ゾンビトピア (1000文字小説)
 手術中のランプが消えた。
 ストレッチャーに乗せられた少年が執刀医に見守られながら手術室から搬出される。
 待合室から飛び出るように母親がストレッチャーに取り縋った。
「先生、太郎は……手術は……」
「ご心配なく、成功です、脳の病巣は完全に取り除きました」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」
 感涙に身を震わせながら母親はその点滴に繋がれた手を握りしめた。

 二十一世紀初頭、突如として発生したゾンビウイルスは瞬く間に全世界に蔓延した。
 接触感染で広がるウイルスを食い止める手だては無く、僅か数年で全人類はゾンビ化してしまったのだ。
 すべての生産活動文化活動は完全に停止し、昼夜を問わずあてどなく徘徊する不死のゾンビで地上は覆い尽くされた。
 ゾンビパンデミックから五十年後、自然風化と共に活動可能なゾンビ人口はかつての数十分の一となっていた。
 もはや廃墟と化した街々を動き回るゾンビの姿もまばらとなり、このままゾンビ人類は自然消滅の道を歩むかに見えた。
 だがまたもや変化は突如として起きた。
 一部の個体が驚くべき進化を果たしたのだ。
 繁殖能力。
 不死の体を失うトレードオフとして子孫を創り出す能力を再び獲得したのだ。
 だが依然彼らの精神活動は失われたままであり、その伴侶獲得はまさに手当たり次第の様相を極めていた。
 しかしそれ故にゾンビ人口は復活の一途を辿り、ついに最低限の秩序が生まれるに至った。
 不死の能力を失った肉体の新鮮度を保つため、食物の生産活動さえも始まった。
 見かけ上の社会活動と呼べるものが生まれ、言語を扱うグループまで登場したのだ。
 これによりゾンビ間に優劣が生まれ、より高度な社会生活に似た行動を為すグループが勢力を拡大していった。
 ゾンビ人類が新たなステージに移行して数十世紀、先史人類の研究までもが活発となり、その遺産を有効に活用することでゾンビ社会は飛躍的な進歩を遂げていた。
 生産活動は効率化し、遺跡に残されていた用途不明の加工物を見よう見まねで再現することは芸術活動と呼ばれ、能力の低い個体の暇つぶしとして重宝されていた。
 しかし彼らはなお先史人類に比べて圧倒的なアドバンテージを失わずにいた。
 進化の証として。

 執刀医が静かに所見結果を母親に説明する。
「太郎君はいわゆる先祖返りと呼ばれる先天性の悪性疾患をお持ちでした。しかしご安心ください、今後一切症状が再発することは無いでしょう――感情を持つなどという」

(了)


陣家
2012年09月17日(月) 11時17分54秒 公開
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■作者からのメッセージ
意外にぴったり1000文字に収まりました。
やった!

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No.10  陣家  評価:--点  ■2012-09-26 22:45  ID:98YScwpXzig
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RAWさん、感想ありがとうございます。

このお話を書くときに一番迷ったのは冒頭の母親の反応でした。
できるだけ分かり易くするならば当然無味無感情で息子の安否など歯牙にも掛けていない様子として表現するべきなのでしょうが、もし、ゾンビ行動学が説明できるならば、見た目通常の人間らしい反応をさせておく方が面白いだろうと思ったのですが、やはり失敗でしたね。

