に呼んだ……』
『ああ、幾つか質問をしたくてチャットにした』
『なるほど』
『早速質問いいかな?』
『はい』

『家族以外に吸血衝動が起きた事は?』
『無いです』


 ここでひとねは手を止める。
「どうした? ひとね」
「いや、異性にのみならわかるが家族だけは今までに無かったから」
 まあいい、とひとねは再開する。

『吸血衝動や異変が起きたのはいつぐらいだ?』
『どちらも一週間程前です』
 
『夢遊病では無いか?』
『違います』
『最近寝てる間に目が覚める事は?』
『無いです』

 ここでまたひとねは呟く
「吸血鬼の影響すら受けていない……? 吸血鬼では無いのか?」
「違うのか?」
「わからない、とりあえず今は吸血鬼と過程しよう」

『寝てる時に動く現象に対する目撃者は何人だ?』
『家族の三人です』
『それに対する印象は?』
『何故この時間に此処に、と』
『此処というのは?』
『廊下です、トイレに向かう廊下では無かったようなので』
『弟は中学生か?』
『小学二年生です』
『ニンニクは嫌いか?』
『いえ』
『宗教など信じている物は?』
『特には無いです』
『鏡には映るか?』
『……え?』
『鏡に自分の姿が映るか?』
『えっと……見てみます』

 少しの沈黙。
『ぶみゃも!さら?なさまらの』
『……はあ?』
『すいません、こけてキーを入力しちゃいました』
『大丈夫か?』
『はい、いつもの事なので』
『……で、どうだった?』
『それです! 見えません! 映りません!』
『そうか、今日は終わりだ、ありがとう』
『え、』
『鏡に映らなくてもそれ以上の不都合は無い、安心していい』
『……はい』

 ひとねはまた呟いく
「他の可能性……土地呪いも調べておくか」

『吸血衝動より前に一番最後に行った場所は?』
『図書館です』


『じゃあまたメールをする』
『はい』

 ・シャーロックが退室しました。


「ふう……わからない事が増えてしまった」
「吸血鬼じゃないのか?」
「吸血衝動や鏡に映らないのは吸血鬼そのものだが家族にしか衝動がわかず夜に活発にならない……微妙な所だ」
「とりあえず杭を打ってみたら?」
 ひとねは首を横に振る
「怪奇現象が何かわからない以上迂闊な事は出来ない」
 ひとねは溜息をついてビニール袋からご飯と割り箸を出した。

「おかずも食えよ、買ってきたんだから」
「最低限の物だけでいい」
「いいから食え!」
 俺は唐揚げをひとねの口にほりこんだ。
「…………」
 仕方ないという様子で唐揚げを噛んで飲み込んだ後、ひとねは小さく一言
「……もう一個」
「ほれ、沢山食え」
 二個目の唐揚げを飲み込んでひとねは心なしか顔を赤くして言った。
「君はお節介でお人好しすぎる」
「お褒めの言葉をどうも」

 *

「和樹! 大変だ!」
 チャット会話の翌日、学校帰りにひとねの部屋に寄ると同時に叫ばれた。てかようやく名前で呼んだな、こいつ。
「……何が大変だって?」
「パソコンが壊れた!」
「……はあ」
 まあ微妙に大変だな、金かかるし。
「これでは金田さんと連絡が取れない」
 ああ、そっちか。全く問題無い話だ
「ひとね、携帯ある?」
「一応持ってはいるが……何故だ?」
「それでメールするんだよ」
「こっちには登録していない」
 ここで俺は少し頭の中を探る。……うん、やはり覚えてる。
「今から俺がメールアドレスいうから」
「なるほど……え、覚えてるの」
「記憶力はいいんだよ、異常にね」
「異常、ね」
 何だ今のメールアドレスは偶然だろう、何が異常だ。を含めた言い方は
「本当だぞ」
「メールアドレスは今回簡単な物だったじゃないか、よく見ていれば私でも覚えていた」
 何だか腹が立つな、少し披露してやる
「じゃあお前金田さんからのメールの内容覚えてるのか?」
「概要はね」
「俺は覚えているぞ」
「へぇ、言ってみれば」
「よし」

 心の中で深呼吸……よし、出てきた。
「どうも始めましてシャーロックさん。金田です。
 私二丁目に住む大学生で……」
 長い前フリと本文を言い終わった所でひとねの口が開いている事に気づく。
 やばい、やり過ぎた。学校とかでは気をつけていたのに
 この異常な記憶力で過去に何度も友人を失ったというのに……

