ながむしは牡丹に眠る
                
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 私には姉がいる。
 でも、私には姉がいない。
                     

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 時計の音が聞こえる。規則的な機械の鼓動。狭い診療室の中、なまじ深閑としているせいか、それはやけに強く加賀治栞理の耳朶を打った。
栞理は怜悧な顔立ちをした少女だった。その髪は長く黒く、陶磁の肌は透けるように白い。赤いラインの入った黒のセーラー服と白肌のコントラストは美事なもので、見る者に感銘を与えるに違いなかった。
 彼女は姿勢良く椅子に腰掛け、表面上は平静を装っていた。しかし、内心では不快げに眉根を寄せていた。静寂は嫌いではないが、無機物の駆動音は余計だった。妙に神経を苛つかせるからである。
 不快な音は、眼前の男の腕時計から聞こえていた。藤色のタートルネックの上から白衣を着ており、その上からでも容易に解るほど、彼の身体は痩せていた。袖から覗く腕は老人か飢餓者のように細く干涸らびている。しかし、針金細工の身体の上に乗っかった頭は決して老人のものではなかったし、飢餓者のそれとも違った。まだ三十過ぎほどの優男の顔だった。日本人であるのは顔立ちから明白だったが、メタルフレームの眼鏡の奥にあるのは青い瞳だった。
「それで、調子の方はどう?」
 鷲宮亨という名の男は、薄い唇を僅かに動かした。いやに嗄れた声をしていた。声と言うより、狭い隙間を風が吹き抜けるときの音に似ていた。
「別に。いつも通りです」
 栞理は表情筋を微動だにさせずに答えた。しかし、無表情もまた表情の一つであり、時にそれはダイレクトに相手に意志を伝えることが出来る。例えば、「クソつまらない」或いは「クソくだらない」と言った感情を。
「それは重畳。いつも通りってのが一番いいよ」
 鷲宮は苦笑しながら、脇のデスクに向き直り、ノートに何かを書き留めた。ノートには小さな角張った字体でビッシリと、栞理の発言や行動に対する彼の見解らしきものが記述されていた。図形やイラストも交えて書かれたそれに、栞理はチラリと視線を向けた。だが、彼女の位置からでは遠すぎるため、内容を把握することは出来なかった。文字が小さすぎるため、断片すら拾うことが出来ない。
「今、この瞬間にもやっぱり感じる?」
 ペンを動かすのを止め、デスクに片肘を乗せたリラックスした姿勢をとると、鷲宮はどこか楽しむように訊ねた。
「死んだはずのお姉さんの気配を」
 嘲笑や侮蔑よりも、その愉快げな彼の態度が栞理の癪に障った。そもそも、鷲宮が自分のことを真剣に患者として見ているのかは大きな疑問だった。どちらかと言えば、患者ではなく実験動物のように見られている気がしていた。
 栞理は鷲宮の問いに沈黙で答えた。彼の態度に腹を立てた訳ではない。言わずとも相手に伝わるからである。答えは常に決まっていたし、仮に口を開くような状態になっているならば、もはや彼の世話になる必要はないのだ。
 時に沈黙は百の言葉よりも雄弁に語る。栞理の場合が正にそうだ。彼女は言葉を使わずして言い放つ。
――「勿論」、と。
「ふゥむ。そこも相変わらずか。まだ、客観的事実としてのお姉さんの死を受け入れられないかい?」
 鷲宮はデスクの抽斗から、数枚の書類を取り出して、栞理にも見えるように広げて見せた。その薄っぺらな紙切れの一枚一枚が、彼女の姉の死を証明する公的文書であり、謂わば鬼籍の証明書類だった。
「私には色々な友人がいてね。大抵の書類のコピーは手に入る。ほら、これは君のご両親が提出された死亡届だ。死んだとされるのは加賀治綴理、君のお姉さんだね。こちらはお姉さんを診察した医師の書いた死体検案書だ。これによれば、お姉さんは交通事故で死んだことになっている。君も巻き込まれた事故だ。君は奇跡的にほぼ無傷だったがね。そして、ああ、葬式代の領収書もある。一応、荼毘に付されたことの証明になるだろうね」
 事前に練習でもしていたのか、鷲宮は淀みなく喋りながら、次々に紙を栞理に渡していった。受け取った栞理はそれらに軽く目を通しただけで、特に興味を抱いた様子も見せず、即座に鷲宮に突き返した。
「もういいです」
 しかし、鷲宮はそれを無視して、身を乗り出すと、
「いや、ちゃんと見て欲しいな。これが現実なんだから」
 栞理の態度を逃避と見て取ったのか、語気を多少強めて言った。青の双眸が厳しげに細められている。だが、それでも栞理は頑として拒否した。そこには明確な意志があった。鷲宮が入り込める隙間など一寸もない。
「結構です。その書類なら前にも見せてもらいました」
 意図的に感情を消した声音だった。栞理は鷲宮という男を微塵も信用していなかった。そもそも、彼が心理療法士だということすら疑っていた。両親の強い願いにより、渋々彼の診察を受けていたが、彼に心を開いたことなど一度もなかった。彼の言動から一挙手一投足に到るまで全てが胡散臭いのである。吐く言葉吐く言葉があまりに軽く、冗談で言っているのか本気で言っているのか判断できない。軽薄かと思えば意味深長なことを真面目な顔で呟く。ころころと態度変える鷲宮は掴み所のない人間だと言えた。何を考えているのか推し量ることが出来ない。そんな相手に、気を許すことなど不可能だった。
「もしかして、偽物だと思ってる? 僕が偽造したものだと」
 栞理から送られる不信の念を自覚しているのか、鷲宮は嘆かわしげに首を振った。
「別に疑っていません。多分、それは本物でしょう」
 顔色一つ変えずに栞理は嘘を吐いた。ただ、実際のところ書類の真贋に関しては自信がなかった。鷲宮ならば公文書を偽造することなど朝飯前だろうと思う一方で、逆に本物を持ってくることも不可能ではないように思えた。そういった不気味な凄みのようなものを、鷲宮は持っているのである。
「じゃあ、何故お姉さんが死んだということを認めないんだい?」
 鷲宮は嘆息して軽く頭を振った。これだけの証拠を前に出されても一向に納得しない彼女の頑迷さに、半ば呆れているようだった。普通の人間ならば、認めざるを得ない状況のはずなのである。
 栞理は鷲宮を凝っと見つめた。だが、その艶やかな黒瞳に彼の姿は映っていなかった。網膜を抜け視神経を通じて脳に再構成された像とは別のものを、彼女の脳は朧気に顕現させていた。恐らく、今や幽世にいるとされる者の姿を。
「あなたには理解出来ないと思います。私には感覚的に解るんです。姉はまだ何処かで生きてるって。事故の前と変わらず、姉の気配を感じるんです」
 若干の憂いを含んだ栞理の表情は真剣そのものだった。冗談や戯言を弄している訳ではないことは、鷲宮にも解るらしく、彼女の一語一語を興味深げに聞き入っていた。その様子は、医者というよりも研究者を思わせた。
「双子の共感覚という奴かい? 面白い話だけど、それはもうオカルトだな」
 前屈みになっていた身体を起こすと、鷲宮は大袈裟に肩を竦めた。
 双子が他人には知覚出来ない特殊な感覚を共有しているという話は有名である。片方が死んだ瞬間、もう片方にはそれが解ったという話や、片方が大怪我をするともう片方も身体に異常を来すという話が例としてあげられるが、それらが科学的に証明されたことはまだ一度もない。ただ、自身と同じ顔形をした分身とも言える存在に対する感情は、相当に強力なものであり、それが精神に及ぼす影響がまるでないとも考えられないのである。言ってみれば、双子の片割れとは他者であると同時に自分でもあるのだ。常人の理解を超えた次元での意識の共有があったとしても不思議ではない。
 だが、鷲宮に取ってみればそれは信じるに値しないものらしい。いくら真面目に語られようと、栞理が吐く言葉は、自覚なき妄言にしか聞こえなかった。彼は回転椅子の背に体重を預けながら、諭すように、噛んで含めるように、言った。
「栞理ちゃん、君のその妄想の原因は明かなんだよ。君は大好きな姉が死に、自分一人が生き残ってしまったことに、強い罪悪感を覚えている。例え君が意識していなくても、無意識下にそれは存在するんだ。深層心理にこべりついたそれは、どう足掻いても拭い去ることが出来ない。だから、君は姉が生きていると思うようにしたんだ。そうすれば、罪悪感に苦しまずに済むからね」
 理路整然と紡がれる診断結果は、信憑性の高いものだと言えた。説得力があり、一応の理屈も通っている。故人がまだ生きていると主張する患者に対する診断としては、妥当なものと言えた。
 しかし、栞理の反応は冷ややかだった。僅かに唇の端を吊り上げ、冷笑じみた笑みを浮かべた。
「先週も同じ事を言ってましたよね」
 妥当であるが故に、それ以外の可能性を探ることが困難なのか、鷲宮はこの持論を一貫して主張していた。ただし、これは彼の怠慢ではなく、受け入ることを拒否する栞理の方に問題があるとも言えた。
「仕方ないじゃないか、他に理由が見つからないんだから」
 鷲宮はうんざりとした様子で、デスクの上に広げた書類を指で弾いた。理論は完璧であり、後は栞理にどう納得させるかである。鷲宮は姿勢を正すと、またノートに記述を始めた。時々思い出したようにペンが止まり、また動いた。鷲宮は視線をノートに固定させたまま、
「ま、いいさ。焦らずやっていこう。案外ころっと治るかも知れないしさ」
「どうしても私を病気にしたいんですね」
 自分を正常だと信じて疑わない栞理の顔には不満の色が滲んでいた。鷲宮は彼女を一瞥すると非常に素っ気ない調子で、
「悪いけど、病気だよ、君は。そうそう、事故の後遺症の方はどうだい? まだ身体が痺れたり、勝手に動いたりする?」
 鷲宮に問われ、栞理は軽く両手を開閉して見せた。事故による外側の怪我は擦り傷程度だったが、内側――特に強い衝撃が加えられた脳は多少の変調を来しており、僅かな痺れと脳神経の異常と思われる意識外の筋肉の運動が認められた。それは現在も尚、業のように彼女の身体に巣くっている。
「ええ、ときどき」
「そっちの障害が原因かもしれないな。よし、今日はこの辺でお開きにしよう。それじゃあ、又来週、同じ時間に」
 パタンとノートを閉じると、鷲宮は手を差し出した。患者との信頼関係を構築する方法の一環なのか、握手をするつもりらしい。だが、栞理はそれを無視して立ち上がると、慇懃無礼なほどに深深と頭を下げた。
「さよなら先生」
 言うが早いか、くるりと背を向け、栞理は足早に部屋を出て行った。
 診察室に一人になった鷲宮の顔には、ニヤニヤという気味の悪い笑みが貼り付けられていた。彼は診療記録の書かれたノートを愛おしそうに撫でながら、彼女の去っていったドアに向かって言った。怖気のするような甘い声で。
「さよなら栞理ちゃん」