ここに描いたゾンビは、実在する人間とまったくもって姿も形も言葉も感情の発露でさえも同じに見えながら一つだけ違う点、つまり感情がないという存在を創り出したかったからでした。
中盤のゾンビ年代記ダイジェストは、こうした存在を創り出したかったからです。
姿形が似ていれば内面で起きる活動も同じだと思えます。それは心があると思えるからです。
ゾンビと人間が一つだけ違う点として表現したかったのはここでした。
ゾンビは痛みを感じません、たとえ腕が折れようと、足が折れようと痛みを感じないわけです。それは我が子の身を案じているように見える母親の姿でさえも、単なる機械的なポーズであるわけです。
おそらく社会性を有したゾンビは痛みを感じなくとも腕が折れれば不都合なのは間違いないのでそれを周りにアピールすることでしょう。それは一見痛みを感じているように見える仕草に見えるかもしれませんが、実際には内面ではなにも起きていないわけです。
痛みはC線維にインパルスが発生してそれが脳に伝わることで発生するわけですが、おそらくゾンビはインパルスが発生しても痛みとして認識しないのです。つまり心と呼ばれる内面的生活を持っていない。
痛みというのは不思議なもので、なおかつやっかいな代物です。一度手痛い激痛を味わうと、それは記憶に留まり、同じ経験を忌諱するようになります。痛みという記憶が心理に大きく影響を与え、行動を抑制するからです。
本当に必要なのでしょうか?
世の中、人間嫌いだと言う人はよくいて、こんなことを言ったりします。
*論理的思考のみで動く正確無比な機械になりたい。
他人の痛みが分かることは心を持っているという確からしい証拠に思えますが、本当に他人の痛みを自分の痛みとして感じているかどうかを確かめる方法はほとんどありません。
ならばいっそそんなものはない方が効率的に、あるいは幸せに生きられるのでは? と思う人がいても不思議ではないと思います。
少年が受けた手術はC線維から痛みを受動する部分の切除だったと思われます。
あるいは痛みを痛みとして認識する変換部分だったかもしれません。
少年が退院後どのように世界を認識するようになるのか分かりませんが、おそらく不幸な物だとは断言できないでしょう。
たとえ、今までどおり心を持っていたとしても、自分の周りの人が心を持っているか、あるいは持っていないのか、確かめる術はないのですから。

と、これだけの解説が無ければまったく意味不明の一品だったというわけです。
ほんと、ムリがありすぎて笑えますね。

ご静聴、ありがとうございました。
No.9  RAW  評価:30点  ■2012-09-25 23:51  ID:3.rK8dssdKA
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 読ませていただきました。
 印象としては上の方々と同じ印象です。ウィルスとゾンビと言うとあれかな、あれかなと思わせてしまうのは小説書けない奴が言うのはかなり生意気ですが、やはり致命的かな、と感じます。生殖能力と知性と感情を得た死体、設定はとても興味を引きましたが、やはり1000文字に納めるのは無茶やがなと思います。いつもの作者さまのペースだったら、と興味をそそられました。
 失礼しました。
No.8  陣家  評価:--点  ■2012-09-24 21:11  ID:98YScwpXzig
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うんたさん、お読みくださりありがとうございます。

考えてみれば1000文字縛りというところに甘えていたのかもしれないですね。
文章量に対しての情報量のコントロールができていませんでした。
冒頭から落ちに持っていくまでに中抜け間がありすぎだったようです。
とはいえ、結局のところ読んで面白いと感じさせるかどうかが一番重要なわけで、変に理屈やつじつま合わせを無理矢理にひねくるよりも、短い中にも緩急をつけたリズム感が必要だったのかもしれません。
その辺、あらゆる意味で中途半端でしたね。
自分はいつもスカスカの文章ばかり書いているので、そこが難しかったです。
次はなんとかしてもうちょっとうまく書いてみたいなと思います。

ありがとうございました。
No.7  うんた  評価:30点  ■2012-09-23 12:59  ID:iIHEYcW9En.
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こんにちは。読ませていただきました。
1,000字という制約は厳しいですね。

私もゆうすけさんのご指摘のように、早足、ダイジェスト風、つまり説明的と
感じてしまいました……。
「缶詰」はおもしろく読ませていただいたのですが、この作品も1,000字にこだわらずに、
もう少し長く書いていただいた方が読者としては楽しめたかなと思います。
(しかし作者様の意図が元々1,000字ですので、これは無理な言い分なのですが……)

それからオチに関しても弱いようですが、これは多分文章量が限られてしまっている分、
理路整然とストーリーを運びきれていないからかなと。

>だが依然彼らの精神活動は失われたままであり、その伴侶獲得はまさに手当たり次第の様相を極めていた。
 しかしそれ故にゾンビ人口は復活の一途を辿り、ついに最低限の秩序が生まれるに至った。

