畜笑 |
その日、私は自分の部屋で寝転がつて、敷島吹かして、講談本を読み耽りながら、起きるも寝るも自由な身分を謳歌してゐたのだが、ふと、《人畜》でも買つてみやうか、なぞと思い立ち、ぶらぶらと浅草六区に出かけてみたのだが、噂に聞く人畜といふものはどこにも見へず、はてあれは友人一流の法螺であつたかと、肩を落として帰らふとしたところ、天突く浅草十二階の入り口付近に、なにやら女衒屋の主人の如き面構ゑをしたる男がゐるので、もしやあれがそうか知らんと声をかけて見ると、まさに人畜飼いを生業としたる人畜屋の香具師にて、恐る恐る「一匹、や、や、一人といふのか、数え方が分からぬけれど、欲しいのだよ」と云ふと、男は莞爾と笑つて、「これは旦那も運がよろしゐ、私がお連れしませう」と私の袖を引いて、ぐんぐん六区の貧民窟じみた界隈に入りこんで行くので、大いに慌てたのだが、あつという間に目的の場所に着いたらしく、見事な店構への赤格子の女郎屋の前で立ち止まり、中に入れと勧めるので、おずおずと玄関口から入つて見ると、豈図らんや、まるで竜宮城の御殿みたくにて、金銀紅の綺羅綺羅尽くしに、三人官女に五人囃子、右大臣に左大臣、左近の桜右近の橘咲き乱れたるに、これはだうしたことだと怪しんでいると、奥より牛頭馬頭を率ゐたる若い娘が現れて深ゝと頭を下げるものだから、呆気に取られてゐたのだが、よくよく娘を見てみると、髪は白く眼は赤く、毛党の云ふところのあるびので、成程、猫と兎と禽の混じつたるが如くにて、これが人畜かやと感心してゐると、娘はすヽと膝を進め、私の右手を取り、「御馳走を用意致しましたので、だうぞごゆるりと」と奥の間に連れてゐかうとするので、ついてゐくと御膳の上に赤身の刺身の如きものがあり、どれどれ食してみると、初めて食う肉で、臭みはあるが中ゝに美味にて、食ゑば食ふほど身体が軽くなる心地がして、ぱくぱくと口に運び運び舌鼓を打つてゐると、なにやらごりごりと音が聞こゑるので、何事かと見てみれば、先ほどの牛頭馬頭が私の足を鋸で挽いてゐる音で、畳が血で濡れてらてらと光つており、切り口の白は骨か知ら脂か知らと思ひつヽ、はたと手を打ち、あヽ、何だ俺が食ふたのは自分の手足であつたかと、堪えきれず笑いだし、アハアハアハアハと笑ふと、娘も牛頭馬頭も大いに笑ゐ、人畜屋までも笑つてゐるが、よく見れば、それは友人の顔で、アハアハアハアハアハ。 |
志保龍彦
2011年04月10日(日) 02時03分38秒 公開 ■この作品の著作権は志保龍彦さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.6 志保龍彦 評価:0点 ■2011-09-08 23:14 ID:.VxCrZ85vlM | |||||
≫弥田さん 感想ありがとうございます。 この「アハアハアハアハ」という笑い方は、私の好きな作家である夢野久作が作中で使っていたものです。 笑い方としてはかなり不気味な部類に入るものですから、幻想的でグロテスクな情景によく合います。そういう作品を書くことが多いので、この「アハアハ」は結構使ってますねー。 |
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No.5 弥田 評価:50点 ■2011-08-18 17:42 ID:ic3DEXrcaRw | |||||
アハアハアハアハアハ、というのが、いいなあ、と思いました。 これを読んでもう何ヶ月もたつのに、ぼんやりしてると、アハアハアハアハアハ、と耳元でしつこく鳴るので、いいなあ、と思いました。 |
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No.4 星野田 評価:40点 ■2011-05-23 01:07 ID:b58CEwXZkaY | |||||
こんにちは。この文体でなぜ読みにくくないんだろう……!不思議!すらすらと紡がれるリズムがとてもいいですね。文章と物語の展開がからみ合って、なんだか悪い夢でも見ているような、不気味な気持ちになりました。この物語の対には普通の日常があるんだよなあ、と思うと余計に不思議になってみたり。 | |||||
No.3 志保龍彦 評価:--点 ■2011-04-13 00:05 ID:Nb1BJUSELNo | |||||
