エゴなのか? |
新月の夜空も溶けてしまいそうな漆黒に灯りが一つ。闇に慣れた異形の先住民にとって異邦者は眩し過ぎたとみえ、何処かへ身を隠してしまった。そんなことも気に留めず無数の気泡を吐く異邦者は強力なサーチライトを扇状に振りながら超高水圧を引き裂いてゆく。 「座標だとこの辺のハズなんだけど……」レーダーをノックしながら女は呟いた。 ――1ヶ月前PM 2:30 「妖しいなぁ、本当かな……」メイは8桁の小切手をチラつく蛍光灯に透かしながら回転椅子で回っていた。「でも、背に腹は替えられないないんだよなぁ……。最近、まともな仕事無かったし、事務所追い出されるのも、電気止められるのも時間の問題、金になるものといったら潜水艇位しかないが、潜水艇なくなったら元も子も無いしなぁ。それに……」と、サダヨシが自嘲気味に白い息と供に吐き出した。「実際電話止められちゃったしね?」メイの言葉が状況の抜き差しならぬ状況を色濃く表している。「そう、電話が無くっちゃ新たな依頼は皆無、ここで無理してでも状況を好転させる!」サダヨシが二人っきりの事務所で眼下に広がる大河を睨み付けながら腹を決めた。 「よし、探索モードに切り替えるぞ。」サダヨシがパネルを操作すると潜水艇はスクリューを止め、前進を止めた。少し間を置くと球体のボディから無数のケーブルに繋がれたライト付きカメラが辺り一面にばら撒かれた。海底の住民たちは「もう好きにしてくれ」と諦めてしまったのか此処一帯を放棄してしまったようだ。カメラのみが妖しく蠢いている。「あれ?7番が砂嵐?」「くそっ、このポンコツめ……おっ、26番がターゲット確認。クライアントの資料はなかなか正確なようだな。」サダヨシは仰け反って一段高くなった後部座席に座っているメイに話し掛けた。「……何か居る?」メイは8番カメラに何かが横切るのを確認した。「深海魚か何かじゃ――」サダヨシの返答をメイの張りつめた声が遮った。「1,4,10番故障、いえ、西側に拡散した1~20番全滅です!ソナー探索範囲拡大!……これは、30 m超級の移動物体確認!生物の可能性大!接近して来ます!」「了解、全カメラを破棄し、東側へ最大出力で退避!」異常事態でのメイの冷静さには頭が下がる。いつからだろう二人が一緒に仕事をするようになったのは。 20年前――まだ世界が沈没する前の話しだ。この星はもう限界だった。寿命を迎えようと膨張し、嘗ての倍以上の大きさになっていた。その為か気温が上昇し、液体はみるみる内に蒸発してしまった。幾つもの生き物がその種を絶え、動くものは減っていった。世界はひび割れ、絶望に包まれていた。そんな中、知恵ある者たちは集結し雨を降らす方法を考え、実現した。雨は降り世界は再び潤いを、希望を取り戻しつつあった。しかし、それは過ぎた力だった。雨は降り続いた。何日も何週間も何カ月も何年も……。次第に大地は雨を受け止め切れなくなり、溢れだし、飲み込まれた。そしてようやく止んだ。しかし、それは何の解決でもなかった。大地の殆ど残されていない、水浸しの星では毎日のように何処かで津波が起こっていた。そして土壌が無いため食料難による飢餓も拡大していた。再び絶望である。しかし、基本的に人は死にたくない。そんな本能と知恵をフル回転させ、人類はこんな過酷な状況に順応していった。各所に巨大な筏のようなコロニーを形成し、船を移動手段とした。 サダヨシは今や海底となった嘗ての大地に残された食料を始めとする依頼人の持ち物を現物あるいは通貨を報酬としてサルベージしてくることを生業としていた。ある日メイは両親と供にサダヨシの前に現れた。報酬として。依頼内容は防水金庫のサルベージだった。たった暗証番号3桁の60 cm四方の金庫と娘を引き換えにきたのだ。内容物は聞いてはいないが、たかが知れたものだろう。サダヨシは腹が立つと同時に不思議に思った。(人間が身内を裏切る場面なんてとうの昔から見てきたじゃないか、何を今更……。)最初サダヨシは断るつもりだった。こんなフザけた奴らにYESというのが癪だったからだ。そしてなにより人身売買のような真似したら今後に響く。人身売買はこんな状況であったとしても倫理的に忌み嫌われるものだ。しかし、サダヨシは引き受けた。自分に人間らしさが残っていることを思い出させた少女を放っておけなかったのかもしれない。ここで断っても別の処に売られるのだろう。ならば俺が、という思いが。 その後、やはり仕事は減った。何処からどう曲がって情報が伝染したかは不明だが人身売買というレッテルが張られたらしい。たまに来る依頼は他所に断られた割に合わない仕事ばかりであった。生活は苦しくなった。しかし、サダヨシは後悔していなかった。メイも笑ってくれていた。 ――1ヶ月前PM 12:30 サダヨシとメイは昼食を摂っていた。銀色の袋にストローを突き刺し、咥えると袋を握り締めた。「……どう?モツ煮込み味って新発売の奴なんだけど。」メイが尋ねた。サダヨシは後味を確認し「悪くは無いかな、昼飯っていうか晩飯に食いたい味。」「成る程ねぇ〜」メイも味を確認しながら頷いた。そんな昼時を事務所のドアを叩く音が中断させた。「おっ」「んっ」二人は久々の訪問者の登場にハッと顔を見合わせた。サダヨシは身なりを正し背筋を伸ばすとメイに合図し、ドアを開けさせた。「どうしました?」サダヨシは冷静を装って聞いた。久々の依頼人はスーツの上にコート、マフラー、手袋と完璧に固められており頭も白髪が綺麗に纏められていた。この初老の男は事務所内をぐるりと見廻した。再度サダヨシは向かいの椅子を勧めながら尋ねた。「どのようなご用件でしょうか?」男は頭を下げ名刺を手渡した。「こういうものです。」そこには「国際連合 有識者団体代表 ミツクニ」と刻まれていた。ミツクニは尋ねた。「この状況をどう考えますか?」「は?」サダヨシは唐突な質問に面食らった。「失礼、この水に溢れた世界を救いたいとは思いませんか?」ミツクニは質問し直した。サダヨシは「そうですねぇ、出来るのであれば。今の状態が正常とも最善とも思いませんからねぇ。何か方法があるというのですか?」訝しそうに尋ねた。「はい。それにはあなたの力が必要なのです。報酬もそれ相応にお支払いします。」ミツクニは身を乗り出した。サダヨシは背もたれに背中をぴったりくっ付けながら「俺の、じゃなくてサルベージ屋の間違いじゃねぇのかよ!」、という声を噛み殺し、「どのような方法なんですか?それにいきなり報酬の話しを持ち出す辺り、それなりに危険で、他所で断られ続けて最後の最後にウチに来たって感じですよ?」とちょっと嫌味ったらしく言った。「とんでも御座いません。我々の調査によると、この星には巨大な栓があるんですよ。そしてその栓を抜くことによって、この溢れている水を世界の外側に流し出す事が出来るんです。この栓を抜くという事をあなたにやって頂きたいんです。場所等の資料は全てここに揃っています。ただ栓を抜くだけです。危険なことはありません、もう時間が無いんです限界なんです、どうかお願いします。」ミツクニは深々と頭を下げつつ懇願した。サダヨシはため息を付いた「何でそんな話が信じられますか?そもそも何で我々なんですか?それに私達が忘れたとでも思っているのですか?あの雨の件を。あなた方が功を焦る余りこのような結果をもたらしたんですよ!これが原因で他所でも断られたんだろ!」サダヨシは語気が強くなった自分に驚いた。メイと目が合った。「確かに英雄になれると浮足だっていた。しかし、それはほんの一部だけだ――」ミツクニは釈明した。「そう。それだけでは無いでしょう。確かに皆を救いたいという気持ちが大部分だったでしょう。しかし、結果は最悪だった。もう二度とあんな間違いは繰り返せないんですよ。」サダヨシは落ち着きを取り戻し言った。「はい」ミツクニの返事は重たかった。涙が流れていたかもしれない。メイの目にも。サダヨシは引き受けた。 岩陰に隠れ、レーダーと肉眼で前方を見張っていた。すると見るもおぞましい牙と顎を携えた生物が近づいてくるのが見えた。口からはカメラのケーブルが覗いていた。コイツだ。どうやっても現状の装備では敵わない。「どうすっかなぁ」サダヨシは酸素と燃料の残量を示す計器を眺めながら呟いた。「見て」メイが言った。遠く目の前を先程放棄したケーブル付きカメラが漂っている。すると巨大凶悪生物はそのカメラ目掛けて突進して一飲みにした。「俺達もああなるのかぁ、あの嘘吐き学者め」サダヨシはニヤついた。メイはサダヨシの場違いな冗談を聞き流し「取り敢えず、動かなければアイツには見えないらしいですね。と、いうことで待機。省エネモードに切り替えます。」とテキパキこなした。潜水艇内が薄暗くなるとメイは寝た。 夢を見た。潜水艇を二人乗りに替えた切っ掛けの日の。サダヨシはまた割に合わない仕事に出掛けていた。いつもより帰りが遅い。だが、サダヨシの腕は決して悪いわけではないのでメイは余り心配していなかった。だが、絶対などあり得ない。サダヨシはボロボロになって帰ってきた。それからだ私達が一緒に仕事に臨むようになったのは。メイは泣いた。サダヨシがいなくなったらなんて考えられもしなかった。サダヨシも自分が居なくなったら彼女は生きてはいけないだろうと感じた。これが切っ掛けだ。 サダヨシに揺すられてメイは目を覚ました。「アイツは居なくなったぞ、レーダーにも映って無い。だが、問題が発生した。」サダヨシは酸素、燃料の残量を示す計器を指差した。足りない。燃料も酸素も栓を開けて水面に出るにはどちらも足りない。