デ・フラグ
 単調な作業だった、ディスプレイに表示された碁盤目状の小さな四角い点。それらは三色で色分けされていた。
 緑、黄色、赤、その順番に左上から並べ替えられていくのを見守る作業。
 まだらに配置されていた三色のドットが徐々ソートされていき、緑のドットが左上からきれいに並べられていく。
 緑のドットの中に点在する赤や黄色のドット、それらが一つ消えてはそこに緑のドットが再配置され、赤いドットは最後尾に回り黄色のドットはその中間位置に配置されていく。
 ひたすらそれらを見守るだけの作業。実に機械的な作業だった。
 俺は急激な眼精疲労を憶え、ディスプレイから視線をはずしてまぶたを閉じ、目頭を押さえた。
 かれこれ5時間は作業しているだろうか。
 俺は作業の手を止め、一息つくと端末装置の傍らに置いてある小瓶を手に取る。
 救急セットの中で見つけた点眼液だ。そこに張られているラベルを確認する。
 製造年2082年と読める。なんと96年前だ。常識的に考えれば恐るべきビンテージ物だ。
 だがおそらく品質には問題なかろう、このコマンドセンターブロックは無人の間はおおむね摂氏5度近辺に保たれている。おまけにほぼ無菌状態なのだから。
 俺は点眼液を左右の目に交互に二滴ずつ落とす。
 重力がある、当たり前のことがこの時ばかりはありがたく感じられた。
 まったくもってこのステーションを設計したグループは偉大な人々だ。回転式の慣性重力装置はコマンドセンターブロックの作業効率アップに多大な貢献をもたらしている。
 俺は立ち上がり、大きく伸びをした。
 考えてみれば俺はなんとまじめな人間だろうか。今この部屋には俺一人しかいない。監視する上司も上官もいないのだ、体裁をおもんばかる必要もない。
 この部屋どころか、このステーション内、もっと言えば地球上でさえ誰一人俺の行動を認知するものは皆無なのだ。
 いや、ステーション内に俺一人というのは実のところ正確な表現では無い。活動しているのが俺一人というのが正しい。
 そうだ、大勢いる。ただ深い、とてつもなく長い眠りについているだけなのだ。

 俺は部屋の壁際まで歩みを進め、船外観察用の小窓から外を眺めた。
 ちょうど地球が窓から見える角度に位置してきたところだった。
 青かった。いまだ地球はガガーリンが最初に形容した姿からなんら変わっていないのだろう。
 それはそうだ、大気の組成が劇的に変わってしまったわけではないのだから。見た目自体はなにも変わっていない。
 ただ、生物が―― 人間が居住するには適さなくなってしまったしまっただけなのだ。
 そしてこのコマンドセンターブロックに少し距離を置いた宇宙空間にはモノリス状の巨大な構造物が並んで浮かんでいる。
 ラグランジュ点とはいえデブリ衝突確率が最小になるよう地球の自転面に垂直方向に並べられた薄いカードのような直方体。それはさながら外人墓地に並んだ墓石のようだ。
 モノリス状の構造物はパレットと呼ばれ、一つのパレットにつき2000人のコールドスリーパーを収容している。それが20機、内蔵パーソナルポッドの再配置が可能なように設けられたエレベータチューブによって連結されている。
 俺は窓から離れ、端末のある席に戻ると、しばらく瞬きを繰り返したり、首を左右にほぐしたりした後、おもむろに作業に戻った。
 そろそろ三色ドットのソートも終盤に差し掛かっていた。この分だとどうやら1パレット分埋まりそうだ。それは点在していた赤ドットが一定数量に達したことを意味する。
 いわゆる保守モードのパレットがまたひとつ増えた訳か。俺は暗澹たる気持ちを抑えきれず、深いため息をひとつ漏らしてしまう。
 だが作業はこれだけでは無い。本当につらい作業が待っているのはこれからだ。
 実際コールドスリープから目覚めてからの二週間あまり、オートカリキュラムで一連のレクチャーを受け、プログラム中に出てきたサンプル画像で心の準備はできていたつもりだったが、やはり最初は面食らったものだ。
 それでも人間の適応力とも言うべきか単なる感覚の麻痺というべきなのか、今ではさほど心的ダメージは感じられなくなっていた。
 緑のドットがすべて左上から順序よく整列し終わり、赤のドットが最後尾の右下から整列し終わった後、黄色のドットがひときわ明るくハイライトされ、処理待ち状態に入ったことを示す。
 俺はその黄色いドットの左端のドットをマウスでクリックする。生命維持用パーソナルポッド内に設置されているカメラの画像がディスプレイにポップアップする。
 それは半分解け落ちたかのような肉塊、見るもおぞましい死体のなれの果てであった。
 まさにグロ画像、いやそんな軽い表現はふさわしくない、グロテスク画像、いやそれでも言葉足りない、もはやグロッタ的光景とでも言うべきか。
 俺は即座に"DIS"のマーキングボタンをクリックした。黄色のドットが新たに赤のドットに変化しグラフィック上の後列に回される。
 それにしても"DIS"とはふざけた略称だ。普通に"Death"でよかろうに。
 実際こんな画像にはもう慣れっこになっていたはずだが、やはりあらためて見ると気持ちの良い物ではない。
 たとえどんな絶世の美女であったとしてもこうなってしまえば生前の美醜などなんの意味もない。
 およそどんなネクロフィリアだろうとこんな半固形状の肉塊に劣情を憶えるマニアはいないだろう。
 
 コールドスリープ――− その昔、SFなどでは完全冷凍状態で生命を維持する表現が一般的だったが、実際には無理な話であった。
 世界中の研究者が血道を上げて実験を繰り返し、多大な犠牲者を出しながらも導き出した結果、せいぜい体温20度前後、脈拍一分間に1〜2回というのが生命維持の限界であったのだ。それでも代謝は通常の15〜20分の1にすることが出来、理論上は残りの寿命を20倍程度に引き延ばすことが可能なことが証明された。
 このコールドスリーパー用宇宙ステーション、"ヴァルハラ"に軌道エレベーターとシャトルのピストン輸送をフル稼働して4万人の収容が終わったのがおよそ100年前。ここで眠り続ける人々は計算上5歳ほどの成長を遂げていることになる。しかし、当然ながら、ここに収容されているコールドスリーパーの平均年齢は高い。
 それはそうだろう、健康で、若い年齢のままコールドスリープに志願する者は少なかった。およそ半数は余命幾ばくもない事を自覚した高齢者が占めている。30代以下で志願した者は俺のような軍関係者かプロジェクトに関わったエンジニアと管理者、その家族がほとんどと言っていい。そもそも、このプロジェクト自体が紆余曲折、物議沸騰のあげく、半ば強引に断行されたものであるのだから。
 俺は次々に黄色ドットをクリックし、そのすべてに"DIS"のマーキングを施していく。そもそも生死確認はほとんどACADによって自動判断できるはずなのだ。
 実際この作業中にセンサーの故障や機械の不具合にはお目に掛かったことがない。黄色ドットから生存確認できて晴れて緑ドットに昇格するポッドは皆無と言って良い。
 ではいったいなんのためにこんなことをやっているのか? 詰まるところ人情というものだ。例えば過去に完全自動化の鉄道が実用化されはしたが、やはり運転士は配置されていた。同じ心理だ、いくら眠りについてるとはいえ、いやだからこそ自分の生命の与奪を完全に機械任せにするのは抵抗があったのだろう。それはいわばコールドスリープを選択するための安心材料のひとつとして必要だったのかもしれない。
 いくら地上から避難してきた難民とはいえ、ここに眠るスリーパーは死ぬのを前提にしていた人間はいないはずなのだから。
 そしてこの俺のようにおよそ5年に一度コールドスリーパーの中から、身元、年齢、健康状態、オペレーター適正が良好と判断された人物がたたき起こされ、検死官の役割を強制されるというわけだ。
 それもたった一週間ほどの期間、自動プログラムによるカリキュラムを受講させられ、その後の試験に合格しなければオペレートの段階に進むことはできない。こうして任命されてしまった以上後は開き直って淡々と任務を遂行するしか術はないのだ。
 しかし実際カリキュラムを受けさせられはしたがそんな物は実に形式的な物で、ほとんどはチュートリアル通りに操作を進める作業がほとんどであり、一般教養さえある人間ならば誰でもこなすことのできる作業だった。

 今の俺は死に神なのだろうか? いや違う、もともとこの人たちは死んでいるのだから、言ってみれば俺は納棺師のような物だろう。赤ドットにマーキングされたポッドは保守モードに移行する。聞こえは良いかも知れないが、要するに生命維持装置のシステムを最低限のレベルに移行するだけの話だ。当然死体は冷凍状態となる。保守モードのポッドでパレットがすべて埋まるとパレットそのものを低消費電力化できるので全体のエネルギー節約が可能となる。そう言うわけで保守モードのポッドはこうして定期的にまとめられていき、いっぱいになったらパレットそのものを保守モードに移行させるのがこの作業の最終目的だ。
 俺はおよそ二週間を費やし、この作業を終わらせるところまでこぎ着けた。実際にはパレット間のポッド移動にはかなりの時間を要するため、マーカーが指定する並びに整理が終了するのはまだもう少し先の話だろうが。なにしろパレット間のポッド移動は狭い連結チューブを通じて一つ一つ、さながら立体駐車場の出庫待ちの車のごとく緩慢なスピードで移動していくので仕方がないのだ。
 
 さて、と。後はもっぱらシステムが正常に滞りなく働き続けるのを見守るばかりだ。
 ところで俺にはもう一つ重要なミッションが課せられている。重要にして最大のミッション。
 それはこれまでの退屈で陰鬱な非生産的作業とは正しく正反対の、対極的に対照的なミッションだった。そう、墓守的な作業とは全く違った心躍るミッション。
 結局のところこれがあったればこそ今までの苦行とも言える単調な作業に耐えてきたのだ。いわばボーナスミッションと言っても良い。
 全くのところ、よく考えられた作業プログラムだと感服させられる。

 俺は端末のあるコントロール室を出、コマンドセンターエリアの中央部に続く通路へと移動した。
 数メートル歩くと通路右手にあるICUルームと表示のある部屋に続くエアロックドアをオープンする。重々しい動作音と共にゆっくりと開くドア。ここはスリーパー用パレットに接続された外部ハッチに繋がっているため、部屋自体がエアロックできる仕組みとなっているのだ。
 俺は部屋に入る。部屋の中には各種医療用器具や、薬品類が納められた棚、計器類をコントロールするための端末などが壁際をぐるりと囲んでいる。
 ICUルームの真ん中に置かれた台座の上にはスリーパー用ポッドが一つ鎮座している。まだポッドのハッチは閉じたままの状態だ。
 俺は透明なウインドウシールド越しに中をのぞき込む。
 スリープポッドの中には一人の女が深い眠りについていた。俺はコンディションを計器で確認する。
 体温33度、脈拍43、血圧80−45。血糖値その他もかなり順調に回復しているようだ。
 スリープからの回復は思いの外早い。俺の時もそうだったのだろう。
 俺はここで目覚めた二週間前のことをふと思い出していた。全くもって違和感のない目覚め、眠りにつく瞬間からほとんど途切れのない記憶。それは全身麻酔から目覚めた時の感覚に似ているという。大脳が活動を停止している間、人間は夢を見ることもない。時間の経過を感じることもないわけだ。たとえそれが何十年、何百年であろうとも。
 俺がこの女を選んだ目的、それはカリキュラムで指定されたプログラムの一つ、最終段階のプログラムの一つであった。
 それはDNAの刷新業務であると説明されていた。なんとも持って回った言い方である。カリキュラムの中では延々とその必要性、有効性をアカデミックに、理論的に解説していたが……。
 そう、平たく言えば子作りである。
 オペレーターが男の場合は女を、女の場合は男を、自らの判断でスリーパーの中から選び出し、パートナーとして任命できると言うわけだ。
 俺は再び女の顔をのぞき込む。ブロンドの髪、鼻の高い彫りの深い顔立ち。年齢は俺のスリープ時の年齢と同じくらい、25歳程度に見える。ステータス照会ではラーナ・マイヤーズ、20歳とあった。国籍はNA、アメリカ人だ。日本人である俺が同じ日本人を選ばなかったのは俺の趣味と言うわけではない。同じ国籍の人種を選ぶことはプログラム上できなかっただけのことだ。
 つまりは見かけ上の公平性をおもんばかったルールとなっているのだろう。
 とはいえそれ以外の個人的趣向が一切制限されているわけではない、それ以外は自由な選択権が与えられているところがミソなのだ。
 そして最初から男女一組でランダムなインスタントカップルを決めてしまわない理由もそこにある。あからさまな義務感、お仕着せ感が先立ってしまうことが無いようにとの計算なのだ。
 カリキュラムの解説を信ずるならば、たとえ片方の、選ぶ側の意思のみが尊重されるという、一見不公平なカップリングだとしても、大抵はうまくいくらしい。
 それは種の保存の本能と、いわゆる"つり橋効果"と呼ばれる心理的要素の相乗効果が大きいらしい。
 つまりは、その辺りがボーナスミッションと思えるゆえんである。いやある意味それが正しい姿なのだとも思う。このミッションの目的、DNAの新規製造、それこそ自らのDNAが命ずるままに従うのが自然な道理だろう。自然の摂理と言ってもいい。生命は常に生き残りを模索する。それは逆らうことのできない至上命令だ。俺はその命令に服従したに過ぎない。優秀にして強靱、かつ健康なDNAの選択、それは結局のところ選ぶ側の主観や直感に頼るしかないのだ。
 というわけでブロンドの美女、まあしかし、そこは個人的趣味、後天的趣向の介入が皆無とまでは言えないところだが。

 計器の値を信じる限り目覚めは近いはずだ。システムが覚醒脳波を検知すれば即座にポッドのハッチがオープンし女は意識を取り戻すであろう。とはいえすぐに立ち上がって動き回れるような状態にはならない。このICUルームにスリープポッドを移動させてからおよそ三日間、低周波筋力回復装置の働きがあるとは言え、最初はせいぜい上体を起こす程度の回復量だろう。
 俺は端末席の椅子に腰掛け、一息つくと娯楽室にあった英字小説をポケットから取り出す。
 女の国籍はNAとあったが日本語は第二言語としての語学力を有すると記録にあった。しかしネイティブである英語をコミュニケーションの手段として取ることも準備しておいて損はない。 俺にとっては小説の内容自体は興味の持てるジャンルでは無かったが、字面を追う内に英語感を徐々に取り戻していた。もちろんオペレーションの音声合成やカリキュラムの言語は英語であったが、日常会話ではそれなりに豊富な語彙が必要だろう。
 このへんは外国語をツールとして扱うか、気持ちを伝えるための言語として扱うかの違いである。俺は100年ぶり(実際の感覚では二週間なのだが)に聞くことになるであろう女の声を想像し、また最初に掛けるべき言葉を熟考するという楽しい想像に思いを巡らせていた。
 それはまったく楽しい悩みであった。俺は改めてスリープポッドの方に目をやる。思わず口角が緩むのを禁じえなかった。
 再び文面を目で追う、図らずも恋人との再会を果たす場面を見つけると真剣にその台詞を頭の中で咀嚼してしまう。
 我ながらおめでたい図である。本当にもうお祭り気分と言われても仕方がない。そうは言っても今の俺を責める人間はいないだろう。自分的にはようやく胸付き八丁を乗り越えた気分なのだ。ビバ、もうじき富士山頂である。
 ところがしばらく読み進めるうちにどうにも眠気を催してきてしまう。さすがに精神的な疲労を伴う激務に苛まれてきた後だ。そしてさして面白くも無いストーリーの本を開けばまぶたが重くなる、それも自然の摂理だろう。

