エンディング
 目覚まし時計を止めたとき、デジタル数値がいつもより早く切り替わっているように見えた。俺はしばらくそれを見つめていた。たしかにいつもより早いと感じた。……それが何を意味するのか……。
壁時計を見ると目覚ましと同じ時刻を示していた。秒針の動きが早めだった。俺はのっそり起き上がりベッドに座ったままで暫く呆然とした。金融業者はいくらまで貸してくれるだろうかと考えてみた。……ふと気がつくともう八分もたっていた。今日は緊急事態ということで休みにしようか……?いや、今なら十分会社に間に合う。一挙手一投足を1.3倍にすれば何のことはない。他人からはまともに見える。俺はだるい体を動かして洋服ダンスへ向かった。

 自動移送器の中では目をつむっていた。会社に着いてドアが開くと皆がやけに高速で働いていた。働いているように見えた。俺は一瞬、唖然としたがどうも一瞬ではなかったようだった。陽子から言われてしまった。「どうしたの?」凄く早口でしゃべりやがった。ロボットならともかく人間業ではなかった。こんな場合、一体なんと返事すればいいだ?全く考えてみた経験がなかった。人間なら「ちょっとめまいが……」とでも言うだろうが……。仕方がないので俺も「ちょっとめまいが。」と言ってみた。超高速で。そうすると間髪を入れず笑い声が湧き起こった。俺のギャグが受けたのか、言い方が可笑しかったのか?

 チューニングルームへ行くふりをしてオフィスを出た。エレベーターは危険に思えたので階段を使った。途中若い女子社員が信じられないスピードで階段を駆け上がってきた。俺は慌てて階段を下りる速度を駆け足にした。女子社員はすれ違いざまに俺に何か言ったが聞き取れなかった。今のは景子だったようだ。……思えば楽しい社会生活だった。俺は性格が明るいロボットに生まれたおかげで昔から女の子にモテた。
 それも、もう終わりか。
 だが、諦めるのはまだ早い。ワールドウォッチャーになれる可能性が残っている。俺の通っていた小学校にはいなかったが中学校にはいた。思春期の頃で将来の不安とか、俺も二、三相談したものだった。
「ロボットはコンピューターが老朽化すると真っ先に時間処理装置に支障が出る。症状は様々で通常は幾年も、ときには何十年もかけてゆっくりと悪化していく。」
 俺は彼の言葉を思い出していた。時間処理装置がイカレるということはロボット本人にとっては時間の経過が早く感じるってことだった。大体、通常の1.5倍くらいになったらそのロボットは使い物にならず処理場へ持っていかれる。つまり終わりだ。この装置は滅多に故障しない。……故障したときは壊れた時と言われている。……しかし、故障例がないわけではない。ただし修理費は非常に高い。一旦、時間の加速が始まると通常はもう止まらない。しかし中には……原因は全く解明されていないのだが……ある程度、時間の加速が進行したところで止まる個体もある。(中学校のワールドウォッチャーは5倍と言っていた。)
 そういうロボットはワールドウォッチャーと呼ばれて重宝がられている。世の中の動きが通常の五倍もに見えると、ちょっとやそっとのことでは慌てもせず、経験によって大抵の問題は予測できてしまう。更にはある種の未来予測さえも可能になってしまうのだ。ワールドウォッチャーは警察にだって軍にだって在籍しているのだ。
 ロボットたちはいずれは自分もワールドウォッチャーになりたいと願いながら日々を過ごしている。俺は別に自分では興味がないと思っていたが……
……ああ、なんてこった。やっぱりこういう瞬間が訪れるとはっきり分かるってもんだ!俺は本当はワールドウォッチャーになりたかったんだって!なりたかったよ。なりたかった!俺もワールドウォッチャーになりたかった!!

