プライドは放課後の木の下に |
ふと目を開けて、辺りを見渡した。 どのくらい眠ったのだろう、そろそろ辺りは日が沈みかけている。 僕は隣に座っている制服姿の少年をちらりと見た。 この少年は色が白い。病弱なのではなくて日焼けしない体質らしく、瞳の色も薄かった。茶色い両目がくるくると愛らしく動く。そして太っている。見た目がなんというか、弱そうだ。耳にかかった黒い髪の毛が時々さらさらと揺れている。学生服を着ていなければ性別が分からないくらい、雰囲気が女性的な人物である。その容姿のせいで学校ではクラスメイトによくからかわれているという噂を聞いている。 少年――スズキは僕のほうを見ずに言う。 「もう6時過ぎだよ。これからどんどん寒くなるのに。またここに来いだなんて……ねえ、君は寝てるの?」 スズキには僕が眠っているように映っているらしい。正直まだ眠いし、寝たふりをしていてもいいかなという気もある。誰でも体験していることが、眠い時は考えるのも億劫だ。そして、このくらいの寒さは昼寝の妨げにならない。 そこでしばらく寝たふりをすることにした。幸いスズキも別に気にしている様子もなく、ひとりでぶつぶつと何かを言っている。さりげなく聞き耳を立てていると、どうやらこれから来るはずのもう一人に文句を言っているようだ。 誰も聞いていないのに御苦労なことだ、感嘆しながらおとなしく眠ったふりを続けることにした。独り言には関わらない。それが僕のポリシーである。 僕たちのまわりの木々がさあっと葉を擦り合いながら音を立てて去っていく。 もうすぐ冬になる。こんな風に、毎日があっという間に過ぎていくのだろう。 ここは、街の中心部から少し外れたところにある、少し傾いた樹のある場所だ。最近のスピリチュアルブームのおかげで、この街も、多少の町おこしを願う人々の熱気に包まれている。実際、先ほどまで、テレビカメラを持った男性が数人うろうろしていた。 今、この樹は願いごとをすると望みが叶う樹として、昔から語り継がれてきた樹木というふれこみで、人々の注目を集めているのだ。 僕としては、町おこしに利用したい自治体の意図が見え見えで、人が集まってくるということ自体に、なんとなく胡散臭さを感じてはいるが、どんな場所にも、いつの時代も、藁にもすがりたい思いを持つ者はいるのだ、と思えば決して樹木が伝説化されることに異議を唱えるつもりはない。 まして、諸事情により、僕たちが今まさにその藁をもつかみたくて必死にもがいている最中なのだから、異議など唱えていては、叶う願いも叶わないというものである。 「ねえ」ふいにスズキが真面目な顔で僕を見た。 「本当は、僕はこんなところ来たくないんだ。あいつが来たいっていうからしょうがなく来てるんだよ……。一人でここに来られないあいつのためにわざわざ待ってやってるんだ。しょうがないんだよ、願いは自分で叶えるのが僕の主義なんだから。僕だって毎日トイレ掃除をさせられるのが嫌なんだ。僕があいつの言うことを聞けば、トイレ掃除は他のみんなにもやらせてくれるっていうから、ここにいるんじゃないか。一人じゃ周りの目を気にして願掛けもできないくせに、いつも偉そうなんだからなあ。昨日のあの強がったセリフ聞いたかい?『この木の伝説が嘘だって証明したいんだ』って。本当は誰よりも進学校に行きたいくせにさ。願いごとすら言えないじゃないか。そう思うだろう、君だってさ。・・・・・・ああもう、全く君はいつも寝てるんだか起きてるんだかわからない。僕の話を聞いているのかい?とにかく僕は現実主義者なんだ。だから自分の望みは自分で叶える。そのためにここであいつを待っているんだよ。それだけは、わかっておいてくれよ」 一気に捲し立てると、深くため息をついた。どうやら、待ちくたびれて苛立ってきたようだ。確かに遅い。部活帰りでもこの間はもう少し早く現れたのだけれど。 なにかあったのか、と気を揉む僕らをよそに、スズキの靴には蟻が這っていた。働き蟻なのだろうか。そんな所に食べ物はないにもかかわらず、よく動く。何もないなら、おとなしくしていれば良いのに。そういえば、ずっとここで見ているが、黙って立っている蟻を見たことがない。 毎日毎日、変わらない日常から期待を掬いそうとする。何かを見つけたい、と思う。そういう風にして僕らも時間を過ごしているのだろうか。 予感がする。もうすぐこのルーティンワークも終わる。 スズキはいじめっ子にこの場所に呼び出されることはなくなるだろう。あのいかつい少年の望みが「大木の伝説が嘘だと証明されること」だとわかった以上、彼がいくら樹に願ってもどんな望みも叶うことはないからだ。彼の望みは、彼自身で叶えなければならない。 拾われた期待は、見つけ出された時よりも早いスピードで、日常の中に戻っていくだろう。 そして、彼らもまた。 それが、2人が望んだことだ。 誰にでも、叶えたい願いはある。そして、願いを一つ叶えるためにはたくさんの努力が必要になる。 願いを叶えるための努力。 そして、願いを叶えてもらうための努力。 だからこそ、元気だった父の後を継いで、願いを叶える大樹になるべく、こうして必死に人々の声をリサーチしているのだ。実際に父が叶えた願いごとなんて、大事なペットがどこかに行かないように見守っていてほしいとか、財布のありかを思いだしたいとか、その程度のものだったのに。 けれど、噂が噂を呼んでもっともらしい伝説が出来上がってしまった。そして、僕にとっては悪いことに、その名誉を抱えたまま、先日の落雷で、父は根元まで割れる大けがを負って引退してしまったのだ。 ならば、僕はこれから地道な情報収集と知恵を絞って、父を越えるという願いを叶えなければならない。それが子供のプライドというものだ。 だからこそ、今は、それこそもがきながら、多くの人に願いごとを言って貰えるように努力しなくてはならない。 そう、願いはきちんと、言葉に出して貰わなくては。 その時、もう一人の来訪者の姿が見えた。 スズキは立ち上がり、彼の方へゆっくりと歩いていった。足元にいたはずの蟻はいつの間にかいなくなっていた。 くしゅん、と小さくくしゃみをした。葉が上下に揺れ、腕周りを飛んでいた小虫がぱっと僕から離れていく。瞬きをして辺りを見渡すと、すっかり暗くなった地面に、街灯に照らされた淡い2つの影が映っていた。 |