 どれくらい時間が経ったのか、俺はかすかな物音を感じ、はたと目を開く。いつのまにか椅子に座ったまま眠ってしまっていた。手にしていた小説本は膝の上で閉じられている。
「フリーズ! 動かないで」
「――――!」
 俺の頭がふいに押さえつけられ、のど元に冷たい金属の感触が伝わる。瞬時に体中をアドレナリンが駆けめぐるのを実感した。俺の後ろに立っている人物、それは考えるまでもない。開いているスリープポッドのハッチを見れば一目瞭然だ。目の端に女の長いブロンドの髪が映る。そして俺ののど元に押しつけられている金属物、それはどう考えても殺傷性を持つツールであることも明白だ。それは鋭利な感触でないことが俺の想像を裏付けている。そう、もし手術用メスの刃端面であればそれは鋭利すぎて力の加減もしようもなく皮膚を切り裂いてしまう。だからあえて背面の刃のない方を、その存在を確認させるために押しつけているとしか考えられない。だが俺がもし制止を無視して動こうとすれば即座にその切り先が文字通り刃を向けるに違いない。
「君は!? なぜ?」
 自分でも声が震えているのがはっきりと分かった。
 まったくもって状況が飲み込めない。
 こんな事はまったくの想定外だ。
「あはあん、やっぱり日本人ね、ユーの胸のIDタグを見ただけなんだけどね」
 女はその行動とは裏腹とも思えるほどの落ち着き払った声で第二声を発した。
「やめろ、落ち着け、君は混乱しているだけだ」
 落ち着くべきなのは自分であり、混乱しているのも自分であるのは間違いなかったが、他に言葉が見つからない。そして英語に変換する余裕もありはしなかった。
「シャトアップ、わめかないで、すべての抵抗を放棄しなさい」
 女はさっきよりも語気を強め、脅迫の意を露わにしている。
「わかった、言うとおりにする、とにかく理由を―――― 話を聞かせてくれ」
 俺は完全に寝込強盗に襲われた善良な一市民の風体になり下がっていた。
 だがこの女、得体の知れない殺意は本物であることは分かる。それは軍人である俺の直感がそう告げていた。
 手慣れている、それは手にしたメスの位置でわかる。切り先が顎の下端、人間の最大の急所である延髄を即座に抉れる位置に置かれているからだ。
 それはとても偶然とは思えない―――― プロのなせる業だ。
「問答無用よ、とにかく大人しくして」
 おいおい、この女、かなり日本語が達者なようだ。俺の英語の予習はまったく必要無かったわけか。
 いや、それどころか今は日本語さえも発するのを禁じられている状況に追い込まれてしまっているのだが。
「腕を、両腕を後ろに回しなさい。ゆっくりとね」
 女の指示が飛ぶ。静かだが容赦のない語感だ。俺は黙って従うことにする。両腕を椅子の背もたれの後ろに回した。
「もう少し上ね、いいわ、そこで手首をクロスさせて」
 俺が手首をクロスさせると女は素早く俺の頭を押さえていた手を離し、その代わりにメスを回転させる。
 ひやりとした感触が面積を広げたのが分かった。ブレード面が水平ではあるが皮膚に直接触れている感触が伝わる。
「今度こそ本当に動かないで、ほんの少しでもよ―――― 動けば、そうね、とても危険よ」
 俺は言われるまでもなく、完全に硬直させられていた。
 女はその俺の隙をついて、いや考える暇を与える前に次の行動に出ていた。
 女は後ろ手にクロスさせた俺の両腕を粘着テープで一巻きで一気にまとめ上げる。どうやらテープの片側を足で押さえてスタンバイさせていたらしい。
 片手でだけで俺の腕を器用に椅子の背もたれに固定させる。
 椅子は回転式だが当然床に固定されており、これだけで俺は立ち上がることもできなくなった。 
「いい子だわ、じゃご褒美をあげる」
 女が俺の左足の大腿部にメスを突き立てた。なんの躊躇もなく。正確に。垂直に。
「――! ぐ、はあっ」
 俺は思わず絶息の声を漏らす。
 女はメスを俺の足に突き立てたまま手を離し、俺がこの激痛にひるんでいる瞬間を逃さぬかのように、俺の両腕の粘着テープを両手を使いさらに念入りに何重にも締め上げにかかる。それは完全に計算しつくされた、流れるような手際の良さだった。
「オーライ、これでオーケーね。はあ、疲れたわ、寝起きにこんな重労働するもんじゃないわね」
 女はさも自分の仕事っぷりに満足といったセリフを吐くとゆっくりと俺の前に回り込み姿を見せる。
 腰に手を当て一糸まとわぬ姿で。

 そう、オールヌードだった―――― コールドスリーパーは例外なくその状態なのだが…… さすがに服を着る余裕までは無かったようだ。
 腰の当たりまで伸びたブロンドの髪が図らずも胸を隠す格好にはなっているが。
「あら、その顔、足の痛みが吹き飛んじゃった? もしかしてこっちのほうがご褒美と言うにはふさわしかったのかしら? でも、そうね、確かにそんなに痛くは無いでしょう? 一応太い血管ははずしてあげたし、何しろ手術用メスだからね」
 女は剣呑な目を向けながらも微妙に自意識の強さをかいまみせるセリフを並べ立てた。
 こいつ、言いたいこといいやがって―― そもそも俺の顔がなにかうれしげな顔に見えたとでも言うのか? この予想もしていなかった状況に圧倒されているだけのことだ、そのぐらい分かりそうな物だが。どんな勘違い女なんだ。 
 それにしてもこの女、こんな残忍な表情を持つやつだったのか。
 勘違いしてたのは俺の方かも知れない。ちょっとしたクールビューティーだと思ってパートナー候補に選んだのだが、とんだ見込み違いだった。今は鬼にしか見えない。
 人を食らう鬼―――― グールビューティーと命名してやろうか。
 と言いつつも、ビューティーの形容詞をはずせない俺の思考は、唾棄されて然るべき部分だが。
「おい、クソ女、おまえの目的はなんなんだ? 大体今の状況が分かってるのか? ここがどこで、自分が誰なのか」
 俺は左足に走る痛みのおかげで血中アドレナリンがさらに上昇していた。罵るように女に向かって言う。
「ホーリークラップ、元気一杯ね。ちょっと意外だわ、あたしにしては手ぬるかったかしら」
 女はおどけるように、あざけるように目を細めながら言う。そのブルーの瞳は女の目つきの冷たさをさらに倍加させている。
「はっ、これだけの狼藉をしておきながらよくそんなことが言えたもんだな!」
 俺は半ばやけ気味に呪詛の言葉を続けた。
 左膝の痛みが鼓動に合わせて波打つ。
「ユー、あなたこそ自分の立場がよく分かってないようね、例外的に穏便な手段を取ってあげてるって言うのに」
 女は恩着せがましくもそんなことを言う。
「けっ、これのどこが穏便だって?」
 俺は全身に力を込めて声を張り上げた。そのせいか左足に突き立てられていたメスが筋肉に押し出される形で抜け落ちる。メスが床に落ち、甲高い金属音が部屋に響き渡った。
 血管をはずしたと言った女の言葉は嘘ではなかったようだ、さほどの大出血は起きない。だがぱっくり開いた傷口からは少なからぬ出血が続いている。
 女は俺の左足の傷を横目で一瞥し、床に落ちたメスを拾い上げると、刃に付いた血糊を眺めながら俺に向かって再び悪口雑言の口火を切った。
「あら、普通なら―― そうね、教科書通りにいくなら、まず後頭部を殴打するでしょ―― で、昏倒している間に両手両足の筋肉の腱を切断するでしょ―― これでもう這うこともできなくなるものね。で、下半身を裸にひんむくんだっけかな? これでどんな凶暴な大男でも大抵はおとなしくなるそうよ」
 こいつ、本気で言ってやがるのか? 完全に相手の命を極限まで追い込んで口を割らせる一番手っ取り早い方法じゃないか。
「あたし的にはシェフのきまぐれおまかせコースと呼んでるんだけど」
 どんなぼったくりコースなんだよ。
 俺はその後に振る舞われるであろう拷問の手段を想像するだけで心胆凍る思いだったが、精一杯の沈着冷静を装い女に言う。
「なるほどね、つまりは俺に利用価値があるうちは生かしておいてあげますよってことか? ―――― このサド女が」
「あら、これしきのこと、あんたがあたしの体に加えようと企んでいた鬼畜な行為に比べればかわいいもんじゃない?」
「そんな予定はねーよ!」
「そうかしら、か弱い子羊を毒牙に掛けようとしていたクセに」
 どうやら、自意識過剰と被害妄想は常にワンセットで備わっている物らしい。
「おまえがか弱い子羊なら残りの全人類は子猫のレベルを一生超えられないだろうよ!」
「へえ、なるほどねえ、だから眠りこけてくれてたのね。それについては本当にラッキーだったわ。さすがのあたしでも眠ってる間に拘束されていいたら抵抗できなかったでしょうからね。ああ、恐ろしいわ、自由を奪われたあたしが受けていたであろう変態的で猟奇的な陵辱行為。想像するだけで身震いがするわ」
「拘束する予定もありゃしねーよ! そもそもおれを変態鬼畜だという前提で話を進めるのはやめろ!」
「まったく、口の減らない男ね、次はその口にマスクしてあげましょうか?」
 女はヒステリックに眉根を寄せ、手にしている粘着テープを10センチほど引き出し、粘着面を俺に見せつける。
 くっ、それはごめん被りたいところだ。この女の目的はどう考えても私的な趣味の範疇ではなかろう―――― そう、いわゆる思想的な任務を目的にしていることは間違いない。
 それがどういった種類の物だとしても、およそ破壊活動であることも明白だ。
 まずはこの女の目的を把握しないことには対処のしようが無い。
「ちょっと待てよ、あんたテロリストなんだろ?」
 俺は、少し間を置き、声のトーンを落としながら、核心を突いているであろう質問をぶつける。
「あら、ご明察、でも珍しくも無いでしょ? どこにでもいる平凡な職種よ」
 女は開き直った様子で言う。
「ふ、平凡ね、確かにそうだな。俺が地球で任務に就いていた頃からそうだった。石を投げればテロリストに当たるとまで言われていたよ」
 おれは女の挑発的な自己紹介に、精一杯の揶揄を込めて答える。
「へえ、あんたってエンジニアじゃないのかしら? 軍人さん? それならなおさら手ぬるかったかしらね」
 女の目に残忍な光が点るのが見て取れる。俺は再び身の危険を感じとっていた。
 確かに女の洞察は正鵠を得ていた。俺はここは何も言わず沈黙をもって女の質問に答える。
 捕虜に与えられた正当な権利、黙秘権ってやつだ。そして捕虜は国際法で拷問に掛けることは禁じられている。まあ禁を破ったところでそれを裁く者はここにも、地球上にもいないだろうが。
「オーケー、いいわ、その辺は今のところ大した問題って訳でもないし、勝手に調べれば済むことだものね」
 とりあえず、と。女はつぶやき部屋の棚を物色し始める。
 緊急用の船内服を棚から取り出し、そのつなぎになっているスーツに足から体を通すと胸の上までファスナーを引き上げる。エマージェンシータイプのスーツもシューズも基本フリーサイズであるのだが、女としては大柄な彼女には、ほぼぴったりのようだ。女はさらに棚の中を物色しゴムひも状の物を見つけ出した。腰の辺りまである長いブロンドの髪を前髪ごと頭の後ろでひとくくりにまとめる。薬品棚から止血テープを取り出し、それを腕の左右に残っている栄養剤注入用の針跡に貼り付けた。
「これで身だしなみは大体オーケーね。サービスタイムは終了ってことになるけどね、うふふ」
 女は横目で俺の表情を伺いながら、またしても高慢なセリフを吐く。
 ふんっ、と俺は聞こえよがしに鼻を鳴らして見せるが、女はそれには構わず、俺が縛り付けられている席から二メートルほど離れた端末席に腰を下ろした。
 ディスプレイに電源を投入し、端末装置のキーボードを手慣れたタッチタイプで打鍵し始める。
「あはあん、なんだかノーセキュリティね。あたしのIDでもなんの制限も掛かってないわ」
 と、女はにやにやしながらつぶやき、あれこれとシステムへのアクセスを試している様子だ。
 それはそうだろう、そもそもここで活動する人間は全くのところ最初から限定されており、このコマンドセンター内の端末からログインする限り、どこからでも管理者権限がデフォルトとなっている。はなからハッキングなど想定していないのだ。
 突然女の指がパタリと動きを止めた。画面に表示された情報を食い入るように見つめている。ディスプレイに顔を近づけ、何度も確認するように、そしてそれを反芻するかのように。

「2178年…… ホーリーシット―――― ずいぶん寝坊したものね」
 女は半ば惚けたようにつぶやく。ようやく現実に気づいたという風だ。しかも、それをまったく予想だにしていなかったとでも言うのか?
 大体この女、そんな基本的な情報を確認していなかったのか? こいつはいったいどんなキリングマシーンなんだ? 俺を縛り上げた手際の良さやコールドスリープからの起き抜けにあり得ないような身体能力からして、かなりの訓練を積んだエリート工作員なんだろうが。
「ふふん、まあいいわ、どのみち自分ではどうすることもできないことだしね―――― んー、そう言う意味ではあんたには感謝しているのよ、これでも」
 女は顔だけをこちらに向け、小首をかしげながら俺に言う。
「感謝? あいにくだがそんな気持ちは爪の先ほども伝わってこないぜ」
 俺はふてくされながら女に向かって言う。
「ノーノー、感謝感激雨霰よ。あんたが私を起こしてくれなきゃ、くたばるまで惰眠をむさぼる羽目になってたんだものね」
 女は単純な英語と聞いたこともないような日本の慣用句? をごたまぜに並べる癖があるようだ。どんな教育環境で育ったんだ?
「"後悔先に立たず"―― 俺の今の気持ちをぴったり表す言葉だよ」
「オーマイガー、それなら改めて言わせてもらおうかしら。選んでくれて、サンクス」
 女は相変わらず上から目線の物言いだが―― それでもどうやら―― 僅かながらには―― それこそ毛ほどの感謝の気持ちくらいはあるようだ。
 女はそんな自分の言葉が終わらないうちに、もうすでに視線をディスプレイに戻し、文字を目で追う作業に戻っていた。
「あ、それから」
 女はディスプレイに目を向けたまま、思い出したように―――― こう付け加えた。
「"パツキンフェチ"でいてくれて、ベリーサンクース」
 前言撤回だ、毛先に付いたキューティクルほどの感謝も感じ取れねえ。
 というかこいつの日本語のボギャブラリーの多彩さはなんなんだ? 第二習得言語なんて嘘なんじゃないのか?
 いや、そもそもこのステーションに素性を隠してちゃっかり紛れ込んでいることからして、その辺の情報操作も組織的に行われているのだろう。
 そうだ、組織―― こいつが所属する集団の中から一体何人がスリーパーとして送り込まれているのだろう。
 まさかたった一人という訳ではあるまい。
 10人か? 20人か? ひょっとするともっと多いのかも知れない。実際のところこんな計画を現実的な成功率に乗せるためには相当数の人数が必要なはずだ。
 計画自体が発動するための条件、テロ組織のメンバーがオペレーターとして選抜されるかどうかは言ってしまえば運否天賦のそれではないか。
 いや、おそらくはメンテナンス役として選ばれる可能性の高いプロフィールと容姿を持った者が選抜されているのだろう。この女のように……。
 まんまとそれに引っかかった俺が言うのもなんだが。"金髪フェチ"とまでは行かないまでも―― 男なら、パートナー選択の可能性はかなり高くなるはずだ。もちろん男もイケメンを数多く取りそろえていることだろう。そこまで計算しての人選に違いない。
 そして何人潜り込んでいるにせよ、こいつらの最終目的、完遂目標はおよそ予想が付く。
 いつでもそうだった、こいつらの戦いは常に"聖戦"なのだ。

 ディスプレイを見つめる女の表情が徐々に険しくなっていく。
 おそらく女は自分がスリーパーとして眠りについてからこちらのおよそ100年間、地上のイベントステータスを一通りチェックしていることだろう。
 女がどこの国のどんな組織に属しているのは想像もつかないが、この女の表向きのプロフィールであるアメリカ国籍に属する同盟国で無いのだけは確かだ。
 だが、どこの国であろうと、どんな組織であろうとそんなことは最早大きな意味を持たない。要するに同じ穴のムジナってことだ。
 そして俺自身でさえもまだ受け入れ切れていない事実。いや事実と認めたくもないような現実に今、この女も直面させられている最中なのだ。
 omg、wtf、wth、lol、afk、brb、女が画面を目で追うごとに―――― うわごとのように発せられる(あまりに冗長になるのであえて略記とした)有りとあらゆる俗っぽい驚嘆語が、女のマインドダメージを如実に表していた。
 後半のほうは良く聞き取れなかったのであまり自信はないが。
 そして女が最初に見せていた余裕の態度は消え、最後には端末テーブルに握り拳を振り下ろす鈍く重い振動が、俺の縛り付けられている座面にまで伝わってくる。
 女は、拳を叩き付けた姿勢のままで放心したようにうなだれていた。
 俺は女に静かに問いかける。
「どうだ? 分かっただろう? 君の仕事も今となっちゃ意味がないことが」
「ノー」
「……」
「もう一度言うわ…… ノーよ」女はこちらに顔を向けはっきりと言った。
 その瞳は大きく開かれている、強い光だ、女の目は死んではいない。ゆるがぬ信念に充ち満ちている。
「確かに、地球上すべての地下シェルターやドームからのアライブ信号が喪失したのが30年前と記録にはあるわ。でも、それは―― 表向きの、あくまで公的な機関だけってことでしょ? この各地の空間線量計の値だって本当かどうかも怪しいもんだわ」女が声を荒げる。
「それは、そうかも知れないが、それにしたっておかしいんじゃないか? きみの組織が地下組織であったとしても、属している表向きの機関からの通信が途絶えてしまうのはおかしいだろ。ここに仲間が、同胞がいることは分かっているんだから」
 女は少し考えた後、俺に言う。
「もし仮に……」
 女は自分の言葉をかみしめるように途中で刻む。
「仮に、そうだったとしても、あたしの任務は変更する必要は無いわ。いいえ、あえて言えば、そうだったなら、なおさら完遂する必要があると言っても良いわ」
「そうかい、あんたはテロリストってーより……」
 俺も同じように言葉に力を込めて、ゆっくりと女に言う。
「リベンジャーってとこか」

