目 |
猫みたいな目をしていた。無愛想な黒い景色が流れ、やけに白い光が刺し、叩く様に吹く硬い風。冷たく揺れる地下鉄の中だった。 その娘は何も持っていなかった。頭を項垂れ眠っていた。巷のお洒落をよく心得ているような印象は受けたが、ありがちな派手さは感じない。むしろ素朴と言えばそうである。しかし、欧風の高級そうな茶色いブーツが、彼女をただの地味にはせぬ様に繕っていた。その装いが他と一線を画している様にも見えた。 眺めていると彼女は突然目を開けた。 ぼんやりと開いたその瞳は、左目が黄色く見えた。深い深い、どちらかと言えば金色に近い、深い黄色の瞳だった。 僕は見入った。割と幼い顔と、短めの黒い髪と、その黄色い瞳に。 やがて終点近くの手前の駅で、あまり人の降りない駅だったが、彼女はしっかりと目を開けて立ち上がりすぐに降りてしまった。どうやら初めから寝ては居ないのだろう、目を閉じていただけなのだろう。僕は自分の駅まで表情を変えずに乗り、ぽつらぽつらと家路に着いた。 その夜夢を見た。 地下鉄に乗っていた。そして真向かいには、猫の目が僕を凝視していた。 僕はじっと彼女を見続けた。彼女も僕を見続けた。やがて暫く見ていると、彼女がだんだん愛情を持った目に変わるのに気が付いた。恐らく、僕もそういう目に変わっている。顔が間違いなく穏やかさを纏い始めていた。 もしやと思い、僕は笑ってみた。すると彼女も笑った。 脚を組み替えた。やはり彼女も脚を組み替える。 鏡みたいだと思ったら、突然彼女はピースサインをした。 慌てて僕もやった。 それを見た彼女は笑った、つられて僕も笑った。 やがて暫くすると、地下鉄は止まった。すると彼女は立ち上がった。 しかし彼女は降りず、僕の方に向かってくる。そして顔の目の前まで来た彼女は耳元で囁いた。 「ぜんぶ、ね」 同時に僕は外をみた。 轟音と伴に窓ガラスが吹き飛び、洗剤の様な七色のぬるま湯が一面に流れ込んでは渦を巻いて、周囲の人を飲み込んだ。 渦から逃れた人間は、何とか吊り革にしがみついて何を逃れたが直ぐに底から巨大な鱒が泳いで来て彼等をぐしゃぐしゃ食い千切ってしまった。 「愛なんだ、これがこれが」 彼女の姿は見えないが、耳元で声は聞こえた。 その声を聞くと、全身の不快を引っこ抜かれる様な、細胞全てで射精をする様な、何だか分からない感覚に襲われた。しかし、黄色い瞳が僕にこびり付いて剥がれなかった。僕の目には、異質な感覚が入り込んだ。そしてみるみるうちに地下鉄は溺れた。やがて鯰や鯉も現れて、次々と人間達を食い荒らした。 えいやと彼女めがけて闇雲に殴りかかった。しかし姿は見えない、それは僕の中にいる気がした。 僕は彼女を何とか引き剥がそうとしたが、全く無理であった。 戦ううちに彼女がどんどん愛しくなった、そう思えば思う程身体に快感が走り、たまらなかった。 「これがわるいの?」 「かえりたいの?」 「まだ?」 彼女は次々と意味不明な質問を繰り返した。その度僕は快感に苛まれたが、何とか振り払いながら出口を探した。 次の瞬間、目の前に巨大な蓮が流れて来たので僕は飛び乗った。 「どうだ!これで帰るぞ!」 僕は高らかに叫んだが終わりだった、蓮の葉が揺れたと思うと真下から巨大な雷魚が現れて僕の腰から下をもっていった。 痛みは無いが、不快が襲った。そして波は泡立ち、地下鉄は線路をそれて夜の街を転げ落ちた。僕は地下鉄の外に流され、駅の赤いベンチに横たわった。そのとき、僕は彼女を捕まえた様だった。そして彼女はそっと呟いた。 「まってるから」 僕は彼女を見下ろす場所にいた。彼女は上半身しかなく、腰から下は溶けたように無かった。 相変わらず黄色い瞳が愛情を持って見ていた。 翌日夜、再び地下鉄で彼女を見た。髪を染めた様で、茶髪でパーマがかかっていた。 僕は昨日の夢を妙に思い出してしまう。彼女は立ち上がり、全てを飲み込み、僕を覆い尽くす。そして地下鉄を転覆させるだろうと。 やがて駅に着くと、彼女はすっくと立ち上がり地下鉄を降りた。 僕は閉まろうとする扉の前まで行った。そして彼女の背中を目で追った。 すると彼女がこっちを向いた。同時に目が合った。遠くから見ると黄色かどうかが定かではない、ただ僕は愛情を込めて彼女を見た。 __一秒程の時間だった。 やがて扉が閉まり、彼女は踵を返しエスカレーターを上り消えた。そして地下鉄は再び走り出し、僕は家路に着いた。 この夜も、地下鉄は波に飲まれるのだ。 |
つかさ
2011年09月08日(木) 20時33分39秒 公開 ■この作品の著作権はつかささんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.5 つかさ 評価:0点 ■2011-09-13 23:35 ID:A7E1zOgIdF. | |||||