伴侶獲得が手当たり次第であれば人口復活の一途は分かりますが、
どうして最低限の秩序が生まれたのかは伝わらない気がします。

精神活動を失ったゾンビがどこかで秩序を生みだすわけですが
街をほっつき歩いて端からセックスしているだけのゾンビの集団に
どうして社会活動が生まれるのかなと、なんとなくモヤモヤしました。

このモヤモヤした状態で人間的な知性を感じさせる医師と親子との
会話の結末部分に辿り着くわけですが、話の展開に疑問が残るため、
オチもなんだかはっきりとせずに霞んでしまうようでした。

自分のことは棚にあげて好き勝手ばかり申し上げてすみません。

ゾンビとかブラックな世界とかはとても好ですので、また是非缶詰のような
作品を読ませてください。

ではまた。
No.6  陣家  評価:--点  ■2012-09-22 03:29  ID:98YScwpXzig
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おさん、感想ありがとうございます。

おそらくこの作、筆者自身が唯物論的な思考に偏よりすぎで意味不明でしたね。
よくある思考実験で物理主義、唯物論主義への攻撃手段として引用される哲学的ゾンビの擁護などという無茶なことをやろうとしてしまったようです。
哲学的ゾンビはまったくもって理論上の創造物なのは間違いないのですが、行動学的ゾンビならば、なんとか作り出せるんじゃないかと思って書いたのがゾンビ人類の出仕でした。
例えばここは別にゾンビでなくとも、完全な合理性に基づいて行動するグループであれば、アンドロイドでも、非脊椎知的生命体でもなんでも良かったわけです。
文明活動を行えるほどのコミュニケーション手段を持ちながらも内面的には何も起きていないと言う新人類の特徴をもう少し分かり易い形で記述できれば良かったのですが、難しかったです。
それでも最大の問題は感情を発露しているように見えて内面的になにも起きていないはずの側が、内面活動が起きている少年の異端性をどうやって看破できたのかというところでしょうね。
例えば、母親が息子を朝起こした時に「あと5分」とゾンビ人類史上始まって以来の反応を口にしてしまった、とか。
そのあたりも、もう少しうまく取り込めれば良かったかなあと反省しています。

貴重なご意見ありがとうございました。
No.5  お  評価:30点  ■2012-09-22 00:21  ID:.kbB.DhU4/c
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どもどもーっす。
うーん、よーわからん。
ゾンビは不死じゃねーだろ的な。不死と言うよりは既死というか。まぁ、ヴァンパイアも不死とかいうから表現として間違いではないのかな。でもまぁ、いずれにしろ、不死を失うことはないんじゃないかなぁ。死んでるんだから。でないとしたら、そもそもゾンビじゃない。とかいうはまぁ、横に置いといても、感情にまつわるところは看過しがたいかなぁ、僕としては。まずもって、感情なしに文明文化が起こることはないんじゃないだろうかと思えるのと、まぁ、それも横に置くとして、オチ前に(というかのっけから)、感情表しちゃってる人いるじゃんwww だから、オチに対しては、なに言ってるの? としか思えなかったわけです。なので、僕の中では、オチものとしては不発気味でした。別の意味があったなら、すみません、僕には通じませんでした。
No.4  陣家  評価:--点  ■2012-09-21 22:15  ID:98YScwpXzig
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桐原草さん
感想ありがとうございます。

ゾンビ年代史おもしろかったでしょうか。
こういった神様視点での強引な圧縮の言い訳として1000文字規定は便利なのものですね。
一つの文明が滅びて、新たな文明が発展したとして、過去の文明を発見した新人類には理解が及ばないなんてのは実は結構あるのかもしれないと思っています。
ゾンビ人類にとっては心を持つことが奇形にしか思えないなんてのもありかなあと思って書きました。
お母さんの反応は実は単なるテンプレートに沿ったリアクションで合理に沿ったものであるから認められるものだったんです。
もちろん、桐原草さんの周りの人達はゾンビなどではないはずです。多分。
自分意外の人、周りの人間がゾンビではなく、心を持っているのだと信じられるのはそれが生きるのに都合が良いし、合理的だからです。
人間っていいものだなあとしみじみ感じます。ゾンビ的には。