 女はゆっくりと立ち上がり、俺に近づく。俺は反射的に体を硬直させた。しかし女は後ろ手に縛られている俺の胸に付けられたIDタグを乱暴に引きはがすと再び元の端末席に戻った。
 女は俺のIDを端末で照合すると、それを読み上げた。
「日本空軍第三宇宙師団所属一等空尉 上宮田護 か、まさに公僕ね、相手にとって不足無しって訳じゃない?」
「ああ、そうかもな、あんたと俺はもともと水と油、天敵同士ってことだな」
「ウエミヤ、タゴ…… あら? 後ろに作の字が抜けてるんじゃない? このネームタグ」
「カミミヤタだ、そしてファーストネームはマモル、ローマ字で併記してあるだろうがよ!」
「オーソーリー、漢字とてもムズカシイデース」
 女は両手の手のひらを上に持ち上げるおきまりの仕草をしながら言う。
「わざとらしいんだよ、おまえの日本語スキルの高さは十分に認知済みだ。おまけに漢字が読めなきゃローマ字表記の方を真っ先に見るだろうが!」
「カミミヤタ? 珍しい姓だわね、地名姓かしら? 寡聞にして浅学でしたわ。申し訳ない、タゴサーク」
「一回はそれを言わなきゃ気が済まないんだろうな…… だが一回だけだぞ面白いのは」
「ホワーイなぜ? その面白さはあたしには分からないわね、カンミャータ」
 どうやら、女はどこか無理矢理におどけて見せている風だ。
 そう―――― 平常心を、冷静さを、強引に取り戻そうとするかのように。
「とにかくそんなことはどうでもいい。で? どうするつもりなんだ、ここを、この"ヴァルハラ"を」
 俺は最後通告をするように、そして、ファイナルアンサーを求めるように女に言う。
「全機能を停止してもらうわ。もちろん爆破なんて野蛮な手段はとるつもりは無いわ。デブリが増えるだけのことだしね。このまますべてのパレットを保守モードでもないシステム停止モードに切り替えるだけよ」
 女は当然のことのように言ってのける。静かにだがきっぱりと。
「いまさらそんなことをしてなんの意味があると言うんだ。もしかするとここにいる人類が最後の生き残りかも知れないんだぞ。地球人として、動物界後生動物亜界脊索動物門羊膜亜門哺乳綱真獣亜綱正獣下綱霊長目真猿亜目狭鼻猿下目ヒト上科ヒト科ヒト下科ホモ属サピエンス種サピエンス亜種として」
「ホホホ、それならそれで良いんじゃないの?」
 女は高笑いを浮かべながら言う。
「人類のほとんどを、いえ、地球上の9割以上の大型生物をレッドブック掲載種に追い込んだ張本人の末裔が生き延びたってしょうがないでしょう―――― いいえ、生き延びる資格が無いと言ってもいいわ―――― それは許されないことよ。そう思わない?」
「思わないな。こんな言葉を知っているだろう? 核戦争に勝者も敗者もない―――― あの混乱と内乱と絶望感が渦巻く混沌とした時代を生き抜いてきたのなら分かるはずだ。起きてしまったことはしょうがないんだ、それをどうにかしてリカバリーしようと努力するのが人間だろうが」
「敗者ならいるわ、そして最大の戦犯とも言える―――― このステーションで惰眠をむさぼる卑怯者たちよ。そもそもこんな事業に、こんなばかげた計画に残り少ない人々のリソースを湯水のようにつぎ込まなければ、もっと多くの、もっと大規模なシェルターを今の何倍も作れていたはずよ」
「なるほどね、あの当時、人類が生存するための模索が必死に議論されていた頃、ありとあらゆる方策が検討の遡上に上がっていた。もちろん既存の技術を用いる地下シェルターがその中でも最も効率よく、最大の人数を収容することができ、最も現実的な選択肢だと言われていた。君の所属する組織も当然その方式を選んだ国の一つだったんだろうが…… だが駄目だったんだ、人類が創り出してしまった核種の半減期はとてもシェルターでの避難期間で回避できる物ではなかった。あの当時そのことは――― 本当のところは機密事項とされ、その情報が一般に知れ渡ることは全力で防がれた。そしてその間に――― 人々がどうしようもない恐慌状態に陥る前に、シェルター以外の――― 人類が生き残るための方策が必死に検討されていた。月面コロニー建設計画、火星のテラフォーミング計画、果てはシリウス星系への移住計画まで持ち上がっていた。だけどそれはあまりにも荒唐無稽で無謀な計画だった。その中でもなんとか当時の技術の粋を集めれば実現可能と判断されたのがこのヴァルハラ計画だったんだ。この計画の前提とも言えるその足がかり、軌道エレベータの実験建設は何とか実現されつつあったからな。本格的な建設着手からおよそ15年、赤道上のフローティングベース上にそれは完成した――――」
「そんな、そんなことぐらいは知っているわよ」
 と、女は俺の堰を切ったかのような長い話を遮るように―――― もうたくさんだと言わんばかりに口をはさむ。
 実は俺もセリフが長すぎて軽く酸欠気味になっていたのだが。
 女は言う。
「結局はそのヴァルハラ計画も穴だらけの計画だったじゃないの。愚かなチーズ戦略ってヤツよ。コールドスリープに付ける人数はあまりにも限られていたわ、そしてそれは当然この計画の出資国である国連議長国に限られていた。それがかえって人々の、人種間の、国家間の軋轢を生み出す結果になったわ」
 女はアメリカ育ちらしく身振り手振りの大げさなゼスチャーを交えながら俺に熱弁を振るう。
「わかる? ここに逃げてきた奴らは地上の人々を、名もない貧しい人々の生活を、命を踏み台にしてここまで上がってきたのよ―――― 一握りの支配者階級の延命のために、どれだけ多くの無辜の民が犠牲になったことか―――― ヴァルハラですって? 笑わせるわ。ここに眠るのは戦士の魂なんかじゃない、ただの臆病者よ!」
 俺は正直なところ、即座に反論する言葉が見つからなかった。
 それでも女の持つ信念と同じく、自分にも信念がある。それをよすがに任務を果たしてきたのだ。そして俺の任務はまだ終わっていない。ここで終わりにするわけにはいかないのだ。
「確かに…… 確かにそうかもしれんな、ここは所詮避難所だ。だけど、それでも、俺はここに来た人間は勇気と使命感を持っていたと信じている」
 女は下唇をかみしめ、目を閉じ首を横に振る。そんなことは同意できないと言わんばかりに。
 俺は実際彼女の言い分は十分に理解できていた、こんな議論は当時からさんざんなまでに―――― 再三にわたって―――― 延々と―――― 有りとあらゆるメディア上で議論されていたことだ。だが結局は完全な情報開示が行われない状況の中では、最善の策がどこに帰結するのかという判断を誰も下すことはできなかった。そしてこのヴァルハラ計画は先進国の力押しと、半ば一方的な正義の名の下に決行された。それが人類にとっての最善の策であったのかどうか、それこそ神のみぞが知る、だ。

 沈黙……。
 女は先ほどと同じ姿勢で物思いにふけるかのように押し黙ったままだ。
 ここはヒートアップした女の感情をクールダウンさせる必要がある。
 俺はなるべく淡々と、訥々とした口調を心がけ、女に語りかける。
「なあ、あんた、こんな例えはあんまりふさわしく無いかも知れないが、アンデスの聖餐の話は知っているだろう? アンデス山中に墜落した旅客機の乗客が仲間の人肉を食べて生き延びたって話」
「……!?」
 女は俺の言葉にはじかれたように顔を上げる。
 ん? この女、やけに驚いた顔してるな。どういう事だ?
「え? え? なに? まさか、あんたってあたしを食べる気だったの? そ、それは、想定外だったわ、ただのペドフィリアかと思っていたのに、まさかカニバリストだったなんて―――― あわわ」
 女は目を丸くし、震えながら両手で自分の口を押さえ、恐れおののいている。
「おい、おまえ! なんなんだ? ブラックホールからの電磁波かなんかでノーミソやられてるのか? 例え話だって言ってるだろうが!」
 俺にとってはこの女の反応こそ想定外だ。あり得ないところに食いついてきやがった。
 そしてクールダウンどころかさらにヒートアップさせてしまった。
「危険だわ、このままにしておくのは…… やっぱり両手両足の腱を切断しておいた方が良いかしら?」
 女は脇に置いていたメスを再び手に取りながら思い詰めたように見つめながら言う。
「その必要は無い! 早まるな! 俺はアンデスさんの乗客の生き残りでも子孫でも無い! 落ち着け!」
 俺は拘束された上体を目一杯イヤイヤさせながら必死に女をなだめすかす。
 まったく、こいつの言うことはどこまでが本気で、どこまでが脅しなのか分かったもんじゃない。ようやく俺の脚の出血もおさまってきたところだってーのに。
 おまけに慌てて変なところで噛んでしまった気もする。
「――――プッ」
「ん? なんだよ?」
 女は俺の慌て振りに我に返ったのか、存外冷静に―――― いや、今までの冷笑とは明かに違う失笑の表情を浮かべている。
「なんだよじゃ無いわよ、なんなの? アンデスさんって? 小学校の裏山に棲んでる妖怪?」
 こいつ――――! 興奮してたわりには実に目敏い突っ込みを入れてきやがる。
 大体この女は里山の小学校にでも通ってたのか? きっと旧校舎の女子トイレには花子さんが出没するんだろう。
 パツキンのくせに実はめちゃくちゃ日本通なんじゃ無いのか?
「オー、そういえば日本人にはそんな習慣とか趣向は無かったはずよね?」
 女は訳の分からないところで俺の良識度に得心したようだ。怪我の功名と言うヤツか?
「当たり前だ、ここには十分な食料が用意されている。そんなこと考えるはず無いだろうが」
「オーキー、ドーキー、あたしとしたことが、少し早とちりだったみたいね。いいわ、話を続けてちょうだい。ロリコンさん」
 女は手のひらを俺に向け謝辞の意を表す。
 しかし女のセリフの最後には明らかな悪意が残留している。
「ロリコンって…… なんでその認識だけは確定なんだ? そもそも百歩譲って俺にそう言う趣味があったとして……」
「……」
「……ん? 何よ? その先は何を言おうとしたの?」
「いや、なんでもない……」
 俺の中の野生のカンが再び迫り来る危険を察知していた。
「……悪かったわね」
 女がポツリと言う。
「なんのことだ?」
 俺はしらばっくれる。
「……年増で悪かったわね」
 やはり遅かった。ヒットしていた。女の自意識過剰ポイントに。見事なまでに。
 ……やらかした、勢い余って余計なことを言ってしまった。とんだ失策だ。さきの功名も帳消し、減封処分間違い無しだ。
 しかし言わせてもらえばロリコン趣味の価値基準に毒されているのはこの女の方ではないのか? 通常の感覚なら25歳程度の年齢の自分を年増と表現すること自体がおかしい。 
「おいおい、おまえさん、プロフィールの年齢も詐称だったのか?」
 俺は当然の疑問をぶつけてしまう。だがこれがいけなかった―――― 巨大な墓穴を掘ることになった。
 女は静かだが、これまでにないほどドスのきいた声で俺に言う。
「それはどっちの意味で言ってるのかしら? 返答によっては…… 首を刎ねるわよ」
 首!? 減封処分どころか斬首ということか! 俺の命は今、風前の灯火。まさかこんな軽口コーナーでそんな事態を招くことになろうとは、まったくもって青天の霹靂だ。
 そして、どっちの意味? 難問だ。この女のセリフ、どうとらまえれば良いんだ?
 そもそも俺が言いたかったのは20歳、スリープの間に5歳年齢を加えたとしてもせいぜい25歳、そんな年齢はロリータ趣味のターゲットにはならないだろうという前提があり、それに対して女が言った、自分を年増と表現した事について、実際は30歳オーバーだったりする可能性を示唆しただけだ。もちろんそれは俺がロリコンでは無かったという前提での話になるが。
 そして一方、実はスリープ時に15歳程度だった場合には女が実年齢、つまり15歳よりも老けて見えるじゃないですかと言った問いであったということになってしまう。この場合も俺がロリコンでは無かったという前提の話に限られるが。
 なんだ? おれはいったい何を言ってるんだ。混乱してきた。
 頭の整理が必要だ。
 ちょっとシミュレーションしてみよう。
 回答例1、――おまえ20歳と言いつつ実はもっと歳食ってたんだな。―― ロリコンでは無い俺は女を25歳ぐらいと見立てていたことになる。つまりアラサー扱い。即刻斬首。間違いない。
 回答例2、――おまえ20歳と言いつつ実は15歳とかだったのか? ―― 回答例1と同じくロリコンでは無い俺は女を25歳ぐらいと見立てていたことになる。つまり超老け顔扱い。処分は同上だろう。
 なんだかどうしようもなく詰んでいるような気がする。自らを追い込んでしまった。出口のない迷路に。
 まさに口は災いの元、とてつもないマインフィールドに踏み込んでしまった。
 思えば人間の精神世界はなんと広大で複雑なフィールドであることよ。カントやバークリーの独我論的な存在論を持ち出すまでもなく、その計り知れない混沌は大宇宙に匹敵する物なのかも知れない。
 不本意ではあるが―― 全くもって理不尽ではあるが―― 現状で俺の首が胴体とお別れせずに済む唯一の回答、その苦渋の選択を選ぶ他はあるまい。
 俺は腹をくくった。首をくくる覚悟で。
 そして女に向かって言う。自白剤を投与された捕虜よろしく。
「俺は…… くっ…… そういう傾向もあったかも知れない……」
「ホワット? そういう傾向って何よ? それがあんたの回答なの?」
「だから、つまり、俺は…… ロリ的な趣味があって、君を選んだのかも、知れない……」
「ロリ? ロリって何語なの? もっと分かり易く言ってもらえる?」
 ……おまえ、さっき自分でロリコンって言ってただろうが。完全にとぼけやがって。
 だが、ここは短気を押さえねば…… 俺は耐える。
「ロリータコンプレックス、ロリコンって意味だよ、くっ」
「へえ…… そう。じゃあ、もう一度ちゃんと自己紹介してもらえるかな?」
 完全に追い込まれた。俵一杯だ、もう後がない。
「俺は、ロリコン、でした……」
「あ? 何? 今ブラックホールからの電磁波のせいでよく聞き取れなかったんだけど。もう一度言ってちょうだい」
 こいつ、密かに根に持ってやがった。
 そしてこれ以上屈辱的な言葉を母国語で言いたくもない。
「アイム…… ペドフィリア」
 ちょっと英語に変えてみた。とはいえどんなネイティブだろうと生涯使うことがないであろうセンテンスを口にしたような気はするが。
 女はちょっと意表を突かれたかのような表情を見せたが、すぐに大きく息を吸い、腹の底から響くような声で、しかもわざと抑揚無く区切りを付けた英語で答える。
「アーイ キャント ヒア ユー!」
 ついに鬼軍曹になりやがった。もうやけくそだ。
「サー! 私はロリコンです! サー!」
 俺は胸を張りあらん限りの大声で言う―――― いや、叫ばされていた。
 女は満足そうに大きくうなずきながら言う。
「あたしの勝ちね」
 女は肩を軽くすくめ、ウインクをかます。ご満悦の表情だ。
 お分かりいただけただろうか?
 このように、女の二択問題に正直に答えてはならない。正解は常にその裏にある。俺は反社会的性癖の持ち主という汚名と引き替えにそれを手中に収めた。真の勝者は俺だ。多分。
 俺は自分自身に解説と弁明を試みた。大丈夫だ、これしきのことで心が折れたりはしない。反撃のチャンスは必ず訪れるはずだ。ここは平身低頭を装いそれを待つのだ。
「ふふ、これであんたが日本人だと言うことの裏付けも取れた訳ね、思わぬNASAの副産物だわ」
 女はさもありなんと言った表情でうんうんと、うなずきながら言う。
「ちょっと待て、ロリコンが日本人の普遍的な趣向という認識はやめろ」
 そこまでは譲れない、俺の中のナショナリズムの片鱗がそれを許さなかった。
「あら、言葉の前と後ろにサーが抜けているわよ」
「ハートマン教官ごっこもおしまいだ。話が無用に長くなるだけだからな。それでなくても話が脱線しているのに」
「そうだったわね、なんの話だったかしら? ほほえみパイルさん」
「だから、引っ張るんじゃない。アンデスの聖餐の話だ」
 俺は女の映画好きを利用してうまくロリコンの話をスルーさせた。我ながら策士である。だがそうでもしないと一向に話が進展しない。
 まあ、女の機嫌が良くなったのでまるっきり無駄ではなかったと思っておこう。

