羊(シープ)たち

 「そろそろ行こうか」
 そう言って僕は立ち上がり、部屋の隅で酸素ボンベに繋いでいたマスクを丁寧に持ち上げ、ノズルを外し頭から被るように顔に取り付けた。
 仲間たちもマスクを取り付け、お互いの顔を見渡した。
 五重構造のフィルターが組み込まれた円錐形の黒い口あて、その左右から白いノズルが 耳元まで伸び、その先に頭の半分ほどもある大きな巻き貝の様な形をした白い圧縮酸素ボンベが取り付けられている。
 羊(シープ)たち。
 僕らはそう呼ばれている。 先天的アルビノである僕らは、肌の色も髪の毛も真っ白だ。その上白い病院服を着てこのマスクを被っている姿は羊にそっくりだ。だからこの地下避難所の人々は蔑みと恐れの入り交じった声で僕たちのことを羊(シープ)たちと呼んでいる。
 無菌室の重い扉を開くと、エアダスターが壁に取り付けられた小さな部屋があり、その先にもうひとつ扉がある。その扉のドアに手をかけた瞬間、ミリアが僕の手をつかんで小さな声で呟いた。
 「パンス、私怖い」
 「ああ、僕も怖いよ、でも今日がその日なんだ、やらなくちゃ」
 ミリアはうなずいてさらに僕の手を強くつかんで答えた。
 「うん、パンス、いままでありがとう

 生まれつき虚弱体質の僕らにはいささか重すぎる扉を開け、僕たちは外の世界に足を踏み出した。
 外の世界と言ってもそこは分厚い鋼鉄のシャッターで地上からは遮断されている地下の避難所だ、軍の地下施設があの「大災害」の時、一時避難所として使われそのまま何十年もこの地下の人々を守り、そして幽閉していた。
 遠くから一人の男がよろよろと歩く僕らの姿を見つけて歩いてくる。
 「やあ羊たちおはよう、設備点検の時間には少し早いようだかどうしたのかい?」
 「おはようございます、市長さん。 少し上部隔壁サイドのシステムが調子よくないようなので早めに点検しておこくことにしました。」
 僕たちとは違いマスクをしていない彼らの声はよく聞こえる、しかし五重構造のフィルターを通した僕たちの声はくぐもって聞こえ、僕たちは他の人々にちゃんと聞こえるように大声で話さないとならない。 そのため話すたびに苦しくあえぐ。
 「解った解った、そんなに大声で話すと身体に障るよ、」
  市長は隔壁に守られた地下の天井を見上げた。
 「隔壁は大丈夫なのかい? もし外の空気が入ってくるようなことになれば……」
 心配する市長に僕はもう一度大声で言った。
 「大丈夫です、いつもの小さなシステム不良なので」
  それを聞き安心した顔の市長に、走ってきた大男が声をかけた。
 「市長! 東地区の例の殺人の犯人が」
 「捕まえたのか? ネルソン保安部長」
 保安部長は答えた。 
 「いえ、確保する前に近隣の住人によって殴り殺されました」
 「なんてことだ……」市長は下を向いて答えた。
 「住民の怒りは頂点に達しているようで、このままだとまた暴動に発展しそうです」 保安部長は肩に掛けたショットガンを両手で握った。
 「いかん、騒ぎが大きくなる前に、東地区の照明を明るくするんだ、光は住人に安心感を与える、それから先導者を捕まえろ」
 ネルソンは黙って敬礼をしてから走り去った。
 「また暴動ですか?」
  暗い表情の市長に問いかけた。
 「あ、ああ。 お前たちは心配することないんだよ、さあいきなさい、羊たちよ、でも東地区には行ってはいけないよ」
 僕たちはわかりましたと答え、またゆっくりと歩き出した。
 「東地区って、今年に入ってからもう暴動は三度目だよね」
 ミリアはゆっくり歩きながらあえいだ声でそう言った。
 ここ数年、この地下避難所での暴動は日常的に起こっていた。 「大災害」から数十年、ここに留まり死を逃れた人々は、高度に機械化されたこの地下避難所の生命維持システムだけを頼りに生き続けている、あの大災害の日に大地を被いつくした有毒ガスがいまも充満している地上から防衛システムは完璧に人々を守っている、しかし生命の維持と精神の維持は両立しない。