ありがとうございました。
No.3  桐原草  評価:30点  ■2012-09-21 11:08  ID:1zZ2b3u5YfY
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こんにちは

1000字でゾンビもの、そのチャレンジ精神に脱帽です。ゾンビたちの進化の過程なんてもっと枚数があればいろいろと楽しい設定を盛り込めたのに。お疲れ様でした。
でも、1000字ぴったりに収まると、なんかうれしいですよね(笑)
たしかに書き込んだりは出来ないんですが、これはこれで楽しいかな、なんて。
ゾンビのお母さんも喜び過ぎちゃうと手術されちゃうぞ、と心配したりして。
厨二小説も楽しみにしています。がんばろ!
No.2  陣家  評価:--点  ■2012-09-19 04:50  ID:98YScwpXzig
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ゆうすけさん、感想ありがとうございます。

難しいですね、1000文字縛りって、ただでさえ短くまとめるのが苦手な人間なので、うまくバランス取れなかったです。
ゾンビというのは思考の遊びとしてはとても面白い題材だと思い書きました。
ゆうすけさんの提案されたゾンビユートピアにミュータントが生まれて引っかき回すというのは面白そうですね。
ひとりで空回りする主人公の面白いエピソードが次々に生まれてきそうです。
字数制限無しに書いてみてもいいですね。

さて今作で描きたかったのは実のところ
> 感涙に身を震わせながら母親はその点滴に繋がれた手を握りしめた。
と、最後の一行の対比でした。

今回もありがとうございました。
自分は現在、厨二小説を書いているところですが、相も変わらずすべりまくりギャグ作になりそうです。
ゆうすけさんの新作も楽しみにしております。
No.1  ゆうすけ  評価:30点  ■2012-09-18 18:19  ID:1SHiiT1PETY
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拝読させていただきました。

千字小説が流行っているのでしょうか? 面白い試みですね。時間があったら挑戦してみたいとは思いますが、なかなか時間も取れず、執筆も感想書きもできない昨今です。
たまには感想書きもやらないと、自己作品を客観的に見ることもできなくなりそうですし、丁度陣家さんの作品を発見したので書きにきました。

ゾンビ物ですね。バイオハザード等で人口に膾炙した解釈の設定のようですね。すなわち、意思を失いひたすら人間を襲う存在になってしまうウイルスの蔓延。ウイルスによる変異とはいえ、脳髄や筋肉などの組織が死んでしまったら動けないですし、どちらかといえばグールやバーサーカーに近いような気がします。
理性を麻痺させて、本能と肉体機能だけを増幅させるウイルス……類人猿か、人間が進化の過程でたどってきたなんらかの野生生物の特性を活性化させるとかの方がウイルス感染によるSFとしては面白いんじゃないかと、バイオハザードをこないだテレビで観ていて思いまして。

千字の中でゾンビウイルスによる人類滅亡の歴史を語るのは、正直いって早足に感じました。中盤が歴史ダイジェスト風です。

太郎君は前頭葉を切除されてしまったのでしょうか。
感情を捨て去る、先祖返り対策手術をしたわけですけど、母親も子供を心配する感情があるように感じました。

人間がウイルスによってゾンビとなり、そして進化のはてにまた人間に戻る、そのラストに皮肉が効いたオチをつける。これが今作の流れだと思います。
ゾンビが素晴らしいユートピアを作り上げ、そこに人間化したゾンビが現れてしまうってのはどうでしょう。ゾンビにはなかった人間的欲望、征服欲とか独占欲とか他者を利用したり貶めたりする人間そのものが復活するとか。過去の書物を読んで優しさとか正義とかの概念を学んで平和に暮らしていたゾンビたちの中に悪い人間が生まれる的な。

言いたい放題ですいません。ではまた。
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