 女はまだちょっと食い足りないといった表情だったが、仕方がない様子で改めて俺に向かって詰問する。
「で? あんたの言いたかったのは何? 全員が一ヶ月で死に絶えるより、その中の一人でも二人でも他の乗客の命を奪ってでも二ヶ月生き延びることに意味があるってこと?」
「ん? いや、なんか―― 違うな。あの事故では別に殺し合いが起こった訳じゃ無かったな」
 女はほとほとあきれたと言う顔をしながら、いかにも億劫そうに、俺の思考を先回りするように言う。
「その手のたとえ話で言うなら"カルネアデスの板"じゃないの? 漂流者が二人掴まると沈んじゃう板きれの争奪戦の勝者は罪に問われないって言う」
 的確な突っ込みだった。ぐうの音も出ない。
 やばい、まじめなディベート上での格付けまでがふざけた女の乗りに引きずられて形勢が不利になっている気がする。
「まあ、そうだな、俺が言いたかったのはそう言うことかもな」
「……」
「……」
「あんたパアなの?」
 ひでえこと言いやがる。ぐうの音を出せたとしても勝ち目は無さそうだ。もちろんチョキの音を出せたとしても勝てないだろうが。
 確かに記憶違いがあったことは認める。だがそれは女をなだめすかす事に腐心していたことが不適切な例えを持ち出す結果になっただけだ。
 しかしこの女、身体的スキルだけじゃなく、口舌心理戦においても相当な手練手管の持ち主なんじゃないのか?
 いつのまにか、こいつのペースに巻き込まれてしまっている。相手を気づかぬうちに屈服させる恐るべき巧言令色の持ち主なのか?
 ここで本当に心が折れてしまったら完全な敗北である。
 やばい。マジでやばい。パねぇッス。
 気のせいか俺自身の思考レベルもダウンしてきた気がする。出血による貧血のせいもあるのかも知れないが。
 いや、むしろそうであって欲しい。

 俺はなんとか自分を奮い立たせ再び果敢にも女にディベートを挑む。
「良く聞け、おまえがしようとしているのはその板きれに掴まっている最後の一人がすがっている板きれを粉々に砕こうとする行為だろうが。二人助かるどころか、助かるはずの一人さえも溺死させようと―――― 道連れにしようとする行為だ」
 俺は必死だった、このままだと虜囚の辱めをいいように受け続けるのみだ。肉体だけならまだしも、精神的においても。
「ガッデムユー、だれが心中すると言ったかしら?」
 女はしかし、俺の言うことなど論外だと言わんばかりに一喝する。
「なんだって?」
「ここで座して死を待つ気は無いって言ってるの。おわかりかしら?」
「どういうことだ? おまえの目的は自爆テロじゃないのか?」
「カンミャータ、あんたが言うようにこのヴァルハラが最後の舟板で、地上に残された人々がけ落とされた気の毒な漂流者だと言うならそれは大間違いよ。そもそもその例え話、結局のところは弱肉強食の結果論の話でしょ。戦いに生き残った勝者の理論じゃないの。理屈と膏薬はどこにでもくっつく良い例だわ。それに、その論法に準ずるなら、最後まで生き残った勝者が正義だと言うことを自ら認めているだけなんじゃないの?」
「ということは、まさかおまえ?」
「心中する気はないって言ったでしょ。それは当然ここにとどまる気は無いって意味よ。あたしはここを機能停止させた後、地球に戻るわ。計画通りにね。それに仲間もいるの―――― このステーション内に最大100人ほどね。私はあと何人かの仲間をコールドスリープから目覚めさせ、残りの仲間を連れて脱出する手はずになっているわ」
「脱出? シャトルでか?」
「オフコース、大気圏突入用シャトルのペイロードは20トン、残りの全員をスリープポッドのままでも十分積み込める積載量よ。なにしろ軌道エレベーターはとっくの昔に崩壊しちゃってるからね―――― それもこのステーションが稼働した直後に…… 所詮突貫工事の安普請だったんでしょ、10年も持たなかったんだから―――― それにエレベーターにヴァルキューレなんてネーミングとか恥ずかしすぎて口にするのもいやだわ」
「それは別に俺がネーミングした訳じゃ無い」
「分かっているわよ。どうせ小学生の公募から選んだとかでしょ?」
 この女、よく知ってるじゃないか。実際に採用されたのは日本の中学二年生の応募メールだったのだが……。
「そんなことはともかく、おまえさん信じていないのか? 地上のシェルターがすべて沈黙してしまったことを」
 俺はあえて沈黙というファジイな表現を使った。もちろんそれは最悪の事態を含んだ言葉であることは伝わっているはずだ。
「当たり前でしょ、信じられないわ―― そしてあたしは信じているわ、人間が―― 人類がそんなにヤワじゃないって事を。たとえ通信施設が壊滅するほどのダメージを被っていたとしても、生きるための―― 人類が生存するためのリソースまでは失っていないと考えるのが当然じゃないの」
「それについては―― その意見について言わせてもらうならば、俺とて否定はしない。だが完全に肯定もできないな。それならわざわざここを破壊することは無いだろう。それは紛れもなくテロ行為だろうがよ、殺人だろうが。ここに眠る4万人を根絶やしにすることになんの意味があるんだ!」
「4万人? 何を言ってるの? もう半数以上は墓場送りになっているじゃない。スリープモードで稼働しているパレットは20機のうち9機にまで減っていた―――― それも100年も待たずに。あたしの仲間は元々健康で屈強な猛者ばかりだったけど、それでも何人かは欠員があるかもしれないわね。言わせてもらえばここは欠陥住宅だわ。リフォームする価値も無い」
「違う! ここは、このヴァルハラは人類の最後の希望、保険としての意味合いで立案されたんだ。人類のDNAが地球上から消滅してしまうことを防ぐために」
「保険ですって? とんだ不良債権よ。いえ、例えそうだったとしても所詮掛け捨ての保険よ。そうね、もう50年もすれば満期になるんじゃない? ―――― 全員ただの冷凍マグロになるだけよ」
「それが分かっていて、それでも今眠っているスリーパーの息の根を止めようって言うのか?」
「そう、さっきも言ったはずよ。それは支配者階級への制裁だと。助かるはずの命を故意に見殺しにした報いよ」
 俺は言う。
「しかし、それは今となっては時効ってもんなんじゃないのか? 地上との通信が途絶えたからにはここの人間が地上に戻る術は断たれたようなもんだ」
「それなら、そう思うのなら、なぜあんたはここを守ろうとしていたの? こんな冷凍工場を」
「それは…… それが俺の、俺に課せられた任務だからだ―――― 責任だからだ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「アンド、ミートゥーよ、あたしはあたしの任務をまっとうするだけ。自分自身の理念を信じて責任を果たすだけよ」
 女はこれ以上は無いと思えるほどのしたり顔で言う。
「はっきり言って、これ以上議論してもなんの意味も無いでしょう?」
 俺は…… 俺は、語るに落ちたのか?
 なんにしても、もともとこの女を説得して破壊活動を止めることなど土台無理な話だったのだ。
「結論は見えたようね―――― ねえロリコンさん」
 女はわざと甘い声で俺に止めを刺す言葉を言ってのけた。
 俺はうちひしがれ、床を見つめるのみとなっていた。

 女は俺との口舌戦に一区切りがついたと感じたのか、ずっと手にしていたメスを脇に置き、ぐるりと部屋を見回した。
「はあ、それにしても、なんか急に体が重くなってきたわね、ブドウ糖が切れてきたのかしら。あんた分量を間違えたんじゃ無い?」
 女は額に手を当てしばらく考えを巡らせていたが、ゆっくりと席を立ち、自分が収容されていたスリープポッドの方に近づく。
「ちょっとお弁当使わせてもらおうかしら」
 お弁当? 英語で言えばランチとしか変換のしようも無いはずだが…… 確かに今は船内時間で正午過ぎと言うことになっている。
 図らずもふさわしい言い回しだ。
 女は自分が眠っていたスリープポッドのカーゴポケットから電磁シールドクロスに包まれたバッグを引っ張り出した。
 その中から茶色いアルミパックに包まれたレーションを取り出す。袋を破り、半練り状の物体を取り出すと躊躇も無くかぶりついた。
「あら、けっこういけるもんね、空腹は最大の調味料ってことよね。賞味期限は90年前に切れてるはずなんだけど」
 女の食べっぷりは見事なものであった。瞬く間に二袋を完食してしまう。
 俺はあっけに取られて見守っていた。その視線に気づいた女が親指をなめながら今更のように言う。
「何よ? 失礼ね、レディーの食事姿をなめるように見たりして」
 こいつの国では男女が会食するという習慣が無いのか?
 それにしてもセキュリティの網をかいくぐってよくもあんなバッグをポッド内に忍び込ませていたものだ。そして当然Cレーションが含まれているぐらいなら、あのバッグの中にはもっと物騒なものもラインナップされていることだろう。
 そう、この手の仕事に付き物の。
 果たせるかな、やおら女はバッグの中からホルスターを取り出した。ずしりとした重量感が見て取れる。
 当然のことながら中身はハンドガン、拳銃だろう。
 女はホルスターのカバーをはずし、鈍く黒光りする銃身を取り出した。
 コルトガバメント、US.M1911A1ベースのカスタムのようだ。
 女は簡易な工具を使い、スリープポッドの置かれている台座の上で銃をあっという間に分解する。その手際の良さは訓練の賜物と言ったところだろう。
 そのまま今度は部品を一つ一つ点検しながらまた元のように組み上げていく。組上がった銃の遊底を何度か動かし、チャージした不凍オイルを馴染ませる。
 女は納得した様子で最後に弾倉を叩き込んだ。
 女が銃を扱う様はいかにも楽しげだ。さすがは鬼軍曹である。きっとあの銃にはニックネームが付けられているに違いない。
 自分の彼女ならぬ彼氏的な恥ずかしい名前の……。
「やっぱり良いわあ…… この感触―――― 本当のところを言えば試射してサイトの調整もしたいところなんだけどね。あいにくアイアンサイトを削るヤスリもないし、ま、しょうがないわね」
 女は満足げに言った後、こちらに銃口を向けた。
「紹介しておくわ、あたしの大事な相棒―――― どう、セクシーでしょ?」
 女はついでに足をモデル立ちにそろえ、ウエストのくびれを強調するポージングで言う。
「ふん、どこの骨董品屋で見つけてきたんだ、そんな種子島」
 俺は精一杯口汚く罵る。
 弾倉を挿入してから遊底をスライドさせた気配は無い。薬室に初弾は送り込まれていないはずだ。いわゆるコッキング状態にはなっていない。
 もし最初から入っていたとしてもシングルアクションのあの銃は撃鉄を起こさなければ初弾を発射することもできない。
 あくまで威嚇だろうとの予想においての言い返しだった。
「失礼ね、あたしのかわいい"ゼニガタ"を侮辱するつもり?」
 ……はあ? どんなニックネームを付けてんだよ…… 他人のネーミングセンスをとやかく言えないだろこいつ。 
 しかもゼニガタって…… やっぱり銭形警部のことか? 確かに所持銃としては有名な方かも知れないが、それならジョーカー二等兵だって使ってただろうが、この銃を……。
 女のフェイバリット的にはフルメタルジャケットよりルパン三世の方が上だったようだ。ただしワルサーP38で無いところが女の実利主義を物語っているのかも知れないが。
 せめてブローニングM1910ならまだかわいげもあると言う物だが……。
「そんなモンをこのステーション内でぶっ放したらあっという間に俺と心中することになるぜ」
 俺は脅しを掛けてみる。
「ご心配なく。撃つ時には確実にあんたの体に命中させてあげるから」
 女は空腹が満たされたせいか、意外に落ち着き払った様子で言う。
 とりあえず今すぐ試射の的にされることは無いようだ。そもそも貫通力の低い45口径程度の威力では壁に直撃してもステーション外壁を突き破ることはまず無理だろうが……。
 それでも内部機器に致命的なダメージを与えてしまう可能性も低くは無い。この女とてそのぐらいのことは分かっていて言っているに違いないが……
 続いて女は俺の視線を十分に意識した動作でバッグの中身をまた一つ取り出して見せた。
 それは黒革のシースに収まったコンバットナイフだった。ホルダーのホックを親指のスナップではずし、ナイフをシースから抜き出す。いわゆるダガーナイフと言うヤツだ。両刃のその刀身は黒色に塗装され、エッジ部分のみが鈍い銀色に光っていた。
 俺はあきれたように言う。
「ガーバーか、またぞろマニアックなおもちゃを持ってきたな」
「ホントにそう思う? あんたも軍人さんならこれの価値は分かると思うけど?」
 女の言う通り、おそらくは―― 間違いなくあれは安物のレプリカなどでは無いとみるべきだろう。L6アロイ、工具用特殊ハイスピード鋼で鍛造されたその刃は日本刀でさえも歯が立たない。リアル斬鉄剣というわけだ。
 俺的にはこのナイフの方がハンドガンよりデンジャラスに思える―――― この女が持つと……
 女は軽くブレードの状態を確認するとナイフをシースに戻しホックを止めた。腰のベルトにホルダーのカラビナを使って装着する。

「はあ、それにしても……」
 唐突に女は後頭部をかきむしりだした。自分的にも気にはなっていたのだろうが、今更ながら気づいてしまったといった具合に。
 どうやらデオドラント剤の効果でスリープポッド内では効力を保っていたプロカイン成分が洗い流されたようだ。
 それは新陳代謝の回復に伴って現れる典型的な症状だ。皮膚表面はまだしも頭皮だけはさすがに洗浄効果の効きが悪いせいもあるのだが。
 そして遠目から見ても分かるほど目についてしまう。頭皮の老廃物が。もともとブロンドの髪色では目立たないはずのそれが……。
 その現象はプライドの高い彼女にとっては最悪の産物だったに違いない。
 女は憑かれたように再びバッグの中を物色し始める。そこから、おそらくサイドポケットに入っていたのであろう一冊のメモ帳を取り出した。
 裏表紙をめくり、そこに書かれている内容を指でなぞりながら必死に確認している。その様子はもう半分錯乱状態に近かった。
「シャワールームはランドリー室の隣ね」
 と、ひとりごちる女。
 どうやら船内見取り図を確認してシャワールームの位置を調べていたようだ。
「入浴料は別料金になってますが、お客さん」
 俺は女の行動のあまりの得手勝手さに抗議するように言う。
 女は一瞬こちらを権高な目でにらみつけるが、いかにも煩わしいげな口調で言う。
「ああ、宿泊料と一緒に払うからツケといてもらえる? でも100年分の宿泊料に比べたら誤差範囲でしょ?」
「まあな」
 実際この状態でもまだ機転の利いた受け答えができるほどの余裕はあるようだ。
「とにかく、こう痒っくちゃ気が散ってしょうがないわ。それに見た目が悪いのが一番の問題だしね」
 女はもう居ても立ってもいられないという具合に愚痴をこぼす。
 しかし―――― 見た目?
「見た目が気になるって? 俺のことならおかまい無くってところだが? 俺の受けてる扱いの悪さに比べたらそれこそ誤差範囲だからな」
 俺は女の訳の分からない焦りに拍車をかける思いで嫌味を言う。
「別にあんたの目なんか気にしてないわよ」
 女はまったくもって心外な忠告だと言わんばかりに大喝する。
「じゃあなんなんだ? 船内ライブカメラの映像記録に残るのが我慢できないとでも言うのか?」
「何言ってるの、"これ"がもしメディアミックス展開でもされたら、大変でしょ? ビジュアル的に」
「ん? おまえこそ何言ってるんだ? "これ"ってなんのことだ?」
「"これ"って言ったら"これ"よ」
「……悪いが、まったく話が見えないんだが」
「だからあ、後世のドキュメンタリーとか」
「とか?」
「ドラマとか」
 ドラマ…… 誰が作って誰が見るんだ? 宇宙人か? 
「アニメとか」
「……」
「ストップ、そこまでだ、それ以上話を広げられるとさすがの俺でも拾いきれないし、軌道修正する自信もない」
 大体そんなことがあり得るはずが無いんだが。全く持って杞憂だ。