 しかしひとねは圧倒されているわけでも無く拍手をした
「中々じゃないか」
「え、あ……うん」
 あれ? 引かれてない?
 不思議に思いながらも俺は話題を戻す
「とりあえず金田さんだ、結局どうなんだ?」
「そうね……まだ考えている途中」
 問題は家族にしか衝動が起きずに夜活発にならないこと……だったかな。
「全く……吸血鬼と確定出来ればすぐに終わるというのに」
 ひとねは爪を噛んで
「少し外に出よう、気を晴らしたい」
「ああ、いいよ」
 ひとねは立ち上がって数歩歩いて
「わっ!」
 こけてパソコンに突っ込んだ。
「大丈夫か?」
「……額が痛い」
 確かに赤い。てかまだちゃんと歩けて無いじゃないか
「お前そんなので外に出て大丈夫か?」
「大丈夫だよ、それに外に出なければ衰えはしなくとも感覚を忘れてしまう」
「そうか」
 ひとねは改めて立ち上がって
「それに、君がサポートしてくれるんだろう? お人好し君」
「……何だその呼び方」
 いや、助けるけどさ。

 *

「……なあひとね」
「なんだい?」
「この道を何故教えてくれなかった?」
 俺達が地下図書館から出てきたのは学校裏の空地。他の道より近いじゃねぇか
「君には図書室を教えただろう?」
「え? 図書室?」
 図書館じゃなくて図書室かよ。
「間違えていたのかい、通りで閉まってたなんておかしいと思った」
「うるせぇ」

 ひとねは何かを考えるそぶりをした後
「君、図書館はいつから閉まっていた?」
「二週間程前だけど」
「なるほど……」

 ひとねはニヤリと笑った。
「わかったぞ」

 *

 翌日、ひとねは金田さんに電話をかけた。
「はい、金田です」
「…………」
 ひとねは無言で携帯を俺に渡す。そして紙とペンを取り出してこう書いた
『ここの文字を読んでくれ』
 溜息をついて電話を受け取る、何で俺が……
 とりあえずひとねが書いた文字を読む
「パソコンが壊れてしまったので電話にさせて貰った、すまない」
「いえ」
 因みにスピーカーフォン状態だ。
 俺はひとねが書いた物をとりあえず読む
「解決する方法が見つかった」
「え? 本当ですか?」
「ああ、とりあえず直接話をしたいから指定の場所に来てくれ」
 すると金田さんは明らかに戸惑った
「え? あの、この電話じゃ駄目なんですか?」
「ああ、直接じゃないと無理だ」
「じゃあ僕の家に……」
 ここで痺れを切らしたのかひとねが紙とペンを置いて俺から携帯を奪った。
 そして大きく息を吸って大声でこう叫んだ。

「いつまでも引きこもって無いで、さっさと外に出て日に当たれ! 」

 *

 その後どうにか金田さんを日に当てた事で問題は解決した。
「なあひとね、何で金田さんが引き篭もりって分かったんだ?」
 そう、金田さんは引き篭もっていたから日に体勢が無く、日に当たる事で吸血鬼は消えたのだ。
「どこから話そうか……」
 ひとねは少し考えて
「まずは最初にあった二つの謎についてだ」と話し始めた。

「一つ目は家族以外への吸血衝動。 同姓にならともかく異性にと衝動が出ないのはあり得ない、それならば他の人と会っていないと考えるのが普通だ」
「ああ、なるほど」
 引き篭もりだったから家族としか出会わなかったわけだ。
「二つ目、夜になっても活性化しない理由だ。 元々彼が夜型だったようだね」
 夜型? 定時高校でも無く普通の高校生だった彼が夜型と断定する理由なんて会ったか……?
「これについては違う発言のサポートがあった。 君なら覚えているだろう? チャットの内容」
「ああ、まあな」
「ならば思い出して見て欲しい、彼が夜に歩く現象についての会話だ」

 えっと……確かこうだったかな

『寝てる時に動く現象に対する目撃者は何人だ?』
『家族の三人です』
『それに対する印象は?』
『何故この時間に此処に、と』
『此処というのは?』
『廊下です、トイレに向かう廊下では無かったようなので』
『弟は中学生か?』
『小学二年生です』

 うん、確かこうだった。
「思い出したけど……」
「見たのが家族だけなのはあってもおかしくは無い。しかし三人とも見た、特に小学生の弟が見た何ていうのはおかしい
  夜に寝ていたなら寝るのは普通弟の方が先だ、例外はあるかもしれないが考えにくい」
「例外を無視か」
「それに弟までこの時間にいるのはおかしいと思ったんだ。夜型でも昼に廊下ぐらいでるだろう」
 少し無理やりな気がするがまあいい

「いつも転ける事も要員となる」
「ああ、お前のようにか」
 歩くことに慣れていない、と。
「まあ、そうだ。 それにチャットに遅れた」
「ん?」
「昼寝の可能性もあるが普通の学生があの時間に寝坊するのは少しおかしいだろう?」
「まあ、そうかな」

「決め手は図書館だ」
「図書館?」
「二週間前から閉まっている図書館に行ったのが最後、という事は外に出ていないという事になるだろう?」
「……ああ」
「寧ろ図書館だけでも充分だったよ」

 そう言ってひとねは買ってきた抹茶アイスをすくって食べた。
「うん、美味い」
タキレン
2014年12月18日(木) 22時05分14秒 公開
■この作品の著作権はタキレンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
妖怪ライトミステリ! 勝手に始めた新ジャンル、どうでしたでしょうか?

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