 「そうだねミリア、だから急がなくちゃ」
 僕らはこの地上避難所で生まれた新世代の子供たちだ、もちろんもっと沢山の出産はあったが、生き延びて今ここに居るのはたった五人だけだ。
 新世代の子供たちは皆一様に呼吸器系統が弱く、この地下避難所の浄化された空気さえも害になる、だから生まれたときから無菌室以外ではこのマスクを着けて生活しなければならなかった。
 しかし身体が脆弱な分、僕たちの知能指数は異常に高く、いまやこの地下避難所のシステムの全般の維持をまかされている。
  通路を曲がると広い広場に出る、そこには多くの人々が床に座り込んで天井を眺めている。薄暗い広場に漂っているのは人々の希望のない空気だ。人々は配給を待ち長い列を作っていた。
 僕たちが彼らの横を歩いていると、人々は腫れ物を障るかのごとく逃げたしたり、軽蔑と憎しみの目を向けたりした。
 男が一人立ち上がり僕たちの方に向かって叫んだ。
 「羊(シープ)! お前ら今日なに食った!」
 僕らはちらりと彼の方を見て黙ったまま歩き続けた。
 何を食べたかだって? そんなの決まっている、クロレラの固形物と栽培室で作られている野菜少々、あ、今朝は乾燥麦をもどした粥があった、これは貴重品だ。
 だがそんな貴重品はもちろん、クロレラだって彼らには満足なほど配給はされない。 僕らはその点は優遇されている。
 唯一僕たちだけがここのシステムを正常に作動させることが出来るからだ。
 一人の老婆が近づいて僕らに向かって言った。
 「ねえあんたたち、最近ここの空気薄くなっていないかい? あたしゃなんだかここんとこと息苦しくってしかたないんだよ、ねえ?」
 僕たちは答える。
 「大丈夫です、この地区の空気濃度は正常です」
 「そうかい? ならいいんだけどね……それともう少し明かりを明るく出来ないのかい?」
 僕たちはまた答えた。
 「エネルギーは清浄器と食料に多くを回さなければなりません、ご不便ですが生活には支障がないはずです」
 僕らの答えに老婆は目を見開いて怒りの声をあげた。
 「お前たち羊は知りはしないからそんなこと言うのさ! あたし達は外の世界を知ってるんだよ、そこがどれだけ明るかったかお前たち羊は知らないだろ! そしてここがどれだけ暗いかも私は知ってるんだよ!」
 老婆はそう叫んで僕の体を掴んだ。僕は必死に逃げようとするが、僕の力は老婆より弱い。
 「この忌々しい羊どもが!」
 彼女は僕のマスクをもぎ取ろうと手を伸ばした。
 「やっちまえ!」誰かが叫ぶのが聞こえた。 「羊どもなんか殺しちまえ!」
 この地下避難所に充満する怒りと絶望は、いつも僕たちに向けられる、回りの人々は僕たちを取り囲んで口々に罵り手を振り上げた。 老婆の手は僕のマスクを掴んだ、マスクを取られたら僕はこの場で死ぬだろう、必死にもがき抵抗する。
 争乱の中に突然銃声が鳴り響き慌てて駆け寄った保安委員が老婆の襟首をつかんで僕から引き剥がした、老婆はその場に倒れこんだ。それを見た住人は更に騒ぎだし、保安委員に襲いかかろうとしたが、再び鳴り響いた銃声とネルソン保安部長の野太い声が音が騒ぎを静めた。
 「この地区への今日の配給は中止する」
 人々は恨めしそうにネルソンのショットガンを見つめ、その場から立ち去ろうとする僕らを憎んだ。
 「早くこの場から立ち去れ!羊ども」
 ネルソンは僕たちに向かってそうさけび、再び人々を睨み付けてから騒ぎを起こした老婆を連行していった。
 僕たちは急ぎ足で広場から離れ隔壁外郭の通路に向かって歩いた。
 「パンス、大丈夫?」
 ミリアが心配そうに僕に言ったが、僕はなにも答えず歩き続けた。