 ……人間の動きが早すぎて見えなくなってきた。これはもう金融業者がいくら貸してくれるかという問題ではなさそうだ……

×          ×          ×          ×

 突然パッと明るくなった。目の前に医者がいた。俺たちロボットは医者と呼んでいるが人間たちは技師と呼んでいる。
「バッテリートラブルですな。」
 と医者は言った。……バッテリー……そういえば、ここ四五日、太陽にあたっていなかったが……
「正しくはバッテリーアラームのトラブルですな。」
 俺は受付でアラームの交換とチャージ代、あわせて三千円払って外に出た。
「やったー!!まるで生まれ変わったみたいだ!!」
 俺は思わず叫んだ。
 が、通りの向こうにある人間の病院がちらっと目に入ると、いつか本当にやってくる本当の終わりのことが頭をかすめて、ほんのちょっとの間、暗い気分になった。





               おわり。
鮎鹿ほたる
2012年10月10日(水) 21時06分48秒 公開
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No.8  鮎鹿ほたる  評価:0点  ■2013-10-12 08:48  ID:sZUFwFROn9k
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感想、ありがとうございます。

人間、年を取るにつれ時間がたつのが早く感じるようになります。
20歳の1年は40歳だと2ヶ月くらいな感じです。
だから厄年くらいになってくると
・・・俺はもうおしまいだ・・・
なんて気分になります。
でも時間の経過が早く感じることの利点だって何かあるはずだ・・・
これは、そんなことを描いたつもりだったのです。ここの人たちは若いせいか皆さんどうもピンと来ないような雰囲気でした。

・・・きっとコンクールの審査員はかなり年配だったのでしょう(笑)
No.7  gokui  評価:30点  ■2013-10-11 16:41  ID:SczqTa1aH02
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読ませて頂きました。
すでに海外で賞をもらっている作品ということで感想書きにくいのですが、ショートショートとしては可もなく不可もなくというところでしょうか。
>  が、通りの向こうにある人間の病院がちらっと目に入ると、いつか本当にやってくる本当の終わりのことが頭をかすめて、ほんのちょっとの間、暗い気分になった。
このオチのあとに来る最後の部分は普通ショートショートでは蛇足となりそうな部分ですが、なぜかこの一文がないと締まりがないですね。うまい一文を加えたものです。
それでは、今後も頑張って下さいね。新たな賞目指して……
No.6  鮎鹿ほたる  評価:--点  ■2012-11-06 15:13  ID:O7X3g8TBQcs
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感想ありがとうございます。
喜怒哀楽な・・・作者の性質が前面に出ました。
また、いつか投稿しますのでお願いします。
No.5  水樹  評価:30点  ■2012-11-03 22:36  ID:r/5q0G/D.uk
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拝読しました。
喜怒哀楽な主人公がいいですね。
世界観としては、自立しているのかなと。
思わず叫ぶ所を想像したら、噴き出してしまいました。
No.4  鮎鹿ほたる  評価:--点  ■2012-10-21 20:31  ID:O7X3g8TBQcs
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こんにちは。
いやぁ、そう言っていただけると嬉しいです。この話は自分でも久々に「結構良くない?」って思っていだのでなにかホッとしました。
いや、ウチの姪がですねまだ、中二なのに小説家になると言い出して原稿用紙300枚書いてコンクールに応募したんですよ。まだ結果は出ていませんが。この作品を姪に読ませてお互いに切磋琢磨しようと思っていたのです。読ませてもいいかなーって気がしました。
No.3  陣家  評価:30点  ■2012-10-21 16:43  ID:98YScwpXzig
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拝読しました。

これはよくできたお話だと思いました。
扱っている題材のわりにはほんわかした落ちが意表を突いています。
ただ、電池が切れかけのアナログ式時計の秒針を観察したことのある人じゃないとピンとこない可能性もありますね。

面白かったです。
No.2  鮎鹿ほたる  評価:--点  ■2012-10-19 09:24  ID:O7X3g8TBQcs
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ご意見ありがとうございました。
また、書きますのでよろしくお願いします。
No.1  hiroki26  評価:20点  ■2012-10-10 22:44  ID:yAzEL97eh3.
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感想としては世界観は好きです。
だけどその世界観を把握するのに時間がかかってしまう。最後の方で
主人公がなんなのかわかるというものなので。最初の方でもっと世界観とか主人公の描写をした方がストーリを理解できたのでは?と思います。

文章から引用
>世の中の動きが通常の五倍もに見えると

たぶんこれはむしろ主人公の動きが遅くなっているから、5倍に見えるのでは?
もしも、思考が早くなるならばむしろ世の中がゆっくり見えると思います。


私もまだまだですが、お互い頑張りましょう。
総レス数 8  合計 110

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