山田さん いつもありがとうございます。 ラストの一行をピックアップしてくださり大変嬉しく思います。 今作は希薄な文章にならない為にと、真理に辿り着きにくいよう書いたつもりでした。 なので、読み手それぞれ印象が違うのは逆に嬉しいことだとは思いました。 まだまだ頑張ります。 |
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No.4 山田さん 評価:30点 ■2011-09-13 22:34 ID:idCHhdjOsh2 | |||||
拝読しました。 要するに悪夢なんだな、と思いました。 ラストが「この夜も、地下鉄は波に飲まれるのだ」となっているので、これまでにも毎晩のように地下鉄は波に飲まれ、これから先も波に飲まれ続けるんだろうな、なんて思いました。 そう考えると怖いですね。 目がどうとか、夢の内容がどうとか、ということじゃなくて、この始まりも終わりもない状況ってのが怖い。 そう思わせてくれたってことは、僕にとってラストの一行はとてもよくできていたように思います。 そうそう「今夜も」としないで「この夜も」と第三者的な視線で表現してるのもいいなぁと思いました。 それ以外にも、個々にとても面白い表現があって、僕は好きです。 全体としては正直、あと一歩って感じはするんですが、悪くはないと思いました。 失礼しました。 |
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No.3 つかさ 評価:0点 ■2011-09-13 21:31 ID:A7E1zOgIdF. | |||||
陳家さん いつもお読みいただきありがとうございます。 目に関する比喩は正直かなり悩みました。 はじめはやはりキュートな女の子をイメージしたため、猫としましたが読み返すと確かに邪悪な感じの方が似合うかもしれませんね。 難しいですね。 FKさん はじめまして、ご意見ありがとうございます。 「文が黒い」とのご指摘、全くおっしゃる通りですね。 パソコンなんかを使うと、自動で変換されるので漢字が無駄に多くなりがちというドツボに完全にハマっていました。 精進致します。 |
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No.2 FK 評価:20点 ■2011-09-13 10:29 ID:n9lEYyDOZ32 | |||||
読ませていただきました。 途中で、これって夢なんだろうなという予感があって、最後もそれを示唆するラストになっているのは興ざめでした。でも、こんな夢を見たら面白いだろうなという気にもなりました。 問題は表現だと思います。中ほどの「細胞全てで射精をする様な、何だか分からない感覚に襲われた。」の「何だか分からない感覚」は何とか表現すべきだと感じました。 また、これは他の方のレスにも書いたのですが、漢字が多すぎます。上の文章の「様な」など、ひらかなにすべきだと思います。好みの問題もありますが、このような漢字の多い文章を「紙面が黒すぎる」といい、該当箇所に丸をつけて「ひらく」と赤ペンが入るはずです。 ご健筆をお祈りいたします。 |
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No.1 陣家 評価:20点 ■2011-09-12 00:33 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
拝読しました。 構成として夢を大半に使うのならあからさまでも構わないので夢落ちチックにしたほうが良かったんじゃないかという気はしました。 こんな夢を見ました、で始まるとやはり緊迫感がかなり薄れてしまうような気がします。 少女の目が猫、という表現もちょっとありきたりな感じがするのであえて決めつけた表現にしない方が良かったんじゃないかなと思います。 なんとなくこの少女の目は猫目のチャーム(魅了)ではなくて、蛇眼の凶眼のイメージに近いような気がしましたもので。 通勤(通学)天使は夢がありますよね。 何ヶ月も同じ車両に乗り合わせていると必ず何かしらのハプニングが起きる物です。 ふと振り返るとすぐ後ろに立っていたり、隣の席に座ってきたり。 それは神が与えたもうた唯一のチャンスだったのかもとか後から思うんですが、なにも起きたことは無いです。 そういうのをネタに使っても面白いでしょうね。 妄想するのは自由ですからね。 ではまた |
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