 なぜ僕たちばかりが憎しみの標的になるのだ? この避難所はそんなに狭いのか? 僕たちを見ろ、僕たちは避難所でさえもマスクを外せないでいる。 僕たちにとっては無菌室だけが自分達の世界なのに。
  隔壁通路を暫く歩くと大きな扉が現れる。 僕たちはその扉の前で立ち止まり、マスクの酸素ボンベの残量をお互いに確認しあった。
 まだ充分に酸素はある、立ち止まって大きく息を吸い込んで呼吸を落ち着けると、ポケットから認証カードを取り出して扉の横についている認証機に押し当てた。
 扉は軋むような音を立てながら左右に開いた。
 「行くよミリア」
 僕がそう言うと、ミリアは小さく頷いて開いた扉の先を見つめた。
 近くの保安員がその音を聞き付け僕らに声をかけた。
 「羊ども、何処に行く?」
 僕は小さな声で「上部隔壁のシステム点検に」と答えた。
 「全員でか?」
 僕は答える。
 「点検箇所が多いので」
 保安員はそれには答えず隔壁扉の向こう側を見た。
 「この中を初めてだ」
 保安員の視線の先には手すりのついたステンレスで出来た階段があり、隔壁にそって遥か上空にまで続いている。
 「まさか階段を登って地上まで行こうってんじゃないだろうな?」
 僕たちは笑って答える。
 「まさか、隔壁の隅のコンソールで作業するだけです」
 僕たちは扉の中に入り、再び保安員に言った。
 「もしもの時がありますので、この扉は一度閉めますね」
 保安員は頷いた、そして扉はまた軋み音をたて閉じていった。
 暗い隔壁の外郭エリア、地下で生まれた僕たちは夜目が効く、だからその先の上部に向かう階段もはっきりと見ることが出来た。
 各階層に向かって伸びるその階段は地上までの約200メートル続いている。
 僕たちは階段の下で持ってきた荷物をチェックした。 予備の酸素ボンベとその他。
 「僕たちの力で、ここを登りきることが出来るだろうか?」
 仲間の一人が言った。
 「あと数時間で地上では太陽が上る、それまでに登れるだろうか?」
 「登るんだよ、今日その時間しかないのだから」
 僕は先頭を切り階段に足をかける、しっかりミリアの手をを握りながら地上を目指して階段を登り始めた。
 隔壁最上部まで行くにはこの階段を使うしか方法はない。僕たちは半年以上前から、この事を話し合い用意してきた。
 五月十七日、その計算が合っているとしたら今日しかない。 息苦しいマスクをした僕らの呼吸は早くも上がってきていた。 呼吸の頻度は高くなり、酸素の減る量は増える、百メートルを登りきった時点でボンベ交換が必要になるはずだった。
 「こうするしかないのかい?パンス」
 仲間が聞いてきた。
 「さっきの暴動をみたろう? たぶんもう限界はとっくに越えている」
 「それは解っているよ、でも僕らが彼らを救わなきゃいけない理由はなんだ? やっぱり僕には解らないよ、パンス」
 僕はもう一度答えた。
 「理由? そんなものあるわけないよ」
 仲間は驚いてハンスを見つめた。
 「今度はやつらがマスクを被る番だ」
 仲間たちが一斉に先頭を歩くハンスを見つめた。
 「ハンス、まさか君は彼らに復讐するために?」
 僕は首を降った。 
 「違う、ごめん。頭が少し混乱している」
 ミリアが手を強く握り言った。
 「私がついてるわ、ハンス。だからもう考えるのは無し」
 皆黙ったまま階段を登り続けた。
 違う、僕は彼らを救うためにこの計画をたてたんだ、決して復讐の為ではない。 でも彼らは僕らに一体何をしてくれた? 蔑み嘲笑い、憎んでてを振り上げただけだ。 そんな彼らをなぜ僕らが救わなければならない? 彼らがこの世界をこんな風にしたんだ、その負債は彼らが払えばいいのに。
 ミリアが僕の手をもう一度強く握りしめた、僕もミリアの手を強く握りしめ、階段を登り続けた。