                 2

 ふと、目の前を白いものが過ぎ去っていった。見上げてみると、暗澹たる空からフラフラと白雪が舞い降りて来ていた。自身の吐く息もまた白く、栞理は季節が真冬であることを今更のように思い知った。厚着をするのが嫌いなために、学校指定のコートは羽織っておらず、ただ赤いチェック柄のマフラーをしているだけである。防寒対策としては貧弱であり、刺すような風が吹く度に、彼女は思わず顔を顰めた。自然と家路への足も速くなる。
 辺りは黄昏時特有の薄暗さで、何もかもが判然としなかった。まさしく「誰そ彼」の状態であり、向こうから来る人間の顔も、相当に近づかなければ判別出来ない。薄い紺と暗い橙に照らし出された世界は、人も建物も黒く染まり、まるで影絵の街を彷徨っているようだった。人工の光りを持たなかった、旧い時代の人々が、化生の跋扈する時間だと考えたのも無理からぬ話である。
 雲の隙間から射す夕陽の光りが眩しいので、栞理は俯き加減で帰路を進んだ。彼女はぼんやりと幼い頃のことを思い出していた。夕暮れ時に、よくこうして姉と二人で家への道を歩いた記憶があるのだ。仲良く繋いだ手をぎゅっと握り、不安がる自分を勇気づけてくれる姉の姿は、面映ゆい感情と共にしっかりと心に刻み込まれている。
 栞理の姉の名は綴理と言った。栞理とは一卵性双生児の姉妹であり、彼女の外見は実の親でも見分けがつかない程に妹と酷似していた。ただし、世の双子が往々にしてそうであるように、同じ環境で育ちながらも、性格に関しては対照的だった。栞理が頑固で何事も性急なところがあるのに対し、綴理は物わかりが良く物事を穏やかに、冷静に捉えることが出来た。それはそのまま周囲の大人への評価へと繋がり、両親や親戚から可愛がられるのはいつも綴理の方だった。このような状況において、普通ならば優遇される姉に対し妹は嫉妬するものだが、栞理は一切そういう素振りを見せなかった。理由はと言えば単純なもので、姉のことが誰よりも好きだったからである。自分に比べ、穏当で優秀な姉に栞理は憧れ、彼女を誇りにしていた。仮に姉が自分と違う姿形をしていたら、栞理の感情は異なったものになっていたかもしれない。自身の分身とも言える姉だからこそ、栞理は彼女に理想の自分を重ねることが出来た。いや正確に言うならば、褒められる喜びを共有することが出来たのである。また、綴理は決して出来の悪い妹を見下さなかった。むしろ姉であるという自負心を強く抱いており、妹を何者からも守らねばならないという使命感に燃えていた。二人の間には、ある種の双依存に近い状態が生まれており、片割れを欠くことを極端に嫌い、片時も離れようとはしなかった。同じ家で育ち、同じ学舎に通い、寝食を共にした。年頃を迎えても一向に異性に興味を見せず、両親が心配をするほどに親密だった二人を引き裂いたのは、「死」という名の絶対的な斥力だった。
 自身を襲った事故のことを、栞理はよく覚えていない。痛みを感じる暇もなく気を失い、意識を取り戻した時はすでに事故から二ヶ月が経っていた。外傷は殆ど無く、脳への衝撃による多少の後遺症は残ったものの、その生還は奇蹟と言えた。だが、目が醒めて栞理が最初に求めた人間――姉の綴理の姿は、病室は勿論この世のどこにも見当たらなかった。だが、栞理はあまり気にならなかった。病院に着いた時点で姉が死んでいたことを涙ながらに話す両親を見て、訝しんだ。何故だか解らないが、栞理には姉の死が信じられず、まだ生きているという根拠のない自信があった。だから、決して綴理が死んだということを認めなかった。大人達は、栞理が辛い現実を直視出来ないために、そう言っているのだと思い、無理に肯定させるようなことはしなかった。
 だが、それから二年の月日が流れた今も、栞理は姉が生きていると信じていた。両親も流石に心配になったのか、カウンセリングを受けさせることにした。そのような経緯があり、栞理は毎週一度、心理療法士である鷲宮のところに通っているのである。
「あの男……何者なのかしら」
 入り組んだ路地の角を曲がりながら、栞理は一人ごちる。身体に震えが走るのは、何も寒さのせいだけではない。鷲宮の絡みつくような視線、軽薄な態度の裏に見え隠れする黒い焔にも似た情念、嘘か本当か解らない言葉の数々は、気味が悪く恐ろしかった。彼の診察など受けたくはなかったが、両親がそれを許さないのである。だから、この不毛な治療は三ヶ月も続けられていた。ただ、栞理にも考えがないでもなかった。栞理は漠然と、鷲宮が姉の居所を知っているのではないかと推察していた。これもまた、根拠のない希望的観測だと自覚はしていたが。
 栞理は長く続く塀の隣を歩いていた。その塀は加賀治家の屋敷を囲むものだった。加賀治家は所謂旧家であり、巨大な屋敷は三〇〇年前に建てられたものだと言われている。この屋敷のことを、栞理はあまり好きになれなかった。閉鎖的な加賀治家を象徴するものであり、住居というより監獄のようだと栞理は感じていた。
 武家屋敷の如き巨大な門の近くまで来て、栞理はそこに誰かが立っていることに気がついた。家の者なのか余所の者なのか、この薄暗闇では解らなかったが、一歩また一歩と影との距離が縮まるにつれ、それが誰だか見当がついてきた。
 影の正体は少女だった。栞理と同じセーラー服を着ている。ボブカットの髪の下に、垂れ目気味のおっとりとした顔がついている。学校指定のグレーのコートを着込み、口元に寄せた手に息を吹きかけ、寒さを凌ごうとしていた。
「文佳、こんな時間にどうしたの?」
 級友である円藤文佳の姿を認めて、栞理は驚いた。学校はもう二時間前に終わっている。文佳とは校門のところで別れ、自分は鷲宮の診療所に行ったのである。よもやこの寒空の下で、二時間も待っていたと言うのだろうか。
「栞理に借りてたもの、返そうと思って」
 文佳は遠慮がちに微笑して、学生鞄の中から一冊の本を取り出した。ハードカバーの表紙には『ギロチン――死と革命のフォークロア』と記されている。栞理は嘆息して、
「何で学校で返さなかったの?」
「だって……ちょっと人に見られるのが恥ずかしかったから……」
 文佳は申し訳なさそうに、栞理に本を渡した。栞理はタイトルを眺めながら、確かに女子高生が読む本としては変なのかもしれないと思った。他人に見られるのが恥ずかしく感じるのも無理はない。一応の納得はしたが、まだ言いたいことはある。
「それにしたって、家の中で待ってれば良かったじゃない。なにもこんな寒い中、外にいなくても」
「そんなこと出来ないよ。そういうの図々しいと思うし」
 文佳は口ではそう言ったが、理由がそれだけではないことを栞理はすぐに見抜いた。恐らくは加賀治という家に無礼を働くことを恐れたからである。この土地の人間にとって加賀治家はそういう存在だった。ただの有力者というだけなく、逆らうべきではない家なのだ。そのせいか、加賀治の家の子供は大きく二種類に別けられた。お零れを預かろうとする大勢の友人に囲まれる者と、畏れられ一人の友達もいない者である。栞理の場合は後者であった。眼前にいる円藤文佳以外に友人と呼べる存在はいなかった。
「……取り敢えず、家に入りましょう。お茶でも出すから」
 インターホンを押して帰宅した旨を栞理が告げると、門の横のドアが開いた。栞理はチラリと加賀治家の家紋に目をやると、文佳の手を握り、一緒に門を潜った。文佳の手は自分のよりも、ほんのりと温かかった。逆に文佳にとって自分の手は冷たすぎるのではないかとも思ったが、彼女がそれを気にしている様子はなかった。それどころか、何処か嬉しげですらある。
 自分の部屋に行くため回廊を抜けていく途中で、栞理は偶偶母親と対面した。栞理の母親は、四十に入るくらいのまだ若さの残る小柄な女性だった。一部の乱れもなくきちんと着物を着こなしており、背筋はピンと真っ直ぐに伸びている。目元の形が栞理と瓜二つであり、確かに彼女は栞理の母親であるらしかった。
「おかえりなさい、栞理」
 だが、そう言う母親は何処か余所余所しかった。親が子供に対する態度としては、威厳に欠けているし、まるで接することを畏れているかのようだった。栞理は大した感情の変化も見せずに、
「ただいま。あとで部屋に紅茶を持ってきてもらっていい? 二人分ね」
「解りました。すぐに持って行かせるわ。円藤さんもゆっくりしていってね。ただし、あんまり遅くならないように」
 客である文佳にも声を掛けると、すぐに背を向けて家の中心部の方へと行ってしまった。文佳が挨拶をする暇もなかった。
 栞理はそれを意に介することもなく、中の回廊から屋敷の外周となる回廊に進み、自分が寝起きする最北端の部屋へと辿り着いた。部屋のドアを開けると、電氣をつけ、文佳を招き入れた。
 栞理の部屋はまさに双子の部屋だった。全く同じ机、ベッド、箪笥、本棚等が二セットずつ同じ方向に配置されている。どちらとも整理整頓されていたが、間違い探しのような微妙な差違があった。例えばそれは、本棚に収められた本の種類であったり、机の上の置物だったりである。一つは勿論栞理のものであり、もう一つは姉の綴理のものである。栞理の願いにより、綴理が死んだあともそのままの形で残しているのだ。
「ま、そこに座って。すぐに紅茶が来るから」
 勝手知ったる自分の部屋と、栞理はテーブルの横に腰を下ろすと、文佳にオレンジ色のクッションを勧めた。文佳がそこに座るのを確認してから、栞理は先ほど返却された本をテーブルの上に置いた。
「どうだった? 結構面白かったでしょ?」
「うん。ちょっと、私には難しかったけど」
「思想云々は確かにね。でも、ギロチンがフランス文化に与えた影響というのは、実に興味深いと思うのよ。時代時代によってギロチンの捉えられ方が変わるのも」
「でもギロチン自体は変わらないんだよね」
「そう、多少は形や機能に変化があっても、その存在意義はたった一つ。罪人の首を如何に速く正確に切断するか。ギロチン自体は物質的な道具に過ぎないから」
「切断された首って本当に暫く生きてるのかな?」
「あり得ない話じゃないと思うけど、倫理的に今実験できないから解んないわね。あ、そう言えば動物用のギロチンが紹介されてたけど、あれ動物愛護団体に訴えられるんじゃないかしら」
 栞理は普段からは想像も出来ない程に饒舌になっていた。他の級友が今の彼女を見たら驚愕することだろう。学校での栞理は、寡黙で近寄りがたい人間だった。事実、教師も含め文佳以外の人間に心を許していなかった。
「失礼します」
 軽いノックのあと、ドアを開けて屋敷の女中が入ってきた。盆の上には湯気をあげるティーカップが二つ。ソーサーに乗ったそれと砂糖の瓶を静かにテーブルの上に置くと、女中は小さく礼をして出ていった。
 会話が途中でブツ切れてしまい、何となく二人は気まずそうに紅茶を啜った。
 五分ほどそうしていると、テーブルの下の栞理の手に何かが触れた。ティーカップから顔上げると、文佳が顔を仄かに赤くして俯いていた。栞理の手に重ねられているのは、文佳の手だった。先ほどは温かいと思ったが、今は熱いくらいだった。栞理は苦笑すると、文佳の指に自分の指を絡めて、その一本一本を擦り上げた。文佳の顔に刺した朱の色がさらに濃さを増す。栞理はパタンと後ろに身を倒して、囁くような声で言う。
「もう誰も来ないよ」
 文佳はそれを聞くと、身体を僅かに震わせて、それからおずおずと栞理の身体に己の身を重ねてきた。指は絡めたまま、文佳は栞理の下唇に吸い付き、口の中で舌を這わせた。さらに上唇も同じようにして、それから唇全てを密着させてきた。歯と歯の間から伸びた舌が、自身の口腔の中に潜り込み、舌に絡み付くのを、栞理はされるがままに受け入れていた。
 文佳に口を貪られ、快楽と嫌悪の混じったような感覚に肌を粟立たせながら、栞理は別のところで不思議に思っていた。何故、自分は彼女を受けいれているのかと。何故ならば、自分は同性愛者ではないからだ。異性に興味が無いのは確かだが、だからと言って同性に興味があるという訳でもない。もし、文佳以外の人間が同じようなことをしようとしたら、顔を張り飛ばしているはずである。結局のところ、文佳だから許しているということになる。しかし、それも突き詰めれば、文佳が姉の綴理に似ているからということに行き着いてしまう。外見ではなく、全体的な雰囲気が似ているのだ。だから文佳が自分の領域の内側に入ることを、またそれ以上のことも許しているのである。だが、そうだとしたら、別の問題が持ち上がる。栞理は仮に姉が文佳と同じ事を求めたら、それを拒絶しないということになるのだ。栞理は自分の持つこの感情が異常であることを充分に自覚していた。同性愛以上に倫理的にも道徳的にも外れた感情である。しかし、例えそうだとしても、栞理は姉に愛されたかった。文佳に姉の姿を重ね、文佳の舌を姉の舌だと思うと、胃の腑がひっくり返るような快楽と狂喜が呼び起こされた。
 栞理は思う。自分は異常者だと。そして、それでいいと。
「このチョーカー……」
 首筋に舌を移動させていた文佳が、戸惑った顔を見せた。これが邪魔だと言うのだろう。
「これ、お守りを隠すためにしてるのよ」
「お守り?」
 栞理は僅かにチョーカーをずらして見せた。その下から、赤い布のようなものが見えた。それには漢字とも記号ともつかない文字が書かれていた。
「うちは旧い家だけに迷信深いの。事故が起きたのも祟りだか何だかのせいらしいの。事故のあと目が醒めたら、もうこの状態だったのよ。絶対外しちゃ駄目らしいの」
「そうだったんだ……」
「だから文佳のお願いでも外せないの」
「ううん、いいよ」
 文佳は納得した様子で行為に戻ろうとしたが、ふと動きを止めて、
「そう言えば、今日どうだったの?」
「何が? ああ、カウンセリング?」
「うん。先生なんて言ってたのかなって……」
「別に。いつも通り。馬鹿馬鹿しい茶番よ」
 文佳は「そう」と言って、目を伏せた。珍しく不満そうな顔を見せていた。栞理はその理由に察しがついていた。文佳ははっきりと口に出すことはしないが、栞理が死んだ姉の生存を主張し、それに執着していることをよく思っていなかった。ただし、それは世間体を心配してのことではない。単純な嫉妬である。死して尚栞理の心を独占する綴理に対する嫉妬なのである。
「先生の名前なんて言うんだっけ?」
「あれ、言わなかったかしら。鷲宮よ。鷲宮亨」
「鷲宮……亨。もしかして、凄く痩せてる先生じゃない? 顔は普通だけど」
 栞理は困惑した顔で身を起こした。確かに鷲宮は異常な程に身体が痩せている。そして、顔だけはチグハグに若々しい。文佳の言う特徴と合致する。
「あいつを知ってるの?」
 文佳は頷き、自身の脇腹の辺りを擦りながら、
「二年前に私も大怪我をして、ここを手術したの。その時の私の担当医が鷲宮って先生だったわ」
「手術……した?」
 栞理はこの事実に愕然とした。服の上からでは解らないが、文佳の脇腹に大きな手術痕があることは、栞理も知っている。だが、その手術が鷲宮によるものだとは聞いていなかった。これが意味するものは大きい。
 鷲宮はかつて外科の手術をする外科医だったのだ。しかも二年前と言えば、自分たち姉妹が事故に巻き込まれた時期と重なる。何故外科医だった男が、今は心理療法士などしているのか。理屈として説明出来ないことはないかもしれないが、大きな違和感は残る。
 鷲宮亨には謎が多すぎる。
 栞理の中で曖昧だったものが変わり始めていた。鷲宮は何かを知っているという疑惑が、確固としたものへと、変化しだしていた。