 とまあ――――
 そんな意味不明のことまで口走ってしまうほど女の集中力は全身の―― 特に頭皮の掻痒のおかげで低下しているようだ。
 そうだ、これは…… 多分、待ちに待った、そして耐えに耐えてきた俺にとって千載一遇の反撃のチャンスとなるかも知れない。
 女はシャワー室に行く準備だろうか、またまたバッグの中をかき回し始めた。
 そこから歯磨きセットとシャンプーリンスセットのビニールパックを取り出す。
「そんなモンまで持ち込んでんなよ!」
「何を言うの―――― これを持ち込むためにわざわざダイエットまでしたって言うのに」
「そこまでして制限重量に合わせこんだのかよ……」
「最後にはトイレの水道の蛇口まで針金で縛ったほどよ」
「それはむしろ減量って言うんじゃ無いのか? 壮絶すぎるだろ!」
「あら、そうね、食べ盛りのあんたにはちょっと想像できなかったかも知れないわね」
「欠食児童で悪かったな。俺ならそんな試供品セットより目の前のおにぎり一個の方を選ばせてもらうよ!」
「……あんたって画伯だったの?」
「裸の大将で登場したおまえに言われたく無いな」
「お下品なこと言わないでちょうだい。セクハラで訴えるわよ…… それはともかく…… あたしみたいな褒められ女子がこういうアイテムにこだわらなくて何にこだわるって言うのよ?」
「いや、おまえさんのバッグの中にはこだわりアイテムが満載なのはよく分かってるが…… そうだな、終いには添い寝ぬいぐるみぐらい出てきても驚かないかもな」
 女の手が止まり、キラリと目が光る。
「なんなの? あたしの大事なプーちゃんを馬鹿にするつもり?」
「ホントに入ってるのかよ!」
「それは冗談よ」
 女はそっぽを向き、澄ました顔で荷物をまとめている。
「冗談に聞こえねえよ!」
「さすがにそこまで重量の余裕が無かったから…… つらかったけど…… プーちゃんとはお別れしてきたわ」
 女の言葉には万感の思いが込められていた。
「添い寝ぬいぐるみは現役で活躍してたんだな!」
「……それがどうしたって言うの? 当たり前でしょ。がんばってる自分の、心のオアシスなんだから。ファンシー小物は」
 俺の言ったセリフに女は憤慨している。
「ああ、そうかい、男にはちょっと理解できないがな。特に添い寝ぬいぐるみなんてものは」
「あんたの抱き枕にプリントされている等身大萌えキャラの方がドン引きなんじゃないの?」
「抱き枕なんて使ってねーよ!」
「あらそう。でもおかしいわね、女のそう言うちょっとお茶目な面を理解できないなんて。あんた女とつき合った経験無いんじゃないの?」
 女は横目で俺を見ながら言う。その目はわざとらしい三白眼だ。
「俺のプライベートまで話す必要は無いな」
 俺は眉一つ動かさずに言った。きっぱりと。毅然とした態度で。
「あら、否定しないのね。あんたってもしかして、ど――」
「おい、感心しないな、そのネタは。長くなるぞ、間違いなく」
 俺は言いかけた女の言葉を遮る。
「それもそうね、今はそれどころじゃ無かったんだわね。いまさら言うのもなんだけど……」
 ふう……。 
 おそらくだが……。
 俺は九死に一生を得た。
 ファインプレーとしか言いようがない。
 まあ、女にとって今は危急を要する事態であったことが幸いしたのだが。
 もしそうでなければ俺はこの後、想像を絶するデモニッシュな罵詈讒謗の責め苦を味わうことになっていただろう。

「それじゃ、ちょっと行ってくるからおとなしくしてるのよ」
 女は留守番を子供に頼む母親のように俺に言う。
「ああ、心配いらねえよ。こんだけぐるぐる巻きに縛られてちゃ手も足も出ないからな」
 女は先ほどまとめた手荷物を脇に抱え、ICUルームのドアを開けるスイッチを押す。ハンドガンホルスターは肩に引っかけている。
「それが賢明ってものよ。あんたには色々協力してもらいたいことがあるからね」
 女が俺の方に振り返りながら言う。
「俺の是非も無くってことだろ?」
「あら? 考えるのが面倒なら、大サービスでロボトミー手術してあげてもいいわよ」
「遠慮しとくよ!」
「あ、それから、一応言っておくけど」
 女の顔には狡猾げな微笑が見て取れる。
「さっき自爆装置を起動しておいたから変なことは考えないでね」
「な! なんだよそりゃ!? 爆破なんぞしないとか言ってただろうが」
「大丈夫よ、すぐ解除するから。ただし解除コードはあたしの頭の中にしか無いのよ。だからあたしに何かあったらその時はこのステーションは木っ端みじんになるけどね」
 こいつ、この女の言ってることは本当だろうか? 大体自爆機能なんぞこのステーションには無いはずだ。もしあったとしても軍関係者である俺がそのことを知らされていないはずが無い。
 ということは俺が眠っている間にどこかに仕掛けたとでも言うのか? あのバッグの中に入れてきた爆破装置を。
 いや、ただの口からでまかせの嘘かも知れない。俺に脅しをかけるための。しかし嘘では無いという可能性も完全には否定できない。
 女はそう言い残すと部屋を後にする。ドアはしばらくして自動的に閉まった。
 部屋には俺一人が残された。いよいよ行動を起こす時だ。
 だがそれにしても、あの女の行動規範からしても、俺を一人部屋に残して行くというのは、それこそあの女の言ではないが、手ぬるい作法だ。
 たとえ体の掻痒感に苛まれて、神経が回らなかったとしてもそこまでははずさないはずだ。
 あの女には確実に油断が生じている。それはここまでの俺と女の、議論とも与太話とも付かないやりとりの中でサブリミナル的に刷り込んだ間抜けさが功を奏しているに違いない。
 イメージ戦略だ。俺はあえて自らの愚かさを醸し出すことで女の心に隙を生じさせたのだ。
 すべてはこの展開を導き出すための布石、マインドコントロールとさえ言っても過言では無い。
 まったく苦労の甲斐があったというものだ。主演男優賞ものだ。
 クソ女め、ぎゃふんと言わせてやろうじゃないか。
 
 俺は縛り付けられている椅子の強度を確認する。体を前後に揺さぶる程度でもがたが感じられる。やはりそうだ、所詮はスツールに申し訳程度に付けられた背もたれである。そこまで頑強な作りでは無い。
 後ろ手に縛られている粘着テープごと背もたれの支柱に沿って上に移動させてみる。背もたれ部分に当たって止まるところまでは動かせた。今度は思い切り足を踏ん張り背もたれに上方向に渾身の力を込めて引っ張り上げる。スクワットの要領だ。何度か衝撃を与えるうち背もたれが支柱から抜けた。
 俺はなるべく大きな物音を立てないようにゆっくりと背もたれごと背中に抱え、立ち上がった。背もたれは傍の台上に背中からそっと降ろす。
 さて、問題はこの後ろ手に縛られているテープの処理だ。壁際まで移動し、機器洗浄用のスチームディスペンサーを顎を使ってスイッチを入れ動作させる。しばらくすると高温の蒸気が勢いよく噴射され始めた。
 慎重を期しながら後ろ手に縛られている粘着テープの部分を蒸気にあてがう―――― 強烈な熱気が腕にも伝わるが些細なことだ。
 しばらくすると熱と水分によりナイロン製のテープはかなり弛緩を見せ始めていた。
 力を込めて引き延ばすと片腕がテープの輪からするりと抜け出る―――― 片方に残ったテープも素早く振り払った。
 女に刺された足の傷を確認する。それほど深くもなく、筋肉に対して縦方向に刺されているので歩行に支障を来すほどでは無いだろう。しかし傷口は開いたままだ。先ほどのスクワットで力を入れたせいか、一度止まっていた出血が再度始まっていた。
 薬品棚から軟膏状の抗生物質を見つけ出し傷口に塗り込む。激痛が走るがそれもすぐに納まった。大きめの絆創膏を傷口に張り付け止血する。
 当面の応急処置としてはこれでオーケーだろう。
 次に女のバッグの中身を一通り点検する。レーションの残り、サバイバルツール、ソーイングセット、コルトのリザーブマガジン、それになんだか使途不明のキングサイズ綿棒の束。それ以外にめぼしい物は残って無さそうだ。この中には爆弾らしき物は見あたらない。その中からリザーブマガジンだけを取り出し、薬品棚の隅っこに隠す。
 台の上に残っていたメスを一本手に取り、部屋のドアに向かう。
 メスを構え、壁際に身を隠しつつ開閉スイッチを押した。
 ドアがゆっくりと開いていく。開閉音はさほど大きな物では無いがこのときばかりは鼓膜に響き渡る大音量に思えた。だが女の居るシャワールームは通路の突き当たりであり、当然扉も閉めているだろう。気づかれる可能性は低いはずだ。
 開ききったドアからそっと顔を覗かせる。通路に人影は無い。
 左足を踏み出すたびに疼痛が走るが引きずって無用な音を立てないように歯を食いしばって耐える。
 素早くシャワールームのある側と反対の方向へ通路を進み、隣の娯楽室に飛び込んだ。
 ここはエアロックルームでは無いので簡易な扉は開け放しにしてある。またミーティングルームも兼ねているため、ステーション内では最大の広さを持つ部屋だ。
 俺は娯楽室の奥にある書棚の方へと向かう。最下段の本を数冊抜き出し奥の壁を露出させた。腹這いになり、その壁にあった小さなカバーの隙間にメスを差し込み、カバーをこじ開ける。
 聞いていた通り、そこにはID入力用のキーパッドが隠されていた。
 俺は素早く自分のIDとパスを入力し最後にOPENボタンを押す。書棚がカタリと音を立て、ロックがはずれたことが分かった。書棚の片側に手を掛け、横にずらす。
 小さなドアが現れた。俺はドアを開け中に入る。
 ここは隠しロッカールームなのだ。軍関係者のみが知る秘密の倉庫。ここには当然の事ながら武器が―――― 弾薬が保管されている。
 いくら軍関係者が携わっているとはいえ、こんなところに―――― 宇宙空間にこんな物を持ち込んだところで使うことなどあり得ないだろう。俺自身そう思っていた。単なる軍人としてのアイデンティティ、お守りのような物だと思っていた。その俺がまさかこれほど武器を希求する事態に遭遇することになろうとは……。
 とはいえ所詮はお守りのようなものだ。いわば指揮官の個人的なセレクションと言っても良い。
 棚の一つに納まっているアルミケースを開ける。中には旧式のハンドガンばかり、こぢんまりとしたコレクション程度のラインナップだ。
 ベレッタM93R、SIG/P220、その他はコルトパイソンなどというまさしく趣味で選んだとしか思えないようなリボルバーまで混じっている。
 俺は使い慣れたSIG/P220にしようか迷ったが結局装弾数の多いM93Rを手にした。どうせ銃の威力はどれも9mmであり、ここは手数に秀でたM93Rを選択するべきだと思ったからだ。俺はベレッタに弾倉を装着し初弾を薬室に送り込む。もう一度弾倉を抜き、満タンの弾倉に入れ換えておく。これで21発の装弾数になる。
 ついでに交換用マガジンも二本ポケットに突っ込む。9mmパラペラム弾x20発。ダブルカラムなのでこれだけで40発のリザーブとなる。
 女の持っていた銃の45ACPに比べればマンストッピングパワーでは及ばないが、そこは当たればの話である。手数が多いに越したことは無い。
 銃の入っていたアルミケースは一応元のように蓋を閉め棚に戻す。
 あまりぐずぐずもしていられない。女がシャワーを使い終わって戻ってくる前にこちらから襲撃するのがベストだ。
 向こうの準備が整う前に先手を打たなければ。
 あの女の戦闘スキル、特にゲリラ戦における修練度はかなり高いと見るべきだろう。一度そうなってしまえば容赦無くあの女の銃が火を噴く。
 俺はベレッタを手にした状態で隠しロッカー室から出る。娯楽室の出入り口まで進み通路の安全をそっと確認しようとした。
 その時だった―――― 

「フリーズ! 動かないで」
 唐突に、背後から――――
 俺が背中を向けている娯楽室の一番奥から―――― その声はした!
「振り向かないで、そのままゆっくり手を上げて」
 こいつ! いつの間に? 俺がロッカールームにいる間にこの部屋に侵入してやがったのか――――
 多分部屋の奥、書棚の反対側、ビリヤード台の影に身を潜ませていたに違いない。
 俺とて別にのんびりしていたわけでもなく、まだ10分も経っていないはずだが……。
 そして俺の背後にいる女の手には当然銃が――― 例の"ゼニガタ"が俺の背中に向けられていることは疑いようもない。
「なんだかデジャビュね―――― カンミャータ」
 女が嘲るように言う。
 俺はゆっくりと両手を上げる。
 俺が自由を得たのはほんのつかの間、またもこの女に活殺自在に追い込まれてしまった。
「あはあん、やっぱりね、そういうものを手放せないのはアメリカ人の血よね」
 女は俺が手にしているベレッタを見とがめながらも鷹揚にゆっくりと言う。
 女の言うアメリカ人とはこのステーションの立ち上げ時のグループのことを指しているのだろう。
「それにしても…… どんなイリュージョンを使ったのか知らないけど、ちょっと油断したわね」
「それはこっちも同じ事だ、褒められ女子がこんなに早風呂だとは思いもよらなかったぜ」
「当たり前でしょ、あんたみたいにのろまじゃないもの―――― このサン オブ ア ビッチさん」
 女は口汚く罵るつもりなのだろうが日本語に無理に組み合わせるとそうでもないことにまだ気づいていないようだ。
「まさかここまで入り込んでたとはな」
「あたしが通路に出た時にあんたがこの部屋に入るのがちょうど見えちゃったのよねえ、ご愁傷様」
「ふっ、100年分の垢の半分も落ちてないんじゃないのか?」
「無駄口はいいから、銃を、あんたの手にしている豆鉄砲をこっちに投げてもらえる? 後ろ向きのままでね」
 ちっ、銃を捨ててしまったらそれまでだ。元の木阿弥。これまでの努力はすべて水泡に帰してしまう。
「三つ数えるわ、その間に銃を捨てなければ―――― 射殺する」
 女が宣告する。今度こそ脅しでは無いだろう。
 だが俺には一つだけ算段があった、もし撃ち合いになった時のある予想が。それは勝算と呼べるほどの確かな物では無かったが―――― 今はそれにすべてを掛けるしか無い。
 但しチャンスは一回切りだ―――― 

