いわくつきの古書 |
いまこそ僕は語らねばなるまい、この一冊の漫画本に纏わる忌まわしいいわくを――。 稀代の漫画蒐集家、小野間(おのま)藤兵衛(とうべえ)がバナナの皮で滑って死んだ、それがすべての始まりだった。遺族の脳裏を過(よぎ)ったのは哀悼の念などではなく、なにより九〇〇万冊に及ぶ夥しい蔵書の処分についてである。話題作から戦後の貸本、アメコミに至るまで、故人の節操なさが如実に顕れた総重量じつに一八〇〇トン、遺族にとってはゴミの山。間断置かず故人と交友のあった我々同業家たちに「なんとかしてくれ」と哀切な救援要請が届くのもむべなるかなといえた。 眼前にそびえる漫画の山に、僕は胸を高鳴らせた。ほかの十二人の愛好家も御同様だろう。漫画の迷宮とも呼ぶべき小野間氏の書庫は、僕らにとってはまさに新宝島そのものである。 「査定の上、形見分けといこう。班分けして作業にあたるのが効率的だろうね」 そう提案した蕪辺(かぶらべ)さん、それに加藤(かとう)くんという若い愛好家と班を組み、僕らは黴臭い迷宮の闇に、足を踏み入れていく。 「小回(こまわり)くんと太刀桐(たちきり)さんは犬猿の仲なので班を分けたんだ」蕪辺さんはそういって微笑む。「会うたびにデブだハゲだと子供のように罵り合うんで、困ったものさ」 陰気な加藤くんは、ろくに返事も挨拶もない。変わり者揃いの漫画愛好家にあって、およそ常識人といえるのは蕪辺さんだけだ。 「まったく、なんであんなに仲が悪いんですかね、小回くんと太刀桐さんは――」 手近な漫画本を査定しながら、溜息まじりに僕は溢す。 蕪辺さんは、ふいに笑みを殺した。 「ねえ、少年ジャンボで連載されてた『あくまんが夜魔羅(やまら)くん』って漫画……知ってる?」 ひとかたならぬ好事家を自認する僕も、きいたこともない作品だ。 「むりもない。古い漫画な上、たった十二話で打ち切られたから。悪魔信仰の主人公と世界支配をもくろむ光の教団の対決を描いたファンタジーで、作者の名まえはダンテ神曲(かまがり)」 「作者の名まえも、知りませんねえ……」 「自殺したんだ」蕪辺さんは、声を潜める。「打ち切りがよほど堪えたんだろう。哲学的な内容、斬新な手法も採り入れた意欲作だったけど、如何せん少年層から人気がなかった」 「その漫画が、いったいどうしたというんです?」 「第十三話があるんだ。十二話で打ち切られ、物語はたしかに完結した。なのに幻の十三話があるんだよ。それを描き上げて、ダンテ神曲は自殺した。編集部への抗議のためか、あるいは精神が錯乱していたのかはわからないけどね」 「……いったい、どんな内容なんです?」 ふいに濃くなる闇のなか、査定を続けながら、僕は問う。 「普通じゃない。光の教団を倒した主人公たちが平和になった世界で意味もなく殺し合うって内容さ。筆致も陰鬱、最終見開きは一面、ベタで塗り潰され、白文字で意味不明の呪詛の言葉が埋め尽くされていた。とても商品にできない代物だが、どういう手違いか、単行本初版にその十三回が収録されていたという――」 ゾクリ、と背中に悪寒が走る。 「呪いの漫画、と世間では呼ばれた。読んだ者は正気を失うとも、あるいは逆にどんな願いも叶えるともいわれた。その漫画を抱いて自殺する若者が後を絶たず、回収騒ぎにもなったぐらいだ。稀少性が神秘性をさらに高め、ついには『あくまんが夜魔羅くん』を教典とする新宗教まで誕生した――!」 僕は息をのんだ。手元の漫画の最終見開きが、一面、ベタで真っ黒に塗り潰されていたのだ。 そこには、不気味にも白文字で無数の呪詛の言葉が蟲めいている。 蕪辺さんは眼を瞠り、叫んだ。 「みつけたぞ、その漫画だ! すべてを滅ぼす呪いの漫画、世界を征する悪魔の書!」 突如、短剣(ダガー)片手に襲いくる蕪辺さん。割って入ったのは長髪をふり乱す若者だった。いったいどこから持ちだしたのか、禍々しい魔剣を手に、加藤くんが蕪辺さんを抑えこむ。 「おのれ加藤、目的はおなじか!」 「残念だったな、光の教団! 邪眼解放!」 闇のなかから連接棍(フレイル)片手に黒装束の巨漢、小回くんが加勢する。 真っ赤な火花が散った――白ずくめの禿頭、太刀桐さんのレイピアが、敢然とそれを受け止めた。 「逃げて!」邪眼を解放し、闇のオーラを発しながら、加藤くんは叫んだ。「その漫画は世界を滅ぼすもの。同時にもっとも価値あるもの。光の教団に、渡してはならない!」 漫画じみた扮装で激しい剣戟を演じる四人を尻目に、僕は命からがら間一髪、漫画本の迷宮を脱出した。世界を滅ぼすかもしれないという、いわくつきの漫画をただ一冊、携えて――。 「――とまあ、そういういわくつきの、レアで大切なコレクションなんだがね……」 段ボール満杯の漫画本をカウンターに並べ、卑屈な笑みを浮かべながら、僕はいった。 「保存状態悪いんで、買取価格は十円っすよ」 無愛想な古本屋スタッフは、面倒くさそうにそう答えた。(了) |