 
               3

『うちの家紋、不思議に思ったことはない?』
 少し先を行く綴理は振り向いて微笑んだ。栞理は突然の姉の言葉に、慌てていつも見ている門の家紋を思いだそうとした。円の中に繋がっていない不完全なもう一つの円が描かれている家紋。内の不完全な円の両端は菱形をしており、その中にまた小さな円がある。それが何を意味するのか、栞理は考えたこともなかった。だがら、文字通りお手上げをして、頭を振った。
『あれはね、私たちの一族が崇める神様の姿なのよ』
 長い艶やかな黒髪を掻き上げながら、綴理は言った。落陽の光線を反射して、彼女の髪は金色に輝いて見えた。栞理は眩しげに、そして見とれたように姉の姿を見つめた。自分と同じ姿形をしているのに、何故姉はこれほどに美しいのだろうかと、不思議に思った。
『双頭の蛇。その蛇が昔昔に御先祖様に言ったらしいわ』
 綴理は妹が真剣に話を聞いていないことに気づいていたが、構わずに続けた。三百年の歴史を持つ加賀治家に伝わる口伝の物語。ただの百姓だった加賀治家の祖先の夢に現れた双頭の蛇。加賀治家の守護神とされる異形の長虫である。その長虫が語るには、
『双子が生まれたらお前の家は栄えるってね』
 双子という単語に、栞理は反応した。加賀治家の双子と言えば、自分たちのことだからである。
『だから、双子が生まれると凄く大事に育てられたらしいわ。私たちが生まれた時、皆それはそれは喜んだみたいね。事実、私たちが生まれてから、お父さんの事業は軌道に乗り出して、傾きかけていた加賀治家は持ち直したわ』
 栞理は昔父親に聞いた話を思い出した。自分たちが生まれる以前の加賀治家は貧困のどん底にあり、今のように女中などとても雇える余裕などなかった。一度は先祖代々住んできた屋敷を抵当に入れようとさえしたことがあるらしい。しかし、双子の自分達が生まれてからは嘘のように仕事が上手くいき、ついに往年の富と権力を取り戻したという。でも、と栞理は思う。それは偶然であり、双子の伝承など迷信ではないかと。
『そう、迷信と言えば迷信ね。でも、親族は皆信じてるのよ』
 リアリストの妹に苦笑しながら、綴理はどこか淋しげに呟いた。逆行のため、姉の顔はよく見えなかったが、栞理は彼女の感情の変化を敏感に感じ取った。息を呑み、思わず足を止めてしまった。合わせたように綴理も止まった。秋口の乾いた風が、二人の髪を靡かせる。海月のように黒髪が空中で揺らいだ。二人の間に沈黙が降りて、一瞬の静寂が生まれた。車道を走る自動車の音も聞こえない。風に揺れる木々の葉擦れも聞こえない。ただ、季節外れのツクツクボウシの声だけがやけに大きく聞こえていた。
『実は、さっきの双頭の蛇の話には続きがあってね。蛇はこうも言ったの。もし、生まれた双子が片割れを失うようなことがあったら、家は没落するだろうってね』
 一歩前に進み、綴理は栞理のすぐ目の前に立った。息がかかる程の近い距離。栞理の心拍数は跳ね上がった。何故か哀しげに見える姉のことが心配ではあったが、それよりも唇の触れそうな距離に姉がいるという現実に心が掻き乱されていた。
『でも無用の心配よね。私は決して貴女の前からいなくなったりしないわ』
 綴理はフッと笑い、妹の頬に手を伸ばした。緊張する妹のそれを愛おしげに撫でる彼女には解りようもなかった。背後から、巨大な鉄の塊が猛然と突っ込んできていることに。   
 だから彼女はいつものように妹の名を呼んだ。己よりも大切な片割れの名を。
『ねえ、栞理』
 
 
 重い瞼を開けると、そこにあったのは見慣れた天井だった。のっそりと身を起こして、栞理は隣のベッドを見た。いつもと変わらず、そこには誰の姿もなかった。二年前には布団にくるまり静かに寝息を立てる姉の姿があった。だが、二年前からベッドは空っぽのままである。
 栞理は暫くそれを眺めていたが、ベッドから降りると、部屋を出て洗面所に向かい顔を洗った。すぐに自室に戻り、素早く制服に着替えを済ますと、朝食も取らずに家を出た。台所で親と顔を合わせるのが嫌だったからである。
 今日は深い因縁のある場所に行く予定だった。特に休日という訳でもないので、学校は自主休校である。文佳も一緒に行くことになっているので、途中で合流する手はずになっていた。最初は一人でいくつもりだったが、どうしてもと文佳がせがむので、根負けしてついてくることを了承したのだ。
 冬の早朝独特の澄んだ空気を吸い込みながら、栞理は待ち合わせの場所に向かった。蒸気機関車のように白息を吐きながら、彼女は複雑な顔で昨晩の夢のことを考えていた。
 あの夢は姉との最後の時間を切り抜いたものだった。まさにあの直後にトラックに跳ね飛ばされ、姉である綴理は死んだことになっている。現場はひしゃげたガードレール、割れて散乱した窓硝子、そして綴理の流した夥しい血液によって、壮絶な地獄絵図となっていたと聞いている。
 今日はその忌まわしい事故現場に行くつもりだった。文佳の話により、鷲宮に対する疑念は強くなり、そして事故そのものに対する疑問も湧いてきた。栞理はこれまでに、事故のことを真剣に思いだそうとしたことはなかった。例え姉が生きていると信じていても、事故の記憶が恐ろしいことに変わりはなく、出来れば決して開かない箱の底に封じ込め、二度と開きたくはなかった。だが、そうしていては、絶対に姉を見つけることは出来ないと栞理は知っていた。だからこそ、恐怖心を無理矢理に押さえつけ、事故現場に行こうとしているのである。
 ただ、栞理には一つ気がかりがあった。姉の夢についてである。夢を見ること自体久しぶりだったが、そこに姉が登場するなど、さらに珍しいことだった。夢の中であったとしても、姉の姿を見て話が出来るのは喜ばしいことだった。だが、何故よりによってあの瞬間だったのだろうか。それだけ強く記憶に刻み込まれているからに違いないのだが、気にはなった。あのとき、姉は何の話をしていたか。確か加賀治家と蛇の因縁の話である。双頭の蛇神が下した双子の託宣。あれが何か関係しているというのか。
「……解らない」
 栞理はマフラーに顔を埋めて呻いた。ぐるぐると思考は空転し、一向に答えは出てこない。ピースは全部配られているのに、完成させることが出来ないパズルのようだった。ムキになればなるほど、答えから遠ざかる気さえする。
「ちょっと、栞理何処行くの?」
 突然の声に、栞理ははっとして振り返った。見れば文佳が驚きと不満の入り交じった表情で佇立していた。考えに夢中になっていたため、待ち合わせ場所の喫茶店に着いたことに気づかず、通り過ぎようとしたらしい。
「ごめん、考え事してたものだから」
「もう……。でもいい。ちゃんと謝ってくれたからね」
 栞理が素直に謝罪したので、文佳もそれ以上何も言わなかった。
 二人は連れだって歩き出した。緊張もあるのか栞理は無言であり、それを気にしてか文佳も黙して栞理の後ろに従った。
 