貴音
2011年02月25日(金) 03時48分41秒 公開 ■この作品の著作権は貴音さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.6 貴音 評価:--点 ■2011-03-10 01:39 ID:te6yfYFg2XA | |||||
ゆうすけ 様 感想ありがとうございます。 伏線と擬人化のご指摘のところ、自分でも気になった部分でした。 伏線はどうしたら良いのかわからなくなったのであきらめました(笑) また、眠っているのかと問いかけられるところは、読み直して 不自然に感じられないように修正もしましたが、 なかなかできなかったところです。 文章を書くのは難しいなあと思いました。 それだけに情景が浮かぶと言って頂けて嬉しいです。ありがとうございます。 |
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No.5 ゆうすけ 評価:20点 ■2011-03-07 18:09 ID:1SHiiT1PETY | |||||
拝読させていただきました。 擬人化による心温まる話ですね。 主人公は苗木なのでしょうか? 最後まで分からないように、しかも伏線をからませていくとより面白味が増すと思いました。 冒頭にある「目を開ける」、スズキが主人公を眠っていると思う等、やや強引にも感じます。 ラストは想いが見事に表現できていて素晴らしいと思います。特に最後の文は、情景が間に浮かびました。 |
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No.4 貴音 評価:--点 ■2011-03-01 00:51 ID:te6yfYFg2XA | |||||
言葉に惹かれて 様 感想ありがとうございます。 タイトルを気に入って頂けて良かったです。 PCで文字を打っていると途中で気になることが出てきたり、 時々勢いづいたりして、 きちんとお話の中の状況が伝わるかが不安でしたので、 わかりやすいと言って頂けてほっとしました。 また、書きたいなと思います。 ありがとうございます。 |
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No.3 貴音 評価:--点 ■2011-03-01 00:40 ID:te6yfYFg2XA | |||||
Phys 様 感想ありがとうございます。 願いを叶える立場と願い事をする側が同じ視点でものを見ていたら、と思って書いたので、そう感じて頂けたら嬉しいです。 みなさんの書かれたものを読むと本当に面白いなあとか素敵だなあと思うことばかりです。書くことの難しさを体験しましたが、あたたかいコメントを頂けて次も頑張ろうと思いました。 ありがとうございます。 |
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No.2 言葉に惹かれて 評価:40点 ■2011-02-25 09:32 ID:sDqO84/iyOU | |||||
はじめまして。 拝読いたしました。 (感想だけ書かせてください) 情景が浮かんでくるような、 臨場感を持った作品だと 思います。 地の文による状況の説明も 簡潔で、とてもわかりやすかったです。 「けれど、噂が噂を呼んでもっともらしい伝説が出来上がってしまった」 が、印象に残っています。 噂って怖いですね。でも一度そうなった以上、 「仕立てる」しかなくて。 それも一つのプライドですね。 タイトルに惹かれて読んでみようと思いました。 言葉選びが上手ですね。 また読ませてください。 |
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No.1 Phys 評価:30点 ■2011-02-25 09:05 ID:gKEbuSDLaG6 | |||||
拝読しました。 感性を感じる文章でした。筆運びも滑らかで、私もこんな風に書けたらいい のに…と思いながら読みました。もう、TCのみなさんの作品を読んでいると 嫉妬ばかりしてしまいます…。願いを叶える樹、というモチーフも、繊細な 文体とマッチして素敵でした。 >毎日毎日、変わらない日常から期待を掬いそうとする。何かを見つけたい、と思う。そういう風にして僕らも時間を過ごしているのだろうか。 このワンフレーズが強く心に残りました。期待を『掬う』という表現が、 とても印象的でした。主人公が人間ではない(ネタばれすみません)、 という背景も合わせて考えると、樹の精(?)である『僕』は人間という 存在に対して、見下ろすような観察者の視座に立っているのではなくて、 あくまで対等な立場で彼を眺めているように感じました。 本当は40点くらい付けようと思ったのですが、初投稿の方にはTCの厳しさを 伝えるために嫌がらせをすることにしています(嘘です)。より素晴らしい お話をこれから書かれていくことに期待して、の点数です。 これからも読むだけでなく、お話を書いていって下さい。私はとても好きな 作品でした。次回作も楽しみにしています。また、読ませて下さい。 |
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総レス数 6 合計 90点 |
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