 俺は覚悟を決めて足を踏み出した―――― いや踏み引いた。
 片足を後ろに、回れ右のステップだ。
 振り向きざまにベレッタを構えトリガを引き絞る―――― 
 だが立射の構えを取っていた女のコルトが一瞬早く火を噴く。
 女の放った弾丸は俺の頭頂部の髪の毛をかすめ後方に逸れた。
 だが俺の放った弾丸は三点バーストだった。補助ストックも使わずに片手撃ちしたその弾はガク引き気味に銃口が上に跳ねる。
 一発は女の右脇腹に―――― 一発は右腕の二の腕に―――― それぞれ吸い込まれ、もう一発は後方の壁に穴を開けた。
 耳をつんざく合計四発の銃声がほぼ同時にこだまし、硝煙の匂いが立ちこめる。
 女は信じられないという顔で目をかっと見開き、両腕で銃を構え直そうとするが、その力は失われていた。
 どさりと銃を床に落としてしまう。
 女はあわてて銃を拾おうとしている―――― 俺は女に走り寄り床の銃を数メートル横まで蹴り飛ばす。
 しかも体勢を崩していた女は次の瞬間、俺の蹴り上げた足をもろにみぞおちで受けてしまう。
 女は体をくの字に折り曲げ、うめき声を上げる。俺は女の腰からすばやくナイフも奪い取る。
「げふっ―― ブルシット―― ちくしょう…… なんでなの……」
 女は吐瀉物をまき散らしながら床をのたうつ。
「勝負はついた、俺の勝ちだ。あきらめるんだな」
 俺は左足で女の右手首を踏みつけながらベレッタの銃口を向け言う。
「どうして―――― あんた、あたしと差し違えるつもりだったの?」
「そう見えたかい? そうだろうな、俺はわざと仁王立ちの姿勢を取っていたからな」
「グッウッ…… どういう…… ことなの?」
 女は苦痛に顔をゆがめながら聞く。
「単純に言えば、サイト調整していなかったあんたの銃が的をはずし、バースト掃射した俺の弾が的に当たっただけのことだ」
「なぜ?――――  どうしてあたしの銃のサイト調整が狂ってるって分かったの?」
 女は俺の言うことが全く理解できないといった表情で言う。
「いや、逆だよ、あんたの銃は念入りに調整済みだった―――― ただし地上でな」
「地上…… 地球に居た時ね……」
「そう、つまり重力の差だ。このコマンドセンターブロックは回転慣性力で重力発生させている―――― でも完全じゃないんだ」
「……そんな」
「ここの床は水平になっているだろ、だから完全じゃない。場所によって差があるのさ。この娯楽室は中心に一番近いICUルームのすぐ隣。だから平均で1Gになるよう調整されているブロック全体の中ではかなり重力が低くなっている。数値で言えば―――― そうだな、0.8G強ってとこか」
「ふっ、そういうこと、やっぱり試射は大事ね。そんなことは良く分かっていたはずなのに……」
 女がうつろな目で言う。
「でも―――― どうしてあたしがヘッドショットを狙うと思ったの? 頭を狙わなきゃ着弾が上にずれたとしても当たっていたかも知れないのに」
「それは、きみがプロだからさ」
「……」
「プロなら自己防衛反応が働いたときに反射的にヘッドショットしてしまうと思ったのさ。それこそ無意識にね。体に染みついた反復訓練の反応は、まあ脊髄反射みたいなもんだからな」
 女は苦痛と敗北を噛みしめるようにじっと俺の話を聞いている。
「それでも捨て身の戦法なのは間違いないさ。きみが一撃必殺を狙わずに命中確率の高い体の中心を狙っていたら―――― 今頃俺の胸には風穴が空いていた」
「……だからあんたはわざと棒立ちになって見せた…… あたしのヘッドショットを誘うために……」
 女の息は浅く、早い。苦痛のせいだろう。
「そう、俺は信じたんだきみのプロの腕を―――― そしてきみはそれに応えた」
「そう…… 光栄だわ…… 信頼してくれて…… サンクス」
 女の意識は苦痛と出血のため朦朧となって来たようだ。
「完敗よ…… 早く、とどめを…… お願い……」
 女は息も絶え絶えに言う。
 俺はしかし―――― 何も言わず、女のホルスターベルトを拾い上げ、女の右腕の付け根に回し、思い切り縛り上げる。
 腕からの出血は止まった。
 俺は自分の腰のベルトに付けていたホルダーからケースを取り出し、中から注射器を取り出す。
 アンプルに針を刺し注射器で吸い上げる。空気を抜き、女の腕に突き刺し―――― 一気に注入する。
「ハァ、ハァ…… 何を…… 打ったの? 毒薬?」
 女はかろうじて残った意識の中で俺に聞く。
「いや違うな、モルヒネさ」
「なんで…… そんな、ものを……」
「まだ聞きたいことがある、爆弾は? 自爆装置はあるのか?」
 俺は尋問する。
「……嘘よ、ただの脅し」
「正直だな」
 女はモルヒネが効き始めたのと止血した効果で意識を持ち直してきた。
「もうあたしは助からない、そんな嘘付いたってなんにもならないでしょ」
 助からないと言った女の言葉は間違いでは無かった。おそらく戦場救急医療のイロハぐらいは知っているのだろう。
 腕の銃創はともかく脇腹の出血はどす黒い血が混じっている。弾が肝臓に達している証拠だ。
 ここには医療器具はある程度揃っているが輸血用の血液も外科手術を施せる人間もいない。
 AIドクターは対症療法の診断は下せても外科手術を行える機能までは持っていないのだ。
「なんで止血なんかするの…… もう無駄よ」
 モルヒネの痛み止め効果で女の意識は随分はっきりとしてきたようだ。
「そうだな、爆弾が嘘だというならこれ以上聞くこともないが……」
 俺は抑揚無く答えた。
「……そういえば、モルヒネなんて、なんでそんな物携帯してるの? あんたシャブ中なの?」
 女が怪訝そうに俺に尋ねる。
「いや、痛み止めさ、内服薬より薬量が少なくてすむし即効性があるからな…… 俺は…… 白血病なんだ」
「白血病…… 本当なの?」
「ああ、ついでに言えば余命半年だとさ、ACADの診断でな」
 俺は思い出したように―――― 他人事のように言った。
 女は荒い息をしながら瞳を大きく見開いた。
「どうして? オペレーターでしょ? あんた……」
「俺も知らなかったんだが…… オペレーターは余命一年以内と診断されたスリーパーの中から選ばれるらしい」
「そんな…… でもあたしを目覚めさせたのは…… そう、赤ちゃんを……」
「ああ…… そうなんだが、考えてみればおかしいだろ? DNAの刷新だなんて言い方…… 追加じゃない理由…… 二人目覚めて一人増えて、三人になっちまったらスリープポッドは足りなくなる…… 分かるか? つまり…… そう言うことなんだ」
 女はしばらく考えていたようだが、はき出すように言う。
「めちゃくちゃじゃない…… そんなの」
 女は理解できないという顔だ。
「俺にもその辺のプライオリティが何を基準にしてるのかは、よく分からないんだが…… 保守モードのポッドの中身を勝手に入れ替えたりすることはできなくなってるし―――― それはつまり死体遺棄ってことになるんだろ」
「そう…… 官僚仕事ね、どこまで行っても…… あたしの一番きらいな人種…… ゴキブリだとさえ思えるわ」
「ふ、口の悪さは、おまえ、小揺るぎもしないな、どこまで行っても……」
 女は小刻みに震え始めている。それが失血のための悪寒なのか、嫌悪感から来るものなのかは分からない―――― 両方かも知れないが。
「ゴキブリ…… 嫌いだった、子供の頃から、死ぬほど」
 女が遠い目をして言う。
「まあ、好きな人間はあんまりいないだろ」
 俺は当たり前の返事をひねりもなく言う。
「……で、ずっと考えてたのよ、なんでこんなに気持ち悪いんだろって」
 女は絞り出すような声で続ける。
「そんなもん理屈じゃないだろ」
 俺は合いの手を入れる。
 女の意識を確認するかのように。
「気づいたの…… ある日……」
「…………」
「あいつら…… 逃げるからよ…… 逃げて逃げて逃げまくるから…… だから、きっと…… 違うのよ人間とは―――― 人間は戦って戦って戦い抜いて頂点に立った…… だから相容れないのよ…… 対極なの―――― 存在を、認めたくないのよ……」
「ああ、なるほどね、でも…… それでも奴らは生き残った。三億年以上ほとんどなにも変わらずに。それは戦略の違いってもんだろ。いや、むしろ今だって、地上では生き残っているだろ、多分」
「…………」
「だから有りなんじゃないか? 人間の中でもそういう戦略を選んだ人々がいても……」
 女は俺の言葉が聞こえているのか、その目はじっと一点を見据えたまま動かない。
「ここに逃げてきた人々はきみに言わせればそっちの戦略を選んだ人間ってことになるんだろうが」
 俺は言葉を続けた、女の反応を確かめるように。
 眠りを妨げるかのように。
 それはさながら――――
 相手の返事が途切れた時に――――
 眠りに落ちた時に終わりを告げる、ピロートークに似ていた。
 俺は続ける。
「きみは戦ってきたんだろ? 人間として―――― それが人間のアイデンティティだと信じて」
 女の瞬きの間隔が次第にゆっくり、ゆっくりになっていく。その顔からはほとんど生気が失われている。
 床に大きな血の染みが広がっていく。
 じわり……
 じわりと……
 女がうわごとのように言う。
「逃げなかった…… あたしは…… 逃げなかったよ…… お母さん…… だから、ああ……」
 モルヒネの幻覚作用が起きているのかも知れない。
 女が、はたと――――
 何かを訴えるようにこちらに視線を向ける。
 俺に向かって唇を動かしているがよく聞き取れない。
 俺は顔を近づけた。
「なんだ? 何が言いたいんだ?」
「プーちゃん…… お願い…… 取ってきて…… お願い……」
 消え入るような声で、哀願するかのように―――― 切願するように……
「ずっと添い寝してたのか…… ぬいぐるみ」
 女は小さくうなずく。
「待ってろ」
 俺は立ち上がり隣のICUルームに足早に戻る。女のスリープポッドの中をかき回すとクッションの下に隠れて小さなクマのぬいぐるみが埋もれていた。
 傷み果て、すり切れたそのぬいぐるみ。
 それは、とてもファンシー小物と言う形容には似つかわしくない代物だった。
 その目は服のボタンに付け替えてある。
 傷んで取れてしまった目の代わりに母親が縫いつけでもしたのだろう。 
 俺はぬいぐるみをひっつかむと女の元に戻る。
 女は目を閉じていた。身じろぎもしていない。
「ほら、あったぞ」
 俺は大声で呼びかける。女が薄く目を開いた。
 そしてその左手を―――― 弱々しく持ち上げる。 
 俺はその手に、ぬいぐるみを握らせてやった。
「プーちゃん…… あたし…… ごめんね…… ごめん…… ごめんなさい……」
 誰に…… 何を謝っているのか…… あるいは自分自身になのだろうか…… 
 女はぬいぐるみを顔の前に持っていき、親指でボタンの目を弱々しく撫でる。
 慈しむように……
 遠い記憶をたどるかのように……

 刹那―――― 
 女の体を再度痙攣が襲う――――
 女の目が再び大きく見開かれ、手にしたぬいぐるみを強く握る。
 強く――― 強く――― 女の爪が食い込み、ぬいぐるみの首がもげ、中のビーズがばらばらとこぼれ落ちた。
 費えようとする女の命の火……
 女はそれに抗うかのように……
 燃え尽きるろうそくが大きな炎を上げるように。
 驚くほど朗然とした口調で女は言う。
「やだ…… いやだ…… 死にたくない、死にたくないよ…… 助けて、助けてよプーちゃん…… 助けて…… お母さん…… 怖い、いやだ、助けて」
 女の全身が律動している。女のすべての臓器が――― 全身の細胞が――― 一斉に悲鳴を――― アラートを上げているかのように。
「帰りたい…… 帰りたいよ、地球に…… お願い、助けてよカンミャータ、やだ…… 死にたくない、死ぬのやだ」
 女はぬいぐるみを取り落とし、俺の手首をつかむ。それは瀕死の人間とは思えないほどの強い力だった。
「ラーナ」
 俺は呼びかける。
 だが俺の呼びかけに答えが返ってくることは無かった。
 女が一つ、大きく咳き込むと激しく顫動していた全身の力がふっと抜けた。
 大きなため息が一つ漏れる。
 深く―――― そして長い―――― 肺臓の最後の収縮。
 虚空を見つめる女の目から大粒の涙が一つ――――
 こめかみを伝う……
 それが合図だった。

 俺は女の手をほどき、胸の上で組ませてやる。
 女の見開かれたままのまぶたを手のひらでそっと閉じる。


 
 Aug 17,2178 13:10 GMT

 俺はミッション工程表の最終項目のチェックボックスを埋める
 ――FAIL――
 パートナーの選択はいかなる理由があろうと一回のみに限定されている。
 当然だろう。"チェンジ"の権利を与えてしまったらそれこそきりがない。
 それは例え今回のようなイレギュラーなトラブルが起きようとも例外では無いのだ。
 俺は保守モードに切り変えた女のスリープポッドをパレットに戻すことにした。
 コンソールディスプレイに映るパレット配置画面に赤色のスクエアドットが一つ追加される。
 俺はメインコントロールルームから通路に出てICUルームのエアロックを確認する。
 監視カメラのモニタでICUルームからエアロックへと移送されるスリープポッドを見送った。
 "クライオニクス"―――― ただDNAを保存するためだけに冷凍状態にされた2万人以上の人々―――― その中の一人に女の体は加わることになる。
 添い寝ぬいぐるみと共に……
 俺は誰もいないステーションの通路を、引きずるような足取りでメイン端末席に戻る。

 まただ…… 
 いつもの発作が…… 俺の全身を強烈な関節痛が襲う。
 痛み止めが効いてくるまでの間、じっと椅子に座ったまま耐える。
 その間隔は―――― 発作の起きる回数は日増しに増えている。
 非常排出用エアロック―――― 通称ヘブンズゲイトと名付けられたそのブロックに俺の体は遠からずお世話になることになるだろう。
 だが今は―――― 残された五ヶ月余りの時を俺は生き抜いてみようと思う。
 別に彼女の分まで生きてやろうと言うわけではない。
 最後にあの女、ラーナが見せた生への執着。生きる事への渇望。
 それを見てしまった俺は―――― 今の俺は―――― 残された命の火を燃やし尽くすことが礼儀だと―――― 敬意だと思うのだ。
 死ぬまでは生きる義務がある。どんな生命にも等しく……
 俺が眠っていたスリープポッドは次に生まれて来るであろう新しい命と、その両親のために残しておこう。
 このステーションが例えいつの日か完全なカタコンベになろうとも―――― 人類のDNAは消え去ることがない事を信じて……
 
 俺は女のメモ帳に書き込まれていたテロメンバーのIDをチェックし、オペレータ選択候補にリストアップされないようしておく。
 顛末記のレポートを記録する。
 俺はふと思い立ち、コンソール表示のランゲージ選択を日本語に切り替えた。
 久しぶりに見る漢字表示、なぜだか心が休まる。せめて最後の時間までは日本人として生きてゆこう。
 俺はミッション成否の評定覧に並ぶ評価ランクの文字が甲乙丙丁表示となっているのを見て苦笑する。
 やけに念が入っている。軍隊式表示がなぜか懐かしくもあった。
 ここまでそつなくミッションをクリアしてきた俺の評価はすべて"甲"表示だったが、最後のミッションだけは当然"丁"評定となった。
 そして最後に表示された総合評定結果、そこにはひときわ大きく表示された文字が光っていた―――― 
 乙

    (了)
陣家
2011年08月21日(日) 19時25分42秒 公開
■この作品の著作権は陣家さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
日頃好き勝手な感想書き込みばかりやってるので、そろそろ自作もアップするべきだろうなと思い一ヶ月ほど掛けて書き上げました。
もしお読み頂けたら存分にダメ出ししてください。

この作品の感想をお寄せください。
No.20  陣家  評価:--点  ■2012-03-24 18:42  ID:1fwNzkM.QkM
PASS 編集 削除
わあ、本当に見に来て頂いたのですね。
ありがとうございます。嬉しいです。

ふふ、点数なんて飾りですよ……
というわけで今作もお気に召しませんでしたか、仕方がないですよね。

この他に僕の書いた物でこのサイトにアップされている物としては

ある人生にくたびれたオヤジがちょっと風俗遊びでもしてやろうかと思ったら、電波トークで煙に巻かれたあげく、一服盛られて有り金を巻き上げられる。
というお話、とか。(この板の2ページ目。中編? ちょっとエロい)

ある人生にくたびれたオヤジが(またかよ)思い出の渚で幼少期の思い出に浸りつつ人生の意味を問い直すかと思いきや、目の前の女の尻に目を奪われるという男の性を描いたお話、とか。(現歴板、作品集その3の下の方。短編、かなりネタが古い)

最近書いたのは、いとコン(いとこコンプレックス)の男子が念願叶ったかと思いきや、オヤジギャグで煙に巻かれているうちに、なぜか自殺幇助させられてしまうというわけのわからんお話。(ファンタジー/童話板。ちょっと長い。ギャグがほとんど古いマンガネタ)

くらいですかね。

もう懲りたかもしれませんが、気が向いたら覗いてみてやってください。
それではありがとうございました。
No.19  山田ハル  評価:0点  ■2012-03-22 21:10  ID:.1IszGSr9S2
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評価が高いようなので読んでみようと思いましたが、最後まで読み通せませんでした。好みの問題なのでしょうね。
斜め読みで流すように読んでもダメでした。