「ここよ」
 栞理が指差したのは、道幅の広い交差点の一角だった。見晴らしも良く、信号機と横断歩道もきちんとある。交通量もかなり少なく、交通事故などまず起こりそうにない場所に見える。だが、栞理達姉妹は実際にここで事故に巻き込まれた。ハンドル操作を誤ったトラックに撥ねられ、轢かれたのである。
「ここがそうなんだ……。でも、事故の跡はもう残ってないんだね」
 文佳の言うとおりだった。ガードレールは立て直され、アスファルトのブレーキ痕も硝子の欠片も今はない。地面を濡らし朱に染めていた綴理の血もとっくに洗い流されている。だから、二年ぶりに現場に着たというのに、栞理にはさして実感が湧かなかった。本当にここだったのかと訝しんだほどである。あれ程、頭の中ではこの場所を忌避していたのに、拍子抜けもいいところだった。
「変な感じ。なんだか、映画のロケ地に来たような気分。記憶とこの場所があまり結びつかないの。でも、確かにここなのよ。私が最後に姉さんを見た場所は」
「なにか思い出せそう?」
 心配そうに文佳が顔を覗いて来るが、栞理は力なく頭を振った。眼球というカメラにより記憶に焼き付けられた写真は、いつでも思い出すことが出来る。そこに映った姉とこの場所。何かパズルを解くヒントがあるのではと期待したのだが、当てが外れたようだった。
「駄目ね。何も浮かばないわ。何かあると感じたのは、ただの気のせいだったのかもね」
「栞理達の事故を見てた人っていないのかな……」
「どういうこと?」
「だって栞理はその時のこと覚えてないんでしょ? えーと、つまり、客観的には解らないわけで、事故を外から見てた人の話を聞いたら、何か思いつくんじゃないかなと思って……」
 自信なさげに言う文佳だったが、栞理は彼女の言葉に驚いた。今まで考えもしなかったことである。確かに被害者であり当事者である栞理には、事故に対する客観的な視点と正確な情報が欠けていた。一応は両親から聞かされていたが、今はそれが信用出来なくなっていた。何もかもが疑わしく、出来るなら自分にあまり関係のない第三者の声が必要だった。
「ありがとう、文佳」
「え?」
 突然に礼を言われて文佳はキョトンとする。栞理は少しだけ明るい笑みを浮かべた。
「良いアイデアってこと。ここの近所の人だったら、見ていた人がいるかもしれない。ちょっと聞いてみようと思うの」
「わたしも手伝う」
 二人はまず交差点の角にあるコンビニやドラッグストアの店員に訊ねることにした。それらの店は二年前から存在していたので、古い店員なら事故のことを知っている可能性があるからだ。  
 だが、栞理の期待に反して、大した情報は得られなかった。事故当時に働いていた人間もいるにはいたが、現場を目撃した訳ではなく、「女の子がトラックに轢かれた」という話を伝聞で聞いただけらしかった。
多少憚られはしたが、栞理達は道沿いの民家にも聞いて回った。しかし、やはり問題の瞬間を見た人間は一人もいなかったし、轢かれた栞理と綴理の姿を見た者も皆無だった。
 集めた情報を総合すると、その原因の一つには救急車が来るのが異様に早かったせいもあるらしかった。これは交差点の目と鼻の先に緊急病院があるためだと考えられる。だから、群がった野次馬が見ることが出来たのは、血だらけの現場と停止した救急車だけだったのである。
 だが、不審な点かない訳でもなかった。救急車の到着がいくら速かろうと、すぐ近くにいた人間ならば見ているはずなのである。だが、誰もがそれを否定する。まるで、口裏を合わせたように。
「どうなってるのよ……」
 燻る疑念と不満を抱えた栞理は悔しげに漏らした。真実に近づけると期待しただけに、その落胆は大きかった。文佳が必死に慰めてくれているが、栞理は相槌を打つのが精一杯だった。
しかし、ここで諦めるのも癪だった。何か一つぐらい確定的な情報が欲しかった。
 そのとき、ふと右腕が痙攣を始めた。偶に起こる後遺症の症状である。文佳は慌てているが、栞理は慣れたもので、勝手に動く自身の腕を見つめるだけだった。
 ふと、腕の向こう側に古びた小屋が見えた。道路沿いに立っているそれは、どうやら小屋ではなくバス停らしかった。もっとも、赤錆びたトタンの屋根を乗っけただけのコンクリート造りのそれは、現在では使われていないらしく、近くにバス停の標識もない。
 その小屋の中に、一人の老婆が座っていた。酷く小柄で腰は曲がり、皺で埋め尽くされた顔面は、どこが目でどこが口か解らない。相当な高齢のようで、座っているのがやっとのように見えた。
栞理はその老婆が気になった。勘と言ってしまえばそれまでだが、駄目もとで聞いてみることにした。後ろから文佳もついてきて、栞理の後ろからおずおずと老婆の様子を窺っている。
「あの、すいません」
 耳が遠いことを考慮して、なるべく大きな声で言った栞理だったが、老婆は無反応だった。
「あの、すいません!」
 もう一度、やり過ぎだと思えるほどの大声で呼ぶと、
「……聞こえとるよ」
 皺の一部ぶがもぞりと動き、現れた黒い瞳が栞理に焦点を合わせた。白い部分が殆どなく異様に黒目が大きい。馬か犬の目のようだった。嗄れた声はまるで金属の擦過音である。老婆はじろりと栞理の身体を舐めるように眺めていたが、何か合点がいった様子で頷き頷き、
「お前さん、加賀治の娘さんじゃろ。あんなちっこかった娘がでかくなったもんじゃ」
「私のことを知ってるんですか?」
 驚いて栞理が聞き返すと、老婆は咽を引き攣らせてキヒキヒと笑い、
「ここの年寄りで加賀治の人間を知らんもんはおらんよ。特にお前さん達のことはな……」
 そう言われて、栞理も腑に落ちた。加賀治家の影響力は年寄りの方が大きい。若い人間―栞理の同級生など――も加賀治家を気にはするのだが、それは祖父母や両親に言われているからで、老人達ほどに真剣には捉えていない。
「お前さん方が生まれたときは、そりゃ盛大に祝ったもんじゃよ。町内あげての。それが、お前さん、あんなことになっちまって」
 老婆は目を伏せ、深いため息を吐いた。そして、次にその口から出た言葉に栞理は愕然とした。
「わしゃ見とったからの。ありゃあ酷いもんじゃった」
「事故を見てたんですか?」
 栞理は思わずかぶりつくように、老婆に近寄った。老婆は震える指で事故現場を指し示し、
「ほれ、あそこじゃろう。ここから良く見えるわ。わしゃ日がな一日ここにずっと座っとるからの。あのときも、ちゃあんとここに座って見とったよ」
「どんな事故だったんですか?」
「どんなて……道を歩いとったあんた方にトラックが突っ込んだんじゃよ。わしゃ魂消たよ。一度撥ねて、今度は轢いてじゃからな。お前さん達は血まみれになっとった。わしゃ心臓が止まるかと思ったよ」
 老婆はその時のことを思い出してか、顔を顰めてブルブルと身震いをした。
 一度撥ねて、今度は轢かれた。それは栞理も初めて聞く話だった。両親と医者からは、ただ撥ねられたとだけ聞かされていた。あまりの悲惨な内容に、真実を告げるのが憚れたのだろうか。被害者として気分の良いものでないのは確かだ。
 だが、老婆の話にふと違和感を覚えた。撥ねられた上に轢かれたというのなら、何故自分はほぼ無傷だったのだろうか。常識で考えればあり得ないことではないだろうか。少なくとも骨折ぐらいはしているはずである。
 その答えは、老婆の口からこともなげに告げられた。
「しかし、お前さんはあんだけの怪我をしといて、ちゃんと動けるようになったんじゃな。わしゃそれが嬉しいよ」
 栞理は間抜けのようにぽかんと口を開けて立ち尽くした。老婆は自分が大怪我をしたと言っている。だが、自分は大怪我などしていない。多少の後遺症はあるものの、掠り傷程度しか負っておらず、今やそれも消えてしまっている。白い肌には傷一つない。この矛盾は何を意味するのか。
「怪我? 私がですか?」
 栞理の声は微妙に震えていた。これ以上は聞かない方がいいと解っていた。それでも問わずにいられない。それがパズルを組み合わせるための重要なヒントになると知っているからである。
 老婆は何故そんなことを訊くのかと不思議そうな顔をしていた。口をムニャムニャと動かし、ゆっくりとした調子で、