時計を見た。省エネモードにしてから12時間も経っている。元々5,6時間で終えるハズの仕事だ。12時間ものロスは想定していなかった。「どうする?このまま引き返せばギリギリ持つ。だが、何も変わらない。それとも行くか?片道切符で」サダヨシは尋ねた。「そんな質問しないで下さい、行くわよ。絶対に」メイは即答した。 ちょっと昔、サダヨシはメイに両親について聞いてみたことがある。メイは答えた「別に恨んでは居ない、こんな状況では親子関係なんて在って無い様なものだよ。でも、こんな割り切った考え方が出来るのも私がたまたま所長のような人に会えたからだと思うの。だから私は少しでもこの崩れた世界を良い方向に持っていける可能性があれば死に物狂いで取り付くわ。だって私はもう一生分以上の幸せを貰ったから。――。」その日のメイは色々喋った。サダヨシも命を掛けようと思った。 潜水艇はターゲットに最大速度で突っ込んだ。栓にアンカーを射出し、引っ掛けた。「行くぞ!!!」サダヨシは最大出力で引っ張った。栓がずるりと抜けるとその周辺も瓦解した。この栓が要となっていたようだ。ぽっかりと大口を開けた海底に向けて流れが出来た。みるみる内にその流れは強く、速く成長していった。潜水艇の燃料は底を尽き、流れに逆らうことは出来なくなっていた。サダヨシとメイは強く手を握っていた。その表情に恐れはなかった。「あの男の言ってた通り、世界は元に戻るんですかね?」メイは尋ねた。「さぁ?信じるしかないな」サダヨシはそんな事気にも留めていない様だ。「私もそんな気がして来ました。私達もただ英雄に憧れただけなんでしょうか?」メイは行った。「どうなんだろうな?俺はそれよりミツクニが言っていた外の世界ってのに興味があるなぁ。」「2つ目の人生は外の世界でまた――」メイが言い終わらない内に球体の黄色い潜水艇は大穴に吸い込まれていった。 |
k-suke
2011年01月15日(土) 21時31分17秒 公開 ■この作品の著作権はk-sukeさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.7 貴音 評価:30点 ■2011-02-25 02:04 ID:QpTtxSHYwZs | |||||
読ませていただきました。SF的な世界観が面白いなあと思いました。 文章全体に勢いがあるように感じられたので、一気に読むことができました。 また、設定に新鮮な印象を受けました。ラストの終わり方がかっこいいです。 |
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No.6 FK 評価:20点 ■2011-02-02 16:01 ID:6.S6FbFmD0g | |||||
読ませていただきました。「ウォーターワールド」でしたか、昔見た映画を思い出しました。好きな映画でしたし、似た設定のk-suke様の作品も楽しめました。ただ、途中の会話が改行なしで続いていたので、目がちらつきました。また、会話文(カギカッコ閉じ)の前は句点を入れないのが、小説では普通だと思います。またストーリーですが、水槽の栓を抜けば潜水艇が吸い込まれることは最初から判るのではないかと思いました。 | |||||
No.5 zooey 評価:20点 ■2011-01-22 01:21 ID:qEFXZgFwvsc | |||||
初めまして、読ませていただきました。 ほかの方も書いてらっしゃいますが、設定がとても面白かったです。 あと、物語の説明の仕方が、お上手だと思いました。 はじめは状況の説明をせず、過去にさかのぼる一つ一つのエピソードで 一つ一つ状況を明かしていくという書き方が、参考になりました。 ただ、改善点もあると思います。 一番気になったのは、一つ一つの描きこみが浅いかな、ということです。 たとえば、ミツクニとのやり取りの場面も、 サダヨシの心境があまり描かれていないので、 重要なこと、重いことを言っていても、それが伝わってこないというか。 言葉の重みに、雰囲気がついていっていない感じがしました。 そのギャップのために、不自然さがあったように思います。 なんか、うまい言い方がなくてすみません。 あと、私が読めてないのかもしれないんですが、 冒頭の部分って、結局どこにつながるんでしょう? なんか、栓を探している場面のはずなのに、ここにつながる「栓を発見する場面」が見当たらず、 気づいたら栓があることになっていたので戸惑いました。 そういう、説明が省かれてしまっている部分がいくつかあるので、 そういう部分を補っていくだけで、ずっと読みやすい作品になると思います。 ラストは好きでした。 切ないけど、希望がある感じがイイですね。 関係ないですが、お名前のセンスもいいと思います。 はじめて書いて、ここまでできるのなら、十分だと思います。 私が初めて書いたものは完成すらしませんでした(笑) |