≫らいとさん 感想ありがとうございます。 >これはホラーというのでしょうか? 怪談でしょうかね。文章もうまくて途中までとても堪能させていただきました。 ホラーや怪談というより「悪夢」と言った方が正確かもしれません。 辻褄の合わない、不条理な、しかし色彩だけが鮮明な悪夢、というイメージです。 >ただ、オチがわかりませんでした。アハハハハとなんとなくごまかされてしまったようで、なんとも未消化でした。 オチが無いのがオチのようなもので、無理につけるなら「悪夢は醒めない」で終わり、という感じです。幻想性を持たせるために、敢えてオチというオチはつけませんでした。なるべく理屈が入らないようにしています。 ≫zooeyさん 感想ありがとうございます。 >いきなりですが、志保さんのファンです! >ほかのサイトでですが、『オズワルド』というタイトルの作品や >確か『眼孔の花』(すみません、ちょっと違うかもしれません)を読ませて>いただいて、本当に面白かったです。 な、何だってー!? 覚えております、以前あちらで感想を下さった方ですね。その節はお世話になりました。『眼窩の華』に感想を頂いたように記憶しています。自分のファンと言われてしまうと、気恥ずかしくて、どう反応して良いのやら悩みます(笑) >しかも読んだ後に読み手にまとわりつくような不気味さを残しているのが、 >本当に素晴らしいと思いました。 読み終わった後に、読み手が「ああ、そういうことだったのか」と納得してしまわないように気をつけました。意味が分からない、理屈が分からない、それでいて少しでも面白いと思わせることが出来る小説を考えた結果の、今回の小説でした。 >「アハアハアハアハアハ」という笑い声、これは声というより音と表現した>ほうがいいのかもしれませんが、怖いですね。 >途中、刺身みたいなものが出てきたときに、まさか―……、と思ったのですが >やっぱりでした。 >食べてる様子や、足の生々しい描写が怖かったです。 「笑い声」が恐ろしく感じるという時がたまにあります。正気ではない者の笑い声などは特にそうです。笑い声が延延と続くラストは不気味ではないかと思い、こういうオチにしました。 拙作を読んで楽しんで頂けたのなら、幸いです。 ありがとうございました。 |
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No.2 zooey 評価:50点 ■2011-04-11 00:05 ID:qEFXZgFwvsc | |||||
こんにちは、読ませていただきました。 いきなりですが、志保さんのファンです! ほかのサイトでですが、『オズワルド』というタイトルの作品や 確か『眼孔の花』(すみません、ちょっと違うかもしれません)を読ませていただいて、本当に面白かったです。 今回の作品は、タイトルから、ほかにはない独特の怖さというかそんなものがありそうで、 期待して読みました。 そして、その期待通りの作品でした。 これだけ短い中で、ラストまできっちり持って行き、 しかも読んだ後に読み手にまとわりつくような不気味さを残しているのが、 本当に素晴らしいと思いました。 「アハアハアハアハアハ」という笑い声、これは声というより音と表現したほうがいいのかもしれませんが、怖いですね。 途中、刺身みたいなものが出てきたときに、まさか―……、と思ったのですが やっぱりでした。 食べてる様子や、足の生々しい描写が怖かったです。 面白かったです。また、新しい作品、是非読ませてください。 |
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No.1 らいと 評価:30点 ■2011-04-10 16:20 ID:iLigrRL.6KM | |||||
拝読させて頂きました。 これはホラーというのでしょうか? 怪談でしょうかね。文章もうまくて途中までとても堪能させていただきました。 ただ、オチがわかりませんでした。アハハハハとなんとなくごまかされてしまったようで、なんとも未消化でした。 筆力がありますね、今後の作品も楽しみにさせて頂きます。面白かったです。 |
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総レス数 6 合計 170点 |
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