エサ場
 集落にある登山口に尋ね人の看板あり。地図に迷の記あるも道はしっかりしている。その沢沿いの登山道を小一時間登ると地図に載っていないブナ林の獣道の先に地元の鳥好きが置いた、一部のバーダーしか知らぬ細いパイプに歪んだ小さな皿を乗せた簡素なエサ場あり。男、そのエサ場より2mも離れずに近い場所にてビニールシートに胡坐をかき太く長いレンズのカメラを据える。小太りな身体、前に突き出た頬骨、眠たげ目、神経質な癇癪持ちのような口が2,3時間耐え肩をいからせエサ場を睨み居るも、枝に止まるはカラスばかり。妻、後ろより遠慮がちに双眼鏡にて探鳥する。その妻カメラを持たぬは男、お前なぞ使うことなぞできぬの言葉より。男、コネで昇進した役員なれば職場にてそれ以外にて態度の全てこの調子である。故、知能の低い鳥なぞ我の考え通り動くと行動する。しかして、どこへ探鳥すれどもめったに鳥は現れず小鳥は驚き姿を隠し、見るはヒヨドリ、スズメ、ハト、カラスばかり。妻思う、餌やらずしてエサ場に鳥たちが集まって来るのか、男に人が来るは建前上のエサある故で我も男に付くは黙っておれば生活は保障されるがためである。
 見上げれば曇り空に映えるブナの白と葉の緑。遠くに小鳥たちの声はすれども回りのブナたちに小鳥の気配無く、2,3羽カラスがかうかうと鳴く。我の前には虫が湧く。登山道などで昼食の休憩などでよく利用される場所に現れるあれである。妻、まず我に虫よけスプレーをかけ虫よけですよとことわり男にスプレーをかける。化学物質化された霧が独特の香料の匂いを伴いブナ林に消える。
 我慢強く、やがて我慢も諦めに変わる頃かうかうと鳴くカラスの先に、妻、双眼鏡にても小さい鳥影を見つける。枝や葉が邪魔をしているが黄色い嘴、鳥なぞ詳しくなくともこれが猛禽類だけは分かる。妻、双眼鏡を男に渡し知らせる。男、それを視認すると立ち上がり三脚の足を伸ばす。
「お前は先に帰れ」
 男、思い通りに行かぬ撮影に意地あり。観察難易度の高い鳥を写真に納めたいがため妻の双眼鏡を片手に三脚を担ぎ林に入る。若木を踏みつけ猛禽類に近づくも三脚を立てると逃げて行き双眼鏡の中の同じ大きさの鳥影になる。あわてて追い三脚を立てるとまた逃げ双眼鏡の中の小さな鳥影となる。やがて三脚の足が当たるほど木が密集する。沢の音が聞こえる頃、鳥影は葉や枝が邪魔にならぬ所に止まる。三脚を立て小さい写真でもよいと構えたところ鳥はどこかへ飛んで行きその影を見失った。男、地団太を踏み、しばらく立ちすくみ、仕方なく帰ろうとするといつの間にかどこを向いても同じに思える深い森にいた。どこを向いても同じように木が立っている。方向がまったく分からない。声を張り上げても人の気配無く携帯も繋がらない。なに、斜面を下りれば集落に近づく、沢沿いに下れば人の住む所へ出ると真っすぐ斜面を下る。いつの間にか日が傾かけている。曇り空の森の中の光量が目に見えて少なくなって行く。男、あわてて斜面を下ると沢の音が大きくなって行きやや安心し、沢へと足を急がせる。やがて斜面は急になって行き三脚を担ぎながら下るのがきつくなる。足が笑う。それでも日が暮れるまではと急ぎ急斜面を下ると森の合間のようなガレ場へ出て、浮石に足を滑らせ急斜面を転がり崖から沢へ転落する。
 かの猛禽類、高い枝に止まり男が動かないのを確認するとグワッ、グワッと鳴く。一羽のカラスが飛んで来て高い枝に止まり男をしばらく見つめる。共に動かないのを確認すると下へ降りて瞳孔の開いた男の身体をついばむ。カラス、かうかうと鳴き仲間を呼ぶ。
RAW
2012年09月30日(日) 17時44分53秒 公開
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どっとはらい

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No.3  RAW  評価:--点  ■2012-10-06 21:14  ID:3.rK8dssdKA
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 えんがわ様。感想ありがとうございます。
 やっぱり自分の書くものはつまらないのかなあ、と思っていたところなので暖かい感想嬉しいです。
 語り口をこんな風にしたのは自分もなんちゃってバーダーなので、昔話のような、なんちゃって古文訳風の簡素な書き方にして逃げた所もありました。なんだか申し訳ないです。それが淡泊な作りになったみたいです。勉強になりました。
 オチが読めたとのこと、カラスは控えたほうがよかったかな、と思いましたがやっぱりそれは駄目ですよね。流れというか、効果を意識したいと思います。
 ありがとうございました。


 うんた様。感想ありがとうございます。
 同じく暖かい感想うれしいです。
 自分で書くとすべってしまいますが、距離をとった作品が好きです。そうすることで逆に風景が劇的に浮かんだり「鳴くよりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」みたいな切実さを感じます。TCでそんな印象の作品に出会うといいなあと感じています。もちろんストレートに気持ちがこもった作品も好きです。
 近い語りの所は、自然と俗を書きたかったからと鳥って以外と賢いんじゃないかな、と思ったからでした。そこで猛禽類を出しました。
 離れた感じの所は、えんがわ様への返信の通りなんちゃって古文訳からかなと思います。
 ありがとうございました。
No.2  うんた  評価:30点  ■2012-10-06 10:35  ID:iIHEYcW9En.
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こんちは。読みました。かの猛禽類、何かの象徴でしょうか?
自分がエサになっちゃうとかこわい。

短くて断片みたいなので
ちょっと感想書きにくいのですが、思ったことというと;

・対象にすごく近い語り。やさしい視線での書き方。
・対象から離れた感じの語り。つめたい?書き方。

こういう風に語り方を乱暴に分類してしまうと、
最近はRAW様の作品はやさしい書き方の作品が多かったのかな、
と思いました。
でも考えたらRAW様はこういう距離をとった視点での作品も
けっこう書かれていますよね。

そういうことを考えてみたらおもしろかったです。
しかし語り方次第で印象というものはがらりと変わるものですね。
No.1  えんがわ  評価:30点  ■2012-10-05 21:25  ID:Kihk3/i8Shs
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とても硬派な感じを受けました。
何というか、共感・同情じゃなくて、突き放した視点に、ぞくりとしました。
カラスが連呼されるので、オチは何となく読めたのですが、それでもぞくりとしました。

うーん。指摘するのもおこがましいのですが、敢えて。
全体を通して少し印象が平坦になっている気がします。
ボリュームを増やして、情景描写や細部の描写とかがあっても、と思いました。

先にルリの詩を読ませていただいたのですが、同じ作者さんがこれだけ中身だけでなく、語り口やトーンを変えた作品を持ってきたことに、驚きと、文章の巧みさを感じます。羨ましいなぁ。
総レス数 3  合計 60

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