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No.4 ゆうすけ 評価:20点 ■2011-01-18 08:56 ID:DAvaaUkXOeE | |||||
拝読させていただきました。 環境破壊と科学の暴走、近未来SFとして面白い題材ですね。ですが若干手垢が付いた感もありまして、いかに料理して独自性を出すかも大事だと思います。 栓を抜く、これは面白い発想だと思いますよ。ですが、そこにたどり着くまでにもっと紆余曲折あった方が達成感があると思います。 サダヨシとメイの関係も、もっと掘り下げると面白くなりそうです。ありがちですが、最初は養女、いつしか愛人みたいな。 我が身を犠牲にして世界を救う動機、そこに至る葛藤なども、掘り下げて書くとより面白くなりそうに感じました。 |
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No.3 k-suke 評価:--点 ■2011-01-16 21:30 ID:lNnl8BDOAHo | |||||
青木 航 さん かなたん さん 読んで頂いたうえ、感想、アドバイスまで頂けて、本当にありがとうございます。 >>「気温が上昇し、液体はみるみる内に蒸発してしまった。」〜〜〜 確かにそうですね。これは説明不足でさすがに無理がありましたね。 >>サダヨシもメイも実は人間じゃなくて、地球と思ってたのが、プールの底だった こういうミスリードを狙った話、好きです。読んだり見たりするのは好きなんですけど、アイデアと不自然に見せない持って行き方がなかなか・・・・ >>次回作楽しみです。 社交辞令でも嬉しいです。ハガキが力になるって漫画家の話し本当ですね。 >>世界観が具体的なものとして映ってこない、というのでしょうか。 そこが少し残念でした。 やっぱり・・・書いてて自分でも思ってました。薄っぺらいと。。取り敢えず一本書いてみようという思いが先行し過ぎてこんなになっちゃいました・・。読み手としてはしつこい位重厚な作品が好きなんですよね。当面の目標としては匂いが感じられる文章が書きたいです。 世界観が確立されていて尚且つ読み手それぞれが風景であったり人物を想像出来る余地の残っている文章が書きたいですねぇ〜〜〜。 |
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No.2 かなたん 評価:20点 ■2011-01-16 19:41 ID:iJiFGoenU4w | |||||
読みました。 世界観はとても興味深かったですし、設定にも惹かれました。 しかし、まだまだ表現し切れていないかなと思いました。 世界観が具体的なものとして映ってこない、というのでしょうか。 そこが少し残念でした。 文章についてですが、読みやすい部分と、読みにくい部分の差があります。 ただ、読み書きをくり返せばよくなっていくものだと思います。 結末や設定等は個人的に好みのものでした。 ここに表現力が加わると、さらに良いものになると思います。 偉そうに失礼しました。 では。 |
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No.1 青木 航 評価:20点 ■2011-01-15 22:23 ID:JIcKmB8A7uc | |||||
拝読しました。また、小説にもなっていない拙作へのご批評ありがとうございました。 素直な文章で読みやすく、すっと最後まで読めました。 個人的には、このくらいの長さで、こんな感じの終わり方好きで、自分でもこういう感じのものを書いてみたいと思っています。 しかし、流石に「気温が上昇し、液体はみるみる内に蒸発してしまった。」のに「雨を降らす方法を考え」たが「大地は雨を受け止め切れなくなり、溢れだし、飲み込まれた。」と言うのはSFとはいっても無茶かなと思います。 何故高温でも蒸発しなくなったのかの説明くらいは必要と思います。まあ、海の底の栓くらいはいいかなって気もしますが、サダヨシもメイも実は人間じゃなくて、地球と思ってたのが、プールの底だったというのも有りかな? いや、自分が面白いものも書けないのに、ひとの作品に余計なことを書いてしまいました。すいません。次回作楽しみです。 |
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