 階段を登るスピードはどんどん遅くなっていく。登りはじめてからもう一時間近くたっていた。 そろそろ保安部が僕らの様子を見に来るかもしれない。
 「ハンス」
 仲間の一人が体を手すりにもたれかけながら、苦しそうな声で僕を呼んだ。
 「たぶん僕はもう限界だ、ここで待ってる」
 そう言うと彼は鞄から黒いボックスを取り出し、それを腕にもってカバンを仲間に渡した。僕は予備の酸素ボンベを手渡そうとしたが、仲間はそれを断った。 登れなくなった仲間がどうするのかも、僕らは事前に話し合っていた。僕らはさよならを言い合い、仲間の一人を階段に置き去りにしてまた登り始めた。
 さらに数十分過ぎた時点で、暗闇の中僕たちが入ってきた隔壁のドアが開く音がした。
 保安員が叫ぶ声が聞こえたが、僕たちはそれに答えず登り続ける。
 保安員が駆け出しブーツのかかとを鳴らしながら階段をかけ上がる音が聞こえてくる。僕たちは決して下を見ないようにした。
 爆発音が響き渡り、強い爆風が僕らを持ち上げるように吹き付けた。
 僕らは仲間の名前を呼び別れを告げた。
 拡声器の音が聞こえる。駆けつけたネルソンが叫んでいる。
 「羊ども! 貴様ら何処に行くつもりだ!」
 破壊された階段を端まで駆け上がり、ネルソンが叫ぶ。
 「羊ども! 貴様ら外に出るつもりじゃないだろうな! そんなことをしたら、マスクをしてても貴様らは死ぬんだぞ!」
 僕たちは登り続ける。
 ネルソンは拳銃を向けて威嚇射撃をした、ショットガンは僕たちに当たるかもしれないので使わない、彼らは僕たちに死なれては困るのだ。
 「止まれ!」
 僕たちはやはり止まらず登り続ける。
 ネルソンは階段を下りて数人の保安員を連れ隔壁の外に走り出した。
 仲間がそれを眺めて言った。
 「使われていない空気ダクトを使って上に来るつもりだ。」
 彼等がそうするのは解っていた、だけどダクトに這いつくばって上まで上がってくるのに相当時間はかかるはずだ、僕たちの方が早く隔壁に着くはずだ。
 僕たちがこのペースを維持できるなら。
 今や僕たちのペースはまるで這いつくばって歩くのとかわりない。肩はあがりマスクが息苦しい。額から汗がしたたり落ちるが、ここでは水分を補給することもできない。
 地下では階段のまわりに群衆が集まって騒いでいる。 僕らを罵る声が聞こえる、ここから見ると彼らはまるで虫のように小さく見える、僕らはけ羊で彼らは虫だ。
 足がもつれ時々目の前が暗くなる。その度にミリアの手を離しそうになる、彼女も苦しそうに上半身を揺らしながら、それでもゆっくり登り続ける。
 喉がとてつもなく渇く。
 「ハンス、あとは頼むよ」
 仲間たちはそう言い一人一人階段に座り込み動けなくなった。ここで脱落しても、もう帰るための階段も酸素もなかった。もちろんそれも皆解っていた。僕たちは皆でこの計画を立て、そして誓った。行くときは全員で行こうと。
 僕たちの内誰かが隔壁にたどり着ければよかった。誰かがたどり着ければそれで充分だ。外に出で、壊れたコンソールを直すのは一人で充分だった。
 歩き出してから既に六時間経過している、予定より遅いがようやく隔壁の扉が見えてきた。
 三人の仲間は脱落し残った僕とミリアは最後の力を振り絞り隔壁に向かって登り続けた。
 巨大な鉄の骨組みに支えられた厚さ五メートルの鉄の板!その一番隅にやっと人が一人通れるだけの小さなハッチがある。
 階段はそこで終わり僕はかすむ眼を擦りながらハッチに手をかけた。
 その瞬間野太い男の声が響き渡った。
 「そこから手を離せ! 羊どもめ」
 僕たちが立っている階段から天井隔壁に沿って伸びる点検用通路にネルソンが銃をかまえて立っていた。その上のダクトを蹴破って数人の保安員が通路に飛び降りた。
 「隔壁を開けると、ここにいる住人全てが死ぬんだぞ!」
 「今日は五月十七日です」
 僕そう言いながらハッチのハンドルを回すが固くて回らない。
