Re: 即興三語小説 ―梅雨明けにはまだ時間がある― ( No.1 ) | 
- 日時: 2012/06/25 01:58
 - 名前: 水樹 ID:rrR7sH62
 
 お題は、「発熱」「風習」「自由と引き換えに」 です。
 
   矢印
 
   尿意とは別に、夜中にふと眼が覚める。静まり返った病室には男一人。高齢の老人。月明かりも無い暗闇、これと言って時間も気にならず、見る物も無い。瞬きを繰り返せばその内眠気が訪れるだろう。それまで男は回想する事にした。今までの自分の歩みを。定められた歩みを。
 
   幼少の頃から男は自身の進むべき道を定め、選び、歩いていた。男には最初から見えていた。未来を予知する矢印を。人の進むべき道筋を。色に寄って分かれる矢印を。自由と引き換えに得る安全を。
 
   男の目に映り込む、全ての物に矢印が射し示していた。色とりどりの矢印には意味がある。濃い赤ほど危険な物は無かった。赤を示す矢印の車は必ず事故に見舞われる。一度、食卓にならんだ煮込みに黄土色の矢印が示していた。男はそれを口に入れなかった。男意外の家族全員、嘔吐発熱で二日寝込んだ。
 
   危険な色が分かると男は常に、白い矢印だけの道のりを歩む。これと言って障害物もなく平坦な道のりを選ぶ。回りの人間は黄色だの緑だの青の矢印を気付かずに歩んでいた。
 
   そんな男にも転機、凹凸が訪れる。いや、自ら踏みこんで言ったといいだろう。刺激のない日常に嫌気が射したとも言えよう。黒が示す矢印は死、踏切で待つ女性が飛び込む瞬間に男はその女性の手首を取り、抱きかかえ抑えた。その後、女性の相談に乗り、白い矢印のままに行動させ、親しくなり結婚した。過去を振り返る男、暗闇で分からないが、男は頬を染め口元を緩めていただろう。そんな事もしたなと。
 
   子供も産まれると家族の矢印に男は気を配った。少しでも危険な色があれば、学校を休ませ、外出を禁止した。自身もそれを貫き通す。男だけの風習を。そして今に至る。
 
   回想を終えた男は、思考を止め、ただ闇の中、天井を眺める。  静止した世界にしばし身を置く男。  ああ、そうか、既にと男は納得した。  全面に塗られている漆黒、黒い矢印は死。  もう、選択する矢印は無い。
 
 
 
 
   
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  Re: 即興三語小説 ―梅雨明けにはまだ時間がある― ( No.2 ) | 
- 日時: 2012/07/02 00:03
 - 名前: 高平 由考 ID:v43Cf6Cg
 
 「熱が何度あろうが出社しろ」という、最近の世間の風習というか、常識と言うか。 何がどうしたら、こんな事が常識としてまかり通ってしまうのだろう? 「……あー」  四十度近い発熱を今朝確認し、会社に今日休む電話を入れた所、冒頭の言葉をそっくりそのまま言われた。  確かに自己管理がなってなかった所為だと言われればそれまでだけど、何故病気になったというのに休む事が出来ないのだろうか?それとも何だ? 風邪如きで休む俺の方がおかしいと言うのだろうか? 「っあー、ったく」  考えたらまた、腹の底からふつふつと苛立ちが襲ってきた。そもそも、俺はなりたかったのはこんな奴隷なんかじゃない。社会の、いや、世界の役に立てる。そんな人になる為に今の会社に入った筈なのに。  入ってみたら何だ。怪我する事は日常茶飯事だし、休日出勤だって当たり前。夜中に呼び出される事もあるし、酷い時には休憩無しで十時間ぶっ続けで働き通しだ。 これが自由と引き換えにしてまで、俺がやりたかった事だったのか? 「――んな訳ねーだろ」  ゆるく首を振ると、電源を落としていた携帯を手に取りONにして、会社に電話を掛ける。 「……あ、もしもし。俺です。はい? 今からでも良いから来いって? あー、それなんですけど……」  俺は意を決して、電話の向こう側にいる相手に告げる。
  「俺、もうヒーロー止めますんで。怪物の相手はそっちでどうにかしてください。じゃ」
   相手が文句を言ってくる前に、素早く電話を切って、また電源を落とす。 何だろう。今まで心の中にあったもやもやした物が、不思議とすーっと綺麗に無くなった。 「――やっぱり、ヒーローとは言え無理はするモンじゃないな」 なんて、他人事みたいに言ったりしてみたり。
   
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  発熱と痛みと大病院 ( No.3 ) | 
- 日時: 2012/07/02 00:50
 - 名前: マルメガネ ID:wYmAkXJc
 
  発熱してぐったりしているタツキをシンが肩を貸し、色町の診療所に向かう。  カフェスタジオ『アロジムロジ』から色町の診療所まで三つ先の街区の外れにあり、そう遠くはない。 「悪いな。突然で」  タツキが自分の腕の傷の痛みと、自由と引き換えに失い義足となったシンの左足がきしんでいるのを気にしながら言った。 「なに。お互い様さ」  タツキに肩を貸したシンがそう答える。  こじんまりした診療所には医師が二人いて、そのうちの一人は往診に出かけているのが常であり、風習になっている。  待合室もそのためかかなり混みあっていることがあるが、タツキが行った時は珍しく空いていた。 「切りつけられて救急病院で手当てをしてもらった、ということなんだが、それからどれくらい経つかね?」  タツキの診察をしたタオ医師が、赤黒く腫れ上がっている縫合された傷口を見て聞いた。 「一週間、いや二週間ぐらいですかね」 と、タツキがタオ医師に答えた。 「それはよくないね。傷口の状態と発熱しているところから、大病院で検査してもらったほうがいい。感染症の疑いがあるけどこちらでは正確に検査ができないからね」  タオ医師がそう言って、何かしらの痛い注射を打ち、赤黒く腫れ上がっている縫合された傷口に新しいガーゼを当ててテープで留め、診断書と紹介状を書いてタツキに渡した。  手渡された診断書と紹介状を持って大病院に行くと、タツキがあっけにとられるまでもなくすぐさま検査室に行くように指示がありそこで検査を受けた。  結果は細菌に感染し傷口が化膿していた。その後の処置もあって、熱が下がったのは三日のちのことだった。  その間、タツキは何もすることもできず、仕事を休まざるを得なかった。
   
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