狸の帰り道 |
雨上がりで少し湿気の残った夜、僕は家を飛び出した。狸が出たからだ。僕が住んでいる所では犬や猫は良く目にするが、狸なんてまずいない。 場所は東京都のある町。しかしこの町に住んでいると言うと必ず「あそこは東京であって東京でない」といわれる。それは東京都といっても端の方であるからだ。しかし僕はこの街がとても好きだ。駅はとても栄えているし、たいていのものはある。食べ物に困る事はない。駅前は栄えているけど、僕の住んでいる所は騒がしくなく、とても落ち着いている。 僕には神奈川県にも家を持っている。どちらも気に入っている。それぞれの家は近いし、なにより二つの人生を味わえているみたいでとても楽しい。もう一つの家は緑が多く良い街だ。どちらの町もとても優しい人が多く、動物達もとても穏やかである。たまに理由もなく吠える犬もいるが……。それはともかく、僕はこれからもずっと住んでいきたいと考えているほどこの町が好きである。 そんな町に狸がでた。最初は猫か犬かと疑ったが、短い足、長い尻尾、間違いなく狸である。暗くてよく見えないが狸である。道のど真ん中を仕事帰りのサラリーマンが疲れて家路に着くような足取りでゆっくりゆっくり歩いていた。僕はあいつを見た瞬間、尾行しようと決めていた。あいつがどんな家に住んでいるのか気になったからだ。もしかしたら、大豪邸で食料も余るほどあって、とても優雅な暮らしをしているのかもしれない。もしかしたら、僕の助けがないと生きていけないほど貧しい生活を送っているのかもしれない。そんな期待する気持ちと心配する気持ちをもってあいつの後ろを追った。あいつに気付かれないように僕は身をかがめた。 昔何かのテレビで聞いたことがある。尾行する時には、二つの事を必ず守らなくてはいけないそうだ。相手と近すぎないようにする事。音を立てない事だ。僕はこの二つの事を守るよう心掛けた。心掛けたつもりだったが僕はこの二つの事をなんの造作もなくする事ができた。僕は僕自身がスパイに向いているかもと少し思ってしまった。スパイというよりストーカーか……。 簡単に付いていくことが出来たのだが、進むにつれて妙な事が。僕とあいつにたくさんの視線が突き刺さる。それと同時に色々な声が聞こえた。次々と家から人が出てくる。物珍しそうに見るその目はどんどん増えるばかりであった。そんなに大勢の人が見ては、あいつに尾行が気づかれてしまう。それも困るけど、僕があいつを追いかけている所を見られている事自体が恥ずかしい。そんな事を思っている時にも「かわいい」、「珍しい」と口を揃えて言っているのが分かった。あいつをびっくりさせないように小声で言っているが、生まれつき耳のいい僕には全て聞こえていた。しかし、あいつを追いかけている僕についての話は全くしていなかった。誰も僕の尾行に気付いていないなんて、改めて僕の潜在的なスパイ能力を褒めてやりたいと思ってしまった。 自分がプロのスパイになってテロ組織から国を守り、英雄としてみんなから尊敬されている想像をしているうちにあいつは進路を変えた。ついにバレたかと思ったが、あいつの歩く早さは変わっていない。むしろ不自然な位に変わっていなかった。会社帰りの疲れたサラリーマンみたいな足取りのままだ。一瞬ほっとした僕だが、あいつが右に曲がった先をみて驚いた。というよりも意外だった。コンクリートの道から大小様々な石が敷き詰められている広い広場。そこには、地面にロープが張られていて区間を仕切っているようだ。そう、そこは駐車場だった。 僕がすこし急ぎ足で駐車場に到着したとき、あいつの長い尻尾が駐車場の奥の草木の中に消えていくのが見えた。 「ここがあいつの家か。やっと見つけた。」 そう呟きながら、僕は達成感満たされていたその時、あいつが草木の中から出て来た。あまりにも急に出て来たことに加え、僕は満足感に満たされていたので、瞬時に逃げることができなかった。四、五歩いたあとあいつは止まった。こっちを見ている。五秒程だっただろうか、僕とあいつの目はそれぞれお互いを見ていた。セミの鳴き声も、風の音もしない空白の時間だった。時間が止まってしまったのではないかと思い、少し手足を動かいしてみる。 いつも通り動く僕の手足をみて異変に気付いたその時だった。 「入ってもいいぞ。お腹、空いてるんだろ。」 あいつの声だ。僕の手足は短く、足の後ろには長い尻尾があった。 「だいじょうぶ。 もう食べたから。」 そう言って駐車場をあとにした。そして僕は 「狸の家突き止めたよ!」 と言いながら手でドアを開けて家に入っていった。 |