完読せずに点数をつけるのも失礼かと思い無評価にしましたが、読んだところまでなら10点ぐらいです。

がんばってください
No.18  陣家  評価:--点  ■2011-10-13 23:55  ID:1fwNzkM.QkM
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Physさん感想書き込みくださりありがとうございます。

ついに見つかってしまいましたね。
男の子向きすぎな作品かなあと思っていましたので、ちょっとはずかしいです。

グロな表現でごめんなさい。同じグロでももう少し品のある表現ができればと思うのですが、まだまだですね。

>読解力が追いつかなかったり、読んでいて取り残された気持ちになったりもしませんでした。

見事に秘孔を突かれました。やさしいお言葉ありがとうございます
実際、説明不足な部分が多々あり、不必要に難解な表現を使っている部分も少なからずありますので、改善していけるよう気をつけたいと思います。

ギャグは…… 難しいですね。多分文字媒体でギャグを展開するのは最高に難しいのかもしれません。
しかも、本作などはセリフに頼ったものばかりなので、もっと場面そのもので笑わせるようなしっかりとした物を書けたらいいなと思います。

ハッピーエンドが嫌いなわけじゃ無いんですけど、そこに至るまでのちゃんとした起承転結を組めないレベルなので……。
Physさんのストーリーテラーリングスキルを見習わなければと思うばかりです。

>DNAの刷新だなんて言い方……〜
本作中、自分でもちょっと良い感じかも、と思ってるセリフをピックアップしてくださって嬉しいです。
それとこの辺は後付的な設定なので、え? と思うのは当然ですよ。種明かしというほどの物ではないかと。

最後の辛口批評は…… メロンパンの上にかけるグラニュー糖のように甘いお言葉でした。溶けそうです。
どうもありがとうございました。 
No.17  Phys  評価:40点  ■2011-10-12 22:45  ID:U.qqwpv.0to
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拝読しました。

こんばんは。普段は現代板に投稿された作品を鑑賞して平日のアフター9を
楽しんでいるのですが、先日HALさんの作品を探しにSF板にやってきたら、
陣家さんの作品を発見したので、さっそく読ませて頂きました。

ここはお前みたいなガキが来るところじゃない! と一喝されてしまいそう
ですけど、そそくさと感想を残して逃げようと思います。

密度の濃いお話だなぁ――というのが第一印象でした。SFはもう初心者を
通り越して原始人レベルなので、きちんとお話の流れを捉えられるかどうか
心配だったのですが、演出の手法が二転三転するのが楽しくて、飽きること
なく一気に結末まで辿り着くことができました。

>半分解け落ちたかのような肉塊、見るもおぞましい死体のなれの果てであった
臨場感のある描写はとても映像的で、夢に出てきそうなリアリティでした。
願わくば出てこないで欲しいですけど。

私にとっては出てくるアイテムや場面すべてが新鮮で、確かな知識に裏打ち
された作品だと思いました。読解力が追いつかなかったり、読んでいて取り
残された気持ちになったりもしませんでした。きちんと読み手のことを考えて
お話作りに取り組んでおられる、作者さまの姿を垣間見た気がします。

>「添い寝ぬいぐるみは現役で活躍してたんだな!」
>「……それがどうしたって言うの? 当たり前でしょ。がんばってる自分の、心のオアシスなんだから。ファンシー小物は」
シリアスな空気の中にもくすりとさせられる一文が紛れていたりして、私の
ような者でも楽しめるように工夫がなされていました。コメディタッチの中盤も
面白く読めました。

そして、軽快な筆致の後にきちんとドラマが用意されていましたね。ラーナ
さんが登場した時点で、「きっと二人が結ばれることはないんだろうなぁ」
と思ってはいたのですが、悲しい結末には少し胸が痛みました。昨日の敵は
今日の友、にはならないのですね。(陣家さんがそんな風に甘ったるい話を
書くはずもありませんが……)

>DNAの刷新だなんて言い方…… 追加じゃない理由…… 二人目覚めて一人増えて、三人になっちまったらスリープポッドは足りなくなる…… 分かるか? つまり…… そう言うことなんだ
この種明かしは、正直油断していました。基本的に小説を読む時には張られた
伏線を常に意識して謎解きに参加する人間なのですが、気づきませんでした。
きちんと納得のいく説明に、さすがだなぁ、と嘆息しました。

最後に、辛口批評をとのことでしたので、一つ。

本作はとても読み手のことを配慮した作品だったという印象を受けましたが、
それが逆に陣家さんの力をセーブすることになっているのでは、と私は感じ
ました。もっとやり過ぎても構わないです。こちらが唖然とするくらいに、
ぐいぐい引き離して欲しいです。読み手はきちんと付いてくると思います。
(こんな挑発的な感想書いて大丈夫なのかな……)

とても勉強になりました。いつかこういう近未来のお話も書いてみたいなぁ、
なんて思いました。(私の知識レベルからして一生無理そうですが)

また、読ませてください。
No.16  陣家  評価:--点  ■2011-10-11 01:34  ID:1fwNzkM.QkM
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拙作に過分なお褒めの言葉、ありがとうございます。
シリアスとコミカルの落差とは言っても、やはり物には限度というものがあったようですね。
もう少しバランス感覚というものに配慮しようかと思います。

メタ表現(楽屋落ち)まで使ったのはさすがにやりすぎだったかなあと後悔しております。

最後の地口落ちが通じたのは、ラトリーさんだけだったのかなあ…… 

今度はいっそSFホラー的な物に挑戦してみようかなという構想はあります。
もしできあがったらまた感想いただければ幸いです。
HALさんの文章力には遠く及ばない自分です。なんせ書き始めてまだ一年も経っていない上に3,4作しか完成させていないという素人ですので。
これからもご助言、意見交換のおつき合いして頂けたらと願うばかりです。
よろしくお願いします。
No.15  HAL  評価:40点  ■2011-10-10 16:43  ID:mVDceCaz/7U
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 遅ればせながら、拝読しました。

 とても面白かったです。人類の置かれている絶望的な状況、主人公の見舞われている個人的な悲劇。悪役がハイスペックな(かつ性格の歪んだ)美女というのも嬉しい。そして情けないという印象の強かった主人公が、じつは能力ある軍人だった……なんて展開も、大好物だったりします。読み応えたっぷりのたいへんオイシイ一作でした。

 既出のご意見とも重複しますが、とりわけ冒頭の引き込み、世界観の提示がお見事でした。ちょっとレトロなデフラグの光景に、「んん、SFにしてはなんだか古臭い表現……?」と首をかしげたところに明らかになる、そのドットの正体。戦慄しました。

 コールドスリープのままならなさや、隠された銃器類の存在など、ひとつひとつのガジェットがとても丁寧に描写されていて、そういうところも読んでいてとても楽しかったです。

 個人的な嗜好からすると、ご自身で気にされていたとおり、コミカル部分がちょっと軽すぎたかなあという印象はありました。ほかの内容が重いだけに、少しばかりズッコケ感があったといいますか。といっても、これはわたしがどっぷり重い話が好物なだけですので、本当に好みの問題ですね。
 そして、そんなことをいっておきながら何なのですが、そうしたライトな味付けがお好きという読み手の方もいらっしゃると思いますし、しいて封印されることもないのでは……なんて、よけいな口出しでしょうか。

 拙い感想、どうかお許しくださいますよう。楽しませていただきました。ありがとうございました!
No.14  陣家  評価:--点  ■2011-09-19 23:48  ID:1fwNzkM.QkM
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ゆうすけさん感想書き込みありがとうございます。

>ミスマッチさが可笑しくてつい笑ってしまいました。
すこしでも笑っていただけたならありがたいです。じつのところギャグ部分は書いてるときにはシリアス場面の十倍ぐらいの推敲を重ねています。
むずかしかったです。もう諦めようかなとも思いましたが、もし書けるようであれば懲りずに挑戦してみようかなという気持ちはあります。

>ここはSFらしい武器でよかったと思いました。
そうですね、本当言うとオールプラボディのグロック系の発展型なんかを登場させようと思ったんですが設定を考えるのがめんどうでアクションモノでおなじみの武器でお茶をにごしてしまいました。そもそも松本零士っぽいエネルギー弾的な武器は登場させるつもりもありませんでしたので。
不思議な物で世の中には永遠不滅のテクノロジーでは無いだろうかと思える物がいくつかありますよね。
電気回路などでいえばRS232CやI2Cなどは上位の高性能バスがどんどん出てきたとしても、おそらく無くなることはないだろうと思います。
武器についても同じような感じで歩兵の主力兵器であるライフル系はどんどん世代交代して発展してきていますが、サブウエポンであるハンドガンなどはもう何十年も前から基本形は変わっていません。実際M1911などは制式採用されたのがちょうど100年前ですが、今も官民を問わず世界中で愛用されています。
おそらく将来的にライフルが電磁レールガン的なものに置き換わろうとも、ハンドガンはやはり9mmパラや45ACPから変わっていないんじゃないかと思っています。
すいません、ガンオタでした。ごめんなさい。

>求めてやまぬ領域
えーっと、自分的にモノを書こうとしたときに常に意識していることのひとつとして、
――活字は規制されない――、ま、そこまで言わなくとも規制の網に引っかかりにくい。
ということを常に念頭に置くことを努めています。
ぶっちゃけ、ロリだろうがペドだろうがネクロだろうが、宗教がらみだろうが、同和がらみだろうが中韓がらみだろうが全然かまわないんじゃないかと。
商業利用を目的にしてるわけじゃないわけですし、実際本屋さんで売られている本のほうが上記の挙げたようなものをテーマにしているモノは多いんじゃないかなと思います。
ていうか、ネットでは見かけた試しが無いかもです。
そのへんけっこう不思議だなあって思うんですよね。制約が少ないはずの同人的なもののほうがマイルドな気がするのが……
まあ、みつけられていないだけかも知れないんですが。

まあ、当然公序良俗を大きく逸脱するのはまずいとは思うんですが、ある程度エンターテイメント性が優先されても問題ないんじゃないかなあ、と。
もしもゆうすけさんが本作にパワーを感じていただいたと言うならばそれはやはり、タブーを密かに破ってしまっている部分なんじゃないかなと思いました。
不謹慎だと言われればそれには全く反論の余地も無いと思っています。
でも表現手段としての活字媒体の絶対的なアドバンテージはそこにあると自分的には思っています。

すいません。
そのうちBANされちゃうかもです。
ありがとうございました。
No.13  ゆうすけ  評価:40点  ■2011-09-19 13:15  ID:YcX9U6OXQFE
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拝読させていただきました。SF好きのゆうすけです。

圧倒的なパワーを感じました。これほどの設定のSFを書くには持久力がいりますよね。
壮大で重いテーマと、軽妙なセリフ、このギャップは狙ったものでしょうか? ミスマッチさが可笑しくてつい笑ってしまいました。ハードSFが好きな人には逆効果でしょうけど、私はこういうの好きです。
少しづづ舞台設定が明らかになっていく過程もいいですね。読者に情報を小出しにすることで、なんだなんだ? と興味を持たせる効果がありますね。
銃器の説明、趣味全開ですね。筆が走っている様子が目に浮かびますけど、ちょっとやり過ぎかな。ここはSFらしい武器でよかったと思いました。
冒頭、真面目なSF的な部分、SF好きな人じゃないと飽きちゃって読むのを止める恐れがありますね。ここら辺の塩梅は難しいですよね。

ギャグとシリアスの融合、私が求めてやまぬ領域、その可能性を見たような気がします。次回作を期待して待っていますよ。
No.12  陣家  評価:--点  ■2011-09-18 22:25  ID:1fwNzkM.QkM
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ぢみへんさん感想書き込みありがとうございます。

当方の知識なんて偏ったものなんでほとんどが役にも立たないものばかりです。
何かについての情報なんてこのネット時代に細かいことは憶える必要はさらさら無いと思います。概念的な感じで頭に入っていれば良いんじゃないかと。
細かいことはその都度資料集めれば良いことですし。ただ1の事を書こうとするならば10とはいかないまでも5くらいは資料が無いと書けないもんじゃないかなとは思います。
それはマテリアルなことに限った事ではなくて情緒的な思いを伝える際にも同じなのかなと思います。
それは自ずと行間に、セリフの言外の意に自然に滲み出てしまうものなんじゃないかと。

今作で意外に思えたのは、軽い気持ちで登場させたコールドスリープや軌道エレベーターに関して非常に興味を持っていただいた方がいらして、やっぱりこういうこだわりのあるガジェットを使うからにはそういった方々の思い入れを大事にしないといけないものだと痛感しました。
ただ、あまりに細かいディティールの説明をし始めるときりがない上にうんざりしてしまう人もいるはずなので、そこがむずかしいところですね。
以前に短いSFものを投稿したときに感想をいただいたのですが、SF好きの方からは説明過多で冗長と言われ、あまりなじみの無い方には説明不足でちんぷんかんぷんという感想をもらいました。冗長と思わせないようにさりげなくシチュエーションで意味を伝えられるようにするのがテクニックなんでしょうけど。今作でも専門用語を一つ出したらその前後で必ず補足的描写を挿入するように心がけたつもりなんですが、まだまだだったようです。

面白かったと言っていただいてありがとうございます。
やっぱり思うんですが、人に1楽しんでもらうためにはそれこそ10は産みの苦しみを味あわないとダメなのかなあ、と。
人を楽しませる才能のある人は同時に他人の何倍も同じ事で苦しめる才能を持ち合わせているんじゃないかな、と。
きっと楽しく苦しめる人がこういう作業には向いてるんでしょうね。
自分は怠惰な人間なんで、すぐ挫折しちゃうんですが。

ありがとうございました。
No.11  ぢみへん  評価:50点  ■2011-09-18 02:32  ID:lwDsoEvkisA
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面白かったです。ディテールを見る限り、実際には相当幅広い知識を持っている人が書いたのだということが分かります。
シリアスとコメディ的な要素を織り交ぜてバランスをとっているのも良いですね。
自分はSFはほとんど読まないのでSF的にどうなのかはわかりませんが、少なくとも週間少年漫画レベルの読者であれば十分楽しめるクオリティと思います。(良い意味で)
No.10  陣家  評価:--点  ■2011-09-13 01:23  ID:1fwNzkM.QkM
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N章さん

なんと言ったら良いか、なにはともあれ、楽しんで頂けたようで、それだけで作者冥利につきるなあと思いました。
名作映画などの足下にも及ばないこのような作品に最大の賛辞を頂き申し訳ない限りです。
まったくもって当たり前過ぎることではあるのですが、褒めてもらえるというのはつくづく嬉しいことなんだなあと思い知らされました。
なぜならやっぱり正直に言ってしまえば、それなりに無い知恵を絞って一生懸命書き上げたことだけは間違いないからです。
そして普段自分が他人様の作品にカキコしているディスり感想の数々を振り返り、自己嫌悪にも似た感情を抑え切れません。
これからは作者様のモチベーションをアップさせられるような、何度も読み返してしまうような感想をつけてみたいと切に思いました。
本当にすみませんでした。
そして熱きお言葉の数々、本当にありがとうございました。

P・S 今も仕事の合間を見ては、一応執筆中なのですがこれはかなりまじめに書いています。近いうちにアップしたいと思っておりますが、いつになることか……。
No.9  N章  評価:40点  ■2011-09-12 21:22  ID:z22/LgxUYxY
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拝読させていただきました。

父のビデオ(DVD)棚に並んでいる名作映画を数本取り出して来て、一気に観賞したような充足感を得ました。無知ゆえディテールすら想い描けず、無理やり想像で補った場面もありましたが、それでも、あっという間に壮絶なる心理戦に巻き込まれてワクワクしながら読み進むことができました。

>せめて最後の時間までは日本人として生きてゆこう。

(放射能汚染問題を想って)胸が熱くなりました。

父が(ヲタというほどではありませんが)映画好きで、彼の部屋に昔のビデオが百本近くあります。(フェリーニ、クロサワ、キューブリック、もあれば、日本のエロビデオもあす。洋楽のCDもそこそこあります)
自分は、子供の頃から、それらをちょこちょこと観てはいましたが、難解なものは挫折して何年も放置していました。この作品を拝読後、もう一度引っ張り出してきて、観賞してみようという気になりました。そういった意味も含めまして、ありがとうございました。