「そうさね。血反吐吐いて、手足がてんでばらばらな方に曲がっとったよ。でも歩けとるんじゃから、治ったんじゃろう?」
 老婆が見たのは姉の方だったのだ――そう栞理は己を納得させようとした。でなければ矛盾の説明がつかないのだ。全身を骨折するような重傷を負った形跡など、この体の何処にもない。ならば、おかしいではないか。
「あの、それは私の姉の方です。私はこの通り怪我なんて一つもしてないんです」
 栞理は必死に老婆の勘違いを解こうとした。それはつまり現在の自己の肯定だった。老婆の言葉は栞理のアイデンティティに深刻な衝撃を与えていた。
「いんや、あれはお前さんだったよ」
 老婆は焦燥に駆られている栞理を不審げに見上げながら、断言した。
「お前さんの片割れはあんとき死んどるはずじゃ」
「どうして解るんですか?」
 栞理は喰ってかかった。老婆の口から語られる事実は、栞理の知る事実ではない。もしや、この老婆は自分をからかっているのではないか? 或いは痴呆症にでもかかっているのではないかと、栞理は疑った。確証なき事実を否定しようとした。
 だが、最終宣告はいとも簡単に下された。老婆は再び事故現場を指差し、顔の皺を痛ましげに歪めながら、言った。
「もう一人は頭が潰れとったからの。まるで柘榴のようにな」


                  4

 栞理は病院のという建造物には鎮静作用があると思っていた。清潔な白色で統一された空間は、高ぶり乱れた精神を平常に戻してくれると。確かにそれは半分正しかった。酷かった混乱は大分静まったが、代わりに鈍痛のような痺れが頭の底に走っていた。意識の海底に沈殿する正体不明の感覚がその原因だった。決して爆発にまで到らない中途半端な苛苛が、彼女の機嫌を極度に悪くしていた。
「ちょっと、栞理!」
 幾ら文佳が止めようとしても、栞理は聞かなかった。正面玄関から堂堂と病院に入ると、脇目も振らず目的の病室へと向かった。双眸が揺らぎ、瞼が震えているのは、収まりきらぬ動揺と何者かに対する怒り、そして噛み合わない現実という葛藤に、心が引き歪んでいるからだった。
 病院の構造をちゃんと覚えていたので、病室には迷わずに着くことが出来た。内装は全く変わっておらず、あの時のままだった。変わったのは、患者の有無である。現在、個室のベッドに身を横たえる患者はいない。二年前はいた。加賀治栞理という名の患者が。
「私はここにいた……。でも……」
 それは本当に加賀治栞理だったのか。
 交通事故に遭った二人の少女。
 一人は頭が潰された。まるで柘榴の実のように。
 一人は身体が曲げられた。まるで壊れた人形のように。
 生き残ったのは一人だけ。
 その身に傷はまるでなく、あるのは少しの後遺症。
 では、生き残ったのはどちらの少女か。
「私は……栞理、加賀治栞理。じゃあ、どうして私は無傷なの」
 その問いに答えてくれるものは誰もいない。栞理は思う。こんなときに姉がいてくれたら。聡明な姉ならば、こんな難題も簡単に解いてくれる気がした。何処かにいるはずの姉ならば。
「姉さん……教えてよ……」
 栞理はフラフラと病室を出ると、当て所もなく病院の中を彷徨い始めた。追いついた文佳が色々と話しかけ、宥め賺そうとするが、栞理は全く反応しなかった。ただただ、「姉さん」という単語を呻くように呟き続けるだけである。先ほどまでの苛苛した燻りは消え失せ、強烈な虚脱感が栞理を襲っていた。気を抜けば、その場にしゃがみ込んでしまいそうだった。
「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ?」
 声がいきなり上から降ってきた。栞理は肩に置かれた手を無言で見つめ、それから顔を上げた。二十代後半ぐらいのガタイの良い男が栞理を見下ろしていた。厳つい顔つきに反して目が小さく、そのアンバランスさが滑稽味を出している。白衣を着てるところ見ると、この病院の医者らしかった。
「阪江……先生?」
 意識に茫とかかっていた霞が晴れていき、栞理は眼前の男に釘付けになった。栞理はこの男を知っていた。阪江正司という名の、二年前に自分の担当医をしていた男である。見た目からは想像出来ないほどに気が優しく、悪く言えば気弱な性格だった。
「どこかでお会いしましたか?」
 栞理の反応に首を傾げる阪江だったが、徐々に何かを思い出してきたらしく、見る見るうちに顔色が変わった。
「加賀治栞理です。その節はお世話になりました。先生、少しお聞きしたいことがあるんですが」
阪江の変化を栞理は見逃さず、詰め寄った。この男は何かを知っていると、栞理の直感が告げていた。だから、栞理は一気にたたみかけ、阪江の核心を突く一言を放った。
「鷲宮亨という先生を御存知ですよね?」
 阪江はギョッとして、思わず身を引いた。蒼白になった顔面に脂汗が浮かんでいる。口に出さずとも、それだけで充分だった。
 栞理には多少の確信があった。かつて自分が入院していたこの病院に、鷲宮がいたということに関して。何故なら、文佳が大怪我の手術をしたというのもこの病院だったからである。
「だ、誰のことかな。悪いけど、ちょっと失礼するよ。診察があるんでね」
 阪江はとぼけると、栞理に背を向けて足早さに立ち去ろうとした。だが、栞理はそれを許さなかった。少女のものとは思えない力で、阪江の腕を掴むと、無理矢理にこちらに振り向かせた。呆気に取られている阪江を壁に押しつけ、逃げられないようにすると、
「鷲宮は何者なの? 私とどういう関係があるの? 私の姉さんはどうなったの?」
 凄まじい剣幕で矢継ぎ早に質問を投げかけた。栞理を止めようとした文佳は息を呑み身体を強張らせていた。阪江は口を噤んで頭を振ったが、栞理の燃えるような双眸に射すくめられ、もう耐えることが出来なくなった。
「わ、鷲宮先生は確かにここにいたよ。君たちの手術をしたのが……鷲宮先生だ。術後は僕が担当したけど、手術自体は鷲宮先生がやったんだ」
「私たちにどんな手術をしたの?」
 栞理は阪江の胸ぐらを掴み、ギリギリと締め上げた。彼女は頭の片隅の冷静な部分で、不思議に思っていた。腕に込められた力が、自分のものだけではないように感じたのだ。ありえない膂力の原因はそれに違いなかった。
「僕は、僕は反対だったんだ。仮に成功したとしても、術後にどんな影響が出るかわからないって。あんな手術マトモじゃない。それを、あの双子狂いは……」
 阪江は怯えていた。必死に自分に罪は無いと訴え、栞理から逃れようとした。だが、万力のような力を持つ華奢な腕を外すことは出来なかった。ついには意識を失い、壁に寄りかかったままズルズルと倒れ込んでしまった。
 栞理は気絶した阪江を見下ろしながら、答えを知る者のことを考えていた。鷲宮亨という男のことを。真実を煙に巻き、偽りを騙り、茶番を演じる道化者。矛盾のパズルの完成図は、彼が持っている。
 もう阪江に用はないとばかりに、彼をほったらかしにして栞理は病院の通路を引き返した。だが、そこに文佳が立ち塞がった。彼女は半ば茫然とした顔に涙を浮かべ、
「何処に行くの?」
 そう問うた。文佳には栞理のことが解らなかった。もとより全てを理解出来ていたとは思わない。だがそれでも、肌を重ねた者として、彼女に受け入れられた者としての自負があった。しかし、今の栞理は文佳の知る栞理ではなかった。もはや彼女を彼女たらしめていた、高潔さや傲慢さは鳴りを潜め、代わりに混沌とした強力な意志のみが示されていた。
「ごめんね」
 栞理はそう言うと、僅かに目を伏せて、文佳の隣を通り過ぎた。引き留めるために伸ばした文佳の手が空中で制止する。彼女を行かせたくはないし、彼女から離れたくなかった。だが、文佳には出来なかった。これは自分が関わっていい問題ではないのだと痛感した。彼女の姉を除けば最も栞理に近づけた人間だからこそ、嫌でも思い知らされた。
 これは加賀治栞理と加賀治綴理の問題なのだと。
「……ごめんね、じゃないよ」
 去っていく栞理の背中に、文佳は小さく呟いた。あまりに儚いその言葉は、彼女に届く前に空気中に霧散してしまった。
文佳の口から、嗚咽が、漏れた。