まのじい
2011年08月22日(月) 13時37分04秒 公開 ■この作品の著作権はまのじいさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.7 ラトリー 評価:20点 ■2011-08-27 21:09 ID:x1xfMMn8lDg | |||||
こんばんは。週末になりましたので、感想など書いてみます。 「僕」の正体は実は……というのは、尾行をしていて周りからの視線が集まりだしたあたりからその手の雰囲気が出てましたね。自分も読者に対して仕掛ける叙述の遊びは大好きなので、大いに親しみを感じながら読めました。 ただやはり、このお話の背景にある世界がちょっと特殊だったので、そこを把握するには文章量が足りなかったのかな、と思いました。「主人公が人に化けた狸である」のと「狸が人に化けて普通に暮らしている」、二つの『意外な事実』をいっぺんに結末あたりで明かさないといけなくなるので、その分それまでの伏線についても制約がきつくなってきます。 どちらにしても、狸が人に化けている、という点が一種のファンタジーに感じられるので、もし再投稿されるなら、もう少し優しさやほのぼの感といったものを出して「ファンタジー・童話板」へもっていくのもアリかもしれません。ある種のミステリーとしてなら、「主人公が動物である」という仕掛けだけに絞って、その仕掛けを磨く方面に特化すべく、動物ならではの感性を伏線として文中に織りこみながら、いかにも人間のようにふるまわせる物語でもいいのではと思います。あくまで個人的な意見ですが、ご参考までに。 自己紹介板、見ました。自分も推理小説大好き人間です。これからの作品も楽しみにお待ちしてます。それでは! |
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No.6 山田さん 評価:20点 ■2011-08-25 22:11 ID:Zbb/pcXIbWw | |||||
拝読しました。 うちの近くにもよく狸は出没します。 「いや、あれは狸じゃなくてハクビシンだ」という話もありますが。 僕はみなさんとは逆で、この判りづらさが面白かったように思いました。 逆に陣家さんへのコメントを読んで「えええ! そういうことだったのぉ!」とちょっとがっかりしちゃったりしました(汗)。 謎は謎のまま残しておけばいいんじゃね? キッチリと謎解きしなくてもいいんじゃね? なんて思いました。 でも思うに、これって少数意見みたいなので、あまり参考にはならないでしょうね(汗)。 「そう言って駐車場をあとにした」から「狸の家突き止めたよ!」までの間にもう少し時間的な余裕を持たせて、なにかしらのエピソードを挟んでくれたら、もう少しスムーズだったようにも思いました。 いきなり「狸の家突き止めたよ!」となると、やはり「え?」と謎解きをしたくなっちゃう感情が湧くのかな、なんて思いがあります。 せめて体が元にもどる描写とかがあれば、もっとググっときたように感じました。 失礼しました。 |
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No.5 まのじい 評価:0点 ■2011-08-24 01:31 ID:Pj1WUeSQrMg | |||||
最後までお読みになっていただき本当にありがとうございます。 また、ご指摘、アドバイスありがとうございます。 >ゆうすけさん 確かに、説明不足ですね。 ご指摘頂いたとおり、読み手に理解してもらえるように書けていないことが多くあると感じました。狸が化ける事なんか特に。 これからも精進して行きたいと思います。 ありがとうございました。 >らいとさん ご指摘ありがとうございます。 解説見ないと分からない話なんてダメですよね。。 文章ももっと上手く書けるようにしていきたいです。 皆さんのご意見を参考に、改訂版を少しずつですが考えていところです。 完成したらまた載せさせて頂きます。すっごい暇な時でいいので、読んでいただけたら幸いです。 |
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No.4 らいと 評価:20点 ■2011-08-23 20:22 ID:J44h6PeHayw | |||||