感想になっていませんが、お許しください。
ありがとうございました。

No.8  陣家  評価:--点  ■2011-09-02 02:30  ID:1fwNzkM.QkM
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らいとさん、最後まで読んで頂きありがとうございました。
らいとさんの作品に触れる度にその圧倒的な才気に恐れおののいてしまい、逃げ腰なレスばかりしていましたが、ここはやはりキチンと前向きに返信するべきだと思い直しました。
できる限り真摯に返信させて頂きたいと思います。

>「単調な作業だった」と始められると、催眠術にかかったように、「この小説、単調なんじゃないか?」と思ってしまうんですね。
なるほど、その発想はありませんでした。さすがです。つまり逆に考えると最初の一行で読者を思うままにマインドコントロールできる可能性もあるわけですね。
これは探求の価値がありそうです。
今回、死体はもっと最初の方に持ってきたかったのですが、タイトルとの整合性とちょっとした記述トリック的なことを考えて余計な物を入れすぎました。

既視感ですか、おそらくはありきたりの導入部とテンプレートなキャラを即席で採用してしまったことが主因だと思っています。手抜きを見逃さないらいとさんの読解力、いや直感力ですね、恐ろしいです。

>ラノベとして読めば面白い方なんだろうけど、そうじゃない場合はどうなのかなと思いました。
この際ラノベだと思う人にはラノベであって、そうじゃないと思う人には諦めてもらうしかないと思うことにします。
らいとさんがラノベとして読めば面白い方と思ってくださったなら、それは僥倖としか言いようがありません。

>さんざんぱら、攻撃しといてプーちゃんもお母さんもないだろ。。。
ここ、これですよこれ、実際ラストで女の鳩尾に蹴りを入れた後、さてどうやってなぶり殺しにしようかなと考えていたんです。
とどめを刺してくれと頼む女を無視して意識を回復させたところまではそう言う流れになっていることに気づく人もいると思っていました。
でもここでふと前作のレスでゆうすけさんから指摘のあった女性読者の目というのをふと思い出してしまったんです。
うーむ、ここは我慢して逆にお涙ちょうだい的な展開にしてみたら?
と、あざとい考えで路線変更してしまいました。
多分ここの不自然な展開は違和感が脳裏をよぎった人も多いと思いますが、それをはっきり自覚したうえで指摘できるらいとさんはやはり別格だと思います。

何の物語だったのか? ここだけは精一杯虚勢を張って返答してみます。
そうですね、まあ命ってなんなんだろうなー、という疑問への模索みたいな感じかなあ、と。
そこが言ってしまえば、ありきたり&漠としてて、結局のところ作品の印象もぼんやりしてしまうんでしょうけど。

ともあれ鋭い指摘の数々、ありがとうございました。
なんとかがんばりますのでどうか見捨てないでください。
No.7  陣家  評価:--点  ■2011-09-01 23:51  ID:1fwNzkM.QkM
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トマトさん、読んで頂きありがとうございました。

まずはご丁寧な間違い箇所のご指摘ありがとうございます。謹んで修正させて頂きます。
SF的な設定については先日死去された小松左京へのリスペクトを込めて、SFマインド(死語)が感じられるものをと思い、イベント年表まで作って不齟齬が起きないように気を遣いました。
実は軌道エレベータを破壊したのは女の所属するテロ組織であり、宇宙法に違反して原子力電池を大量に使用していたため、これが人類滅亡に決定打を与えてしまったという設定も考えていたんですがさらに複雑で長くなりそうなので端折りました。実際時事的にも不謹慎なネタと感じられる方もいらっしゃるだろうなと思っていましたが、何とか勘弁して頂いているようで心苦しい部分もあったりします。

当初のもくろみとしては、ラノベとハードボイルドSFを合体させたらどうなるのかな? という実験的試みで、徹底的に脱線させてから何事もなかったかのようにリセットさせて果たして話が成り立つかどうかを試して見たかったんですが、いまいちでしたね。

白状してしまうと銃撃戦からラストにかけてはほとんど時間を掛けずにやっつけで書いた部分なのですが、その分スピード感が出て意外に良かったのかなという錯覚をしそうになりました。
存外にお褒めの言葉を頂いておきながらこんな事を暴露するのは失礼の極みだとは思いますが。すいません。

丁寧な感想、お褒めの言葉ありがとうございました。
これからも機会が有れば意見交換していけたら幸いと存じます。
よろしくお願い致します。
No.6  らいと  評価:30点  ■2011-09-01 01:28  ID:J44h6PeHayw
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拝読させて頂きました。

僕はSFはあまり馴染みがないのですが、ちょうど今、ジェノサイドを読んでいる途中なのでそれを基準に言わせて頂きますね。

まず、冒頭なんですが、単調な作業だった。で始められてますが、なんか、さあ読むぞ、と思った瞬間に「単調な作業だった」と始められると、催眠術にかかったように、「この小説、単調なんじゃないか?」と思ってしまうんですね。そこが残念かなあと。実際、この冒頭の後にその単調な作業の説明が続くのですが、まさしく単調でちょっと続きを読むのをどうしようか迷うぐらいでした。
そして、前半ですが、何と言うか、既視感があるというか、どっかで見たような。。。どっかで読んだような、、、、というような感覚に度々、襲われてしまいました。なんでだろうと思ったのですが、わかりません。多分吊り橋効果とかメジャーな心理学用語が出てきたのもひとつの要因かもしれません。
中盤ですが、延々と二人の男女の会話が続くわけですが、ちょっとラノベっぽいかなあと思いました。ラノベとして読めば面白い方なんだろうけど、そうじゃない場合はどうなのかなと思いました。
そして、ラストですが、この女の人、死にそうになっても全然可哀想くないんですね。お母さんとかプーちゃんとかでてきますが、ぜんぜん可哀想じゃない。これは個人的感想なのであくまで一意見として見てもらいたいですが、さんざんぱら、攻撃しといてプーちゃんもお母さんもないだろ。。。と思ってしまいました。

全体的に見ると、何の物語だったかなあ、と思ってしまうのですが、専門用語もたくさんでてきているのになんかいまいち効果がないというか、自己完結しているような感じがしました。
もう一皮剥けてほしいというのが一読者の感想でした。
言いたい放題言ってすみません。
拙い感想失礼しました。
No.5  トマト  評価:40点  ■2011-09-01 00:04  ID:6npd1lkOuOg
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こんばんは。トマトと申します。
先日は拙作にご感想をいただき、ありがとうございました。
御作を拝読いたしました。素人の拙い感想になりますが、思ったこと、感じたことを書いておきます。

読んでいて気づいた誤字・脱字です。冒頭に集中していました。一応、以下に挙げておきます。

>人間が居住するには適さなくなってしまったしまっただけなのだ。
「しまった」が重複しています。

>デブリ衝突確立が
「確立」→「確率」

>内臓パーソナルポッドの
「内臓」→「内蔵」

>はんば強引に断行されたものであるのだから。
「はんば」は「なかば」(半ば)でしょうか?

>それ意外にめぼしい物は残って無さそうだ。
「意外」→「以外」

>立ち上げ時のグループのことを指しているだろう。
「指しているのだろう」の「の」が抜けています。


最初にひと言申し上げますと、おもしろかったです。ラグランジュ点に設置されたコールドスリープ専用の巨大施設、という設定がSF好きの私にとってはとても刺激的でした。軌道エレベーターの存在も興味深かったです(クラークの「楽園の泉」を思いだしました)。作中に軌道エレベーターが登場しなかったのが少々残念でしたが。

ライトノベル的なギャグ要素がどの程度効果的だったのか、という点に関しまして、私があれこれと申し上げるのもおこがましいのですが……。ただ、序盤の主人公の足にメスを突き刺してそのあいだに粘着テープで束縛する、というシーンまで持続していた緊迫感が徐々にそのあと希薄化して、どうも雰囲気とはそぐわない会話が続いていくあたり(ロリコンなどなど)は正直、惜しいな、と思いました。

終盤にかけてまたググッと盛りあがっただけに、やはり中盤の展開がどうにも気になりました。特に軌道エレベーターの名称を公募した結果、日本の中学二年生の案が採用された、というあたりがちょっとリアリティに欠けるかな、と感じました。このあたりは読者の好みが分かれるかもしれません。また、ラーナは破壊工作をいとわないテロリストらしく、いくぶんシニカルな態度をとりつつも、心のなかに狂気をはらんだキャラであってほしかったようにも思います。

終盤の戦闘シーンは圧巻でした。私は軍事も武器も素人ですが、戦闘の迫力は充分に伝わってきました。お見事だと思います。ラーナの最期のシーンもグッときます。ラーナが最後に求めたのはぬいぐるみ──なんともやるせない気持ちでいっぱいになる結末です。

簡単な感想になってしまいましたが、私からは以上です。好き勝手を書き連ねまして申し訳ありません。
作者様の次回作を期待しております。それでは失礼いたします。
No.4  陣家  評価:--点  ■2011-08-28 07:53  ID:1fwNzkM.QkM
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ラトリーさん、読んで頂きありがとうございました。

前作ワンスプーン・ハピネスではあまりにも趣味全開の自己満作品に過ぎたとの反省から、今回は趣味に走りつつもできるだけ要素を増やし、サービス精神と言う物を意識して作成したつもりでした。

でも正直詰め込みすぎた感はあります。あれもこれもと節操なくごたまぜですね。
八方美人的にしすぎて、人によっては逆に食べ合わせの悪いものができあがってしまったようです。

ラトリーさんの他作品の感想を読むに付け、本当にまじめな方なんだなあとつくづく思いました。
おそらく当初の予定どおりシリアス路線メインで行ってた方がラトリーさんには好印象なものに仕上がったのかもしれませんね。
そう考えると山田さんのご意見とは好対照にも思えます。
いえ、決して山田さんが不まじめという意味では無いんですが。好みの問題ですね。
難しい物ですね。万人受けする物にしようとすると尺でカバーするしか無いのかも知れません。

それと、ミステリーの定石に”物語の冒頭には死体を転がせ”というのがありますよね。
ラトリーさんはうまく釣られて頂いたようで、ちょっと嬉しかったです。
いや、すいません。ミステリーでも無いクセに。

今回の作品を自分で読み返してつくづく思ったのが、自分にはラノベ的ギャグは無理がありすぎるなあ、ということでした。
醜態をさらすだけのひどい物になるだけなのでもう永久に封印しようかと思います。

次はもう少しまじめなものをお見せしたいと思います。
丁寧なご感想、お褒めの言葉、真摯なご指導ありがとうございました。

No.3  ラトリー  評価:40点  ■2011-08-28 03:26  ID:x1xfMMn8lDg
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 こんばんは。最初のほうを少しだけ……と思っていたらみるみる最後まで読んでしまいましたので、感想など書いてみます。

 これ、すごい作品ですよ。軍事・医学系の専門用語の溶け込み方といい、えせアメリカ人っぽいカタカナ英語のいかにもな言葉遣いといい、「書き殴り」と仰るお話でここまでふんだんに取りこんで書けるというのは相当なものではないかと思います。
 終盤の銃撃シーンなど、その辺りの言葉の選び方と物語の勢いとが見事にシンクロしていて、そのままラストまで一気に引きこまれていくものがありました。自分でSFを書くためにいろいろな物語を読みたい、と思って伊藤計劃作品等に手を出し始めていたので、そんな時期にこのような作品に出会えたことはとても幸運であるように感じました。

 その分もったいないと思うのは、序盤〜中盤にかけて時々訪れる、光景を想像しづらいシーンや、やや間延びした会話のやりとりですね。最初に物語世界に入っていきにくく思うのと、本筋から脱線して繰り広げられる会話(ロリコン? 抱き枕? 裸の大将?)が物語世界にあまりマッチしていないように感じられたのとで、せっかくの終盤のおいしいシーン連発まで読み続けられない可能性がありました。
 個人的には、冒頭に96年前製造の目薬をさす動作から始めて、この物語世界が地球上ではない宇宙ステーションにあること、人類がこのような生存への道を選んだいきさつなどを語るように配置すると読む人を引き込みやすいのではないかと思いました。しょっぱなの印象的な場面、出来事、動作、台詞などで引っぱりこむのは古典的とはいえ、今後もまだまだ通用する手法だと感じます。
 また、ラーナとの会話は少々ラノベテイストの混ざったギャグ込みでいいと思うんですが、それらがシリアスなシーンで伏線として生きるような展開であれば文句なしだと思います。実際に、「プーちゃん」ぬいぐるみがラストでたいへん有効に働いていましたので、それをほかのネタにも適用していくような感じです。

 実のところ、自分も少なからず2chと接点のある人間なので、「乙」の締めは「上手い!」と素直に思いました。
 前の作品をお読みした分にも、知識量はたいへん豊かな方とお見受けします。それに加え、さらにストーリーの組み立て方を意識されると、とんでもない物語が生まれるのではないかと思うものがありました。
 僭越ながら、自分からは以上です。
No.2  陣家  評価:--点  ■2011-08-25 23:06  ID:1fwNzkM.QkM
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山田さん、読んで頂きありがとうございました。

おそらくですが、感想書き込み頂けるとしたら山田さんが最初だろうなあという予想はしていました。
こんなぐだぐだで書き殴りの乱文を最後までお読み頂けた上にあり得ないような高評価まで頂き本当に恐縮です。

誤字や間違いが多々あるのは分かっていたのですが、特に薄ら寒いギャグパートなどは自分で読み返すのも恐ろしくてろくにできていませんでした。
なんとか気づいた所だけでも修正しておきます。
この辺は勢いで書いた物の最大のデメリットかも知れませんね。書いてる時には、まあクスりとぐらいはする人もいるかもなあとか思いつつ書いてるわけですが、後から読み返すと震え上がるような寒いギャグとしか思えないことがほとんどです。ほんとにギャグって難しいなあと思います。
実はそう言う意味では山田さんのコメントはちょっとショックだったりもします。
本当のところはばかばかしいギャグ部分はすべて削除してシリアスなお話で統一しようかと迷っていたところもあったんです。
というわけで結果的には良かったのかなとも思いました。これでシリアス路線で行ってたら仏の山田さんを持ってしても最後まで読める代物にはならなかったんだろうなあ、と。

最後の2ちゃんオタを暴露するしか効果のない自虐落ちに関して触れられなかったのは、山田さんの無言の突っ込みだと肝に銘じておこうと思います。

ありがとうございました。
No.1  山田さん  評価:50点  ■2011-08-25 00:00  ID:NTwRM.FrJUA
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 拝読しました。

 誤字や表記間違えがいくつかあったのですが、見直せば簡単に直せる程度のことなので、割愛します。

 シリアスなSF物かと思って読み進めていくと、なんだスラップスティックまではいかないまでも、かなりコミカルな内容なのかな、と思ったら、最後にドドドーンとやられてしまいました。
 この流れ、たとえるならばジェット・コースター的な落差が上手くいっていたように思います。
 文章量の配分も……コミカルな部分と最後のシリアスな部分の塩梅ということですが……良かったと思います。
 最後のシリアスな部分が多すぎると、ちょっと辟易してしまう可能性もあるだろうなぁ、と思えたので、このバランスが良かったんじゃないかと感じました。
 上宮田護がかかっている不治の病を最後に明かしたのも「ははぁ、なるほどなぁ」と唸らされました。


「プーちゃん…… お願い…… 取ってきて…… お願い……」
 この一文、僕にとっては反則技ですよ……ホロリといってしまいそうになります。

「やだ…… いやだ…… 死にたくない、死にたくないよ…… 助けて、助けてよプーちゃん…… 助けて…… お母さん…… 怖い、いやだ、助けて」
「帰りたい…… 帰りたいよ、地球に…… お願い、助けてよカンミャータ、やだ…… 死にたくない、死ぬのやだ」
 このあたりもねぇ……。


「残された命の火を燃やし尽くすことが礼儀だと―――― 敬意だと思うのだ」
「死ぬまでは生きる義務がある。どんな生命にも等しく……」
 下手するとクサくなりそうなセリフなんだけど、心にきちんと伝わってくるものがありました。

「せめて最後の時間までは日本人として生きてゆこう」
「評価ランクの文字が甲乙丙丁表示となっているのを見て苦笑する」
 このあたりも心が揺さぶられる内容だったと思います。
 特に「甲乙丙丁」なんてのを持ってくるあたり、非常にうまいやり方だなぁ、と感心してしまいました。


 気になったのは、かなり未来の話なのに、使用されている武器が随分と旧式だなぁ、という点。
 ただ、あまり突飛な武器だとリアリティに欠ける危険性もありそうなんで、難しいところでしょうか。


 理屈抜きに面白かったです。
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