                 5

「おや、こんにちは。今日は診察日じゃないはずだけど?」
 黒革の回転椅子に座った鷲宮は、言葉とは裏腹に驚いてはいないようだった。診察室はいつも音楽かけられているが、今日はいつものクラシックではなかった。重く激しい旋律に甲高い叫び声。メタルミュージックである。音量は絞ってあるものの、診療行為を行う場所にはまるでそぐわない曲だった。
「私がメタルを聞いてるとは意外かい? まあ、大して好きな訳じゃないんだが、この曲は気に入っててね。スレイヤーというバンドの『Angel Of Death』というんだ。君は興味ないだろうけどね」
 眼前に立つ栞理の様子がおかしいことには気づいているはずだが、鷲宮は余裕を崩さなかった。機嫌良さげに指でリズムをとりながら、薄ら笑いを浮かべるその様は、栞理の異変を歓迎しているようにさえ見えた。
「先生は嘘を吐いてますよね」
 荒い呼吸をしたまま、栞理は臆面もなく単刀直入に言い放った。全速力で走ってきたため、その頬は上気し、心臓は爆発しそうなほどに鼓動していた。急に降り出した大粒の雪が、彼女のセーラー服の上に斑模様を描いていた。
「開口一番に嘘つきと来たか。一体何事だい?」
「あなたはカウンセラーなんかじゃない。外科医ですよね。私と姉さんの手術をした」
 栞理の口調に迷いは無かった。疑念はもはや確信へと変わっていた。鷲宮は己達姉妹に起こったことの真実を知っている。そして、恐らくは姉の居所も。真実を知りたいという強烈な欲求は、普段冷静な彼女を別人のようにさせていた。
「へえ。それなりに箝口令を敷いてたつもりだったけど、何処からか漏れるものなんだね。じゃあ、もうこの茶番も必要ないな」
 鷲宮は肩を大仰に竦めると、おもむろに眼鏡を外した。デスクの上にそれを置くと、足を組み、腹の上で両手を重ねた。先ほどまでの軽薄な雰囲気は急に消え失せ、その顔には何処か酷薄さを感じさせる表情が浮かび上がっていた。
「君の言う通りさ。君たちの執刀医は、僕だよ」
 否定する素振りを一切見せず、鷲宮はあっさり認めた。その傲岸とも言える態度からは、栞理を騙していたことに対する罪の意識など微塵も感じられなかった。日本人離れしたその青い双眸で栞理を凝っと見つめる。カウンセラーとしてではなく、研究者の眼差しで。
「どうして、そのことを隠してたんですか? 本当は知ってるんでしょ? 姉さんがどうなったのか」
 栞理に怒りの色は見られなかった。ただただ理由が知りたいのだ。真実が知りたいのだ。だが、鷲宮はその問いには答えず、
「双子って不思議だと思わないかい?」
 と、いきなり話を変えた。無視されたと思った栞理はカッとして何かを言おうとしたが、
それに構わず鷲宮は続けた。
「同じ顔形をした人間が一緒に生まれる。一卵性と二卵性があるが、一卵性が特に興味深い。元は一つの細胞が別れて、二人の人間になる。それなら、物質的には二人は同じ人間だと言えるんじゃないかな? でも、精神的には別の人間だ。育った環境がそうさせるのだろうね。
 ところで、世界的に見ても双子ってのは望まれない存在でね。アフリカのある地域では、双子が生まれると即座に殺してしまうそうだ。ついでに母親もコミュニティから追放される。ナイジェリアでは、双子の母親になれ、というのは呪いの言葉を意味するんだよ。追放された双子と母親の住む『双子の町』があるとも聞く。しかし、一方で世界の神話群には双子の神や英雄がしばしば登場する。おかしいね、あれだけ双子は忌避されているというのに。僕が思うに、双子というのは神話的世界においてのみ許容される超常的な現象、神の御業ということなんだろう。あくまで形而上の上でしか許されないわけで、形而下の人間世界ではタブーになってしまうんだ。超常的な、つまりは自然ではない存在は、コミュニティにとって害にしかならない。だから排除される。でもね、僕はこう考えたんだ。神にだけ許される双子という存在は、例えレベルを人間にまで下げたとしても、神としての力は保持出来るんじゃないかとね。双子は特別な存在なんだよ。コミュニティにおいて排除されるのは、異常なものとして捉えられるからだ。だが、それは土俗的な宗教的タブーという迷信だけによるものじゃない。実際に彼等は普通の人間にはない力を有してる可能性があるんだ。凄い話だよね。
 僕はね、その可能性に興味があって、双子の研究をしているんだよ」
 熱の籠もった口調でペラペラと羅列される言葉に、栞理は圧倒された。恍惚とした顔で持論を繰り広げる鷲宮に、彼女は言い様の無い不気味さを感じずにはいられなかった。彼の双子へのドロドロとした執着心は、栞理に吐き気を催すほどの嫌悪感を覚えさせた。
「だから、君たちのことは当然知ってたよ。この街に来たときからね。加賀治家の双子姉妹と言えば有名だったからね」
 鷲宮はそう言って、デスクの抽斗から一枚の写真を取りだした。写真には、同じ着物を着た七歳くらいの双子の少女が並んで写っている。栞理はそれに見覚えがあった。当然の話だった。どういう経路で入手したのかは不明だが、それは栞理と綴理が七五三の記念に父親に撮ってもらった写真なのである。
「しかも、加賀治家には双子に関する伝承があるって言うじゃないか。僕は色々な伝手を使って君らのことを調べてたよ。何時かこの手で君たちを思う存分調べあげられる日を夢見ながらね」
 鷲宮はラミネート加工された写真の表面を、微笑しながら擦った。栞理は全身の毛穴から冷や汗が吹き出すような感覚を覚えた。今まで自分はずっと観察されていたのだ。事故に遭うよりも以前から、この異常な双子狂いの医者に。
「双子を肯定的に捉える地域っての珍しいんだ。双子が生まれると家が栄えるなんて話は聞いたことがない。まあ、双子の御利益については僕も半信半疑だよ。恐らく、遺伝的に双子の多い家系だから、そんな伝承が生まれたんじゃないかな」
「伝承なんてどうでもいい!」
 栞理は耐えきれなくなって叫んだ。鷲宮は手品の種を明かすように、隠されていた事柄を晒していく。その一つ一つが栞理にとって衝撃だったが、肝心の話がまだだった。あの事故の時に何があったのか、そして姉はどうなったのかということである。焦らすのを楽しんでいるのか、鷲宮は核心になかなか触れようとしない。焦燥と不安が栞理の心をザワザワと掻き乱した。
「姉さんは、姉さんはどこにいるのよ!」
 もはやそれは悲鳴に近かった。気配はすれど姿が見えない愛する姉の行方。突き詰めれば、栞理が知りたいのはそれだった。ピースは揃っているのに、完成させられないパズルの答えである。
 栞理の絶叫に、鷲宮は咽の奥でくぐもった笑い声を上げた。そして、すっと手をあげて、栞理の胸を指差した。
「そこにいるよ、そこに」
 栞理は思わず自分の胸に手を当てた。そこにいるとは、どういうことなのか。即座に頭に浮かんだのは臓器移植だった。
「まさか、姉さんの臓器を……」
 しかし、言ってすぐに栞理は気づいた。それでは矛盾の説明がつかない。老婆の証言によれば、事故に遭った内、片方は死亡し、片方は重傷を負っている。だが、今の自分には身体の何処にも傷はない。頭も勿論ちゃんと付いている。頭にも身体にも傷がない自分は一体誰なのか。
 そのとき、ふとある考えが浮かんだ。あまりにも非常識で馬鹿馬鹿しい思いつき。そんなことが、あるわけがない。そんなことが可能なはずがない。栞理は自分で否定する。否定せねばならなかった。そんな恐ろしい妄想など。
「いやいや、そうじゃない。臓器は移植してないよ。ああ、ある意味移植と言えば移植かな。人間というものの主体を脳とするならばね」
「どういう……意味よ?」
 悪寒が走った。今、鷲宮はパズルの答えを言おうとしている。だが、あれ程それを欲していながら、栞理はもうそれを聞きたくはなかった。耳を塞ぎ、ここから逃げ出したかった。それなのに、足は少しも動こうとしない。恐怖心と好奇心の葛藤により、彼女は金縛り状態になっていた。