 ミリアもハンドルを持ち二人で力振り絞りハンドルを回した。
 その時銃声がなり、ミリアのハンドルを持つ手が離れた。
 「ミリア! 」
 ミリアは手すりにもたれ込み、僕の顔を見た。
 「ハ、ハンス、早く……」
 そう言うとミリアは黒いボックスを抱き抱えて、ネルソンのいる方向に歩き出した。
 「ハンス……必ず……外に……」
 ハッチが開きその中にある小さな梯子に手をかけ、精一杯体を持ち上げる。
 もう一度銃声が響くのと同時に炸裂弾の爆発音が聞こた。
 「ミリア!」
 僕は最後の力を振り絞り梯子を登り、そしてはしごの終わりに、取り付けられてあるボタンを押した。
 小さな通路の天井が開き、いままで見たこともないような光が差し込んできた。
 僕が外に身を乗り出すと、強烈な風が僕の身体に吹き付け、僕は仰向けにそのまま転がった。
 空に天井がない、その変わりに何処までも続いているような青と白い綿の様な雲が風と同じ早さで流れていた。
 回りを見渡し隔壁の隅に小さなコンソールボックスを見つけた。僕はそこまで這っていき、その蓋を開けデイスプレイの電源を確める、小さなディスプレイに文字が映し出されたが、暗くて見えない、いやこの世界が明るすぎるのだ。
 「何をする気だ!」
 背後から声が聞こえた。
 僕が振り向くと、そこにはミリアのマスクを片手で顔に押さえつけるように持っているネルソンが立っていた。
 「お前たちはマスクしていても、外では生きられない、さあ戻るんだ」
 銃を構えたネルソンが言った。
 「そう、僕はもうじき死にます、でも貴方にはマスクはいりません」
 僕は強烈に吹き付ける風をもう一度確めるた。
「今日は五月十七日、この山に囲まれた土地には年に一度東の山から季節風が吹き荒れます、昨日は雨が降って、避難所の貯水タンクがみるみる上がりました、そして夜中に雨は止んだ。 だから、この世界が昔と同じなら必ず強烈な風が吹きます」
 ネルソンが空を見上げた。
 「だからどうした? 風が吹こうがこの世界が毒にまみれていることにかわりない、長くいると俺も貴様も死ぬ」「この季節風は空の空気を取り込んで四方を山に取り囲んだこの地方から外に抜けていきます、だから」
 そう言って僕はゆっくり自分のマスクを外した。
 「だから今日だけは、ここには世界を覆い尽くした毒は消えているんです」
 僕は息をゆっくり吸い込んだ。
 暖かく嗅いだことのない香りの湿った空気が喉の通り肺に入る、その酸素は僕の身体に染み渡った。
 だが次の瞬間、激しく咳き込み息がつまり胸を押さえる、苦しい、だけどこの空気は本物だ。
 僕は喘ぎながらマスクを外せとネルソンに向かって言った。
 ネルソンがマスク押さえていた手を緩め、そして大きく息を吸った。
 「僕たちには無理だが、貴方達なら……」
 僕はコンソールのディスプレイをタッチする。隔壁内のシステムは既に変更済みだった。
 地響きを鳴らしながら僕と保安部長の前で、数十年外界から僕たちを遮断していた隔壁が動き出した。
 「地下避難所はもう……彼らに……与えなければならないのは……彼らの元にに光を……せめて今日だけでも……」
 僕は意識が遠退くのを感じながら、ネルソンを見た。彼は呆けた様に、ただじっと空を見つめていた。

深未蓮
2014年07月14日(月) 20時24分50秒 公開
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■作者からのメッセージ
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拙い小説ですが、感想など戴けたら嬉しいです!

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