D坂ノボル
http://homepage3.nifty.com/decadence21/index.html 2013年04月22日(月) 19時37分05秒 公開 ■この作品の著作権はD坂ノボルさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.5 桜井隆弘 評価:30点 ■2013-08-03 18:18 ID:PZIOtt.fyBk | |||||
遅すぎますが、レスさせていただきます。 急ハンドルを切る展開が、意外性があって面白かったです。 「何を扱ったものなんだろう?」っていうCMみたいな。 デブとハゲもしっかり活躍してるんですね(笑) 最初に十二人登場して、最後四人が戦っていて、残りの人たちが何やってたのか知りたかったです。 オチもD坂さんらしくて好きでした。 次回作も楽しみにしています! |
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No.4 SHIRIAI 評価:0点 ■2013-07-04 17:02 ID:..K.tfL042k | |||||
以前、つまらないドラマ(映画?)を観てしまいました。はじめの30分〜60分は医療ミス、その隠蔽で、かなりシビアに進み、主役の役者も、めずらしく迫真の演技でしたが、途中で嘘っぽいホラーに変わるというお粗末なものでした。それに匹敵する、貴方がいうような「ゴミ」です。よかったですね。言う通りです。 文章は綺麗ですね。漫画を見つけた時には、世界に引きずり込まれてました。戦闘の描写から貴方、捨てましたね。最低です。ラストは貴方の作品のことですね。10円。 投稿する方々はレベルの違いはあれど、ゴミと思って小説を棄てていく人は、貴方以外にいないでしょう。詩を排泄物として、詩の板をトイレとして使っている人はいるようですが。 さようなら。 |
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No.3 山田花子アンダーグラウンド 評価:40点 ■2013-06-30 06:33 ID:BrBj.1iOdwk | |||||
別のサイトでも読ませていただきました。ラストの一気に落ちる感覚というのは、やっぱりショートショートならではなのですね。とても面白かったです。 | |||||
No.2 gokui 評価:40点 ■2013-04-25 00:13 ID:SczqTa1aH02 | |||||
読ませて頂きました。 オーソドックスなショートショートですね。なかなか面白かったですよ。 卯月さんが感想で、 > バナナの皮で滑って死んだ、とか。 > 蔵書の数も少し大げさに感じました。 と書かれていますが、この物語は、主人公が本を高く古本屋に売ろうとして作り出したホラ話なわけですから、多少おかしなところがあった方がよいと思います。私なら、一度読んだときはいかにもまともらしく、二度目に読んだときには矛盾に気がついて「なんだ、話がおかしいじゃないか」と思わせるような内容にすると思います。一粒で二度おいしい私なりの考え方です。卯月さんがリアル路線を進めるのに対し、私はコミカル路線を進めるわけです。D坂さんはお好きな方の路線をお選び下さい。 卯月さんの感想ばかり抜き出して申し訳ないのですが、古本屋の体調が悪くなるというのはいただきですね。ホラ話のはずが実は本当の話だったのかも、という感じで終わらせるのはなかなか面白そうです。 それでは、次回も期待していますよ。 |