 鷲宮はトントンと自分の頭を指でつついた。
「ここは栞理ちゃん」
 そして、今度は胸をバンバンと叩いて、言った。
「ここは綴理ちゃん」
 そのジェスチャーと言葉が意味するところは一つだった。それは、栞理が思い描いた最悪の妄想と完全に一致していた。
「つまり、そういうこと」
 栞理は自分の身体を抱き締め、ヨロヨロと後ずさり、ドアに背中からぶつかった。茫然としたその顔は、現実を受け入れられない者特有のものだったが、それも無理からぬことだった。
鷲宮はこう言っているのだ――加賀治栞理の首から下は、加賀治綴理のものだと。
「病院に搬送された時点で、頭部が潰された綴理ちゃんは死亡していた。一方、君は四肢の骨折と内臓破裂、出血多量で虫の息だったが、まだ生きていた。やりようによっては助けようがあったから、全力で施術にあたろうと思ったよ。だがね、君の御両親はそれで良しとしなかった。二人とも助けてくれと言ったんだよ」
 その時のことを思い出してか、鷲宮は苦笑しながら、
「どだい無茶な注文さ。すでに片方は死んでるんだからね。でもね、その患者が加賀治家の双子姉妹だと知って、僕は考えが変わった。解るかい? その時、僕がどれほど欣喜雀躍したか。何せ夢が叶ったんだ。君たちの身体で双子の神秘を探るという夢がね」
 興奮しだした鷲宮はいきなり立ち上がり、両手を振り始めた。まるで指揮者のように。それは手術の際のメス捌きを再現したものだった。時に仰々しく、時に繊細に、彼の腕は振られ、指は蠢いた。あたかも、過去のその時点に意識が引き戻されたかのように。
「幸いに君たちの身体は同質のものだ。臓器も血液も髄液も拒否反応を起こす心配はない。問題は、二人の神経をどう繋ぐかだった。いくら双子とは言え、脳のシナプス回路図は後天的に獲得されたものだから、きちんと他人の脳の命令に身体が反応するかは賭けだったよ。だが、その賭けに私は勝った。御両親の希望にも沿う形で、君を生存させることが出来た。いや、君たちと言った方が正しいな。二人とも生きてるんだからね」
 鷲宮は満足げに両手を開いて見せた。「この通りに」と栞理に向かって。
「嘘……出来る訳ないわ、そんなこと。またそれも嘘なんでしょう?」
 栞理の口から乾いた笑いが漏れた。酷い冗談だと、軽く首を振ってみせる。しかし、彼の戯れ言は矛盾に道理をつけていた。二人の無事な部分を繋ぎ合わせて、一人の無傷な人間を造る。現代医学でそれが可能かどうかは解らない。何故ならその手術は、倫理的に、道徳的に許されることではなく、行うことが実質不可能だからだ。だが、鷲宮はそれをやった。きちんと未成年である患者の保護者の同意を得て。そして、それを成功させた。
 否定しようとしても、己の身体が鷲宮の言葉を証明していた。大事故に巻き込まれ、重傷を負ったはずが、現在は傷一つ無い己の身体が。
「嘘じゃないさ。証拠を見せてあげよう。そのチョーカーの下に赤い布があるだろう?」
「布……お守りの?」
「そうさ。それを外して、鏡で見てごらん」
 栞理は震える指でチョーカーを外した。手触りのよくない布が指先に触れた。加賀治家に伝わるお守りであり、決して外してはいけないと言われてきた物。それを信じていた訳ではないが、一度も言いつけを破ったことはなかった。思えば、本能的に回避していたのかも知れない。見てはいけないものを、見ないように。
「はい、鋏だよ。鏡はそこにある」
 鷲宮に促されるまま、渡された鋏で布を裁断した。ジョキジョキという心地良い音を立てて布は切れ、はらりと床に落ちた。栞理は夢遊病者のような足取りで、鏡の前に進んだ。
 そこに映っていたのは加賀治栞理という名の少女の姿。そして、彼女の白く細い首の付け根近くに、それはあった。
ピンク色の肉が盛り上がった出来た手術痕が。
 赤味を帯びた歪な裁ち切り線が。
「あァー……そうか、フフ、あァ、そうか……」
 栞理はそこにそっと指を這わせた。硬質化しているが、妙に柔らかい。この線が自分と姉を繋ぎ、そして分断しているのだった。姉の気配を感じたのも当然である。姉はずっといたのだ。二度と離れられない形で、こんな近くに。
「姉さんの心臓で、内蔵で、肉で、骨で、血で、私は生きてたんだ」
 パズルは解けた。姉の居所も分かった。求めていたものを見つけられた。あまりにも衝撃的なせいか、思考と感情が追いつて行けない。様様な思いが混ざり合った斑色の濁流が血管を流れ、脳髄を満たした。
 なんという喜ばしい悪夢だろうか。
 姉と会えた。そして、姉とはもう会えない。
「お姉さんの気配を感じるというのは実に興味深いね。肉体にも意識、というか魂のようなものが宿るということか。魂は脳の中にある訳じゃないのかもしれないね。はは、一つ哲学者を悩ませる問題が解決しそうだよ」
 愉快そうに鷲宮は手を打ち合わせた。彼の壮大で悪趣味な双子実験は、多くの価値ある成果をもたらした。故に彼は微塵の負い目も感じていない。自分のやったことは医学や科学、哲学の進歩に貢献し、双子の神秘をも解く有意義で重要な行為だと信じ込んでいた。そこには欠片ほどの人間的感情は無く、道徳も倫理も路傍の石と同じだった。
 だから、彼には解らなかった。人間の感情が――栞理の思いが。
「姉さんと一つになれて嬉しいだろう――」
 そう呟いた彼の咽喉に、するりと栞理の手が伸びた。何時の間にか戻ってきた栞理は泣き笑いのような顔で、鷲宮の首に手を当て、そして一気に締め上げた。
 鷲宮は驚愕に眼を見開き、潰れて掠れた悲鳴を上げた。彼は理解出来なかった。己と最愛の姉の命を救って上くれた恩人に対して、何故栞理がこんな行動を取るのかが。
「しお……りちゃ……嬉し……く……ない……のか?」
 栞理の手を外そうとするが、びくともしなかった。彼女の細腕からは想像も出来ない力だった。鷲宮は酸欠になりかけている頭ですぐに察した。これは身体が脳の制限を無視して力を出しているのだと。つまり、自分の首を絞めているのは加賀治綴理なのだと。
「姉さんと一つになりたかった……でも、それはこんな形でじゃなかった」
 栞理の右眼から、一筋の涙が流れた。愛した姉が生きていることが堪らなく嬉しく、そして堪らなく辛かった。
「この身体は確かに姉さんかもしれない。姉さんは生きてる。でも、これはもう私の身体でしかない。だから二度と会えない……会えないのよ」
 噛み締めた唇が震える。首を絞める腕に、更に力を加えた。精一杯の感謝と、憎悪を込めて。
「姉さんの声が聞きたかった。また頭を撫でて欲しかった。抱き締めて欲しかった。でも、それも無理になってしまった」
 こんなにも近くにいるのに、いると解っているのに、絶対に会うことが出来ない。何処まで行っても、これは加賀治栞理の身体だった。例え元が加賀治綴理のものだったとしても、自分の頭が繋がっている限り、これは己の身体でしかなかった。
 綴理は栞理にとって誰よりも近く、同時に誰よりも遠い存在になってしまったのだ。
「私を見殺しにしてくれれば良かったのに。そしたら、姉さんに会えたのに」
 死後の世界があるかどうかは解らない。しかし、共に生きたまま二度と会えないという苦しみは耐え難いものだった。それが最愛の人ならば尚更に。
「ぼく、を……殺す、の、は……ど……ち、だい?」
 霞行く意識の中、鷲宮はただ一つ残った好奇心という感情に押され、最後の問いを発した。
 だが、栞理が答える前に、鷲宮の首はガクリと折れた。一瞬、四肢が痙攣したが、それから後はピクリとも動かなくなった。
双子に取り憑かれた男は、双子に縊り殺されて、死んだ。
 栞理は首から手を外すと、鷲宮の死体をぼんやりと見つめた。それから、重い足取りでドアに向かった。一度も振り返らずに部屋を出ようとした栞理は、去り際に鷲宮の最後の問いに答えた。
「私にも、解りません」
 そして、ドアは静かに閉じられた。もうこの部屋には一人の人間もいない。ただ、一匹の外道の骸が転がっているだけである。