拝読させて頂きました。 陣家さんへのコメントを読んで、始めてこの小説の構成がわかりました。 やぱり、説明不足だと思います。 文章は始めてとは思えないほどうまいと思いました。 ただ、伝わらないのではもったいないですね。 拙い感想失礼しました。 |
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No.3 ゆうすけ 評価:20点 ■2011-08-23 18:01 ID:1SHiiT1PETY | |||||
拝読させていただきました。職場にアライグマやホタルが出没し、駅前には逆さ狸のモニュメントがある町に住むゆうすけと申します。 ネタばれあるので注意。 説明不足でやや分かりにくいというのが正直な感想です。 主人公は結局なんだったのか? オチで明確に示さないとスッキリしないと思いました。恐らく狸が仲間を発見したのだと感じましたが、それですと最後のセリフ「狸の家突き止めたよ!」に違和感があります。 なるほど、狸が人に化けているのですね。それだと納得できますが、本文の中では分かりにくいですよ。 狸であることの特殊能力を発揮して伏線を増やし、オチで読者を納得させる仕掛けが足りないように思います。 初挑戦とのこと。私は初投稿した時、描写が足りないと厳しい指摘をされたことを覚えています。それから、いかに読者に理解していただけるかを考えて書くように努力しております。 頑張ってくださいね。 |
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No.2 まのじい 評価:0点 ■2011-08-22 21:07 ID:Q5JObZ9FNck | |||||
陣家さん、最後まで読んで下さって本当にありがとうございます。 また、ご意見ありがとうございます。 陣家さんのような深い考えもなしで書いてしまいました。 この話は、「狸は人化ける」という事を使っていたつもりです。 この話出でくる僕は狸であり、人間に化けて行動することもあります。 なので、「2つの家」「2つの人生」とい言葉が出てきます。 狸を追う時に「身をかがめた」という表現を使い、無意識に人間の姿から狸の姿になったことを表したつもりでした。 狸の姿で狸を追うので、相手の狸も警戒しないという訳です。 相手の狸はずっと追いかけてきた僕をお腹が空いているのではないか考えています。 で、最後は人間の姿に戻って家へ。 という感じです。 ご指摘頂いたとおり、説明が足りない部分がとても多くあります。 改善していきたいと思います。 ありがとうございました。 |
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No.1 陣家 評価:20点 ■2011-08-22 20:11 ID:1fwNzkM.QkM | |||||
拝読させていただきました。 陣家と申します。 以下ネタばれがありますので注意してください 文章は平易で読みやすくて良いと思いました。 当然ですが、しばらく読み進めていくと主人公は何らかの動物なんだろうなと言うことは予想できました。 冒頭に出てきた家のくだりから流れの展開を予想しましたが、ちょと違っていました。 どういう展開かと言うと。 狸にとてもよく似た動物にむじな(アナグマのことです)という動物がいます。 狸は自分で巣穴を掘ることは少なく、多くはむじなの掘った巣穴の入り口付近に同居して居候を 決め込む習性があるのです。 同じ穴のむじなという言葉はここからきています。 狸のことをほんむじなと呼ぶ地方もあるようです。 なので、追いかけている対象は多分むじなで、主人公の狸は新たな別荘の拡張か、手狭になった家の引っ越し をねらってむじなの巣穴を突き止めようとしているのかと思いました。 それだと、駐車場まで後を着けられていた狸(むじな?)の警戒心も驚きもない対応にも納得が行きます。 最後は狸の一家がむじなの巣穴に家族を引き連れて引っ越してきて悠々とお茶を飲むようなシーンで 締めるのかなと思っていました。 もしかするとそう言うことだったのかも知れませんが。 そうだとするともう少し説明がないと、ちょっと分かりにくいと思います。 全然違ってたらすいません。 |
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