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No.1 卯月 燐太郎 評価:30点 ■2013-04-23 23:47 ID:dEezOAm9gyQ | |||||
「いわくつきの古書」読みました。 ギャグ作品に持って行くよりも、ミステリー作品にした方がよかったのではないかと思います。 導入部を少し漫画チックにしていますよね。 そのあとの話が、亡くなった漫画蒐集家、小野間藤兵衛の九〇〇万冊、一八〇〇トン(ちなみに一冊200グラムでしたので、計算して書いていますね) まあ、九〇〇万冊の書籍をどこに保管していたのかが気になりますが。 バナナの皮で滑って死んだ、とか。 蔵書の数も少し大げさに感じました。 A>>むりもない。古い漫画な上、たった十二話で打ち切られたから。<< B>>どういう手違いか、単行本初版にその十三回が収録されていたという――<< ●AとBが矛盾しています。(また、その矛盾が解決されていない) >>故人と交友のあった我々同業家たちに「なんとかしてくれ」と哀切な救援要請が届くのもむべなるかなといえた。<< ●「この仲間だと思っていた者が作品の中の邪悪な集団と正義とに別れて乱闘劇。」このあたりの突拍子さに説得力がない。 ●作者様は、ギャグ小説なので、上に書いたことは、許容範囲だと思ったのではないですかね。 ●要所要所がドタバタ劇になっていますので、そのあたりも作品が締まらなかったのかもしれません。 >改善するには< ミステリー系の方が、作品の「ネタ」を高く利用できると思います。 たとえば、内容をドタバタ劇にするのではなくて、なんとなく不気味な味付けにするとか。 具体的に言うと、 >>故人と交友のあった我々同業家たちに「なんとかしてくれ」と哀切な救援要請が届くのもむべなるかなといえた。<< ●ということで、仲間が集まり本をそれぞれ査定の上、形見分けていたところ、「蕪辺」さんが、『あくまんが夜魔羅(やまら)くん』の「漫画」話をしだした。 漫画のいわくについては、「12話で打ち切られた」このあたりは、よいと思います。 「十三話」はそれまでの出版社では発行できなくなり、作者のダンテ神曲(かまがり)が自己出版して自殺した。 >。最終見開きは一面、ベタで塗り潰され、白文字で意味不明の呪詛の言葉が埋め尽くされていた。<< この辺りは、かなり良いと思います。 それで、本の査定をしていた仲間がダンテ神曲(かまがり)が自己出版した漫画を見つける。 漫画を見た者が、その直後から便意を催す。(吐き気、そのほかの体調不良でもよい) 次々にトイレに駆け込む。 漫画を読み始めた主人公も体調が悪くなる。 こんな感じでラストになり、 >>「保存状態悪いんで、買取価格は十円っすよ」 無愛想な古本屋スタッフは、面倒くさそうにそう答えた。<< ●この後に古本屋スタッフはトイレに駆け込む(体調が悪くなる)。 シリアスに作品をまとめるのなら、13冊目の漫画の呪いで、関係者がおかしな病にかかり次々に亡くなるとか。 主人公は、病にかかりげっそりとした風体で、呪いの病を広げるために古本屋に本を売りに来た。 ●ちなみに呪いを科学的な物で描くとしたら、ダンテ神曲(かまがり)が自己出版した13冊目の漫画には「特殊な殺人ウィルス」がラストのページに塗り付けてあった。(もちろん伏線は必要です。ダンテ神曲が漫画の世界に入る前に大学病院の研究室にいたとか。さりげなく書いておく) ■作者からのメッセージ >>小説現代SSコン、予選通過のゴミ、です<< ●「小説現代SSコン」ですが、以前テレビで芸人が漫才ネタで24時間営業のコンビニになぜシャッターがあるのか、というのをやっていたのを観たことがあります。答えはコンビニ店が倒産したときにシャッターを使うでした。 ところが、その漫才をテレビで観てから3か月ほど経ってから「小説現代SSコン」に同じ内容(ネタ)の作品が入選していました。 選考委員も先生も漫才までは観ていないようです。 |
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総レス数 5 合計 140点 |
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