                   ※
 
 曇天の空から途切れずに雪が舞い落ちて来る。地面にうっすらと積もった雪を踏みしめながら、栞理は街の郊外を彷徨っていた。目的の場所がある訳ではなく、茫然と歩いているだけだ。仮にその行動に指向性があるとすれば、街の中心部から外へ外へと向かっているように見えた。
 口から立ち上る吐息が視界を白く遮る。涙に濡れた眼が寒さで凍り付きそうだった。だが、刺すような冷風も栞理は気にならないようだった。艶めかしい細い首には、露わになった朱い裁ち切り線がはっきりと見えた。もはやそれを隠す必要はなかった。隠蔽処置をしていた理由が、栞理に手術のことを気づかれないためだったのだから。
 栞理は自身の身体に居心地の悪さを感じていた。自分は一人しかいないのに、肉体は二人の人間から構成されているのだ。栞理にとっての「自己」が大きく揺らいでいた。そして、何より哀しかったのは、その原因のもう一人が姉だということだった。
 最後に姉の手の温もりを感じたのは何時だっただろうか、と栞理は考えた。試しに手を頬に当てて見るが、それは何時もと変わらない自分の手の感触だった。肉体的には、これは姉の手である。だが、どうしても栞理にはそう思えなかった。この感触は姉の手の感触ではなかった。
 栞理の頭に漠然と「死」という文字が浮かんでいた。そうでもしなければ、姉に会うことは出来ないのだ。あの世が実在するとすればの話だったが、すでに現世に対する執着を失っている栞理には魅力的なプランに思えた。
 栞理が求めているのは一人の人間としての綴理だった。幼い頃に憧れた自分の分身としての姉、自分と同一の存在としての姉ではない。
いっそ、この首が切り落とされればいいのに、と彼女は思った。そうすれば、また二人の人間になれる。そのときは、自分も死んでしまっているだろうが。
「斬られた首も、十秒くらいは意識があるって話があったわね……」
 ふと思い出したのは、文佳に貸していたギロチンの本の中の一節だった。ギロチンが廃止された今、証明することは出来ない問題。第一、やはり倫理的に無理だろう。そして何よりも、首を斬られた人間の意識など、その者以外に解りようがないに違いなかた。
 栞理は溜息を吐いて、何気なく辺りに眼を向けてみた。すると、右手の方に酷く古びた時計塔を見つけた。煉瓦造りのもので、それなりの高さがある。しかし、誰も整備をしていないのか、金属部分が殆ど赤く錆びてしまっており、時計の長短の針は微動だにしていなかった。
 この巨大な墓標のような時計塔を、栞理は知っていた。明治期に加賀治家が造ったもので、以前何かの用事で姉と一緒に見に来たことがあったのである。その時から時計の針は止まっており、加賀治家の方でも解体が検討されていたが、結局費用の問題でその話は流れてしまっていた。だから、今もこうして街の郊外に独り佇立しているのである。
 懐かしさにも惹かれ、栞理は敷地に入り時計台に近寄っていった。傍から見上げると、それはかなりの高さがあった。時計盤の留め具が緩んでいるのか、風が吹く度に大きく揺れ動き、ギイギイと気味の悪い金属質な音を立てている。
 雪がより勢いを増して降り出してきた。それに伴い、足許に積もる雪も徐々に厚くなっている。栞理はその眞白の絨毯に眼を落とした。すると、そこにぽつりと水滴が落ち、小さな穴が穿かれた。彼女は慌てて、これ以上零れ落ちないように顔を上げた。
 その時、今までにない大きな突風が吹き、栞理の髪を盛大に弄んだ。
「あ」
 彼女がそう思ったときには、もうそれは落下運動を始めていた。
 留め具が弾け飛び、巨大な時計盤が落下しているのを栞理の眼は捉えた。かなりの速さのはずなのに、驚くほどにゆっくりに見えた。栞理は思った。避けなければと。しかし、彼女はまるで反対の行動を取った。それが、栞理の意志によるものか、あるいは綴理の意志によるものなのかは解らなかった。
だが、結果として栞理は背を僅かに曲げて、すっと細い首を前に伸ばしたのだ。
 視界が真っ黒になった。もしかしたら、真っ白になったのかもしれない。ただ、何も見えなくなった。
大きな音がしたような気もするし、しなかったような気もする。五感が消え失せてしまったような錯覚の中で、触覚だけが鋭敏に働いているようだった。
 そして、妙な感覚があった。誰かに頭を抱き締められているような感覚である。
 懐かしい感じがした。すぐに、それが何なのか栞理は思い出した。忘れよもない、二年前から何よりもそれを求めていたのだから。
 それは姉に抱き締められている時の感覚だった。確かに今、自分は姉に抱き締められていた。姉の姿は何処にも見えないけれど、姉の手の温もりを間違うはずがなかった。薄れ行く意識の中で、ただ温かいと思った。不思議な安らぎとともに。
 栞理の唇が僅かに動いた。「姉さん」という形に。
 そして、もう動かなくなった。二度と動くことはなかった。
 雪はハラハラと舞い落ち続ける。栞理の身体の上に降り積もる。
 切断された自分の頭を大事そうに抱え込んだ栞理の身体の上に。
 吹き出した熱い血潮が辺りを朱に染めていた。なおも傷口から流れ出すそれは、白い大地に大輪の真紅の牡丹を咲かせていた。
 綴理に抱かれた栞理の首は微笑を浮かべていた。彼女達は双子に戻っていた。彼女達にとって自然である形に戻っていた。
 雪が、栞理と綴理を隠していく。誰にも見つからぬようにと。もう誰も彼女達を引き裂けぬようにと。
 突風が、時計塔の鐘を一度だけ鳴らした。辺りに殷殷とひび割れた音が響き渡った。
 しかし、その鎮魂の鐘を聞いた者は誰もいなかった。
 巨大な墓標の下、大輪の牡丹の上で眠る二人の少女のことを知る者は誰もいなかった。
 ただ、深深と雪が降るだけである。
 白く、白く。
 祝福の雪が。

                                      
                         了
志保龍彦
2011年11月15日(火) 20時53分35秒 公開
■この作品の著作権は志保龍彦さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
文学フリマで販売した同人誌に掲載したものです。感想など頂けたら幸いです。

この作品の感想をお寄せください。
No.3  八回  評価:30点  ■2012-05-15 20:53  ID:myjKqV1Q02w
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お久しぶりです。読ませて頂きました。
綺麗なまとめ方だなと感じました。ギロチンで切られて生きてるかもしれないのは首の方だけじゃなさそうですね。
ただそのラスト以外は、普通かなーという感触でした。
文量的に言えば得るもののある作品だったように思います。

表紙絵もいいですね。
No.2  志保龍彦  評価:--点  ■2011-11-28 23:32  ID:z6bemDWY1wM
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≫HALさん

感想ありがとうございます。
返信が遅れて申し訳ありませんでした。

毎度のことながら、自分の好きな物をとにかくぶっ込んで物語を造ってみました。HALさんの「暗く悲しく、美しいお話」という表現は、まさに私が書きたかった、伝えたかったものです。HALさんに自分の意図したものがちゃんと伝わったようなので、安心すると同時に嬉しく思いました。

誤字脱字に関しては本当に情けないです。気をつけます。


これからも、ちょこちょこ小説は書いていこうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


No.1  HAL  評価:40点  ■2011-11-19 17:30  ID:8leRkXyLGkY
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 拝読しました。

 暗く悲しく、美しいお話でした。迷信ぶかい地方の旧家、双子、倒錯した愛情、偏愛と狂気。ギロチンについて書かれた書籍やチョーカーといった、配置されたガジェットが作り出す空気が、ストーリーにぴたりとかみ合って、ひとつのきれいな絵のような小説と感じました。(歪な)幸せともとれるラストが、悲しいけれど、よかったです。

 姉(の体)が意思を持って行動していると受け取って読むか、あくまでそのように見えるだけの偶然(あるいは栞理の精神病理が引き起こした行動)と受け取るか、ぎりぎりどちらとも解釈できるバランスが、うまくいえませんが、とてもいいなと思います。

 些事ながら、誤字かなという箇所がありましたので、一応報告まで。
> 不審な点かない訳でもなかった。
> 皺の一部ぶがもぞりと動き、
> 栞理は病院のという建造物には
> 双子を肯定的に捉える地域っての珍しいんだ。
> 思考と感情が追いつて行けない。
> 己と最愛の姉を救って上くれた恩人

 美しい小説を堪能させていただきました。見当はずれなことを書いていたらごめんなさい。拙い感想、どうかご容赦くださいますよう。
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